映画部活動報告「修羅の華」
「修羅の華」観ました。
韓国ノワール作品。
韓国奇跡の美魔女、キム・ヘス。少し前『グッバイ・シングル』という彼女の作品を観た際、予告編を見て気になっていた、韓国で2017年に公開された作品。
大企業ジェチョルグループの会長秘書、ヒョンジュン(キム・ヘス)。
このグループの実態は犯罪組織で。ハニートラップ、暴力、恐喝と裏の手を使って現在の大企業までのし上がった。
ヒョンジュンもかつてはハニートラップ部隊の一員であったが。今では会長に次いで組織の№2の座に収まっている。
しかし、最近会長は「事業拡大の為にも、今後はクリーンでありたい」と犯罪行為を拒否。挙句「もうゆっくりしたい」と言い始める。
長らく組織に仕え、汚れ仕事を一手に引き受けてきたサンフン(イ・ソンギュン)。サンフン無しでは企業はここまでのし上がれなかった。サンフンは実質№3。けれど。
会長の方針の方向転換に戸惑い、自身の存在価値が揺らぎ始める日々。
会長が引退?それはまだ良いとしても、一緒に付いて行こうとしているヒョンジュが許せなくて。と言うのも、サンフンのこれまでの行動の全ては、ヒョンジュンへの恋心故だったから。
和「とんでもない『プロポーズ大作戦』が来ました!!」
昭「紹介もされていないのにフライングしちゃってるよ…落ち着け落ち着け。」
ややこしい、歪みまくった男の恋心。全方位ジャンル配置完備されている韓国映画ですら、なかなか女性がメインのノワール作品は少ない印象(今年日本公開された『悪女/AKUJO』がありましたが)の中。当方注目女優キム・ヘス主演。…ここは当方の心に住む男女キャラクター昭(あきら)と和(かず)に男女別々からの視点で語って頂きたいと思います。
和「『欲しかったのは、愛だった』チラシのフレーズが胸を締め付けてくる。でもねえ~女ってそういうグイグイにはなびかないのよねえ~。世知辛い!」
昭「俺だって良いとは思わないよ。って言うか俺とお前は同じ人間の気持ちから派生したキャラクターなんやから、例え男女で役割を振り分けられても同じ考え方にしかならない部分がある。あらかじめ断っておくけれど。」
和「つまんねええ~。何それ。じゃあ何のために私ら二人で出てるんよ。あんた何の為に生きているんよ。」
昭「そこまで存在を否定されるいわれもないけどな。俺はこのサンフンの気持ちを『男って奴はさ…』という代弁は出来ないの。だって俺はこういう…何て言うの?女々しさみたいなのは理解出来ないから。」
和「組織のトップである会長にずっと仕えてきた男女二人。かつて二人は同士だった。けれど。月日が流れるにつれ、女は会長に連れそう妻の様になっていて。会長が引退をほのめかし、そして女も共に一線を退きひっそり暮らすと。そう聞かされて居ても経ってもおれない男。何故なら男は女を愛していたから。会長の為?違う。俺はこの女の為にずっと手を汚してきたんだぞと。」
昭「そういう美学?M的思考?俺には無いんよな~。」
和「(無視)俺が今までどれだけお前を想ってきたと思っているんだ。何が会長だ。お前は俺のものだ。お前は俺のものだ。」
昭「人をモノ扱いすんじゃないよ(溜息)。まあ、どうしてそんなにサンフンが暴走するのかという所に、『ヒョンジュンが愛するもの』の存在を知っての自棄自暴という背景があるんよな。ネタバレなしで進めにくいんやけれど…頑張る。」
和「そうか。俺は何も知らなかったんだな。こんなに長く一緒に居たのに。お前にはいつの間にか誰よりも大切に想う相手が出来て居たなんて。」
昭「そしてそれを思いもよらない所から知らされる自分。」
和「冒頭。実際この組織がどういう手口で商談を成立させているのかが描かれるんやけれど。会議が開かれるホテルで、要人が宿泊する部屋に各々送り込まれるハニートラップ。案の定引っかかる面々。そしてその一部始終を録画され、翌日それを見せられる。」
昭「余りの恐怖に体が震えたよ…あんなの…据え膳とか喰うに決まってるし…でもそれをハメ撮りされて再生されるって。絶叫やしそりゃあ、如何なる手を使ってもその画像の元データを回収して破壊。そして関わった連中も末梢したい案件。」
和「その思考回路は理解出来るんやね(嫌味)。まあ、そういうハニートラップに引っかかって。しかもその相手に好意を寄せていたけれど振られた。プライドをスタズタにされた上に件のデータを取り戻したいチェ検事。彼にとってはヒョンジュンは憎っくき相手でしかない。そんな時。組織がごたついているのに便乗しサンフンに入れ知恵。サンフンを煽りに煽ってヒョンジュン潰しにかかる。」
昭「自分のハメ撮り映像なんて。万死に値するからな。地獄にも持っていきたくない」
和「(無視)愛するものを奪えば、お前は俺を愛してくれる?お前を愛し、お前から愛するものを全て奪ったら。そこには俺だけが残る。誰よりもお前を愛する俺が。」
昭「だから。そんな奴、愛せる訳がないって。」
和「何でそのフレーズをあんたが言うんよおおお。」
