ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「純平、考え直せ」

純平、考え直せ」観ました。
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奥田英朗の同名小説の映画化。森岡利行監督作品。

21歳のチンピラ、純平を野村周平。不動産に勤めるOL加奈を柳ゆり菜が演じた。

 

歌舞伎町。「いつかは一人前の男になりたい」と夢見る純平。けれど実際にはヤクザの中でも最下層チンピラ。アニキの後ろに付きながら雑用をこなす日々。

 

そんなある日。組長に呼び出されたかと思えば「これで敵対する組の幹部を殺ってこい。(=鉄砲玉になれ)」と銃を渡される。期日は三日後。

まさかの大抜擢に舞い上がる純平。組の下っ端仲間には「何で純平なんだ。俺にやらせてくれ」とやっかまれ。そしてアニキには「何で俺に一切の断りもなくオヤジは…」と嘆かれ。けれど「これで男になれる」と気負う純平。

 

時を前後して。馴染みの店のママから泣きつかれて、悪徳不動産屋に乗り込んだ純平。

その時純平を見て気になっていた。そして後日再び不動産屋に乗り込んできた純平を追いかけた、OLの加奈。

 

「つまんなかったから」そうして純平に近寄って。そして一夜を過ごして。結局決行の日まで行動を共にした。

 

「鉄砲玉?何それ」

 

「良い所に泊まって、良いモノを食べて、良い女を抱け。」オヤジとアニキから多額の小遣いを貰った純平。

二人で高級ホテルに泊まって。焼き肉を食べて。会いたい人に会って。二人で居れば満たされる。けれど…。刻一刻と時は近づいていく。

 

「これは…一体どういうテンションで観る作品なんやろうか。」物語が始まって暫く、戸惑が隠せなかった当方。

というのも…何だかとても…演出が古いというか…かと思うと良い所もあって…バランスが悪いというか。(歯切れの悪い言い方)

 

奥田英朗の原作未読。なので何処まで内容が沿っているのか。雰囲気は?…分かりませんが。(昔映画化された『ララピポ』。ふざけていましたが当方は嫌いじゃなかったですし、映画部部長に至っては当時雰囲気の良かった女性との初デートで観に行ったらしい(チョイス理解不能)作品でした。)

 

21歳の若いチンピラ純平は鉄砲玉になる。そんな純平に付いてきたOL加奈。彼女はSNSに依存しており、二人の様子を終始発信。

「そんなの、組の捨て駒にされているだけだ。」「捕まったら二十代全てを棒に振るぞ。」「というか死ぬぞ。」見たことも会ったことも無いギャラリー達に見守られ、様々な言葉を掛けられながら。タイムリミットは近づいてくる。

 

という流れなんですが。いかんせん演出が古い。画面上に着信音とアイコン、そしてメッセージ。加えてわざわざ読み上げてくる。何か…どうにかスマートにならんかったのか。全てを読む必要も無いし。あくまでも二人の刹那的な三日間に重心を於いて、その中で加奈がちらちらスマホ画面を覗いたらそんなメッセージがあって~とかでええやん。ため息を付く当方。

 

まあ。そもそもSNSにそんな事あげるなという話なんですがね。ヤクザがネットを見ないとでも?ほぼ実名出して「今日出会った人が鉄砲玉するんだって」って。純平、実行する前に相手方に捕まって殺される。又は警察に通報されるよ。加奈、その浅はかさ末恐ろしい。

 

ちょいちょい挟まれる、コントみたいなシーン。例えば純平とアニキが二人でお茶するカフェ。純平との会話で感極まって大声を出すアニキに「他のお客様も居られますから」と言いに来たカフェ店長に、「お前は感動した事が無いのか」「声を張り上げる程気持ちが昂った事が無いのか」(言い回しうろ覚え)と騒ぐアニキ。「何だこの純平劇場」困惑する当方。

 

そして純平像がイマイチ分からない。

「俺は一人前の男になりたいんだ‼」その一人前の男って言うのはどういう人間を指すんだ。アニキみたいな?って、アニキの尊敬エピソードも大して語られないし(寧ろ前述の面白劇場のイメージ)。母親との関係も決め手にならない。昔堅気の暑苦しいキャラクター、女はちょっと苦手って。それは分かったけれど。どこからその人格は形成されたんだ。

(こうなったら、加奈とはぽつりぽつりと話をするけれど、他は誰ともあまり話をしない。けれど鉄砲玉は引き受ける。秘めたる熱さを持つ。みたいなキャラクターの方がまだ分かりやすかったですよ。)

 

 

「ただ。野村周平が演じる純平には、不器用で未完成な人間だという説得力はあった。」

 

この作品で。当方が手放しに称賛するのが『柳ゆり菜の女優魂』。

 

はっきり言って、軽くて浅はかさで頭が良くない。けれど純平と過ごす事で変わっていく加奈。そんな加奈をどこまでも血の通った存在に仕上げた。

ヤクザがバックにいる、ヤバい不動産屋で。ずるずる辞められなくて腐っていた。つまんない毎日。そんな時、飛び込んできた純平。ワクワクして。付いていきたくなった。

そんな加奈にしか見えなかった。柳ゆり菜という女優では無く、加奈にしか見えなかった。

加奈を演じる為には脱ぐ事もエロも厭わない。だって必要だから。

 

