ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「サウンド・オブ・メタル~聞こえるということ~」

サウンド・オブ・メタル~聞こえるということ~」観ました。f:id:watanabeseijin:20211024203128j:image

メタルバンドのドラマー・ルーベン(リズ・アーメッド)。バンド仲間で恋人のルー(オリヴィア・クック)とトレイラーハウス暮らし。場末のバーを転々としながら日々大音量の演奏を繰り広げていた。

ある日突然耳の調子がおかしくなった。耳鳴り、籠った音しか聞こえない。薬局に駆け込むと大至急病院を紹介され、耳鼻科を受診。検査の結果、8割の聴覚を失っていると判明した。

バンド演奏で生計を立てている手前、隠し通せるはずもなくルーに告白。共通の知人から難聴者たちのコミュニティを勧められて向かったルーベンとルー。

 

聴覚体験を再現したという今作。きちんとした音響の映画館で観るべきとのことで、当方も『odessa』という音響システムが装備された映画館で鑑賞してきました。

確かに音が…耳鳴りや籠もった気持ち悪さ。そして後半のあの歪んだノイズ。拘っている。

 

冒頭。大音量のメタルバンドの演奏と振動に圧倒。けれどその次のシーンでは穏やかな朝を迎える恋人二人の姿が描かれる。

バリアフリー字幕版であり(コーヒーが湧く音)など、日常の音などにも字幕が入る。耳が聞こえていた時のルーベンの日常。かつては薬物中毒で荒れていた。けれど、今の恋人ルーと出会った4年前から薬物には手を出していない。お互い不安定な部分もあるけれど支え合う相手が出来たことで安定した気持ちが生まれた。二人でトレイラーで移動しながら好きな音楽を生業として生きていく。そんな気ままな暮らしが気に入っていた。

 

なのに。突然耳がまともに聞こえなくなった。耳鳴りがし、音が籠ったりして聞き取れない。耳鼻科を受診したら、検査の結果「今のあなたの聴力は8割方奪われている。」と告げられた。

急な発症。その原因を追究している暇はない。進行が早すぎるし、これ以上進む可能性は大いにある。人工内耳という手術を選択するという手もあるけれど、高額だし今後の状況を見極めないと…今すぐには勧められらない。医師の言葉に呆然とするルーベン。

 

その夜。ドラム演奏が出来ず、途中でバーを飛び出したルーベンは、驚いて追いかけてきた恋人のルーに自身の聴力障害について告白する。

 

二人の共通の通人から、あるコミュニティーを紹介されたルーベン。ルーに強く勧められ向かった場所は、「聞こえないことをハンディキャップだとは思わない」という信念を持った難聴者コミュニティだった。

 

「あの…どうしてその耳鼻科に継続して通院しないのかね?」

若年発症型両側性感音難聴(日々爆音のメタル演奏をしていたことが原因かもしれないけれど)。ただでさえ耳はいまだに解明されていない部分が多く、特に難聴は早期に治療しないと聴力を失ってしまう。

聴力障害を発症していて、しかも深刻なレベルにまで至っている。これからどうしたいかを考えながら、ひとまずステロイド投薬開始とか…にはならない。だってルーベン以降通院していないから。

音楽で食べてきたルーベンにとっては死活問題。動揺し荒れるルーベンを支えるルーが提案し連れてきたのは難聴者コミュニティだった。

先天性、後天性どちらも。ここに居る者の共通点は「聞こえない」こと。

けれどそれはハンディキャップではない。手話を使って会話し共同生活を行う。近くにある学校の授業を手伝ったり、できることをする。教会がバックに付いていることから金銭的な心配をする必要はない。

ただし、ここに居ていいのは「聞こえない本人」だけ。外界との繋がりを絶つためにスマートフォンも没収されたし、ルーとは今生の別れを体験した。

 

