ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「声もなく」

「声もなく」観ました。
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片田舎で卵の移動販売を営む、青年ティン(ユ・アイン)と相棒のチャンボク(ユ・ジェミョン)。しかしそれだけでは生活が成り立たず、犯罪組織の下請け作業・死体処理を請け負って生計を立てていた。

生まれつき口がきけないティンと、片足が不自由なチャンボク。移動販売と並行して死体処理にいそしむ日々。

ある日、身代金目的で誘拐された11歳の少女チョヒを預かることになった。

自分たちは死体処理を専門としており生きている相手はできないと抵抗したが「一日だけだ」とかなり強引に押しつけられてしまった。

しかも、トラブルが重なり…ティンとチョヒの疑似家族生活が継続することになってしまう。

 

1982年生まれ、新人のホン・ウィジョン監督作品作品。

 

どこかほのぼのした雰囲気をまとわせながらも全然緩くない。むしろ哀しい。

 

ティンとチャンボクは一見親子のように見えるけれど、実は他人。ティンを子供のころからわが子のように面倒を見てきたチャンボク。他の世界を知らないティンはチャンボクのそばを離れることができない。

貧困と身体的ハンデ。最底辺で暮らす二人は犯罪組織の下処理を請け負い生きている。

そこに罪悪感はないけれど、死体を埋葬するときチャンボクは祈りをささげる(チャンボクはキリスト教徒らしい)。

 

たんたんと同じことを繰り返す日々。そう思っていたけれど、ある日無理やり押し付けられた11歳の少女チョヒの存在は二人の日常を大きく変えていく。

 

「11歳て。色んなことを理解できる年齢にこんな…人格形成に悪影響を及ぼすことばっかりが起きている」

チョヒ。「弟と間違って誘拐された」という理不尽に加え「どうやら親は女の子には金を払わないつもりらしい」という最悪さ。親に見捨てられたも同然のチョヒを誘拐した側ももてあまし、回りまわって下請け業者であるティンとチャンボクのもとに放り出された。

とはいえティンとチャンボクもチョヒの面倒は見きれない。何とか誘拐犯とコンタクトが取れたが「チョヒを家族のもとに戻したかったら誘拐を手伝え」と共犯になれとつきつけられた。

自分を捨てた両親。けれど戻らないわけにはいかないと、自ら誘拐犯たちに協力するチョヒ。

はたして彼らの着地する先とは。

 

ティンには年の離れた妹ムンジュがいて、集落でも離れたあばら家に二人で暮らしていた。そこで共同生活をすることになったチョヒ。

はじめこそ、ムンジュの野生児っぷりに「この子もどこかからさらってきたのか?」とティンを警戒していたチョヒ。けれど二人が本当に兄妹で、この不衛生なごみ屋敷は生活水準の低さゆえのていらくと知り、次第に家の中を切り盛りしていくようになっていく。

 

絶妙な演技の掛け合い。そんな俳優陣の中、やはり主人公ティンを演じたユ・アインの存在感よ。監督が「ティンのイメージはゴリラで」と説明したそうですがまさにそんな感じ。15キロ増量し、もったりした体形。常にうっとうしそうな表情。生まれつき声が出せないティンのもどかしさと諦め。

余計な説明が一切ない(言葉で説明しない)のに、ティンの持つ心情ややさしさがこんなに伝わるなんて。

 

チャンボク。金に目がくらみやすく小心者。結局一番面倒なことはティンに押し付ける。でも面倒見がよいから見捨てたりはしない。妙に信心深い。人間味があるけれど、結局こういう人間がホイホイとボーダーを超えて犯罪に染まってしまう。

 

チョヒを「お姉さん」と呼んで慕っていたムンジュ。ムンジュがはしゃぐ姿だけは偽りがなくて、でもその純度の高い世界のはかなさには切なくなってしまう。この一連の出来事のあとムンジュはどうなるのかを考えると胸が痛い。

 

そしてチョヒ。聡明な彼女がこの誘拐事件でどれだけ傷ついたことか。これまで裕福で恵まれた生活を送っていたけれど、自分は家族の中で切り捨てられる存在だと知ってしまった。疑似家族に癒される瞬間もあるけれど、やはりここも自分のいる場所じゃない。

この誘拐事件を通じて、チョヒは自らをどこに置くべきなのか迷っているのだなと感じた当方。家長制度をとった本当の家族か、疑似家族か。どこかに所属していないと身の置き所は不安定なものとなり、下手したら売り飛ばされてしまう。

最後に下した判断には、チョヒなりの「ここでうまくやってみせる」という覚悟を感じた。けれどそれは選ばなかった側の家族にとっては破滅へのカウントダウン。

 

どれだけ声をあげたかっただろう。言葉で気持ちを伝えられたら。ティンとチョヒの関係は、時にはもどかしくそれでも心が通ったと思ったのに。

 

最後に、かつて4人で過ごした幸せな瞬間が流れた。当方の目からボロボロ涙がこぼれて…「なんでこんなことになっちまうんだよう」状態で幕は閉じられた。なんたる余韻。

 

淡くて切ない。胸が痛い。これはとんだ怪作です。