昭「会話のラリー的に俺の番やったから。第一、そんな押しつけがましい愛なんて受け取れるか。愛は無償のもんやぞ。会長を見ろ‼」
和「寒うう。でも。ヒョンジュンだって、サンフンの恋心分かっていたと思うんよな。けれどずっとそこにはお互い触れずにバデイを組んできた。なのに。今になってグズグズ恋だの愛だのを押し付けてくる。そうして二人のバランスが崩れていく。でも、サンフンの気持ちには答えられない。」
昭「で、結局殺し合いなんよな。今回は銃や棒も出ていたけれど。安定の韓国お家芸、刃物での戦いも健在。」
和「キム・ヘスの「IKKOさん?」みたいな謎の髪型も結構すんなり馴染んで。彼女の完璧なスタイルといかにもな服装も相まって、全ての動き、アクションの画面が決まっていた。実際動けていたと思うし。」
昭「そしてあの最後の締め方。何だかジンとしたな。」
和「女性視点という、韓国ノワールの新しいドアが一つ開いた感じがした。そして男性の哀しさ。けれどこれは究極の純愛とも言える…。」
昭「そしてハメ撮り映像がどれだけ我を失う事に…」和「それはもういいです。」
ややこしいけれど、根底に流れるのは驚くほど真っすぐな想い。哀しいのに何故か少し希望や温かみを持って物語は閉じる。
柔らかさを持った韓国ノワール作品。
新しいなと思いました。
映画部活動報告「万引き家族」
「万引き家族」観ました。
是枝裕和監督。第71回カンヌ国際映画祭パルムドール賞受賞作品。
東京下町の汚い一軒家に住む柴田家。五人家族。家主の初枝(樹木希林)、日雇い労働者の治(リリーフランキー)と、クリーニング工場で働く妻の信代(安藤サクラ)。息子の祥太(城桧吏)。風俗店で働く、信代の妹亜紀(松岡茉優)。
THE貧乏。誰一人、確固たる職に就いていない柴田家の安定の収入源は初枝の年金。
しかし当然それでは生活は成り立たず。家族は万引きをする事で生計を保ってきた。
ある冬の夜。帰宅途中の治と祥太はとある団地の廊下に出されていた少女、ゆり(佐々木みゆ)を見つける。
児童虐待を感じた治は思わず自宅に連れて帰ってしまい…。
初めこそ「やばいって。」「ご飯食べたら返してやろう。」と話していた柴田家の面々であったが。ゆりの体に刻まれた明らかな虐待の跡や、ゆりの住む家から聞こえてきた夫婦の大声に、引き渡せなくなってしまって。
「近年の是枝監督作品の最高峰。」「安藤サクラは化け物(称賛)。」「家族とは。絆とは何か。」「タイトルだけで判断するな。先ずは観てからだ。」随分大きな賞を得た事で、多方面から注目されている作品。
ネタバレされるのは嫌だと。6月8日公開の先行上映、6月2日に観に行ってきました。
そして10日程経過。未だ考えが纏まらず、ふわふわしている状態。
これは…たどたどしい感じになると思いますが。書き出していきたいと思います。
「家族総出で万引き」「年金不正受給」「貧困」「風俗」「幼児虐待」兎に角昨今の日本の悲しい問題をひっくるめた柴田家。
「それにしても汚い家!!よくもあんなに散らかって暮らせるな‼」ゴミ屋敷寸前の柴田家に震える当方。
とは言え東京の一軒家。(下町たって)間違いなく資産価値があって。なので未だに『民生委員』の肩書を持つ元地上げ屋にはマークされている。けれど、世間からは完全に隔離された家に。所狭しと五人も住む柴田家。
「大体、失礼ながら裕福な家庭はああいう呈を成していないんよな。だらしない、片付けられない、無駄なモノに溢れている、不衛生。これらの要素が突き抜けている家=貧乏という印象…でも恐らく合っている。」
貧乏で生活がままならない柴田家は、哀しいかな10歳そこそこの祥太に万引きをさせて日用品や食料品を調達。
治と祥太だけが通じる指のサイン。ちょっとゲームの要素もあってスリルもあるけれど。やっている事はれっきとした犯罪。
そうして手に入れたカップ麺は家族の夕飯。皆でカップ麺にコロッケ入れて。それが立派なご馳走。
「あかああああああん!」食いしん坊万歳の当方、心の中で絶叫。何て貧相な食生活。仮にも家族の夕食じゃないし、あの少年の成長に悪影響すぎて。目がチカチカする。
そんなある日。柴田家に新しく迎えられた『家族』。
4,5歳。未就学児童のゆり。こんな寒い夜に外に出されていた少女。明らかに児童虐待案件。けれど治は思わず拾ってきてしまった。当然家族は戸惑うけれど。
返せない。あの家にはゆりを返せない。そうしてゆりは柴田家の一員になった。
「貧しくても。ここにはいつだって笑いがある。絆がある。ここには家族の姿がある。」
冬の夜、殆ど肉の無い鍋をつつきあった。夏。家からは見えない打ち上げ花火。それを皆で縁側に座って見上げた。一緒に水着を選んで。海に行った。毎日一緒にご飯を食べて、毎日一緒に布団を並べて寝た。私たちは家族。家族だから。…けれど。
そうかな?どうしてもそうは思えなかった当方。
これは決して美しい家族の話では無い。
少し遅れて万引き家族を観た、当方の身近に居る教育者がぽつり。
「子供を学校に行かせないのは、立派な虐待だ。」
