ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「ベルファスト」

ベルファスト」観ました。
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北アイルランドベルファスト

9歳の少年・バディ(ジュード・ヒル)は母親のマ(カトリーナ・バルフ)と兄のウィル(ルイス・マカスキー)の3人暮らし。父親のパ(ジェイミー・ドーナン)はイギリスへ出稼ぎに出ているが時々帰ってきては家族団らんを過ごしている。

近くに祖父のポップ(キアラン・ハインズ)と祖母グラニー(ジュディ・デンチ)も暮らしており仲良し。

ベルファスト。昔から誰もが顔なじみのコミュニティ。生まれた時からずっと一緒に暮らしてきた。

 

ところが。1969年8月15日。平和な暮らしは一変した。

かねてから住民の中でくすぶっていた不満が爆発。信仰する宗教の違いから、カトリックVSプロテスタントの対立が発生した。

1998年の和平合意までに約3600人の死者を出すに至った、いわゆる『北アイルランド紛争』。

激動の時代が幕あけした1969年に生きた9歳の少年バディと家族。それは、俳優・監督・演出家など多方面で活躍するケネス・ブラナーの自伝的作品であるという。

 

色んな国際映画祭で高評価。映画館で観たい観たいと思いながら機会を逃していましたが。米アカデミー賞脚本賞を受賞したのをきっかけに再度映画館で上映される機会があったので滑り込み鑑賞に至りました。

 

諸々不勉強なことが多い当方。『北アイルランド紛争』について無知。映画鑑賞後ぽつぽつ調べた程度。知ったかぶりはしない主義なので宗教紛争やアイルランドやイギリスの歴史に触れることはできません。餅は餅屋。そういうことは滅茶苦茶詳しい餅屋の方が語っておられると思いますので…純粋な感想をいつも通り書いていきたいと思います。

 

ケネス・ブラナー監督の自伝的映画。制作のきっかけは、コロナ禍で初めてのロックダウンで感じたショックから。かつての生活が全く変わってしまい、これからどうなるかわからない状況であると同時にその不安を受け入れなくてはいけない…それがかつてベルファストで感じた気持ちに似ていた。という監督の言葉に無言で頷いた当方。

 

今年に入ってすぐ、世界中に暗雲が漂った。「見ようとも知ろうともしていなかったからわからなかったんだ」と言われればぐうの音もでないけれど…衝撃だった戦争開始。まさか今の時代に政略戦争が行われるなんて。名の通った大国が小さな国を襲う。

どちらにも自国に立った正義があるし、一概に「悪いのはどちらだ」とは言えないけれど。当方が悲しくなるのは「日常が生活がプライドが命が理不尽に奪われる」こと。

 

「どうしてそんな危ない場所にとどまるのか」「落ち着いて暮らせる場所に移動すればいいのに」言うのはたやすい。

 

「ここが私の生きる場所だから」「生まれてからずっとここで暮らしてきた」「周りの人も皆ずっと一緒だった」「ほかの場所なんて考えられない」そう考える人を否定はできない。

けれど、その場所を離れた人もまた否定はできない。「危ないから」「身を守らないといけない」「家族と安全な場所で暮らしたい」そう言って去ることは何もおかしいことではない。

 

ベルファスト。生まれた時から誰もが顔なじみ。のどかだったはずの街に、ある日突然暴動が発生した。

この作品は9歳のパディ少年の目線で描かれるので…大人たちは前からきな臭くなってきていることに気づいていたのだろうな…と思う当方。

主人公のバディ。気になるクラスメイトのキャサリンの気を引きたくて勉強を頑張る。家族や祖父母に愛され、やんちゃで元気な9歳の少年。

バディ目線だからこそ、日々の暮らしや、家族総出で映画館に出かけた楽しい記憶がきちんと描かれているのだろう。けれどそんな日常にも不穏な要素が増えていく。

お金を工面するために出稼ぎにいく父親。治安が悪くなっていくベルファストで子供二人を守らなければならなくてピリピリする母親。久しぶりに会っても喧嘩する両親。いつも母親の相談に乗っていた祖母。

プロテスタント武装集団の暴徒もまた顔なじみ。帰宅していた父親に追放運動に加わるように迫ってくるが、断ったことでパディたちにも危険が迫ってきた。

 

「自分も親もそのまた親も代々この街で生まれ育った。この街の人と恋に落ちて結婚して子供を授かった。この子もまた、この街で育っている。一体ほかのどこで生きていけるの?(言い回しうろ覚え)」

この街は私のすべて。街を離れることはできないと語った母親の苦悩。そして決断。

 

「自分の愛する場所への思い入れと安全な生活を送るという二つが天秤にかけられる」なんでそんな判断をせまられないといけないのか。そして、どちらを選んでも心に傷を負ってしまう。辛い。

 

あの日。突然世界が一変した。これまでの暮らしが当たり前ではなくなった。変わらず楽しいこともあるけれど…大人たちはピリピリして、どっしりとした雰囲気がなくなった。「大丈夫」普段はそう言って優しくなでたり抱きしめてくれる相手が落ち着かない様子だと、こちらも怖くなってくる。

(不安な時に「大丈夫」そう言って抱きしめてくれる相手なんて、大人だって欲しいよ)

 

家族が安心して暮らすにはどうしたらいいのか。この家族の決断を、否定も肯定もしない。なぜなら監督の自伝的作品。実際にあったことを描いている(らしい)。これは家族の記録。

 

けれど…日常が脅かされるなんて考えたことない。学校や兄弟で遊ぶこと。母親に甘えたり、たまに帰ってくる父親と話をする。祖父祖母の家に遊びに行って、たまに皆が揃ったら映画館に映画を観に行く。外を歩けば誰もが顔なじみで、街中互いにどんな人間か知っている。そんな場所で生きていくはずだった。

 

「そんな場所で生きていくはずだった」

けれど。様々な状況、ご時世。思いもよらない出来事があっという間にこれまでの常識を覆していく。そんな事態を目の当たりにしてきた昨今。最早何に対しても他人事ではない。

 

そして。ラストシーンの恰好の良さよ。こういう選択も当然ある…。

 

有事の際。人はどう生きるのか。そしてかつて人々はどう生きたのか。

ただし。どういう選択をしても。生きることは必ずしも辛く悲しいばかりではない。

どんな場所でも人は生きる。場所だけはない。生き方を選ぶのは自分だ。

 

こんな時代だからこそなお、求められた作品だったんだろうなと。観逃さなくてよかったです。