ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「アナザーラウンド」

「アナザーラウンド」観ました。
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主人公のマーティン(マッツ・ミケルセン)は冴えない高校教師。愛する妻とはすれ違い家族からは浮いて、学校では生徒と保護者たちから駄目だし。鬱々と過ごす日々だったが、同僚ら三人との会食で久しぶりに深酒をしたことで解き放たれる。

「もしかして…ちょっと酒が入っている位の方が上手くいくのかもしれない。」

翌日。こっそり飲酒してから望んだ授業は大成功だった。それを一人の同僚に告白したところ、とあるノルウェーの哲学者の理論を持ち出され、四人で証明しようと盛り上がる。それは「血中アルコール濃度を常に0,05%に保つと仕事もプライベートも上手くいく」というものだった。

定量の酒を飲み、常にほろ酔い状態を保つ。そんな実験を始めたところ…これまで惰性でやり過ごしていた授業も活気に満ちたものとなり、加えてプライベートも充実し始めた。

人生が好転し始めた事に盛り上がる面々。しかし実験を進めるうち、制御不能となっていって…。

 

「あああああ。これはあかん。身につまされ過ぎて全身が痛い!」

 

酒の前には無力。理性など保つことが出来ない。そんなTHE酒飲み当方。何となく「マッツが酒ビンを直飲みしているポスター」につられて、ほぼ前情報なしで鑑賞…の結果満身創痍に打ちのめされた作品。

 

マッツ扮するマーティン。くたびれ切った中年男性。覇気が無く、愛している妻を始め家族の中では透明人間状態。しかも職業である高校教師生活もイマイチ。明らかに聞く気の無い生徒たちを相手につまんない授業を淡々とこなしていたら、ある日保護者たちが結託して苦言を呈しにやって来た。

辛い。寡黙でぐっと辛さに耐え続けたマーティンが、遂に本音を吐き出したのが同僚たちとの食事会。

他三人が料理に合わせて酒を飲む中。「今日は車で来ているから」と断っていたのに…薦められるまま、酒に口を付けたら止まらなくなった。

溜め飲んでいた思いを口にだして。仲間たちも慰め合い、思い出話に花が咲いて…そして終いには外で泥だらけになってはしゃぎまわっていた。

 

「こんな自分が居たなんて」

翌日。思わず少し酒を飲んで授業をしてみたら。今までとは違う手ごたえがあった。

同僚に相談すると、すぐさま先日のメンバーを招集。「人間は血中アルコール濃度を0,05%に保っているくらいの方が理想らしい。」「0,05%ってどれくらいのもんだ。」「ワイングラスで1~2杯くらい。」「ヘミングウェイだって酒を飲みながら執筆していたんだって言うぞ。」「それならヘミングウェイと同じく夜8時以降と週末は飲酒禁止。それ以外は飲んでOKってことで。」

遂には『飲酒により自信とやる気がみなぎり人生が上向きになるか』という論文に取り組むというテイで飲酒生活を始めた四人。

 

「ほろ酔い状態で日常生活を送ってみたら!何もかも上手くいく!」

マンネリ化していた授業もプライベートも。心持ちが変わると楽しくやれる。うんざりした表情しか見せていなかった生徒たちも、距離を感じていた妻も、皆俺に付いてきてくれている!嬉しい!楽しい!大好き!

 

「いやいやいや。絶対その壁超えてしまうって。」

まるで進研ゼミの勧誘漫画のごとくすべてが好転する様に、根っからの酒飲み当方は震えて首を振る。「我々酒飲みの性。絶対にもっと欲しくなる。程々なんて無理。」

 

案の定。「血中濃度0,05%より上げよう。」「制限を解除しよう。」そうなるともう…ただの『昼間っから酒飲んでいる人』に成り下がってしまう。

 

主人公マーティンの愛すべき同僚たち。幼い我が子に毎日振り回され、妻とは喧嘩ばかりの国語教師ニコライ。彼女募集中の、酔うと脱いでしまう音楽教師ピーター。昔の彼女が忘れられずに愛犬と二人暮らしの体育教師トミー。

家族とのすれ違い。孤独感。各々日常にしんどい所があり。そして職場では授業の進め方や、気になる生徒に心を痛めていた。そんな痛みを緩和してくれたのは酒の力。俺たちは運命共同体だ。一緒なら怖くない。

ほろ酔い状態なら上手くいっていたけれど。酩酊状態となるとタガが外れてしまう。

 

きっと理性的な人たちは言うんやろう。己の心と向き合え、酒に逃げるんじゃない。

ところが。当方もまた酒飲みなんで。彼らの暴走していく姿に共感してしまうんですわ。

 

とある休日。同僚宅に集まって悪い酒を片っ端から飲み倒す四人。初めこそ自宅内でどんちゃん騒ぎで済んでいたけれど。妻に頼まれた買い物をきっかけに酩酊状態でスーパーへ。店内を荒らしまわり、そのままバーに繰り出して大暴れ。

「本人たちは意識を失って騒いで。楽しいけれど、こんなの警察呼ばれるし下手したら死んでまうって。もういい年やねんから。」

 

作中のセリフで知ったのですが。デンマークって16歳から飲酒できるんですね。「この酔っ払いだらけの国は~!」と続いていましたが。そりゃあお酒とほどほどに付き合えずに身を持ち崩す若い人の割合は増えそうだなと思った当方。だって16歳とから堂々と酒を飲んで良いのならば当方はたらふく飲みますから。

 

けれど。そこを超えて分別の付く大人になったのならば…お酒とは上手く付き合わないといけない。ましてや、高校生たちのお手本となる立場ならば。

 

散々羽目を外した高校教師たちが、冷静になって己の立ち位置を見直した時。しっかりと足を付けて立つためには酩酊状態では居れないと悟る。向き会うべき相手とはシラフで誠意を見せなければならない。それは辛いけれど…酒の力を借りてはいけない。

 

登場人物の一人が去るシーンの上品なことよ。なのに寂しい…やはり当方もTHE酒飲みなんで。あの酩酊して狂った世界は魅力的だから、辛い現実には戻りたくない。そう思うのが分かる。

 

最終。まさにあのポスターのシーン。マーティン=マッツ・ミケルセンが酒を飲み、踊り狂う。その姿の悲しくて美しい事よ。

 

酒は悪くない。悪いのは人だ。けれどそう言い切れないのが酒飲みの性。息もだえだえになって、それでも言い逃れしたい。悪くない、人も酒も悪くない。

 

随分と酒飲みにとっては身につまされて苦しいお話ではありましたが。

 

酒の前には無力。いい年でも程々の距離感なんてつかめていないと思っていた当方ですが。

「流石に仕事中には酒を飲まない」「何か重要な事をしなければいけない時に景気づけに酒を飲まない(披露宴のスピーチは除く)」という常識はあるんだなという発見がありました。
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