このコミュニティに来た頃には、ほぼ聴力を失っていたルーベン。

最愛の恋人ルーを失い。コミュニティーのメンバーは手話で雄弁に語らっているけれど、全然何を話しているのか分からない。苛々する。

「全編手話で進む映画…あったな。手話って手だけじゃなくて全身を使って表現していると感じた。」

watanabeseijin.hatenablog.com

 

バンバン机を叩きながら。その振動で注目を惹きつけ、会話し豪快に笑う。皆は楽しそうだけれど、その団らんの中で孤独を感じるルーベン。

 

そんなルーベンの心をほどいたのが音楽の力。手伝いにいった小学校の子供と、滑り台に顔を押し付けながら交互に滑り台を叩く振動で演奏の時の感覚を思い出した。

「音が聞こえなくても、音楽を感じることが出来る!」

ここでドラマー・ルーベンが生きてくるとは。涙もろい当方、目がウルウルのシーン。

(ここで思い出したのが、数年前の『FAKE』というドキュメンタリー映画。難聴のある男性の「僕の頭の中には音楽が流れています!」という言葉)

watanabeseijin.hatenablog.com

 

心の滓が解けて。手話を積極的に学んで習得し、コミュニティの仲間とも打ち解け始めた。遂には代表者のジョーから「これからもここに残って私の手伝いをしてくれないか」と言われるほどの信頼関係も生まれた。

 

けれど…忘れられない。恋人、ルーのことが。

 

かつて薬物中毒者だったルーベンを救った、恋人のルー。けれど彼女もまた左手はリストカットだらけ。つまりは共依存することで互いの精神を安定させていた。

俺がいなくても大丈夫か。住処を失ったルーは大嫌いだった実家に戻ったはずだけれど。父親との関係はどうなのか。俺がいなくても歌えているのか。

そう思うと抑えられなくて…禁止されている(の割には簡単にアクセスできる)インターネットを通じ、ルーの近況を調べてしまい。心が揺らいでしまう。

今回の感想文はほとんどネタバレしていく流れになりそうですが…結局ルーベンは人工内耳埋め込みを選択するんですわ。

 

難聴に対し、人工内耳埋め込みという治療があることは知っていましたが「どういう聞こえ方をするのか」という体験は初めて。なので「こういう…」という衝撃がありました。

 

突然両方の耳が聞こえなくなった。それは不可逆で止められない。ルーベンが戸惑い、怒り、そして自身の状況を一応は受け入れた。安定した世界(=コミュニティー)で満たされていたけれど。外界にいる恋人を意識すると「聞こえていた世界」に戻りたくてたまらなくなった。

 

サウンド・オブ・メタル」

人工内耳は聞こえていた頃の音を完全に再現することは出来ないという現実。これが俺の求めていた音なのか。久しぶりに再会した恋人の歌声すらも頭に響くノイズになる。メタルとはそういう意味だったのか。これは辛い。

 

とはいえ、人工内耳だって決して悪い選択肢じゃない。(かつて聞いた「合う人には合う」の意味を当方は知ったけれど。)ただねえ…インターネットでちょっとやり取りした程度で、サクッと手術をするような病院はいかがなものかと思う当方。聞こえ方についてとかの事前説明とかきちんとなされたのか。今後のフォロー、やってもらえるんですかね。なんだか胡散臭い。

 

やらない後悔をするくらいならばやって後悔したらいい。後から「あの時ああすれば」と思うのは時間の無駄。そう思う当方。

 

聞こえる世界に居たいともがいたルーベン。

そんな彼が初めて「静寂の中にこそ自分を感じる」を体感したシーン。本当に自分の状況を受け入れた瞬間。観ている側もハッとしたラスト。

 

映画館を後にする道すがら。映画館で見かけた女性二人がしきりに手話で盛り上がっていた。彼女達にはどう映ったのだろうか。

 

彼が耳にしたのは「喪失」か「希望」か。

当方は後者であると信じています。