ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「ハッチング 孵化」

「ハッチング 孵化」観ました。
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第38回サンダンス映画祭でプレミアム上映された、フィンランド発のホラー作品。

監督はハンナ・ベルイホルム。原案・脚本はイリヤ・ラウツイ。主人公ティンヤは1200人のオーディションから選ばれたシーリ・ソラリンナが演じた。

 

12歳のティンヤ。両親と弟の4人暮らし。母親は動画SNSサイトの『素敵な毎日』というブログで日々の生活を世界に発信するのに夢中。

 

「包容力があって優しい夫と、可愛くて素直な娘と息子」「幸せな家族」「ハイセンスな生活?ううんこれが私たちにとっては当たり前なの」

 

母親の幸せ自慢動画撮影から幕が上がったと思いきや~窓からガラスをぶち破って入ってきた闖入者。

室内を飛び回り、物をなぎ倒し、装飾品を割る。家族の阿鼻叫喚の中、捕まったソイツ…鳥を外に放つのかと思いきや。首をへし折り、ゴミ箱に捨てる母親。

「こいつはなかなか不穏な…」のっけから闇全開。これは…期待できる。

 

その夜、鳥のうめき声が聞こえた気がして、家を出てふらふら森へ歩き出したティンヤは、奇妙な卵を見つけた。

思わず自宅まで持ち帰ったけれど。家族に見せるわけにはいかない。

自分のベットで温めることにしたティンヤ。次第に卵は大きくなっていって、ついに孵化し現れたソレ=アッリ(水鳥)は幸せな家族の虚構をはぎ取ってく…。

 

とにかく母親がうっとうしい。自己顕示欲が強く、その矛先がおおむねティンヤに向けられている。

「うちの娘ティンヤ。可愛くて、体操選手としても優秀なの。」

母親は元体操選手だったらしいが、怪我で選手生命を絶たれた過去があるらしく。ティンヤを体操教室に通わせ、過剰なプレッシャーをかけている。

 

もっと。今のままじゃダメ。もっと頑張らないと。ママをがっかりさせちゃう。

 

手に血をにじませて練習に励むティンヤ。実際には大会メンバーに入れるかも微妙なラインだけれど、ママに認めてもらうには大会優勝を目指さないと。

 

「よくないな~こういうの」

眉を顰める当方。こういう調子で終始『娘を私物化して自己顕示欲を満たそうとする母親』と『母親に認めてほしくて自分を押し殺し我慢を重ねる娘』の構造を見せつけられる。この二人に共通しているのは『承認欲求』。

 

かつて体操選手だったが選手生命を絶たれ、自分をアピールするポイントを失った。けれど…私の魅力が失われたわけじゃない。

「素敵な家族とハイソな生活」「見て。私はこんなに生き生きして暮らしている」「何ら不自由のない、満ち足りた毎日」

そのためにはティンヤが『成功品=よくできた子』じゃないと。

 

12歳。身も心も成長段階で不安定な時なのに。大好きな母親をがっかりさせたくなくて頑張っているティンヤ。けれどうまくいかない…体操だって、もっと上手な子が現れた。

 

ふつふつと湧いてくるフラストレーション。けれどその理由は考えたくない。

そんなころ…遂に巨大化した卵からアッリが孵化した。

 

ある日。母親の浮気現場に遭遇してしまった。出入りの修理屋テロ。動揺しているティンヤに母親が言った言葉が「ママね、恋してるの(言い回しうろ覚え)」。

 

普通は言い逃れをする案件。けれど「ティンヤも女の子ならわかるでしょう?」「女子同士の秘密ね」とさながらティーンエイジャーの恋バナ感覚にすり替える。挙句「週末にテロの家に一緒に行かない?」と持ち掛けてくる。正直神経を疑う。

 

ところが。まさかの不倫相手・テロが滅茶苦茶いい人なんですわ。

「何故あなたのような好人物があんな女と?(下品な言い方)」そう思わざるを得ない。恋人が娘を連れて遊びに来ても嫌な顔一つしない。

そして。ティンヤが無理をしていることをすぐに見抜いて的確に対応できる。

「すきなことをしたらいい」体操は母親のためじゃない、楽しんでするものだと諭す。

 

「何故この役回りを父親ができないんだ」

この作品における父親の無能さ。(やんちゃな弟はいかんせん幼いし「役立たず!」とは思わない。むしろ「お前殺されるぞ」という危うさがあった)。

とかくこの家族において男性陣の活躍がなさすぎる。

 

ティンヤのフラストレーションの権化としか思えなかったアッリ。不気味でどこにも愛嬌を見いだせないビジュアル。ティンヤの吐しゃ物しか食べないという(当方は)生理的に嫌悪してしまう光景(鳥って、母鳥がかみ砕いたモノを吐いて与えるらしいので、生態的には正解みたいですが)。

母親と認識しているティンヤ以外には凶暴で、口に出していないのにティンヤの心を乱す相手に対して凶行に及ぶ。(その描写がまた結構エグイ。隣の家に住むレータの不憫さよ…なまじ体操が上手かったゆえに)

 

不気味で凶暴。そんなアッリを何度も突き放そうとしたけれど、結局見捨てたり殺すことができなかったティンヤ。

成長し姿を変えていくアッリをついに隠し切れなくなったその時。

家族と…母親と対峙したとき。母親、ティンヤ、アッリに何が起きたのか。

 

「うわこの終わり方。個人的には嫌いじゃないけれど後味悪う~」

『承認欲求』でがんじがらめになっていた母親とティンヤ。そこに新たに加わったアッリ。

誰もが「これなら愛してもらえる?」という負のスパイラルから抜け出せない。そして結果…。

 

ハイブリットの誕生ととらえるべきなのか。ヒエラルキーの逆転を示すのか。それとも…。

 

もっと早くにただ一言「ありのままでいいんだよ」と言ってあげたら。母娘がその通りだと気持ちが落ち着いたら。本物の『素敵な毎日』が訪れただろうに…。

 

ただただ不穏で禍々しい。一見可愛いようでグロテスク。北欧の国フィンランドが放つホラーは、一筋縄でいかないおぞましい作品でした(褒めています)。