この作品の中で突出し続けた柳ゆり菜。これは純平と加奈が中心の物語だけれど。こうなると俯瞰と純平単独の部分はほとんど切って、『加奈の視点から見た純平との三日間』をメインにして語らせた方がすっきりしたんじゃないかと思った当方。

何故なら。柳ゆり菜は他のキャストを完全に喰っていたから。

 

(当方がもう一人良かったと思ったのは、加奈の不動産屋同僚役の岡山天音。気弱そうだけれど実は歪んだ支配欲を持つアイツ…。ホテルでのシーンは最高の迫力でしたが。「ヤクザが絡む不動産屋相手におイタしたらあんなもんじゃ済まんやろう。そしてアンタもいつ銃を持ったチンピラが帰ってくるか分からんこの部屋で‼ハイリスク過ぎる‼当方なら不動産屋に加奈を連れていって…」というエロ展開を想像しかけましたよ)

 

冒頭でのエピソードがぐるっと回って最終の判断と繋がるので。「純平は考え直したのか」という結末にはならないのですが。

 

「純平はどうなったのか。」

 

それを示した加奈の表情。そのラストシーン。ただ表情だけで全てが分かった。

 

「何やねんこれ。」

最後の加奈の表情に。唐突に込み上げる感情。飲み込まれる。何やねんこれ。何やねんこれ。

 

こんなにも不器用でバランスが悪い作品…なのに堪らない。嫌いにはなれない。

 

この作品で柳ゆり菜を見付けた。凄い女優を見付けた。

 

「これは一体どういうテンションで観る作品なんやろうか…。」戸惑っていた気持ちは結局そう着地。

 

これは大きな収穫でした。(何て言い回し)

映画部活動報告「スカイスクレーパー」

「スカイスクレーパー」観ました。
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「香港。3500フィート(1066mm)の超高ビル『THE パール』。」「そこで起きた、人為的大火災!」「ビルに取り残された妻と二人の子供」「果たしてそこの唯一の住民、ウィルは愛する家族を救い出すことが出来るのか⁉」

 

皆様大好き、ドウェイン・ジョンソン=ロック様の無茶振り無双シリーズ

 

カリフォルニア・ダウン』では「最早相手は執拗に地球を壊すなにかだ」と地震とはかけ離れた災害エンターテイメントを見せ。

ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』では中身はオタクな少年を演じ。

ランペイジ 巨獣大乱闘』では「貴方もまた巨獣だ」。そして「両手を拘束している結束バンドを引きちぎった‼」というさりげなく見せた馬鹿力に目を見張り。

 

そんな「いつだって危機的状況。けれど彼は死なない…ロック様だからな‼」という無敵マッチョ俳優。ドウェイン・ジョンソン

 

今回は香港にそびえる、超高層ビル(スカイスクレーパー)『THE パール』が舞台。

 

超高層ビルって…。」顔をしかめる当方。特に今年、日本が地震だ台風だと自然災害に見舞われた事を思うと。住みたくない物件ですが。「猫となんとかは高いところに登りたがる」なんですかね?

権力の象徴=高層マンション最上階の住民。

 

かつてはFBI人質救出部隊のリーダーだったウィル。しかし悲しい雪山での事件からFBIを退職。その時の爆発に依って片足も失い義足。けれど。

事件をきっかけに知り合った現在の妻との間には双子を授かり。

『危機管理コンサルタント』として香港で一家穏やかに暮らしていた。 『THE パール』に。唯一の先行住民として。

 

香港の新進気鋭の実業家、ジャオが今最も注力している超高層ビル『THE パール』。

下には商業施設。そして高層部分は住宅マンションとして分譲予定。安全最終確認行程まで進んでいた。

 

「ビルの安全管理システムを24時間以内で分析して欲しい。これが君のビルアクセス権限コードだ。」

ある日。ジャオに呼ばれ、タブレットを渡されるウィル。受け取りジャオと別れた途端、襲われタブレットを奪われ。

 

そして件のタブレットからハッキング。幾つかのシステムをロック操作した上、『THE パール』に火が放たれる。

 

ご丁寧に解説するのはここまで。後はひたすら「ロック様が体一つで火の中へ‼」「幅跳び世界記録更新!」「敵の陣地に飛び込んだ‼」「奇跡に次ぐ奇跡‼」「高速で落下するエレベーターで当方の意識ならば即落ちるだろう」等々の連続。

 

結局は「ジャオに言いたい事があるんなら、どこかの山奥とかでやってくれませんかね?」というアウトロー連中の仕業なんですけれどね。「あんたたち。大迷惑。」

 

そしてそんなアウトロー連中に言いたい。ビル管理システムに潜り込める技術をプラスにしてマトモなビジネスに生かすとかさあ?…だって少なくともウィルの所属する管理システムよりは上なんでしょう?パスワードさえ入手出来たらあそこまで暴れられるって事は。

 

そしてジャオよ!部下が敵対勢力に通じているって事は、貴方への忠誠心が無い=不満があるって事やんか。何なんですか?残業代とかボーナスとかきちんと払って無いんですか?休みあげてないんですか?変にマニアックなビル作って大満足って…ワンマンになってないですか?オー人事に通報されますよ。

 

まあそんなチャチャは良いとして。

 

「ロック様は死なない」その鉄板ルールがあるから。多少ドキドキしようとも、まあどうにかなるだろうと言い聞かせ。「色んな所で色んな無茶やってんな~。」としみじみ。

 