両親から心身共に暴力を受けていたゆり。彼女の愛らしさが引き立つにつれ、その理不尽な生い立ちにやるせなくなりますが。では柴田家で育ってきた祥太はどうなのか。
「学校は勉強を家で出来ない奴が行く所だ。」じゃあ祥太は家で何を教わっているのか。後に治が言った「俺に教えられるのはこれだけだったから。」万引きの手口?生きていく術を?今この日本で?学校に行くべき年頃の少年が?それは…。
「学校は勉強だけをする場所じゃない。人間関係を学ぶ所だ。寧ろそれが重要だ。」
身近な教育者の受け売りですが。だとしたらそうやって、外界との関わりを絶たれて特殊なコミュニティーでのみ成長していく子供=祥太だって思いっきり虐待を受けている側に居るじゃないかと思う当方。殴る蹴る、無視又は暴言だけが虐待では無い。
大人はいいんですよ。貧乏だってたかりだって万引きだって風俗だって。結局自分で選択してそこに落ちていて。せせら笑って自己嫌悪に陥っても、結局その環境から抜け出せないんじゃなくて、抜け出そうとしていないんですから。そしてその底辺の世界にささやかな幸せを感じて、紡いでいこうとする。けれど子供はどうか。
「おい。妹にはそれ。させんなよ。」
がっつりネタばれしましたが。いつも日用品や駄菓子を万引きしていた雑貨屋で。気づいていないと思っていた店主に祥太が言われた時。
『祥太=スイミー説』当方に点滅。(これは完全に当方の暴論です)
祥太が散々治に語った『スイミー』。
言わずとしれた、光村図書出版の小学校二年生国語教科書に載録(1977~)されている作品。(当方も学びました)
「大きくて怖い魚を、小さな魚が集まってより大きく見せて追い払った」という『巨大海洋生物恐怖症』の当方には鳥肌嘔吐モノの作品。スイミーはその小さな赤い魚界で唯一の黒い魚で、行動を扇動。そして自身は小さな魚の集合体の内、目を担当した。
最終、想像以上につぎはぎだらけであった事が露呈していった柴田家。彼らは確かに『大きく見せる為に集まった、小さな魚たち』だった。けれど。では柴田家にとっての『大きな魚』とは何だったのか。そして、大きな魚に立ち向かった小さな魚たちはその後どうなったのか。
「その魚たちはその後ちりぢりになるはず。だってもう、彼らにとっての大きな魚は居ないのだから。再び集まって魚の影を作る必要は無い。小さな魚は、各々の安住の地で幸せに暮らすはず。一致団結した、その美しい思い出を胸にして。」
もう祥太の限界はどちらにせよ近かったと思いましたが。やはり彼の行動原理は「ゆり=妹を守りたい」だったのだと思うと。「それでも家族という繋がりを感じていたのだな」と切なくなった当方。
そして。そのつぎはぎの家族で『大きな魚』に体当たりする事は、結果全員を解放した。
これから。一体柴田家はどうなるのか。
時が各々に流れ。そうしてまた彼らは交わるのか。それはもう、観ている側の手を離れていきましたが。
頼むからゆりには。寄り添って救いだすスイミーが早く現れてくれと。そう思った幕引きでした。
映画部活動報告「レディ・バード」
「レディ・バード」観ました。
「これは…最近で言うと『スウィート17モンスター』や『勝手に震えてろ』等のこじらせ女子がもがく…。『げに恐ろしき自意識の壁よ!』映画」
2002年。カリフォルニア州サクラメント。片田舎のカトリック系高校に通う女子高生クリスティン。父母兄との四人暮らし。
クリスティンという名前があるけれど。自称『レディー・バード』(テントウムシ)。髪をピンクに染めて。
両親は荒れた学校を恐れて、育ちの良い子供が集まるカトリック系の高校にクリスティンをやった。けれどその学校はつまらなくて。
早くこんな所から飛び出したい。もっと大都会に出たい。NYの大学に行って華やかな世界を見たい。兎に角サクラメントでさえなければどこでも。
なのに。母親はクリスティンのNY大学進学に反対。「地元にもいい大学がある。」「うちにはそんなお金は無い。」
クリスティン家の暗い経済状況。病院勤務の母親は安定しているけれど、父親は低空飛行。遂には会社をクビになってしまった。兄もなかなか就職出来ない。母親は何かとクリスティンに「貴方の学校の学費が高い」と言ってきて。
「中々の閉塞感に包まれた主人公。クリスティン。」
「あの頃は良かった。」「何も考えていなかったあの頃に戻りたい。」くたびれ切った中年は時々、えてしてそう中高生、果ては大学生を指して言いますが。
「あの頃何も考えていなかったなんて事は無いし、それなりに閉塞感もあった。決して自由ではなかった。むしろ自身でお金を稼いでいる今の方が自由な部分もある。」同じくくたびれた中年の当方は静かに反論。
「ただ。責任だけは無かったな。」そう思いますが。
どうして学生時代がずっと続くような気がしたのだろうかと振り返る当方。
だって、高校生なんて三年で終わるのに。なのにひどくつまらない、単調な日々の様に思えた。あの頃は。
けれど何故か今『あの頃』を思い出すと、そうやってつまらないと斜に構えて痛々しかった自身が、何だか悶えを越えて終いには愛おしくなってしまう。
