ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「コレクティブ 国家の嘘」

「コレクティブ 国家の嘘」観ました。
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2015年10月。ルーマニアにあるライブハウス『コレクティブ』で発生した痛ましい火災は、27名の死者と180人もの負傷者を出す大惨事となった。

しかし。修羅場をくぐり抜け一命を取り留めたはずの37名が搬送先の病院で次々と亡くなった。病院で治療を受けていたはずなのに…一体何故?

地元スポーツ紙『ガゼダ・スポルトゥリロル』のスクープとして実態が報じられたとき、ルーマニア国内に激震が走った…このことをきっかけに、国民による大規模な政治に対する抗議運動に発展。当時与党であった社会民主党政権が退陣する運びとなった。

 

何よりも人命優先なはずの医療現場で起きていた、許されざる巨大医療汚職

この作品は、前半をスポーツ紙の調査報道記者であるカダノン・トロタンを主軸において一連のあらましを追いかけ。後半には熱意と信念を持って医療現場を変えようとした若い大臣、ヴラド・ヴォイクレクの目線から全体像を追う。ジャーナリストと政治家、違う立場の二人が挑もうとした、ルーマニアの医療と政治の関係とは。

 

「これは観なあかん」

先に鑑賞済だった映画部部長からの指示メール。確かに映画館で流れていた予告編を観て「一体どういうこと?」と思っていたのもあったので、鑑賞に至ったわけですが。

事実は小説より奇なり。終始険しい表情を浮かべ、溜息が尽きなかった当方。

 

「医療において、信頼を失うことは全てを失うことなのに…」

 

国や地域によって医療のレベルに差がでる。それは最先端技術やお金と設備の問題であったり、個人や組織全体の知識や技術にもよる。しかも医療はどんどん専門化が進み「餅は餅屋」の部分も多い。けれどそういう次元の話ではない。

ごくごく基本のこと…もうここに関してネタバレしますが、病院で使用されていた消毒液が基準を満たした商品ではなかった。

ルーマニア全土で非常にポピュラーに使用されいた消毒液。多くの施設で使用されていた消毒液は濃度が薄められている商品だった。

消毒薬を取り扱う会社が、その商品を『無料』で病院に卸していた。その分浮いたお金はどうなっていたのか?

 

地元スポーツ紙のスクープに激震が走ったルーマニア全土。政府の調査機関に問い合わせても初めはのらりくらりといい加減な答えを言うばかり。けれど国民感情は爆発寸前。きちんと調査をすると案の定、まともな商品ではなかったと判明した。

 

一体誰がどこまで知っていたのか。誰と誰がつるんでいる?そんな時、闇の全容を知っているはずの人物が舞台から姿を消した。そして病院経営者に対する告発や逮捕。誰もかれもが沈んでいく泥試合。皆足元が腐り過ぎてまともに立っていられない有様。

 

けれど。逃げ場を失い辞職した、保健省大臣の後任となった若き政治家を映すことで「ジャーナリストたちが真実はどこか躍起になっているVS政府」という一辺倒な構図だけでなく「まともな政治家もいて、必死に切り込もうとしている」という姿も描いている。

オーストリアで学んだというヴラド・ヴォイクレク。誰に対しても一見物腰柔らか。けれどとことん「何が真実でどう伝発言すれば真意が伝わるのか」「迅速に行動したい」「不正がどう起きているのか見定めたい」と行動している。かなり頭の回転が速い。政治家が動いている所、ましてこんなに腹を割っている姿を見せてくれることに感服してしまう。

けれど。誠実でありたいと行動する者が一部であるという世知辛さ。旧体制のしがらみや足を引っ張る者などがおり、全然彼の思うようには進まない。しかも、このタイミングで選挙が行われた。

 

冒頭及び中盤に流れた、実際の火事の映像。阿鼻叫喚とはこのこと、観ているこちらも、座席にじっと座っているのが恐ろしくてお尻が浮いてしまったくらいの感情に襲われた。こんな思いをして、命からがら生き延びた人たちに何という仕打ちが待っていたのか。(閉鎖的な環境下で火を使った演出って、絶対に禁止されているヤツですよね?このバンド及び関係者の責任はどうなったんでしょうか?)

助かった。病院ならきちんと手当をしてもらえる。この痛みを辛さをましにしてくれる。

 

「当方が思うこと。たとえ医療現場で使用されていた薬品がおかしかったり、腐った経営者や一部の医療者がいたとしても。医療従事者全員に誠意がないわけじゃない」

患者さんのために。病気で困る人のために。専門の知識を身に着け、然るべき医療を提供する。そうやって働いている医療従事者が大半なのに。一部のよからぬ連中のせいで全員が信用を失う。医療にとって信頼関係は基本も基本なのに。「この消毒薬は薄めているやつだ」なんて、分かっていたら現場で使うわけが無い。

この問題が辛いのは「現場で働く人たちも傷つく」ということ。現場を分かっていない連中が自分たちの私腹や仲間同士の結託のために、医療を食い物にした。何よりも人命優先な世界なのに。

 

火事から一命を取り留め、義手を身に付けしなやかに表現するテデイ・ウルスレアヌの美しさよ。

 

ルーマニアって、1990年代までバリバリの社会主義国家やってんよな。そんな国で今、こうやっておかしいって声を上げているジャーナリストとか政治家を観ていたら、日本の忖度しまくった報道なんてさあ~」映画部部長の感想に「地元スポーツ紙というのが逆に強みなのかもしれない。大手新聞社がこのネタはやれんと思うし…」と答えた当方。

ともあれ。こんなにスリリングな展開で進むドキュメンタリー作品は必見の良作。アレクサンダー・ナナウ監督、今後も注目していきたいです。