後「スポンサーに粘着テープ会社が居るのか?」と疑ってしまうくらいの粘着テープ映画。傷を圧迫止血し、まさかのビルアクションにまで使用。「粘着テープは万能だ。」この台詞、CMにしても良いくらい。

 

超高層ビルの最上階にミラーハウス。ジャオの遊園地みたいな趣味や、「そのスマホ話、始めにしてたな~。」なんて些細な伏線もまさかの回収。所々変な部分は「ロック様の無双っぷりを観に来たんやろ‼小さい事でガタガタ言うな‼」と一喝。

 

「さあそして次。ロック様は一体どんな無茶振り無双をみせてくれるのか。」

 

そんなリクエストにいつまで答えるのか。

期待する反面、ロック様もアクション俳優達と同じ泥沼に進んでいる様に見えて。心配もしている当方です。

映画部活動報告「きみの鳥はうたえる」

きみの鳥はうたえる」観ました。
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函館出身作家、佐藤泰志の同名小説の映画化。三宅唱監督作品。

『僕』を柄本佑。僕の友人『静雄』を染谷将太。二人の間を揺れ動く『佐知子』を石橋静河が演じた。

 

「20代の夏。僕と静雄と佐知子の三人で過ごしたあの夏。ずっとこの夏が終わらない様な、そんな気がしていた。」

 

函館。とある書店で働く僕と、現在失業中の静雄。昔アイスクリームの工場で一緒に働いていたよしみで今でも友達。そして「家賃が浮かせられるから」と二人で同居生活。

深く干渉しない。そんな互いの距離感が心地よくて。毎日二人で朝まで夜通し飲んで。そして仕事は適当にこなす日々。

「しっかりしろよ」「お前本当にいい加減な奴だな」度重なる遅刻、無断欠勤。書店の同僚にはねちねち小言を言われるけれど。いつも適当にあしらってきた。

ある日。同じく同僚の佐知子とふとしたことから関係を持った僕。それから佐和子は僕と静雄のアパートに毎日入りびたるようになる。

三人で毎晩酒を飲み。家だけではなく、クラブだビリヤードだと街に繰り出す日々。

楽しくて。けれどいつまでもそんな日々は続かなくて…。

 

「何これ。傑作やないか。」(震え声)

 

20代。若くて。毎日気の合う仲間と夜通し飲み歩いた。ただただ一緒に居ると楽しくて。おかしくて。何も言わなくても分かり合える。そんな。幸せな日々。

 

そんなの。いつまでも続かない。

 

「でも。そんなの誰もが分かっているんよな。観ている側も。そして作品世界に生きる三人も。だからこそ、この奇跡の時間が愛おしくて。」

 

三人の登場人物の中で。『僕』を語り手にした妙。なぜならば、彼は空洞だから。

 

書店の店長と付き合っているらしい佐和子。かつては同じ工場で働いていたけれど、今はフリーターの静雄。

彼等を主体に物語を語らせると、彼等の背景が前面に出てしまって物語の純度が下がってしまう。

歳を取った当方としては寧ろ、「静雄のお母さんは一体どういう状態なんだ…」とか「アパートで静雄の作業している机に立っている『原発反対』みたいな本はなんだ。静雄の思想的な?」とか「店長‼(声にならない声。くたびれ切った中年、萩原聖人の色気!)」とか。気になって仕方無かったですけれども…そこには話が深まらない。

 

物事に対して、正面から向き合わなければならない事。

「仕事の事」「家族の事」「恋人の事」。どれもこれもきちんと向き会うのはしんどい。

 

「どうせバイトなんだし」「合わなければ辞めればいいし」けれど。そこで一生懸命働いている人が居る。責任を持って仕事をしている人が居る。駄目な自分を見放さなくて、守ってくれている人が居る。

(重ね重ね書きますけれど。本当に店長の懐の深さよ!当方なら自分の彼女が無気力なバイト風情に寝取られたとあったら、一発殴った上に辞めさせますよ)

 

正直顔も見たくない。そんな母親。自分から会いに行く事は無いけれど、なのに相手から会いに来る。そして拒めない。会えばあったでどんよりして。けれど。本当に二度と会えなくなるなんて思わなかった。

 

相手が自分に興味があるな。何となくピンときて。言葉を多く交わさなくても分かる。セックスをすればちょうどよくて。一緒に居ると心地よくて。何だか長く連れ添ったみたいな雰囲気で。だから「好きだよ」とか「ずっと一緒に居よう」とか言わなかった。

 

自分だけじゃない。危なっかしい同僚の存在。そんな奴、放っておけばいいのに…けれどそんな同僚もきちんとフォローする店長。

「俺。実は三年前に離婚しているんだ」既婚者だと思い込んでいた店長が、ポロリと『僕』にこぼした言葉。店長は佐知子と付き合っていた。けれどそれは不倫では無く。おそらく本気だった。「佐知子を大切にしてやってくれ」店長の心中を思うと胸が締め付けられる当方。

 

静雄が不在の時。アパートを訪ねてきた母親が一体何を伝えようとしていたのか。

静雄と母親と静雄の兄に何があったのか。語られていないので分かりませんが。

母親の突然の知らせにも「明日行けば良いんだ」と頑なに今すぐ駆けつける事を拒んだ静雄の一晩。それが静雄の母親に対する最後の抵抗であったんだろうなと思う反面、「それは一生後悔するかもしれないで」とヤキモキしてしまった当方。