この作品のクリスティンを通して自身を見ている様で。なかなか心のやらかい所を締め付けられました。
まあでも。何だかんだ高校生活を満喫しているクリスティン。気の合う親友といつも一緒に行動。
親友に誘われて行内のイベントで上演される劇のオーディションに参加。無事通過したクリスティンはそこで同級生のダニーと恋に落ちる。(後に悲しくも破局)
その後、ちょっと毛色の違う女子とつるみ始め。その頃バイト先のカフェで同級生カイルを見掛け、後に交際に発展。
一年の間で二人を好きになって、付き合ってって、結構充実した恋愛生活。
まあ、当方的にダニーは好印象でしたけれど。カイルの奴…。「薄っぺらいなあ~。」THE少女脳が恋する男子。女性作家が一人称で書く少年…の小説みたいなやつ。「やれやれ。女の子って奴は。」「彼女とかいう関係は互いを束縛するから嫌なんだ。」
一見浮ついていなくて、皆が騒いでいる時も一人小説とか読んで。ケミカルなモノや安物を馬鹿にして。なのにその実態は薄っぺらい。ただのヤリチン(下品)。
震える…またそんなカイルをティモシー・シャレメって!!ベストアンサー。ぴったりでしたよ。(ややこしい言い方ですが褒めています。)
クリスティンの周りの大人達が皆良かった。学校の先生、シスターもジョークが効いていて寛大。高校生を決して下に見ていない、対等な感じ。
NYの大学に行きたいというクリスティンをそっと後押しした父親、ラリー。
そして何よりクリスティンの母親。マリオン。
「ママは私が嫌いなのよ。」時に母と娘はぶつかるけれど。母親が娘を嫌いなはずがない。そして娘だってその事は承知。
兎に角娘には幸せになって欲しい。だから学費が高かろうと安全そうな学校に入れた。トリッキーな性格やだらしない所に苛々するし、どうにかしてまともに育って欲しいと、ついやいやい言ってしまう。
どうしてサクラメントが嫌なの?良い場所じゃないの。何故そんな大都会に憧れるの?どうしてここから出ていきたいの?
「でもねえ。出ていきたいのならば、一回出て行かせるしかないんですよ。それから本人がどう判断するかという話で。」「彼女には彼女の人生を選択する権利がありますから」(何様だ。)
けれど。当然常にぶつかり合っている訳じゃ無い。一緒にパーティの洋服を選びに行って。そして「セックスっていつからして良いと思う?」なんて母親に聞いたりもする。(これ、当方なら絶対話題にもしない案件ですよ)
そしてクリスティンが旅立つ日。
つまらない片田舎。貧乏な家庭。閉塞的な学校。唯一無二だけれど。ずっと一緒に居れる訳では無いと分かっていた親友。煩い母親。
なのに。一人になった時。クリスティンの心のオセロがひっくり返されていく。
馬鹿にしていたはずなのに。一人教会に入って泣くクリスティン。煩くて…でも全力で愛されていたと感じた時、クリスティンが両親にした電話。全当方が大粒の涙。
痛々しくて。なのに愛おしい。これはクリスティンを通じて自身に繋がる物語でした。
映画部活動報告「デッドプール2」
「デッドプール2」観ました。
「これは…ファミリー映画だ。」
前作で「これは恋愛映画だ。」と思った当方。続編の『デッドプール2』は完全なファミリー映画でした。
元々は末期のがん患者のウェイド。彼がマッドサイエンストに依って不老不死のミュータントになったのが前作。
その時、全身にやけどを負って変わってしまったビジュアルを、変わらず愛してくれた彼女とのラブラブな生活…が今回のスタート。
「こんな私的な感想文ではあるけれど。一応ネタバレ禁止は厳守したい。」
となるともう何も書く事は出来ない。些細な事でもほころんでしまうし…一気に決壊してしまう。
なので今回は、非常に歯切れの悪い…ふんわりした感じになると思います。
前作の『デッドプール』。非常に軽快でフットワークの軽いお調子者。そんなキャラクターが主人公。全編に渡るギャグとテンポの良さ。楽しいけれど…何だか乗り切れなかった当方。でしたが。
「今回のデップ―は全部好き。笑える。面白い。」まさかの偏屈当方が諸手の同意。これは楽しい。というのも。
「散々このご意見は見たけれど。一見おふざけキャラのデップ―やけれど。芯が全くぶれていないし、倫理観も常人と掛け離れていない。寧ろ性善説に則った行動。」
悪い奴は許さない。そんな奴は俺ちゃんがバッタバッタと倒してやる。けれど。大切にすると決めた相手はとことん大切にして守る。そういう心意気。
今回の物語の冒頭。まさかの悲劇。喪失感で一杯のデップー。けれど、それをきちんと抱えたまま『どうすればいいのか』と己のこれから進むべき信念を見つけ出した。そしてそれに沿った行動。
「でもそこはデップ―。センチメンタル一辺倒じゃなくて、きっちり笑いを取りにくる。」
新たに見つけた『守るべき相手』。けれどそいつは全然一筋縄ではいかない14歳のミュータント、ラッセル。危険な力を持つけれど、力がコントロール出来ない。精神的に不安定。そしてそんな彼を狙う、未来から来た刺客ケーブル。
