映画部活動報告「メタモルフォーゼの縁側」
「メタモルフォーゼの縁側」観ました。
メタモルフォーゼ(ドイツ語Metamorphse):変身、変化、変態の意味(Oxford Languageより)。
「女子高生と老婦人。ふたりをつないだのは、ボーイズラブ」
17歳の女子高生・佐山うらら(芦田愛菜)と75歳の書道教室の先生・市野井雪(宮本信子)。
交わるはずがなかった二人が知り合うきっかけになったのは、一冊のBL漫画だった。
このマンガが凄い!2019年オンナ編第一位。鶴谷香央理の同名漫画の映画化。脚本・岡田惠和。監督・狩山俊介。
この漫画のタイトルを聞いたことがあった。なんだかほのぼのした印象で…そしてたまたまタイミングが合ったのでふらっと鑑賞…したところ。
「どこにも悪い人などいない世界」「汚れちまった悲しみに」「心が洗われた」つまりは「良いもん観させてもらいました」。圧倒的光属性の勝利。あまりにも爽やかすぎて、闇に堕ちていた当方は吹き飛ばされんかぎりの衝撃。
ある夏の日。夫の三回忌の帰り、涼と料理本を求めて本屋を訪れた雪。「きれい…」美しい表紙の漫画に思わず手が伸びて、そのまま購入に至った雪。
帰宅後、身の回りのことを済ませてから購入した漫画本を開いたら。それは男子高校生二人の恋愛を描いたBL漫画だった。
翌日。本屋でバイトする高校生、うららは漫画コーナーで右往左往していた雪に呼び止められる「あの『君のことだけ見ていたい』という漫画の続編はどこかしら?(言い回しうろ覚え)」。
え?この年代の女性が?BL漫画を?!
実はBL漫画にどっぷりはまっているけれど、周りには絶対に知られないようにしていたうらら。残念ながら続編は店の在庫が切れていて。意気消沈して店を出ようとした雪に思わず「貸しましょうか?」と声をかけてしまった。これが二人の出会ったきっかけ。
BL漫画について、語れるほど造詣があるわけでない当方。実際に読んでみて「ご都合主義」「これは作者の性癖詰め合わせだな」と思ったこともある。ジェンダーの問題や、同性愛云々を絡めるととんでもない所に足を突っ込んでしまうややこしさも感じる。触らぬ神にたたりなし。そうやって距離を置いていた。(あと、本当に知らなさすぎる)
女子高生うらら。本屋でバイトをしていて、自宅自室にも漫画や本がいっぱい。けれど見られたくないBL漫画たちは机の下にある箱に隠していた。
「BLが好きって言いにくい」「恥ずかしい」「いかがわしいもの読んでるって思われちゃう」そんなこと一言も言ってなかったけれど、そう思う思考回路は理解できる。
だから、「とってもドキドキしたの(言い回しうろ覚え)」。まっすぐに好きなものは好きだと言い切った雪の登場は、うららにとってファンファーレがなるほどの高揚感だったろう。
「登場人物二人が魅力的で、二人の心の動きが読んでいるこちらにも伝わってくる」「もどかしい。でも二人の恋を応援したい」BL漫画がどうだとか、ご都合主義がどうこうとか、いかがわしいとか、そんなのどうだっていい。この漫画が大好き。そうだった。それが原点。
どんな趣味だって、一番初めは「好きだ」から始まる。
とにかく話がしたい、この思いを共有したい。けれどカフェでは他人の目が気になってぎくしゃくしてしまう。そんなうららを自宅に招いた雪。
映画に出てくる書道教室ってなんでたいていが素敵なんでしょうかね。当方が小学生の時に通っていた書道教室も一軒家の一室でしたが…あんな感じじゃなかったですよ(子供相手の書道教室は、多分どう頑張っても散らかるし汚れてしまうんやろうと推測)。
素敵な庭付き日本家屋。風が通るからと雨戸をあけ放し、庭を見ながら雪の作ったカレーを食べたあと、共通の話題にふける。なにこれ。どこの楽園ですか。
二人が知り合うきっかけになった漫画から、うららの自室に眠っていた蔵書も持ち込んで。すっかりBL談義に花が咲く二人。
「ねえ。うららさんは自分では漫画をかかないの?」
自分は読む専門だ。漫画をかくなんてとんでもない。そういって否定していたうららに、いつだってまっすぐ砲を打ち込んでくる雪。
「人って思ってもみないふうになるものだからね」
メタモルフォーゼの意味が変化・変身・変態であること。齢75歳の雪はBL漫画に出会って新しい世界が広がった。うららは雪に出会ったことで「変化する勇気」を得た。
雪に背中を押され。なんだか引くに引けない状態になってしまったものあって、人生初の漫画をかき始めたうらら。
「…って、手書きなんかい!そして画力!」
漫画をかくために必要なツール一式を入手。それがもう…「こんなデジタル全盛の世の中に!」紙に付けペンで。一枚一枚…はっきり言うと絵も下手くそなんですよ。初めてで、時間も限られた中で。何もかもが無謀すぎる。
「これを製本して、同人誌即売会に売りに行くって…どんなハートの持ち主だよ…」
そして…いざ即売会の日。急転直下な事態に見舞われたのもあって。うららの初漫画は日の目を見ることはなかった。(あの。雪がちょいちょい発症するぎっくり腰っぽいやつ、なんなんですか。整形外科にちゃんと受診しなさいよ)
けれど。「神様は見ている」としか言いようがない…ここは優しい世界なんで。届いて欲しい相手にうららの漫画は無事渡った。ちゃんと対価を得て。
この、うららがかいたBL漫画『遠くから来た人』。確かに画力はアレなんですが。滅茶苦茶中身がいいんですわ。内容が芦田愛菜のナレーションで紹介されるシーンがあまりにも至高すぎて…涙が溢れた当方。
(そもそも一つの物語を完成させただけで十分凄い)
まっすぐで変化を恐れない雪に感化されたのはうららだけではない。二人が知り合うきっかけとなったBL漫画の作者にも、漫画をかく原点を思い出させた。
うららの幼馴染の男子高校生、紡。同じ団地に住んでいて、うららの部屋に上がり込んで秘蔵のBL漫画を読んでしまう。けれど「おもしれえ~じゃん」と屈託もなく言える。うららの下手くそな漫画をお金を払って欲しいと言う。馬鹿にしたりしない。
紡の彼女、英利。紡きっかけでBL漫画を読んだけれど、純粋に面白いと友達に言える。
つい「実は焦がれている幼馴染の彼女が疎ましくて…」というありがちな設定を脳内に置きそうになるけれど。英利は何事も中途半端にしない性分で嫌味なライバルではないし、うららと紡の関係もあくまでも幼馴染。でもそれがいい。下手な色恋などなくていい。
いつまでも戯れていたいけれど、楽園は続かない。雪にもうららにも変化の時が来る。こういう落としどころなのかと思ったけれど、全然湿っぽくなくてどこまでも爽やか…当方の脳内少年合唱団が「君はあの道を僕はこの道を 進むと決めたこの朝~(あたらしい朝/若松正司)」と歌い始めたラスト。
好きに理由なんてない。恥ずかしがらなくていいけれど、無理して周りに言わなくてもいい。
でも怖がってうずくまっていたら周りが見えなくなってしまう。もし同じ「好き」を共有できる相手が見つかったら…顔を上げて。それは変化の始まりかもしれない。きっともっと楽しくなる。
圧倒的光属性によるストレート勝ち。観る人を選ばない爽やかな作品でした。