恐らく…歳を取った当方は引っ張ってでも静雄を母親の所に連れて行ってしまうでしょうが。一緒に静雄と一晩過ごすという選択を取った二人に若さを感じた当方。だって彼等は「明日が無いかもしれない」なんて考えないから。

 

二人で居れば心地いい。三人なら尚楽しい。それで良い。佐知子は店長と付き合っているけれど、何となく最後には自分の所に来そうな感じだし。静雄も立場をわきまえていて、二人でイチャイチャしたい時には姿を消してくれる。二人でキャンプ?行けば良い。気の合う者同士で行ってこれば良い。

三人で下らない事を言い合って。朝まで缶のお酒を飲んで。たまにはどこかに繰り出して。雑魚寝して。それで通じ合えていると思っていた。だから。

 

「好きだ」とか「佐知子は俺の彼女だ」とか。言葉に出さなかった。敢えて言う必要も感じなかった。そうして『僕』は二人を失っていく。

 

辛い決断をすると決めた時。まともに取り合ってくれなかった恋人。「誰かに一緒に居て欲しい」そう思った時、佐知子の頭に浮かんだのは違う人だった。

 

「そもそも、男二人の中に女一人が入ったら関係が破たんするに決まっているがな。」観も蓋も無い言い方すれば…そういう事なんですが。

 

最後、幕が閉じて。「彼等はこれから一体どうなるんやろう」と思うのと同時に「覆水盆に帰らず」の言葉が浮かぶ当方。

 

何にしろもう、あの幸せなふわふわした時間には戻れない。

 

兎も角。奇跡の様なひと夏を「何なんだこの光と空気の纏い方は」という絵面で。

明け方の、目が覚める前の駆け抜けるような夢みたいな…そんな作品。

ひと夏の話を、秋の初めに観る切なさ。

 

「何これ。傑作やないか。」(震え声)。

彼等は夢から覚めたのに。こちらは未だに余韻が覚めないです。

映画部活動報告「リグレッション」

リグレッション」観ました。
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1990年。アメリカ・ミネソタ

ある少女アンジェラ・グレイ(エマ・ワトソン)が父親からの虐待を告発。事件を担当する主人公ブルース・ケナー刑事(イーサン・ホーク)。告発されたのはなんと同僚刑事。彼は事件の記憶が無いにも関わらず罪を認める。しかし何故その記憶は失われたのか。加えて、少女は一家が悪魔崇拝に憑りつかれていたと証言。

一家の事件を調べるにつれ、ケナー刑事はこの町にはびこる闇に迫っていく。

 

「実話に基づく衝撃のサスペンス!」「1980年代以降アメリカでは悪魔崇拝に依る儀式が次々と告発され、多くの人がパニックと疑惑の渦に巻き込まれた」(チラシより)

 

悪魔崇拝⁈オカルト案件か。」

当方は別にオカルトに造詣が深い訳ではありません。そして似て非なる『怖い話』なんかは絶対に聞きたくない…怖がりやし、如何せん田舎暮らしなんで。夜道に一人真っ暗な道なんてザラ。ですが…何故かオカルト話は意外と知っている。長時間に渡る通勤時のポッドキャストの中にもオカルト番組が入っているし。

 

「1990年代。悪魔崇拝儀式に振り回される人々…ありそう~。」

 

2000年も過ぎて最早20年近く。科学の子である現代人ならば「A・KU・MA?」と聞き返してくるんでしょうが。哀しいかな、1990年代の記憶もある当方からしたら。あながち馬鹿にも出来ない。

 

「1999年。地球終了。」ノストラダムスの大予言。どこか馬鹿にしながらも「何かは起こるんじゃないか」と過っていた。なんたって千の位が変わる年やし。

そんな終末期ムードも相まって。悪魔を崇拝したって良いじゃない。この世に自分を救ってくれる神などいない。そんな連中が集まって。ひたすらに悪趣味な奇行を繰り広げる。しかも大真面目に。…まあ、当方にとって『悪魔崇拝』とはざっくりそういう印象。

 

父親から性的暴行を受けたと告発した17歳の少女アンジェラ。当の父親にはそんな記憶は一切ないけれど。クリスチャンである娘のいう事なら間違いないと罪を認める。けれど。

それ以上捜査の進展は無く。煮詰まったケナー刑事は有名な心理カウンセラーに依頼し父親に退行催眠を行う。アンジェラの証言と並行して得られた父親の記憶。次第にアンジェラの住む家を拠点に、一家を中心とした悪魔崇拝者が集っていたという証言が飛び出し。アンジェラはその家族の奇行の果てに傷付けられたと。

アンジェラの兄、祖母。会った時は誰もがその事に対しふわふわしているけれど。父親と同じく退行催眠を行う事で、引き出されていく家族の記憶。狂っていく家族の精神。

 

そして。捜査を進めるにつれ。自身も悪魔崇拝者の陰に怯えていくケナー刑事。

 

概ね、そういう事をやっていたと認識しているのですが。

 

公開して半月。そもそも本国スペイン、カナダでは2015年に公開されている作品ですので。結構はっきりネタバレしながら進めてしまいます。

 

「あの…1990年とは言え。科学捜査は?被害者の証言と催眠療法で立証しちゃう?」

 