打倒ケーブル‼ラッセルを守るべく結成される『Xフォース』。
「パクリやんか!」マーヴェルお得意のレンジャー展開。でもそれがもう。面接から実働まで終始面白い。
「そして今回のニューフェイス、ドミノ。能力は『運が良いこと』って。あそこまでなら最強やん。」興奮する当方。
これもまた散々既出ですが。前作と比べ、桁違いに跳ね上がったという製作費故か。アクションもCGも爆発もスケールアップ。あの護送車の下りなんてワクワクが止まりませんでしたよ。
「おっと。地味に話をなぞってしまっている。」
自重しなければと座りなおす当方。
「え。これR15+なの。」
改めて資料を見て。呟く当方。
R15 指定。確か、子供が誤解、真似しそうなアウトロー、ダウナー、ちょっとしたエロなんかが規制されるやつ。という縛りの中。アメリカでは「ファック!」を2回言ってしまったらR15になってしまうとの話も聞いた事がある。
「まあ…確かにデップ―終始エロギャグとかかましているし…でもあいつ…口は達者やけれど、別にそんな過激な思想持ってないし。寧ろ超まとも。ってそうか。」膝を打つ当方。
「そうか。前回の時も過ったけれど。確かに子供にはアレかも知れんけれど。これは15歳からは楽しめる事を前提としているキャラクターなんやな。つまりはターゲットを低年齢(失礼)から狙っている。」
アベンジャーズに全く食指が働かない当方。件のシリーズ、及び他のマーベルキャラクターは殆ど知りませんので。説得力に欠けますが。
「例えば。DCの『バットマン』シリーズの重苦しさ。(DC作品事体がそんな感じですが)あれは大人が観る話という感じで、あんまり高校生が楽しめる印象は無い。けれど。デップ―は違う。大人からしたら何とも思わない下ネタを散りばめて、一見破天荒に見せているけれど。しっかり高校生から楽しめる話に仕上がっている。」
「でも。多分掴みは軽快なノリとテンポ。アクションを初めとした画力なんやけれど。そこにはしっかり愛情とぶれない信念が横たわっている。そこに大人は痺れるんよな。だって。まさかデップ―で最後こんなに鼻がジンときて目が潤むなんて。(後、あいつの持つ知識の引き出し。相当数)」
まあ。ぐだぐだ言わなくても。分かりやすいお話で。乗せられてワクワクしていたら、いつの間にか泣ける展開が待っていた。その巧みな構成に唸るばかり。
まさかアナ雪までいちゃもん付けてくるなんて。そしてあんな使い方が出来るなんて。
そして…あの表現で『ムカデ人間』が出た時。ぞくぞくが止まらなかった当方。(ムカデ人間と言われれば反応せざるを得ない。当方のその習性を、人様は愛と呼ぶんだぜえ。(勿論認めません))
忽那汐里‼めっちゃ可愛いやん!!
そしてエンドロールよ‼
おっとまた。自重がキャリーオーバーしていますので。とっ散らかったまま幕を下ろそうと思いますが。
「前作は恋愛映画。今作はファミリー映画…次は?」
早くも続編に期待。この調子を維持しながら、良作生産を続けて行って欲しいです。
映画部活動報告「ファントム・スレッド」
「ファントム・スレッド」観ました。
イギリスの大御所俳優、ダニエル・デイ=ルイスの引退作品。
1950年。ロンドン。オートクチュール専門の仕立て屋、レイノルズ(ダニエル・デイ=ルイス)。
彼の作るドレスには数多の貴婦人が夢中。顧客は金持ちだけではなく、皇室の王女なども名を連ねていた。
ある日、レイノルズはカフェで働くウエイトレス、アルマ(ヴィッキー・クリープス)と出会う。若くて田舎者のアルマ。しかし彼女はレイノルズの求める完璧な体を有していた。
アルマをミューズとして迎え。精力的に作品制作に打ち込むレイノルズ。
始めこそレイノルズに付いてきて楽しんでいたアルマであったが。次第に、レイノルズから散々否定され彼の世界に踏み込めない事に不満を覚えはじめ。
「また一つ。村が死んだ。」(風の谷のナウシカの冒頭シーンより)
Mr.エレガントの篭絡。
砂漠で。指の間から零れ落ちる砂を眺めた後、膝を折って崩れる当方。「レイノルズよ…。」なんて有り様だよと。
(今回、比喩表現が過剰に盛り込まれます。ご注意下さい)
主人公レイノルズ。初老。姉のシリル(レスリー・マンヴェル)と二人でオートクチュール専門の仕立て屋を営み。彼のエレガントな作品は富裕層のご婦人の憧れ。彼女達はこぞってレイノルズのドレスを纏った。
「でもまあレイノルズ。かなり神経質で気難しい。」
朝は静かに始まって欲しい。ちょっとした物音、まして無駄な会話なんてもってのほか。製作中は絶対に邪魔をしない。バターは大嫌い。アスパラにはオリーブ油と塩しか使うな。その他変わった事はするな。いつも通りが一番。少しでもイレギュラーな事があればその日は一日機嫌が悪い。
そんな性格が災いして。例え恋人が出来たとしても「私を見ていない」と悲観され。そうなると面倒だと直ぐに切ってきた。
レイノルズの姉、シリル。そんな弟とずっと二人三脚でやってきた。弟の事は何でも分かっている。弟の理解者は私だけ。
