ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「第三夫人と髪飾り」

「第三夫人と髪飾り」観ました
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19世紀の北ベトナム。絹の里を治める大地主の元、第三夫人として嫁いだ14歳の少女メイ。

一夫多妻制の時代。聡明でエレガントな第一夫人には一人息子が。妖艶で美しい第二夫人には三人の娘が居たが。一族にはさらなる男子の誕生が望まれていた。

大所帯での生活。一見すると仲睦まじく共存する大家族…けれどそこは女たちの思惑や欲望、嫉妬。裏切りや哀しみ。数多の愛憎が渦巻くるるつぼだった。

 

「まっこと、おなごというモンは業の深い生き物やのう。」

当方心に住むババ様(初登場)が溜息交じりにポツリ。ベトナムの歴史、全く存じ上げませんが。この時代に女子に生まれる事の大変さ。作中、第二夫人の娘が言っていた通り。「私、次に生まれる時は男に生まれたいわ!(言い回しうろ覚え)」

 

皆が皆そういうんじゃなかったとは思いますが。一族の繁栄のため、その土地の有力者の息子に娘を嫁がせる。女の価値は世継ぎとなる男を生むこと。

(どこの国にもあったんやなあ~。日本だって昔々なら宮中レベルであった話。)

 

14歳。まだまだ子供。嫁いできた時は無垢だったメイも、次第に「この家では世継ぎの男児を生んでこそ奥様と呼ばれる。」と知った。

 

30~40代の先代の夫人たち。仲良く卓を囲んで。時には旦那様との際どい話なんかも交換し合う。いかにも互いを尊重し合っているけれど…決して相手にマウントを取られまいと互いの出方を観察している。そんな二人の中に放り込まれたメイ。

旦那様だって慣れに慣れた手練れ二人よりは、新しくやって来た生娘の方に夢中になる。内心ざわつくけれど、実際目の前のメイの幼さに余裕を感じてタカを括っていた。けれど。

 

メイの妊娠。そりゃあ、10代の若い女子なら先代の二人よりは妊娠する可能性は高かろう。

三人の夫人の心に各々吹き荒れる感情。嫉妬。焦り。自分こそが『奥様』と呼ばれる存在になれるチャンスだという欲望。

 

「結構ドロドロした内容なのに。この…終始朝もやが掛かったみたいなソフトな映像美。北ベトナムという風景と19世紀の生活様式の素朴ながら丁寧さ。アジア女性ならではの肌のきめ細やかさ、柔らかでしなやかな印象。総じて美しくて…起きていることのえげつなさが下品には感じない。」

何というか…ぐずぐずに熟しきった果実のような。見た目が綺麗に色づいていて。少しでも歯を立てたら、果汁を飛び散らしてどこもかしこもべたべたに汚す…そしてその味は堪らなく甘い。甘くて脳がしびれる。そんな腐る寸前な甘さを感じる作品。

 

ネタバレですが。やはり触れざるを得ない。第一夫人の一人息子ソンと第二夫人の秘密。

「これは墓まで持っていく案件」とあくまでひた隠しにするしたたかさを持つ者と、愛ゆえに破滅していく者。その双方が…同じ敷地内で逃げられない。これは地獄。

しかも作中に「不貞の末に妊娠してちゃあ、そうなるわ」とか女中に言われていた男女が描かれていて。庭で旦那様にムチ打たれる男性と、頭を丸めて連れていかれる女性。そんな二人を見たからこそ、その後知った二人の関係に「おいおいお前たちは?」となってしまう塩梅。これはフェアじゃない。

 

「そう思うと、ソンの元に嫁いできたトゥエットがどこまでも不憫で…泣けてくる。」

こちらだって焦がれて嫁いだわけじゃない。なのにお前とは結婚できないとソンに拒否された幼い少女。彼女は何も悪くないのに。この時代には珍しく、離婚したいとトゥエットの父親を呼んだけれど。「お前は家族に泥を塗った。」と暴言を吐かれ。挙句彼女の取った行動…どこまでも痛々しい。

 

絹の里に嫁いだメイ。初めは『お客さん』だった彼女が目にした光景。無邪気だったメイは次第に女になり、妻になり、そして母になった。あまりにも性急に多くのモノを見てしまった、知ってしまったメイは果たしてこれからどう生きていくのか。そして生まれた子供の運命は…?

 

「私、次に生まれる時は男に生まれたいわ!(言い回しうろ覚え)」

「まっこと、おなごというモンは業の深い生き物やのう。」

女であるこの不自由さ。生き辛い。したたかでなければ。心を強く持たなければ。そして時にはとことん鈍感にならなければ生きていけない。そんな人生を歩む勇気。自分だけならまだしも。次世代の女に同じ思いをさせなければいけないのかという憂鬱。男でなければ。男ならば。けれど。

女だからこその喜びもあった。誰かを愛し、命を宿し、慈しむ。それはかけがえのない喜び。

 

最後。メイがどういう判断を下したのか。分からないまま幕は降りましたが。

女の象徴。かつて男になりたいと言った、幼い娘の長い髪が自ら落とされ、川に流れていった描写に。何故か希望を見たような。そんな気がして。

 

結局メイは生まれた子供と踏ん張って生きたはずだと、そう思っている当方です。