「私は傷つけられた。あの狂った家族に‼」そんな告発をしてきた17歳の少女。いたいけで、圧倒的弱者である少女。そんな少女が語る、おぞましい家族。実際に暴力を受けたのはこの子だ。だから悪いのは家族だ。

まずその先入観があるからこそ。「こいつらは狂った悪魔だ」そうとしか思えなくて。

 

「では何故父親は罪を認めた」

 

終盤。あっけなくオセロがひっくり返っていきますので。「(物語を成立する為に必要とはいえ)それはちゃんと墓場まで持って行かないと。じゃないとアンタが何故こんな話を丸のみしたのかの意味が無くなってしまうやんか。(だから、ケナー刑事には何かを匂わせる程度にしておいて、刑が確定した父親が一人になった時に…真実が回想で語られるとかさあ)」苛立つ当方。

 

はっきり言うと。この話に於いて誰が嘘を付いているのか。真実を語っているのは誰なのか。そして家族の付いた嘘を大人しく飲み込んで従った者。飲み込まれた者。そういう家族の姿を描いた作品だったんですよ。

 

だから。オカルト云々の『悪魔崇拝者』云々はセンセーショナルな嘘でしかない。けれど。その大げさな話を誰もが信じた。それが『THE世紀末』1990年代であった。

 

イーサン・ホークはまた『田舎に住む、頑なで融通の利かないケナー刑事』をしっかり演ってましたね。正直、当方にはケナー刑事と心理カウンセラー、あの二人のタッグがアンジェラの与太話をより加速させたとしか思えん。散々アンジェラの手玉に取られて、引っ掻き回したのはあの二人。とんだボンクラ。そんな大事件に発展する前に、アンジェラこそに心理カウンセラーを配置させろよ。あいつはサイコパス。いつかもっととんでもない事をやらかすよ。

 

まあ。当方が『いたいけで涙ながらに訴えてくるエマ・ワトソン』に一切心を動かされない性分。それがこの作品をひたすら冷静に見続けた所以ですが。

 

「これは実話に基づいた作品。」どこが?どこまで?そして告発され刑事罰を受けた人たちのその後は?そうして人様を陥れた輩は?一体どうなった?

 

そういう意味での『彼らのその後』が観たい。そんな気もする当方です。

 

 

映画部活動報告「プーと大人になった僕」

プーと大人になった僕」観ました。
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「僕はあれからもずっと『何もしない』をやってるよ。」

 

子供達に夢と希望を与えてきたディズニー映画。

その中でも鉄板の『太い客』を持つ『くまのプーさん』コンテンツが。

まさかの…『社畜』と呼ばれる中年を皆殺しにやってきた。

 

「何かやばい」「プーさん実写は怖い」「やられるぞ」

今作の予告編が解禁されるや否や。当方の目と耳に嫌でも届いてきた悲鳴。

 

クマのプーさん』A.A. ミルン著。
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作者の息子、クリストファー・ロビン。息子の持つぬいぐるみを基に、息子に語り掛けた夢物語。書籍化。
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そのことに依って『クリストファー・ロビンと100エーカーの仲間達』は世界中の人気者になった。

当方が小学生の時。クリスマス会のプレゼント交換で当方の元にやってきた『クマのプーさん』文庫本。

明らかに同級生の誰かが読んだ後の古本でしたが。粛々と読み。そして今でも当方の実家本棚に鎮座するその本。

「プーはハチミツが大好き」「プーが仲間の家の入口につっかえた話」「ちぇっちぇっ」(今現在その本が手元にない為、うろ覚えですが)
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のんびり者のクマ、プー。ネガティブなロバのイーヨー。心配性のコブタ。せっかちなウサギ。はっちゃけたトラ。親子のカンガルー。賢いフクロウ。終始未就学児童クリストファー・ロビンとぬいぐるみ達のふんわりしたお話が描かれていたと記憶していますが。

 

『100エーカーの森で愉快な仲間達と過ごしていたクリストファー・ロビン。しかし彼にも遂に仲間と別れる日が来た。ロンドンの寄宿学校に入学する事が決まったからだ。

「僕は絶対に君たちを忘れないよ」けれど。厳しい学校生活。戦争。次第に彼はかつての仲間達を忘れていく。結婚。娘の誕生。終戦。立派な会社(旅行鞄部門)に就職した彼は仕事優先で必死に働く日々。しかし彼の所属部門は伸び悩み、最早会社のお荷物。遂には同僚や部下をリストラするなどの削減を求められる。何とか回避できないかと奮闘。妻と娘との旅行もキャンセルし、一人家に籠る終末。そんな時。プーが現れた。』

 

冒頭の『100エーカーの仲間達とのお別れ』しんみりの風に包まれて。クリストファー・ロビンとプーが並んで座る姿に泣きそうになる当方。正直、そこで終わったとしても良い位でしたが。そこから何十年後。中年になったクリストファー・ロビンに。

 

「とんだアサシン(殺し屋)がやってきたよ…。」震える当方。

 

「久しぶり。」「ねえ。皆の姿が見えないんだ。しかもハチミツが採れなくて。クリストファー・ロビンなら分かるかなって。」

WHY~何故~に~。WHY~何故~に~。教え~てく~れ。何故?何故今こんなに切羽詰った時に、幼少期のぬいぐるみが薄汚れた姿で自分を訪ねてくる?やめてくれ。

しかもプーの奴、クリストファー・ロビンの家(主にキッチン)を大破。そりゃあクリストファー・ロビンも怒って100エーカーの森にプーを連れて行きますよ。

(あれ。家から放り出さずにきちんと連れて行った所はクリストファー・ロビンのやさしさやと当方は思いますがね。しかもプーの奴は100エーカーの森の木の出入り口からワープしてきているのに、こちらは電車で向かうって。当方ならプーの出てきた公園の木の傍にプーを置きますよ。此処から自力で帰れと)