「私に口では勝てないくせに」「弟はそういう人よ」「あの娘、もう駄目ね」
レイノルズに見初められてやって来たアルマ。元々カフェのウエイトレスで、華やかな世界とは無縁。けれど。彼女はただの無邪気な田舎者では無かった。
朝食。ガチャガチャ音を立てて食事をしてレイノルズに怒られ(あれは大抵の人が怒ると思いますが)。仕事のブレイクにとお茶を持っていって怒鳴られ。
挙句「サプライズがしたいの」とシリルに相談。「その日は誕生日じゃないって」「絶対怒るって」と制止するのも構わず、強引にシリルを追い出して、サプライズパーティー。しかもレイノルズの大嫌いなバターを使った料理。
「嫌いやわああああ。アルマ。」全当方が絶叫。
他人との距離感が合わない。自分の中で決めたルールが幾つもあって、そこには誰にも踏み込まれたくないのに。ガンガン踏み込んでくるアルマ。
「いいか。私は嫌いなモノを美味しそうに食べる演技が出来る。」案の定、震えながら激怒りのレイノルズ。そりゃあそうでしょうよ。なのに。
「私はいつも待っているだけ?私は貴方と一緒になれないの?(苛々しすぎて言い回しうろ覚え)」泣きながらナプキン振り回して騒ぐアルマ。
「うぜええええええええ。」(全当方が絶叫)
当方のスタンスは、(こんな神経質ではありませんが)レイノルズ派。自分の世界ががっつりあって、いかに大切に想う相手であろうがそのパーソナルスペースには踏み込んで欲しくない。けれど。
…話が唐突に脱線しますが。昔、後輩で「中学生の時の初恋の相手と両想いになって。今でもずっとその彼氏と付き合っている」という女子が居ました。
彼女はそのままその彼氏と結婚。現在二人の子供の母親ですが。確か昔(その時点で十年は付き合っている)「彼氏とは四畳一間みたいな所で二人っきりでも全然辛く無い。彼とはもう家族同然で空気みたいなもの。寧ろ離れている方が不安。」みたいな事を言っていて。
「当方は絶対に無理。どんなに大好きで家族同然で空気みたいだと思ったとしても、距離が取れないと発狂する。」真顔で震えた…何故かこのエピソードを鮮明に思い出した当方。
アルマがベタベタを望んだとは思いませんが。兎に角レイノルズの取りたい距離感とアルマのそれは違った。
「いや、違う。本当は一緒なんやな。けれど認めたくない。だってそれは負けやから。負けたくない。なのに…気持ちを緩めたらどこまでも堕ちてしまう。それを恐れたから、レイノルズは足掻いたんやな。でも…負ける気持ちよさ、そんな予感。」
つまりはまあ、はっきり言うと『恋する者同士のマウントの取り合い』という話なんですよ。
Mr.エレガントとして。自身を律して数多の作品を産み出してきた。そうして作り上げてきた世界。プライド。それが目の前の若い女に屈してしまう。ねじ伏せられる。
だって結局彼女が好きだから。
「多く愛した者の負けなのです。」
終身プレーボーイ光源氏。まだ彼が若かった時の年上の彼女、六条御息所(当方が一番好きなキャラクター)。始めこそ「若造が」と高をくくっていたけれど。次第に己の恋心が抑えきれなくなって。嫉妬の果て生霊になってしまう、そんな一心不乱に恋してしまう彼女の堪らん言葉。
「彼女はここにはふさわしくない。彼女が居ると仕事にならない。」そう言って震える弟の姿を見る、姉のシリル。彼女もまた、その時アルマに負けた。
ところで。2018年の上半期時点で『キノコ映画』を二本も観てしまうなんて。(『ビガイルド 欲望のめざめ』)結構こういう時にホットなアイテムなんですね。キノコって。
(当方がレイノルズの立場で実態を知ったら…どうしてやりましょうかね。少なくとも当方に被虐性に伴う性的興奮という性癖は無いみたいなんですが)
「また一つ。村が死んだ。」
Mr.エレガントの終焉。一見終始見目麗しい絵面と音楽に彩られながら。
随分と泥臭いマウント合戦とその顛末を見せられた。そんな作品でした。
映画部活動報告「ゲティ家の身代金」
「ゲティ家の身代金」観ました。
1973年。イタリア、ローマで発生した実在の誘拐事件。
当時世界一と評された石油王、ジャン・ポール・ゲティ。彼の孫、ジョン・ポール・ゲティ三世が1973年7月に誘拐された。身代金要求は1700万ドル(約50億円)。発生当初はジョン自身も絡んだいたずらかとも思われたが、誘拐は事実であり。少しずつ身代金の減額に成功するも交渉は難航。
同年11月には新聞社にジョンのもの思われる、切断された耳の一部が送りつけられる。「後10日しか待たない。それ以上支払いを渋る様ならば、もう片方の耳や他の体の一部を送る。」
事件発生当初から。一貫して息子を守るべく立ち向かい続けたジョンの母、アビゲイル・ハリス。
しかし、彼女が戦っていたのは犯人グループだけでは無い。残る相手は「身代金は払わん」と、大富豪でありながら頑として支払いを拒否した石油王であった。
『エイリアン』『ブレイドランナー』その他多くの名作を産み出し続ける大御所、リドリー・スコット監督80歳の。キレッキレのクライム・サスペンス作品。
