ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「由宇子の天秤」

「由宇子の天秤」観ました。
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三年前。ある女子高生がいじめを苦にして自殺した。

生前、女子高生と家族は学校にいじめの存在を訴えていた。しかし学校が出した答えは「女子高生と教室がよからぬ関係を持っていた」ことからの『退学勧告』。翌日女子高生は自ら命を断った。

センセーショナルな事件に世間は色めき立ち。女子高生の遺族、学校、そして当該教師にも報道陣が詰め寄った。

結果、当該教師が「女子高生と関係があったというのは事実無根であり、死を持って抗議する」といった内容の遺書を残して自殺するというなんとも後味の悪い結末に至った。

 

ドキュメンタリーディレクターの木下由宇子。女子高生いじめ自殺事件を「女子高生の遺族」「教師の遺族」「学校」の視点から見直し、正しい報道とはを問うべく追っていた。

 

しかし。父親が経営し、自らも手伝っていた学習塾で思いもよらない事態が発覚する。

思いがけず自らも「加害者家族」を体感する羽目になった由宇子。

 

正義。倫理感。しかしそれをら優先すると、今自分が信念を持って進めている仕事が頓挫してしまう。それだけではない。この仕事を共にしている仲間がいる。彼らの事も裏切ってしまう。

 

一体由宇宙子の天秤は何を重きとし、優先するのか。

 

木下由宇子役に瀧内公美。監督・脚本、春本雄二郎。

 

153分という長丁場な作品でありながら、全く中だるみしない。「あ~これ一体どこに落とし所をつけるんやろう」と由宇子の判断をヒヤヒヤしながら見守った当方の脳内で、ずっと浮かんでいたフレーズ。

 

「やらないといけないことは早くやろう。後回しにすればするほどできなくなるよ」(言い回しうろ覚え)

 

学生の頃に買った、子ども向けチューイングキャンディの包み紙に書いていたセリフ。この、一見「お片付け」とかに適応したっぽいフレーズの重さを大人になった今でもこうして度々思い出してしまう。

 

ドキュメンタリーディレクターの由宇子。三年前に起きた女子高生いじめ自殺事件を改めて追う記者。

女子高生の自殺事件。しかしそれはいじめだけではなく、学校からの、教師との不純異性交遊を指摘された挙句の退学勧告を受けてのものだった。

センセーショナルな内容に世間は騒ぎたて。報道は白熱し、一般人である当該教師と家族はプライバシーと尊厳を失い、挙げ句教師は命を断つことで世間に抗議した。

 

この事件を追う事は身内批判に繋がると、上司は良い顔をしない。何故ならどうしても、加熱した当時の報道が人命を奪ったという内容になってしまうから。そんなこと、わざわざ言いたくない。

 

報道の自由」「知る権利」「真実とは」昔からよくある言葉だけれど、それは時として正義という名前の暴力と化し人を押しつぶす。

「一体その情報は誰が知りたいと思っているのか」「それは当事者同士がするやり取りであって、国民が集中することではないのではないか」

当方がだんだんテレビを見なくなった理由の一つ。特にワイドショーと呼ばれる番組の下世話さには顔をしかめてしまう。

 

「一体何様だ」「アンタは国民の総意か」お茶の間代表と言わんばかりの司会者とコメンテーター、よく分からん肩書を持つ有識者が浅はかな知識で対象者を断罪する。その相手にも家族や生活があるのに。心を持つ人間なのに。

 

由宇子がカメラを向ける相手。女子高生の家族。地元でパン屋を今でも営み。一体何があったのかは未だに分からないけれど…娘を失った。それだけは真実。

自殺した高校教師の家族。報道されて以降、淫行教師、ろくでなしと糾弾された。それは教師が命を絶ったあとも続いている。ひっきりなしにかかってくる電話。嫌がらせ。何度引っ越しを繰り返してもまた直ぐに事件をほじくり返されて嫌がらせを受ける。引きこもり、怯えて暮らす日々。一体私がなにをした。

 

学校…は追えていなかったかなと思いましたが…まあ、生徒も教師も守らなければいけない教育現場が三年も経った今更、語る事は無いだろう。そうやろう。

 

特に、報道が加害者家族を追いつめていった様に焦点を当て。教師の家族との信頼関係が構築しかかったところで。思いがけず由宇子の身内に事件が起きる。

 

由宇子の父親・政志が営む地元密着型の学習塾。生徒の女子高生・萌が妊娠した。しかも相手は政志だという。

 

何たる不祥事。これが明るみになったら自分が今追っている企画が流れてしまう。それどころか、下手をすれば政志や自分が加害者の立場になってしまう。

「誰にも言わないで」父子家庭であまり親との交流が無い萌は由宇子と二人だけの秘密にしてくれと頼みこむ。

素直に自分の行動を認めた政志を制し、行動の主導権を握った由宇子。

 

どうしたらいい?相手方にきちんとあった事を話し、然るべき筋を通す。それが正しいやり方ではあるけれど、それをすると今取り組んでいる仕事も自分の立場も何もかも失ってしまう可能性がある。加害者と家族がどうなるのか。それは今いやというほど見てしまっている。

 

「やらないといけないことは早くやろう。後回しにすればするほどできなくなるよ」

 

こういう事態が自分に降りかかったら、一体どういう判断を下すのだろう。

正しいとされる答えは分かっている。けれどそれを選択できない…仕事。立場。世間体。自分の中で優先順位がせめぎ合っている場合は?

 

「その選択をしたのならば、墓場までもっていくべきだ」

急転直下をみせた、三年前の事件の真相。(何となくそうやろうな~とは思っていました)加害者家族と信頼関係が出来たからこそ見えた真実。

 

けれど。今目の前で起きている事態にはどう対処すればいいのか。

 

秘密裏になんとかしようとしていた萌。その母体の状態が告げられた時「それはあかん」と震えた当方。「とっとと病院に行かないと、下手したら死んでしまうで」

 

命あってこそ。いろんな考え方や状況、個人の考えがありますが。この場合においては絶対に命が優先。大人の事情は大人が被れ。やることやってしまったんやから責任とるしかないやろう。やるべきことは後回しにすればするほどおかしな具合に絡まって出来なくなってしまう。立ち止まっている暇はない。

 

結局。事態はかなり深刻な状況まで進んで幕切れとなってしまいましたが…何とかあの選択をした由宇子にホッとした当方。

 

153分。たんたんとしているようで、物事を多面的に見るとはどういうことか。報道とは。正しさとは何か。一体何を以て個人は判断し行動しているのか。責任をとるとは。そういったテーマ盛沢山にしてをグイグイ突きつけてくる…観た後は疲労困憊。かなりの力作でした。