 

100エーカーの森。すなわちクリストファー・ロビンの実家。(今作のロケ地、本物のクリストファー・ロビンが幼少期に過ごした森らしいですね!胸熱)そこまでプーを連れて行く。その道中から。少しずつ幼かった頃の気持ちを思い出していくクリストファー・ロビン。そして遂に仲間達との再会。

 

「ああ~。そうそうこいつらはこういう感じやった。」わちゃわちゃするぬいぐるみの連中に思わず目を閉じて頷く当方。そして。

「ちょっと待ってくれ。イーヨーめっちゃ可愛くないか。」
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何かと卑屈なロバのイーヨー。自虐キャラ。実際に存在したら絶対フレストレーションが溜る。けれど可愛い。イーヨー可愛さに胸が締め付けられる当方。

 

まあ。お話自体は『プーがプーにしてくる』『終始辞表を提出せよとの指令であった』『言いたいことも言えないこの世の中は ポイズン』。社畜よ目を覚ませ。お前たちの本当に大切にするべきものは何だ。それは家族との時間を潰してまでやるべきことか。思い出せ、幼い頃の気持ちを。

 

「それは風船より大切?」「何もしない。が一番好きだ」この二大パワーワード。その他割と短いスパンで放つ、言葉の手榴弾。我々中年を殺しに来る、100エーカーの仲間(アサシン)達。こちらとしては息もたえだえ。

 

クリストファー・ロビンは家族の為に頑張っているやないか。」「妻よ。あんた戦争中は働いていたけれど。どうやら今働いてないやん。」「やのに「私は貴方の会社と結婚した訳じゃないわ」って世知辛い。」「遅く帰って、それでも娘に本の読み聞かせをしようとする姿勢を評価してくれ。娘よ!宝島を読んで欲しいならちゃんと口に出して言え!」「同僚や部下を切らずに済む方法を模索していたやないか…。」段々泣きそうになる当方。

(ネットで「クリストファー・ロビン帰宅が遅いって妻に言われていたけれど21時台に帰れているやん」という書き込みを観た時は乾いた笑いが出てしまいました)

 

じゃあクリストファー・ロビンが本能の赴くまま退職届を出したら?妻子共々路頭に迷うやないか。しかも薄汚いポエマーぬいぐるみ集団と。それがお望みの答えか?夢の国の皆さんよ。

 

~という着地はみせない。「おい!ディズニー!流石にご都合主義すぎるぞ!」と思わなくもなかったですが。クリストファー・ロビンの『旅行鞄部門所属』が効いてくる。

 

「まあ~。これがベストアンサーじゃないですかね…。」唸る当方。

 

しかしまあ。散々社畜やくたびれ切った中年の心をもてあそんで。挙句また100エーカーの森に仲良く行ってしまった彼らを観た後。いつも通りの仕事をしている中。f:id:watanabeseijin:20180925231012j:image

これがふと過るのが。止められない当方です。

映画部活動報告「寝ても覚めても」

寝ても覚めても」観ました。
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柴崎友香の同名小説を濱口竜介監督が映画化。

 東出昌大が。麦と良平という同じ顔を持つ男の二役を。そして二人を愛し、愛された朝子を唐田えりかが演じた。

 

大阪。運命の恋に落ちた。

飄々とした恋人、麦を盲目的に愛する朝子。けれど。ある日突然麦は姿を消した。その後、朝子上京。

時を経て。東京。会社員良平は会社の横にある喫茶店の店員朝子と出会い、惹かれていく。

出会った頃はぎこちなかった朝子だったけれど。真っ直ぐ気持ちを向けてくる良平に、次第にいとおしさが込み上げてきて。

 

和)悪いけれど。私は朝子嫌いやで。

昭)早い早い早い。フライング。まだ俺ら紹介もされてないんやで。

 

大阪人の主人公の朝子、麦。そして東京で出会った良平も姫路出身と。メインキャラクターが軒並み関西人。そのよしみで。当方の心の関西人男女キャラクター、昭と和(あきらとかず)にだらだら感想を語って頂きたいと思います。

(出来る限りネタバレしないように進めますので、何時にも増して観た人にしか分からないような仕様です)

 

和)この作品を高評価する声は結構あって。嵌まる人にはとことん嵌まる。映画館で声を殺して泣いている姿もあったし。

昭)恋愛はままならない事だらけ。恋人に誠実でありたいけれど、自分の気持ちにも誠実でありたい。その結果とんでもない傷を相手に負わせてしまう。この作品は、そういう個人の『思い当たるふし』に刺さるんやろうね。

和)映画玄人達諸手の絶賛。これが分からないなんて不粋でお子様。そう言われてもやっぱり…やっぱり朝子が嫌い。

昭)嫌い…。フラフラ流されて、好きやと言われたら良い顔して。でも結局前の男を忘れていない。だから?

和)違う違う。朝子は一見流されているように見えるけれど、全然ふわついてないの。むしろ凄く自分の気持ちに整理を着けて行動したい人。元来ロジカルなタイプなんやて。

昭)どういう事?