「石油王を演じたケヴィン・スぺイシーの例の案件に依る、劇場公開直前の降板。誰もがお蔵入りを覚悟した中、急きょクリストファー・プラマーで撮り直し。三週間後の公開に間に合わせた。」そして公開後複数の映画賞にノミネートされるなど、高く評価されている。そんな話題作。
「正直当たりはずれがあるリドスコ監督やけれど。これは流石としか言えない。緊張感に終始包まれ。構成と絵面の見せ方の妙よ!」
「やっぱり急きょ代役を引き受けたクリストファー・ブラマの貫禄!いやいや寧ろ彼が石油王でドンピシャやろう!」
「去年の『マンチェスタ・バイ・ザ・シー』。最近の『グレイスト・ショーマン』の記憶も新しい、ミシェル・ウィリアムズ。キュートな顔立ちの彼女が最近見せる『母』の演技。」
「最近何かとスペシャリスト役を演じるマーク・ウォールバーグ。今回は交渉人。」
そんなお決まりの感想。もう既に色んな所で見かけましたし、かと言って当方も人の子、結局同じようなポイントしか触れることは出来ず。
つらつら書いてなぞるのもアレなんで。さっくり二つに絞って。こじんまりと収めたいと思います。
『イタリアンマフィアの末端、チンクアンタのリマ症候群っぷり』
誘拐や監禁など、極限状態に陥った犯罪被害者が加害者との間に心理的なつながりを築く事をストックホルム症候群(心的外傷ストレス障害)とすると、対になるのがリマ症候群。加害者が被害者に対して親近感を持ち、攻撃的態度が和らぐ現象の事。
(ウィキペディア先生より抜粋、当方意訳)
誘拐当時16歳だったジョン。あどけなさも残る顔立ち。どこにでもいる、マセた不良。けれど彼は狙われた。世界一の大富豪の孫だから。彼はどこにでもいる16歳では無い。まさに歩く身代金(おぼっちゃまくん)。
資産50億ドル(約1、4兆円)とされる石油王ならば。孫に課せられた1700万ドル(約50億円)なんてはした金だろうと。孫の命が掛かっているのならば払うだろうと。強気で提示したのに。まさかの支払い拒否。
直接石油王とアポは取れない。あくまでも交渉の窓口はジョンの母親アビゲイル。しかし彼女は「お金が無い」の一点張り。
「お前の家族はどうなっているんだ」(実はびんぼっちゃまくんか)
もし我が子や家族がさらわれたとしたら。俺なら何をしてでも救ってみせる。金なんてどこからかかき集めてやる。なのになんだ。お前の家族は。血の通った人間か。お前、愛されていないのか。
加えて、犯行グループ内での焦燥感。苛立ち。こんな誘拐劇、もっと早くケリがつくはずじゃなかったのか。そして決裂。
誘拐当初の犯行グループの壊滅。しかしジョンは解放されず。より大きな組織に売られてしまう。そこでも「俺の言う事なら聞く」と世話役を買って出たチンクアンタ。
母親に何度も電話して。値段交渉を行いながらも「早くしてくれ!ジョンの命が危ういだろうが!」ヤキモキ。
「でもね。あんた、犯人やからね。そこ。忘れんな。」真顔の当方。
「うん。リマ症候群として仕上がっていくのも、最後の下りも良かったけれど。あんたやっぱり犯人やからね。」「そこ。忘れんな。」
もう一つは…やっぱり「ケチってアカンわあああ~」
「どんだけ金があろうとも。あの世には一銭も持って行けないんやで」「死ぬときは裸だ」地団駄踏むけれど。
世界一の大富豪が。まさかのドケチ。「俺は身代金など払わんぞ!」の一点張り。
「今回金を払ったら、他の14人の孫達も狙われる」なんて。もっともらしい事を言ってましたけれど。結局は何故俺の金をドブに捨てないといかんのだという不快感。
確かに、ジョンの両親は離婚。母親アビゲイルに親権があるジョンは戸籍上は他人。
けれど石油王の孫であるからこそジョンは誘拐された訳で。大金であろうが、血の繋がった孫に変わりは無い。だから金を出すと誰もが思っていた。石油王以外は。
「また腹が立つ事に。趣味の絵画や骨とう品収集には湯水の様に金を払うという…」身代金支払いを拒否するのと同時進行に。古い絵画にはポンと出費。憎たらしい。
「よくこんな状況に対応し続けたな…当方があの母親の立場なら、自我が崩壊するか石油王を殺しに行くよ。」
誘拐犯と石油王。ダブル交渉の日々。ジョンを保護したのが同年12月であったことを思うと約半年の攻防戦。
「そして当方の妹が必ず言う言葉。『こんな奴。畳の上では死なれへんで』ピタリ案件。」
ところで。これが実際に起きた誘拐事件であるとなると。やはり鑑賞後調べてしまいましたが。
「そうか。ジョン…以降は薬物&アルコール依存症で20代に肝不全と脳梗塞発症…失明し寝たきり…廃人として54歳で死亡。母親アビゲイルに看取られて…。」沈む当方。
エンターテイメントクライム・サスペンスとして超一級ではありましたが。「事実は小説よりも~」の現実を知って。
後から何だか胸が重たくなりました。
映画部活動報告「友罪」
「友罪」観ました。
薬丸岳の同名小説を。『64 ロクヨン』の瀬々敬久監督で映画化。
