ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「15時17分、パリ行き」

「15時17分、パリ行き」観ました。
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クリント・イーストウッド監督最新作。

2015年8月21日。アムステルダム発フランスパリ行きの列車で。イスラム過激主義思想者に依る、『タリス銃乱射事件』こと無差別銃発砲テロ事件。

その場に立ち会い。初動で阻止した、若きアメリカ人青年3人。

 

実際にその事件に居合わせた。そして対峙した青年3人に。『本人』として出演させた。

そんな、実験的作品。

 

実際に。列車内でテロに遭遇し。対峙した(左から)アレク、アンソニー、スペンサー。
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最近。『アメリカン・スナイパー』『ハドソン川の奇跡』等、『THE 近年のアメリカ事件史』を題材に撮る事の多い御大が。

 

「遂に役者を使わず。実際の事件の当事者を使って。しかもその3人だけじゃなくて。列車の売り子や警官。居合わせた乗客なんかもかき集めて。そうやって撮った。壮大な再現フィルム」

 

主にはスペンサー(地獄のミサワ風なビジュアル)視点で。

 3人の青年たちの。少年期の出会い。挫折だらけの日々。「こんなの意味ないだろ」そう思って燻りながらも積み上げた軍での訓練。それが。

 

「人生に無駄な事なんて一切ない」

 

思わず押し黙ってしまう。正に運命に導かれた、そんなあの時。

 

94分。映画としてはコンパクトな作品。

 

列車での事件描写は…おそらくその中でも10分位。じゃあ他の時間はと言うと。3人の青年たちの出会いと葛藤。そして休暇を利用したヨーロッパ旅行。

 

普通の作りであれば。この『事件発生』の下りに時間を割いて。そこに関わった人物達のヒューマンサブストーリーを情緒たっぷりに描き出す。

 

「俺。この旅が終わったら恋人に結婚を申し込むんだ」「なあ。お前たちは覚えているか?俺たちが出会ったあの時を」「俺たち。いつだって最高だったよな!」主要キャラクターのうち誰かがこんな事を言おうものなら。「こいつ…死ぬな」そんなフラグも無し。なにしろこの作品の彼等は今も生きている。

 

とんでもない有事に遭遇してしまった人達。彼らは特別な人では無い。これまではごくごく平凡な。そんな人生を送ってきた。けれど。

 

一見平凡な。そう見える彼らの物語を紐解けば。何とも不思議な『ここに来るべきして来た』という道のりが見えてくる。

 

スペンサー。アレク。冴えない少年時代。キリスト教系学校で。教師にはADHDと言われ。共に落ちこぼれて腐っていた。そんな時。出会った黒人のアンソニー。瞬く間に友情が芽生えて。

ともに成人し。スペンサーとアレクは軍に入って。3人は休暇を合わせ『ヨーロッパ横断旅行』に出かける。

 

「誰かの役に立ちたい」そう志願して軍隊入り。努力したけれど、身体検査の結果思っていた部署には配属されなかった。

「有事が起きた時にどうやって身を守るか」「傷ついた人をどう助けるか」「護身法」地味…こんな事を身に付ける為に自分は軍隊に入ったのか。そんな思いも過るけれど。

 

「そりゃああんた。この日の為やったんやで」終盤。余りの適材適所に唸った当方。

 

この事件は…大体的に報道されましたし「ドキドキハラハラ。一寸先も見えないスリル」みたいな話ではありませんので。あっさりとまとめていきますが。

 

「この作品がつまらない」という感想。正直、分からなくはないです。と言うのも、「男3人のヨーロッパ旅行」のだらだら描写が結構長いから。

 

実在の人物。過剰な演出は無い中で。彼らの生い立ちにこれ以上の肉付けは出来ない。フィクションならば。もっともっと思わせぶりな引っ掛けが作れる。でも。彼らはフィクションでは無い。

 

「素人を起用?」そこに感じた不安。「どうせ、目も当てられない棒だろう」

 

彼等は確かにプロの役者では無い。けれど。スクリーンの中の彼等は決してみていられないような有様では無かった。想像以上に自然だった。

 

「これは演技では無い。無理に演じなくていい。ただ。あの旅を再現して欲しい」

 

恐らく。御大が彼等に要求したのはそれだけ。けれど。それはどれだけ難しい事か。

 

(勿論、百戦錬磨の製作スタッフ達が数多のセッティングとフォローをしたのだとは思いますが…)

 

彼らが一番ナチュラルに再現出来る方法。それは『同じ状況を作る事』。

 

だから。観ている側からしたら一見間延びしてしまう、男3人ヨーロッパ旅行。何てことのない現地の人との交わり。旅ならではの馬鹿騒ぎ。一見メインとは関係ないけれど。そうやって3人の記憶を引き出していく。そんな演出、見た事が無い。

 

そして。実際の列車と同じモノを貸し切って。乗り合わせた人達をかき集めて。そうして彼らで『あの時どうだったか』を再現させる。

 

「この事件がトラウマになった人は…云々」という声も聞きましたが。…トラウマになっていたとて。この事件を再現する。そうして出来上がった作品を通して俯瞰から自身が感じたいと思って参加したんでしょう、と思う当方。

 

ごくごく平凡な。と先述しましたが。この事件に於いて『有事に遭遇した際の対処』を徹底的に訓練されていた人物の存在は遥かに大きい。彼の存在が無ければ…ぞっとするような被害が発生したはずで。けれど。彼がこの列車に居合わせたのは本当に偶然。

「何故だかパリに行かなけばいけないと思うんだ」他の二人が気乗りしない中。スペンサーの気まぐれ。それだけ。

 

お涙頂戴のヒューマンドラマも無い。手に汗握るスペクタルも無い。ご都合主義も無い。美男美女のラブロマンスなんて微塵も無い。

数多の観てきた作品の枠には嵌らない。なのに。

『事実は小説より奇なり』正に。これが現実。けれどそれは奇妙な偶然に導かれている。

 

クリント・イーストウッド監督87歳⁈

 

全く…御大はまだまだ衰えず。仕掛けてくる罠にまたもや引っかかるばかりです。