和)かつて、ベタぼれしていた恋人麦が突然失踪した。そこに全然納得していないまま、麦と全く同じ顔をした別人良平に想いを寄せられて。初めこそ麦を意識してしまうからと良平を拒絶するけれど、結局は良平を受け入れる。

私はこの人と幸せになる。そう言い聞かせるけれど…ずっと納得してない。だから実は全然次のステップに進んでない。麦との関係の延長世界にずっと居るの。

昭)そして最後のあの行動。

和)自分の気持ちが今どこにあるのか。あれから何年も経って。もう気持ちは切り替わった。これからは良平との人生を、と信じていたのに。ここに来てその答え合わせをするチャンスが来た。

昭)飛び付くなよな~と思ったな。

和)自分の気持ちに誠実であろうとしたら、とことん周りを傷付ける事になった。私が朝子を嫌いなのは…気持ちは分かるけれど、相手に対する思いやりが一切無い自己中な所。所詮自分可愛さしか無いし。しかもその後の態度。ふてぶてしいにも程がある。

昭)どの面下げてノコノコ現れてんねん!と思ったな。

 

 

和)麦ってキャラクター。あれ、なんなんやろうな。

昭)冒頭の二人が美術館で出会う下りから。明らかなヅラ。目を疑うダサさのクラブ。友達宅での麦。そして最後の感じ。全てがホラーでしかなかった。あの一切の心がこもっていない話し方と表情も「あかん時の東出昌大やんか!」と思ったな。

和)ミステリアスと言うより『散歩する侵略者』の「何か」を取られた人みたいに見えたよ。朝子は一体麦の何に惚れたんやろう?麦の魅力が分からんのも、朝子の行動に理解が出来ん理由な気がする。結局は顔?

昭)そして何より朝子も麦も大阪人じゃ無さすぎる。大阪人はあんな喋り方せん。

 

和)喋り方から思ったけれど。朝子の大阪時代の友達。凄く喋りも演技も上手かったね。

昭)それを言うなら、東京に出て来てから出来た友達も上手かったし良かった。主人公達だけではふわふわしそうな話をしっかり脇が押さえてるの。

和)朝子が最後取った行動に、両極端の反応を見せた大阪と東京の女友達。

同じ女として、そしてどの時の朝子を見てきたのか。そして麦と良平どちらと一緒にいた朝子を見ていたかでで違ったんやろう。…でも。私もあかん…朝子とは絶交してまうやろうな。

 

昭)濱口竜介監督と言えば、前作の『ハッピーアワー』が印象的で。この作品を観ながらも、所々頭を過ったな。

和)5時間超えの超大作。37歳。同い年の女性4人のお話ね。

昭)あの作品でも、最終ある登場人物が取った行動に残りのメンバー達が揺り動かされるんやけれど。

和)あんな事するなんて!と憤る人物も居れば冷静に事態を整理しようとする人物も居た。作中の「だから貴方には相談しないんやで(意訳)」という言葉。…そうか。起きてしまった事に全員が同じ反応をする訳は無い。出来事をぱっと見ただけで一刀両断したらあかんな…。

 

昭)一見、朝子の取った行動は浅はかやし、下手したら誰からも許されないし、見放される。はっきり言って朝子には弁解の余地はない。自分の気持ちに嘘偽りの無い行動を、咄嗟とはいえ取ったんやから。だから…そんな朝子をどう受け止めるのか、受け止めないかの判断は良平に委ねられるんやと思ったな。

和)大人な昭さんは、朝子みたいな事をされたら許すんですか?

昭)許すかボケえ!人をバカにするんも大概にせえよ!猫は大切にするけれど、他のもんは全てほかすわ‼二度と現れるな‼

和)おいおいおい…。

 

二人の話に入りきりませんでしたが。『東北地震』という有事の絡め方も。「もし二度とあの人に会えなかったら」と込み上げる気持ちや、その後の被災地との関わり。「もし最終どうしても居場所が無くなったら朝子はそこに行くのでは…」と過ったり。

 

兎に角、纏まらないざらざらした気持ちになったこの作品。やっぱり今の時点では当方は朝子は嫌いやし、この話は苦手。

 

なのに…何故か話し出すと止まらなくなる。それからの物語を考えてしまう。

 

本当にねえ。困った作品ですよ。(誉めています)

 

watanabeseijin.hatenablog.com

 

映画部活動報告「判決、ふたつの希望」

判決、ふたつの希望」観ました。
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レバノン。シアド・ドウエイリ監督作品。

キリスト教徒トニーとパレスチナ人で工事現場の現場監督ヤーゼル。

きっかけは本当に些細な事だった。けれどそこで起きた傷害事件を発端に。「謝れ」「嫌だ」。次第に「これは人権侵害だ」「何を言うか」二人の意見は法廷に持ち込まれ。そこで繰り広げられる、両者弁護人による代理戦争の勃発。遂には国家を揺るがす大論争へと発展していく。

 

レバノン」「パレスチナ難民」「移民問題」ニュースなどでちらほら見掛けるけれど。案の定世界情勢に疎い当方。しどろもどろ。

(ところで。当方は一体何の分野なら胸を張って語れるのでしょう?このお決まりの『当方はよく分からんのですが~』の下り。我ながら情けなくなります。…とは言え。そういう『普段興味を持って追及していない部分』を見せてくれて、思いを馳せられるのも映画の良い所だと思います。THE開き直り!)

