映画部活動報告「ひとよ」
「ひとよ」観ました。
2004年5月、雨の夜。母は父を殺した。子供たちのために。
「ねえ聞いて。母さん、父さんを殺しました。」「あんたたちはもう何にもおびえなくていい。自由に生きたらいい。」
出頭しそのまま逮捕。刑期を勤め上げた後、消息不明のまま。
15年後の2019年。約束通り母が帰ってきた。
稲村家。母親こはるを田中裕子。長男大樹を鈴木亮平。次男雄二を佐藤健。長女園子を松岡茉優が演じた。監督白石和彌。
「日本のノワール作品は絶滅した。バイオレンスジャンルも危うい。」そう危惧する当方にとって。「もしかして…。」と期待する、白石和彌監督。
と言っても今や売れっ子。バイオレンスだけでは無く色んな作品が立て続けに制作公開される昨今。
そして今回『家族の絆』という超王道のテーマ。一体どういう見せ方をするのかと、期待と不安半々で映画館に向かったのですが。
「これは言うならば…寅さんやな。」
ど〜おせオイラはヤクザな兄貴。わかあっちゃいる〜んだ妹よ〜。
(寅さんは風来坊なだけで。犯罪者ではありませんが。)
愛する子供たちに暴力を振るう夫。家は心安らぐ場所では無い。暴君の罵声が響き渡り。いつ爆発するか分からない怒りに家族で身を縮め、怯えて過ごす。もう耐えられない…私が殺してやる。
子供たちを守る為。人生を棒に振ろうが構わない。これは正義だから。正義の犯罪者。
母こはるに罪の意識は無い。三人の子供たちも父親からの暴力からは解放された。けれどそれは…新しい地獄と引き換えだった。
自営の地元タクシー会社。そこに押し寄せた世間からのバッシング。嫌がらせの数々。
叔父がこはるからタクシー会社を引き継ぎ。何とか立て直し。何度も引いては押し寄せる世間からの悪意に耐えながら、何とか地域から信頼されるまでいたった。
三人の子供たち。
長男大樹。子供時代からあった吃音は治らず。電気屋の娘と結婚し、一人娘を授かったが現在夫婦仲は破綻寸前で別居状態。
次男健二。かつては小説家を目指していたが。東京に出て現在はフリーライターとしてエロレポートを書いている。
長女園子。美容師を目指して専門学校に進んだが、母親の事で嫌がらせを受け中退。スナックで働く日々。
「こんなはずじゃなかった」人生。
犯罪者の子供というレッテルは想像以上に人生の通過点で毎度足元を掬ってきた。
そんな子供たちの前に。あの夜の約束通り。母こはるが帰ってきた。
「一体どんな顔したらいいんだよ…。」
実家で暮らしている大樹と園子は、戸惑いながらもこはるを受け入れた。けれど…一報を受けて東京から帰省してきた健二は頑な態度を崩さない。
こはるが捕まった後。服役中。残された子供たちは『犯罪者の子供』としてどれだけの辛酸を舐めてきたか。家族だけじゃない。タクシー会社にも散々嫌がらせがあった。それを何とか受け流し、再び地元からの信頼を得るまで…叔父をはじめ、社員一同どれだけ苦労をしたか。何禊を終えたみたいな清々しい雰囲気で。どの面下げて帰ってきたんだ。
「確かにこれを言う役割は要るよな…。」
兎に角こはる周りの人間関係には悪い奴が居なくて。タクシー会社の面々は諸手を上げての大歓迎。大樹と園子も戸惑いながらも受け入れ体制。
『子供たちを救う為』大義名分の犯罪にこはるの周りは寛容だけれど。でも『犯罪は犯罪だ』と声を上げる者は居て然るべきで。
また、フリーライターという職業も相まって。どうやら母こはるについてを再考し、記事にしようとしているのではないか。しかも悪意に満ちた感じで…そう臭わせる健二の行動。
「いやまあ…お気持ち分かるけれどさあ〜。そんなトゲトゲしく。」思わず溜息が出てしまう健二の態度。けれど。
「健二よ…。」
終盤。吐き出すように語った健二の言葉に。不器用が過ぎると頭を振った当方。
あの夜。母こはるが自分たちに自由をくれた。絶対に無駄にしたくない。自分が望んだ未来をきちんと掴み取らなくては、母が犯罪者になった意味が無い。
「憎たらしい事ばっかり言ってたけれど。あんたもお母さん大好きやねんなあ〜。」
稲村家をメインに据えてはいるけれど。
稲村タクシーに勤め始めた堂下道生(佐々木蔵之介)。一見穏やかで人の良さそうな。けれど一体どういう経歴の持ち主なのかよく分からない。そんな堂下が隠していた過去。
胸が温まる、ずっと大切にしたい。そんな息子と過ごした夜の思い出が。かつての自分の行いでぶち壊しになってしまう。
タクシー会社の古株社員、柴田弓(筒井真理子)。認知症で徘徊癖のある母親の介護をずっと頑張ってきた。疲労困憊で。ある夜、もういいやと刹那に身を任せたら…取り返しのつかない事が起きてしまった。
そんな。稲村家以外の登場人物たちに起きた、いくつもの夜を描いて、そして交差させていく。
「皆が普通だと思う夜も。自分にとっては大切な一夜というものが誰にもある(言い回しうろ覚え)。」
こはるの言葉がしみじみ沁みる。
15年の年月を経て。また新しい夜を超えて、再び繋がった稲村家の絆。
バイオレンスな描写がお得意な印象のあった白石監督が。まさかのヒューマンファミリー作品。しかも寅さん系のあったかいやつ。
「これは…毎年恒例でシリーズ化しても観られそうな気がするぞ…。」
ファ~ン。タラリラリラリ~。あのかん高いファンファーレが響く脳内。
何はともあれ。15年の隙間を埋め尽くして。彼らには幸せになって欲しいです。