「アネット」観ました
バンド・スパークス(ロン&ラッセルのメイル兄弟)のオリジナルストーリーを基に作られたロックミュージカル。レオス・カラックス監督作品。
前衛的コメディアンのヘンリー(アダム・ドライバー)と死のオペラを歌うソプラノ歌手アン(マリオン・コティヤール)。挑発的なコメディアンと人気歌姫が恋に落ちた。
誰もがうらやむセレブカップル。美女と野獣。世間の注目を浴び、メディアに追い回される。ラブラブな二人。二人のため世界はあるの。けれどそんな日は長くは続かなかった。
娘のアネットを授かった。なのに次第に冷え込む夫婦の絆。アンは相変わらずの人気歌手。けれど、前衛的すぎるヘンリーの芸風は次第にコメディアンとしての人気を落としていく。
どんどん落ち目になり闇に落ちていくヘンリー。そんな時、家族の船旅で嵐に巻き込まれ船は難破。アンを失ってしまった。
「カラックス監督作品が!」「スパークスが!」…当方は「何となく映画館で流れていた予告で気になったから」「アダム・ドライバーが観たくて」という鑑賞動機しか持ち合わせておらず。彼らについて何ら語るすべを持っていません。あしからず。
「いやあ~今回とことん『悪いやつ』やったな~アダム・ドライバー」
今作ではプロデユーサーも兼ねていたんですね。監督とスパークスにほれ込んでいるから。でも役柄はとことん『悪い父親』。
アダム・ドライバー演じるヘンリー。スタンダップ・コメディアン。舞台でマイク片手に客いじり。芸風は「俺様が低能なお前たちに会いにきてやったぜ 系」で、正直当方は全然好きじゃないタイプのやつ。
けれど、そんなヘンリーに大切な恋人ができた。オペラ歌手のアン。
「マリオン・コヤール滅茶苦茶歌上手い」
アカデミー主演女優賞『エディット・ピアフ~愛の賛歌~』があるし歌が上手いのは当然なのか。なんにしろ「人気ソプラノ歌手」の説得力が強い。
アンはオペラの中で何度も死ぬ。悲劇的な死の歌を歌うアンと、挑発的な芸風のヘンリー。さながら美女と野獣。世間は注目しマスコミに追いかけられ。羨望のまなざしを向けられた。二人は結婚し。そして、娘のアネットを授かった。
誰もがうらやむ幸福な生活。そうとしか見えなかった二人の関係が…次第に歪なものになっていく。
「ヘンリーよ。どうして満足しない」
いま居る場所を安住の地としたら幸せになれるのに。そう思うのは当方が歳を取ったからなんですかねえ。
かつてヘンリーと交際していた女性たちの告発によって知ってしまった、ヘンリーの暴力的な一面。不安になりおびえるようになっていくアンと、挑発的な芸風があだとなり落ち目になっていくヘンリー。文字通りの嵐の夜に船上で起きた悲劇。
オペラでは何度も死んだ。そして現実でも命を奪われた。生霊となり、娘のアネットにとりついたアン。なのに。
ある日聴いた、アネットの歌声がアンと同じと知ったヘンリーは『見世物』として世間に売り出すことを思いつき、実行する。
オペラでアンが歌っていた時にピアノ伴奏していた彼は、夢見ていた楽団の指揮者になった。そんなかつてのアンの仲間を引き込み、アネットのツアーを組むヘンリー。
「この指揮者がまた…いい奴なんですわ。そして彼が指揮者として登場するシーンが滅茶苦茶いい」。
ロックミュージカル映画なんで、随所に歌うシーンがあるんですが。指揮者の彼が歌いながら登場するシーンはかなり好み。
アンと結婚したけれど。安定した家庭を築けず崩壊した。残された娘のアネットを愛してはいるけれど、アンの歌声を持っていると気づいた途端、金になると判断し見世物にした。
「なんでかなあ。せめてここで止まっておけば、幸せになれるチャンスは残っていたような気がするのに」
もう誰もヘンリーのネタでは笑えない。コメディアン人生は終わった。けれど。アネットに才能があると知れば、今度はアネットのプロデユーサーとして世間に姿を見せる。
「お前はすごい」と言われたい承認欲求。はてない自己顕示欲の強さ。
そして。「余計なことを言うやつは消えろ」という、ヘンリーの抑えきれない暴力的な一面がさらなる悲劇を生んだ。
コメディアンとしての生命を絶たれ。それでもどうにかあがき続け。アネットの才能を見つけてからは野心と枯渇さを持って再びのし上がっていく。けれどその頂点にたどりつたと思ったとき。アンとアネットはヘンリーの罪を世間に暴露した。
アネットが人形、というのは斬新ではあるけれど「アンの歌声を持つ子ども」という設定を考えるとなるほどと思っていた当方。
けれど。最後の最後…姿を変えたアネットを目にしたとき「やっとアネットは両親から解き放たれたんだな」と感じた当方。
両親から課せられた呪縛。父親のヘンリーは自分を利用した。けれど…逝ってしまった母親のアンもまた、ヘンリーに復讐するためにアネットにとりついた。
まさに両親にとってアネットはお人形。己の欲望を満たすためにいいように扱える道具(ひどい言いかた…)。
けれど。両親には手の届かない場所に身を置けたとき…アネットに命が吹き込まれた。まあ…当方の勝手な解釈ですが。
この作品で、当方が最も好きだったのがオープニングとエンディング。特にオープニングシーンは当方指折りの名シーン(あくまで当社比)。
「今からなんかわくわくすることが始まるぞ!」という期待でいっぱいになる。
そして息つく間もなく一気に鑑賞してしまう。
最後のさみしくやるせない気持ちを撫でるように締めたエンディング。うっとりしてして…ためていた息を吐く。そんな余韻がたまらない作品でした。