ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「無聲」

「無聲」観ました。
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2011年、台湾南部のろう学校で実際に起きた性暴力・セクシャルハラスメント事件を題材にした今作。監督は長編初監督作となった、コー・チェンニエン。

 

普通学校から台湾南部のろう学校に転校してきたチャン(リウ・ツーチュアン)。

頼りがいのあるワン先生(リウ・グァンティン)と転校初日に出会えた。

同級生の女子、ベイベイ(チェン・イェンフェイ)とも他愛もない会話をきっかけに仲良くなった。楽しい学生生活になるぞ。そう思ったのもつかの間。

ある日。学校と寮を結ぶスクールバス内で、チャンは複数の男子生徒から性的暴行を受けるベイベイの姿を目にしてしまう。しかも、翌日何事もなかったかのように彼らと遊んでいるベイベイに思わず詰め寄るチャン。

「遊んでいるだけ」そう言って諦めるベイベイを押し切って、ワン先生に相談するチャン。衝撃を受けつつも味方になってくれたワン先生は、いったいこの学校で何が起きているのかを調べていくが。

 

「実際に起きた事件…」あまりにも痛ましくて…苦々しい気分になる。

 

小学校から高校まである寮制のろう学校。子供たちは付き合いが長く、よくも悪くも互いを知り尽くしている。誰が強くて誰が弱いのか。序列を把握しており、弱いとされた者は諦めるしかない。だって、大人は助けてくれないから。

「ふざけていたんでしょう?」「どうしてそんなことをいうの?」「まさかあの子が」かつてそう言って助けてくれなかった大人を、子供は二度と信用しない。

しかも舞台はろう学校。彼らの中には「普通学校は辛い」「授業についていけない」「できないやつ扱いされる」と普通学校に傷ついた経験を持つ者もおり、なおさら「ここ(ろう学校)にしか自分の居場所がない」としがみついてしまう。

 

スクールバスの中で見てしまった性的暴行。いてもたってもおれなくて、信用できるワン先生に相談した。先生はすぐに動いてくれて…生徒たちへの聞き取り調査の結果、120件以上という膨大な件数の性暴力とセクシャルハラスメントが校内で起きていたことが発覚した。

 

かぎつけたマスコミにはうわべで対応。事件を洗い出し、改めて生徒たちに性教育を行った。これでおしまい…あまりにも馬鹿にした学校の態度。当然そんなことでは問題が解決するはずがない。告発したチャンはすぐさま加害者たちの恰好の餌食になった。

 

主犯格のユングアン(キム・ヒョンビン)。ほとんどの生徒が素直に何があったのかを告白した中、唯一「俺は何もしていない」「誰も俺には手出しできない」と不敵に笑う。

 

正義の味方になりたい。ヒーローに憧れるチャン。友達のベイベイが性被害にあっていると知って、必死に守ろうと奔走するけれど…それゆえに、視野が狭くなり正義の物差しが歪んでいく危険性を感じた当方。

中盤。ユングアン率いる加害者集団が下級生を連れてきて「~をしないとベイベイがどうなっても知らないぞ」とチャンにとあるハラスメントを強要するシーンがあった。

泣き叫ぶ下級生に対し、ベイベイを守りたい一心でユングアンに従ったチャン。その判断に「自分が大切にする者を守るために誰かを傷つけることは正義か」と険しい表情が崩せなかった当方。「わかるか。お前もまた加害者になった瞬間なんやぞ。どんな事情があるにせよ、この下級生にとっては関係ない。お前も加害者になってしまったんやぞ」

とはいえ、こういう事態でとっさにどういった判断ができるものなのかというと確かにわからない。ましてや追い詰められた十代の少年に正義を問うのは酷ではある。

けれど。この行為をとった動画(胸糞悪い)を見たチャンの母親が「あなたは人を殺せと言われたら殺すのか」と息子に激怒した。その通りですよ。

 

「でもねえ。こういうことが積み重なったんやろうなと思うよ」

閉塞した環境。聞こえるはずの者たちは自分たちの声を聞こうとしない。決して声をあげなかったわけではないのに。自分たちの言葉を理解しようとしなかった。わかろうとしない。自分たちの声は届かない。ならば、同じ世界に住む者で痛みを共有しろ。

 

「成績優秀で教師たちからの信頼も厚い生徒が実は黒幕、って。王道すぎるけれど…ユングアン…辛い。これは辛い」

どこまでも憎たらしかったユングアン。けれど彼もまた被害者の一人であり、しかもそこから育ってしまった感情に彼自身が揺らいでいた…あまりに苦しくて、ユングアンの内心を唯一知ることとなったワン先生と一緒に泣くしかなかった当方。「畜生!お前だって生きていてほしいよ」(あとねえ…あそこまでバッサリ傷つけてしまったらもうその手は動かなくなりますよ)

 

校長をはじめ。どこまでも腐りきっていた学校の教師陣の中で、唯一まともだったワン先生。彼が最後まで誠実な人物であったことに心底安心した…だってワン先生が離れたらもう生徒たちに希望は無くなってしまうから。

 

最後にふんわりと温かみを持たせながら、けれど少し不穏な要素を見せて幕を閉じたところに「ほらいわんことない。負の連鎖は断ち切れんよ」とまた眉をひそめてしまった当方。

 

ところで。ところどころ生徒らが放った「ここ(学校)にしか居場所がない」という言葉。

「月日がたてば卒業し、いずれ学生生活は終わるのに。ここしか居場所がないとすがる彼らは今後、一体社会のどこに居場所を見つけるのだろう」

本編で触れられることはありませんでしたが。ろう学校がすべてだと言い張っていた生徒たちは一体今どう暮らしているのか…今ならどう思うのか…実際に起きた事件ゆえに気になって仕方がないです。