ジャーナリストの夢を諦め、とある町工場で見習いとして働き始めた益田(生田斗真)。同じ日から働きだした鈴木(瑛太)。
街工場の持つ寮に揃って入寮。隣同士の部屋になったけれど。誰とも関わろうとはしない鈴木。
毎日皆が寝静まった頃帰ってきて、そして毎夜うなされている。
何を考えているのか分からない。一体鈴木は何者なのか。
前後して。工場の近くで、小学生男子の滅多刺しにされた死体が発見される。
益田と鈴木を主軸として。次第に鈴木と恋仲になっていく美代子(夏帆)。益田の元彼女で雑誌記者を山本美月。そして鈴木がかつて在籍した医療少年院の先生を富田靖子。
「いや…これ。話詰め込み過ぎなんちゃうの。」
いきなり結論を出してしまいますが。どうしても言わざるを得ない。散漫だと。
「益田と鈴木の主軸のみで十分やろう。富田靖子と佐藤浩市のパート、ばっさり切っていいんちゃうの。」
~一体鈴木は何者なのか。って。予告と宣伝から既に『鈴木が17年前に14歳で殺人事件を犯した元少年だった』と公表しているので。
「猟奇殺人を犯した人間の今」「加害者とその家族の一生涯抱えていかなければいけない罪」「一家離散」「人は犯罪者に対してどういう印象を持つのか」「大人は助けてくれない」そういう…聞いた事あるなあ~という内容のオンパレード。
なので。「かつて罪を犯した人間は幸せになってはいけないの」「人様の家族を壊したお前が家族を作ろうとするな」「あんた。謝る事に慣れてるんだよ」お決まりのセリフ山積。
文句ばかりが先行しましたが。一応話の流れとして。
工場付近で起きた児童殺傷事件。犯人不明の中、ふとネットで沸き上がった『元少年の仕業じゃないの』『あいつ、最近まで働いていた工場辞めて行方分からねえぞ』という無責任な発言。それを知った雑誌記者が元彼の益田に相談(何で?あんたの仕事守秘義務とか無いの?コンプライアンスは??)。
慣れない生活で疲労しながらも、益田も何となく調べたら(しかもウィキペディアレベル)元少年はまさかのお隣さん、鈴木であったと。
鈴木という人物。確かに得体は知れないし、初めは不気味だった。けれど。
一緒に働いて。暮らしていくうちに、次第に打ち解けてくれる部分もあって。優しい一面や笑う顔も見た。俺たちは友達。なのに。
「ていう所メインでええやないかあああ~」
「少女漫画ですか?『天使なんかじゃない』??」ベタ中のベタ、捨て猫云々からの(いやいや、そういやDVストーカー男からやった)鈴木と美代子の恋。
美代子に関しては「警察に相談しろ。そいつのやっている事は犯罪だ」と真顔で言うしかない当方。
まあ。アダルトチルドレン鈴木と、美代子と、「その引きずり方は夏目漱石の『こころ』の先生っぽ過ぎる。Kしかり、その親友しかり、なんて当てつけがましい死に方をするんだ」中学生時代の罪に悩まされ続ける益田。その3人の心情を丁寧に掘り下げていけばよかったんですよ。
医療少年院の先生。彼らと関わって。彼らには闇もあるけれど甘えたい所もある。そういう視点でのみ描けばいいのに。先生と娘の話は何処か他所でやってくれ。
そして何より蛇足だったタクシードライバー。『加害者家族』って、てっきり鈴木の父親かと思うじゃないですか。それが全然違うって。
「またねえ。これ、役者は軒並み良い演技をしているんですよ」(何様)
佐藤浩市。富田靖子は当然。益田の中学時代の親友の母親、坂井真紀とか。脇役も渡辺真紀子。光石研。宇野祥平等、早々たるメンバーが全力投球。
「弁当の美味しそうな奴全部乗せ状態。結局何食べてるんだか分からなくなっちゃうんよな。」
「瑛太の演技プラン…確かに凄かったけれど…わざとらしいと言えばそうも見えてしまって…」もごもごする当方。「あの。いっそ生田斗真と瑛太、逆にしてみても良かったんじゃない?」
『脳男』で心の無いキャラクターを演じていた生田斗真。意外とこういう役嵌りそうな気がするんやけれど。
「そして監督よ。女優を綺麗に撮る気無いやろう」
富田靖子。坂井真紀。渡辺真紀子。ベテラン手練れ女優達の「(本当にすみません)老けたなあ~」という映り方。
「しかしそこで唯一驚異的な透明感を見せた夏帆!一体今幾つだよ!何あのイノセント感‼」どんなに汚れてみせたって。絶対に汚れない。却って恐ろしい…。
結局。「何がジャーナリズムだ」というゲス展開に依って二人の友情は破られ。けれど俺たちはまた出会う。という終焉。
「うわああ。全然しっくりこない」
元少年犯罪者。ひっそりと生きていたはずの彼と俺はたまたま出会ってしまった。始めは何も知らなくて。けれど次第に打ちとけあって。「大切な事」も話せそうな信頼関係も構築されてきた。なのに。そこで知ってしまった彼の罪。けれど。「あいつは怪物じゃない」。だって彼はこの歳で出来た友達。不器用な友達。
彼だけが罪を負っているんじゃない。俺だって人には言えなかった罪がある。
順を追って振り返れば、そういう話であったとは理解しているんですがね。何だか平行事案が多すぎて。
「何か惜しい。」確かに満腹にはなりましたが。全部乗せ弁当感が半端なかったです。