けれど。そんな情勢を一切分かっていなくても。非常に楽しめる(言い方)。そして分かりやすい作品でした。

 

自動車整備士のトニー。妊娠中の妻と二人暮らし。けれど妻は今の生活と、ごみごみして暑苦しい今の町も正直気に入らない。「貴方の実家のある村に引っ越しましょうよ」。けれど。「このアパートを買ったばかりだぞ。」「絶対にあそこには戻らない。」声を荒らげるトニー。

冒頭。そうした夫婦の喧嘩中。暑さも相まって苛々しているトニー。加えて近所一体で行われている工事の音も煩く腹立たしい。

時を同じくして。工事現場を見回っていた、現場監督のヤーゼル。

「何だ此処。違法建築だらけだな」ふと見上げると、アパートの雨どいがおかしい。建物からただ突き出しただけの排水管。これではあのアパートのベランダからの水がその下を歩く人間にかかってしまう。

とっさに雨どいを修理するヤーゼル。しかし家主であるトニーに無断で工事をしてしまったため、逆上したトニーに雨どいを破壊されてしまう。

「善意とは言え。無断で工事はいけない」そして事を荒立ててはいけないと、責任者と共にトニーの元に謝罪に向かったヤ―セル。しかし、そこでのトニーの態度と雰囲気に謝罪の言葉が出せず。そんなヤ―セルの態度にトニーが放った「お前らなんかシャロンに殺されればよかったのに。」

その言葉を受け。トニーに殴りかかるヤ―セル。結果ろっ骨を二本折る怪我を負わせてしまう。

 

~という所から。まさかの法廷劇が始まるのですが。

 

れっきとした傷害事件。骨折させられた。しかもその後のオーバーワークに依って病状は悪化。加えて妻はショックで早産。生まれた子供は未熟児で危険な状態。

その側面だけ見れは、暴力を振るったヤ―セルが悪い。しかし。

「何故ヤ―セルは暴力を振るったのか。」

寡黙で真面目。実直さは折り紙付き。仕事ぶりも丁寧で信頼が於ける。そんな彼が何故。

 

シャロンに殺されればよかったのに」

アリエル・シャロン。1982年のレバノン侵攻を指揮したイスラエル元国防相

当方は、レバノンパレスチナ問題についてあまりにも薄っぺらい知識しか持ち合わせていないのでバッサリ割愛しますが。

パレスチナ難民であるヤ―セルにとって、それはどうしても聞き逃す事の出来ない言葉であった。

 

「これ。どう着地するつもりなんやろう…。」

 

トニーとヤ―セル、両者に就いた弁護人。(いくら何でも世界が狭い!)本人達が「いや。俺も悪かったし…」と言おうものならば「私に任せたんだろう?」「勝ちに行か無くてどうする」「法廷は戦場だぞ」最早弁護士同士の代理戦争の様相も呈してきたり。

 

「とは言え…殴られたのはトニーだろ?」そう聴いていた傍聴人たちも。件の「シャロンに~」の言葉がきっかけであったと知るや否や。各々の感情が爆発。

「確かにトニーは殴られた。けれど言葉だって立派な暴力だ。」

普段からため込んでいた憤懣が二人の対立する構図に沿って巨大化。次第に夜中トニーの店が襲撃されるなど、二人の生活も脅かされる。そして遂には現首相が仲裁に入る事になって。

 

「なんか。スケールが大きくなっていく事で取返しが付かなくなっているな…。」

 

もう途中位から互いを許していたと。そう思う当方。ただ。事は余りにも大きくなり過ぎた。けれど。この裁判は決して茶番ではない。

 

何故とっさにあんな言葉が口から出たのか。どうしてとっさに手が出たのか。この国にかつて起きた事。そして今起きていること。どこに心を痛めているのか。怒りを感じているのか。

 

この裁判を通して。「一体自分はどう思っているのか」を懇切丁寧に振り返る事になった。そしてそれは同時に「相手はどう思っているのか」を知る事にもなった。

 

「トニーは一見カッとなりやすくて乱暴に見えるけれど。彼もまた、自分の仕事をきちんとやり遂げる人間なんよな。」

 

当方が好きなシーン。物語の終盤、エンストしたヤ―セルの車を黙々と修理するトニー。

 

これまでの人生で起きた悲しい事。決して忘れられない恐怖。そこからくる相手集団への嫌悪感、憎悪。正直それは消すことは出来ない。けれど。

その集団に属する者すべてが悪者ではない。あくまでも個は個であって、背景で個を塗りつぶしてはいけない。

 

「私たちは原点に立ち戻り、正しい判決を行う事にしました。」(言い回しうろ覚え)

そうして下された判決も納得出来たし、そして二人の間で付けた落としどころも良かった。これで良かった。

 

「流石にこれだけ大事になったからあれやけれど…二人の間に友情が芽生えた感じすらした。」

こんなにも『大風呂敷を畳む』事に成功している作品に。胸が一杯になる当方。

 

ところで。冒頭「これはフィクションであり、レバノンの答えではありません(言い回しうろ覚え。当方意訳)」というテロップ。

 

この作品の持つ『多様性に於ける個の容認』というメッセージ、非常に分かりやすく沁みたのですが。

これを本国レバノンの人たちはどう見たのか。どう感じたのか。

 

寧ろそこが気になる当方です。