ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「最初で最後のキス」

最初で最後のキス」観ました。
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イタリア。イヴァン・コトロネーオ監督作品。

アメリカで実際に起きた事件を基に、イヴァン監督が書いた小説を自ら映画化した作品。

イタリアのとある地方都市を舞台に。男女三人の高校生の友情と恋。その眩しいまでの輝きと。一転して崩壊する様を描いた。

 

イタリア東部の田舎町。そこに降り立つロレンツォ。トリノにある施設から、この地に住む里親両親に引き取られた。勉強は良く出来るけれど。奇抜な服装と言動(持ってまわった言い方は却って分かりにくいので…つまりは典型的なオネエタイプ)で、転校先の高校でも初日から浮いてしまう。けれど。

同じく浮いていた同級生ブルーとの出会い。ソウルメイト発見。二人の友情は一気に加速。そしてロレンツォの一目ぼれ。同じく同級生のバスケ部員、アントニオ。

バスケ部での活躍はかわれているけれど。如何せん他人とのテンポの違いからからかわれる事の多かったアントニオ。奇抜でお騒がせな二人組の唐突なお誘いに始めこそは戸惑うけれど。次第に彼らと過ごす日々が楽しくなってきて。

と言うのも、三人の中の紅一点、ブルーへの恋心を自覚していくアントニオ。けれどブルーは、遠距離恋愛中の彼氏『先輩』が居て…。

 

「という『片思いトライアングル』なんですよ!誰も幸せにならん…(三角形じゃないけれど)ブルーは先輩の彼女で。ブルーに片思いするアントニオに片思いするロレンツォ、という構図!悲しきちびくろサンボ!片思いの輪がぐるぐる回って皆でバターになる奴!」(支離滅裂)

 

しかしブルー…先輩とのセックスライフの「4Pをした」という事実が皆に周知されているというビッチ。『誰とでもヤル女』(言い回しうろ覚え)等の不名誉な落書きを名指しでされたりする高校生活。

けれど。あっけらかんとそれを受け入れるブルー。ともすれば「私もノリノリだった」と言わんばかりの開き直り。けれど当然周りの女子はブルーを敬遠。独りぼっち。

そんなブルーとスターを夢見るロレンツォ。そして兎に角控えめに。目立たぬように過ごしてきたアントニオの。思いがけない意気投合。
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「そういうはみだしっ子三人組の。出会って盛り上がってわちゃわちゃしている時の多幸感。」

けれど。その歯車は少しづつ狂いだしていく。

 

「いやいやいや。おかしくなったのは後半やし。最後の展開なんて急転直下やったで。」そんな声が聞こえてきそうですが。

 

同級生。クラスメイトや部活の仲間から爪弾きにされてきた三人。そんな三人がとある動画を製作し、公開する下りがあるんですね。

 

…それがまあ。クッソ胸糞悪いんですよ。

 

すみません。映画感想文に於いて、こういう言い回しはしたくなかったんですが。止められない。ここから如何なるフォローをしようともフォローしきれない気がしますが。それでもやっぱり止められない。当方の正直な感想は「こんな動画最低だ。」

 

ゲイ。ビッチ。のろまだと。各々周囲からの悪意ある、マイノリティに対する偏見に対し苛立っている。あんた達は馬鹿にするけれど。私たちは今のままで十分楽しくて幸せ。変わっている?上等。これが個性だ。世界を狭めるな。~そういう動画であって欲しかった。

彼らが作ったのは『個人攻撃動画』しかも体格や家族の事を揶揄する内容。

例えば。体及び体のパーツが大きい事小さい事、どこかに障害や病気がある事。家族や金銭的な事。何一つ本人発信以外笑えない。「そんな大げさな。」と言うかもしれないけれど。あの動画を見て。しかも動画って下手したら半永久的に全世界にはびこるのに。あの動画を流された方はどう思うのか。そういう想像力が無い癖に「他人に傷付けられて可哀想な私たち」というスタンスはなんだ。お前たちは立派な加害者だ。

(そういう行為もまた。若さ故のバカさよね~…とは思えん。ネットリテラシーの罪深さが分かってない。)

 

「マイノリティな私たちが。こんな閉鎖的な場所で私たちだけの居場所を見つけた。」~じゃねえよ!胸に手を置いて考えてみろ!

 

あの動画云々の下りから。当方の、この作品に対する歯車も狂いだし。

 

動画でやり玉に挙げられた同級生の怒りをかって(当然)。エスケープ。平日昼間から古着屋でファッションショー。の下りも「売り物を雑に扱うな!」とキレ始め。

 

「あかんあかん。落ち着け。これはまともに観れなくなるぞ。」足を組み換え。首を振って切り替える当方。

 

まあ。そこからも『クラスに居たら友達になれない三人組』をイライラしながら見続けた訳ですが。(クラスに於ける、当方のスタンスは空想の世界に在籍する無所属です)

 

「最後の展開は確かに初見では唐突に思えたけれど。けれどあれから考えると。もう一度初めからやり直してもこうなったと思う。」そう着地した当方。

 

アントニオに恋するロレンツォ。男と男。ロレンツォの想いは決して女子とつるんでキャッキャ言うだけのお遊びではない。好きだから。アントニオと一緒に居たい。触りたい。キスしたい。けれど。アントニオはどうか。

ロレンツォとブルーの三人でつるむ事が楽しい。ブルーが可愛くて愛おしくて。そんな彼女が輝いている。そんな仲間の一員で居る事がうれしい。

そこにぶっ込まれる、ロレンツォからの好意。戸惑い。揺らぎ。そして揺らいだ自分に対しての怒り。どう落とし込んで良いのか分からない感情。これは悪だと。そんなものを自分に突きつけてきた相手に対する怒り。

 

「自分の感情を表現する事が苦手なアントニオならではの。哀しいけれど理解できる行動。」

 

そして同じ頃。自身の奔放なセックスライフに対しての深層心理が爆発したブルー。

 

作品の中盤。ブルーの母親が小説家(しかも私小説系)で。雑誌公開された小説に「私にプライバシーは無いの!」とブルーはキレていましたが。まさにこの母の文章の通り。

 

一見大人びている娘が。実はひどく子供っぽく、危うく見える。(言い回しうろ覚え)

 

実は重大な問題を孕んでいる事柄を前にしているのに。その重みを理解していない。そして極論過ぎる決断をいとも簡単に下してしまう。それは全てを無にしてしまうのに。そんな不安定で儚い年頃の男女を描いた作品だなと。

 

幾つもの時を経た時。その不安定さと、そこから発する奇妙な魅力。

 

ところで。最後の最後。『これがベストアンサー』みたいなシーンを追加していましたが。

「これ。問題を先延ばしにするだけで、何も解決はされないぞ。」当方にはそうとしか思えず。

モヤモヤとしやまま。物語の幕は降りてしまいました。

映画部活動報告「7号室」

7号室」観ました。
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韓国。寂れた路地にある、潰れかけの個室DVD店。

元々店に思い入れがある訳では無い。なので店を立て直すつもりなんてさらさら無い。連日地元不動産屋に足しげく通い。この店を、自分が購入した時より少しでも良い条件で売り飛ばしたい。そしてその資金を基に別の場所で新しい商売を始めたい。そう画策する主人公の店長。そしてそのDVD店で働く学生バイト。

 

内見に来る相手に『繁盛している店』と思わせる為。新たにバイトを一人追加する店長。しかし実際には現在働いている学生バイトにすら賃金支払いを滞納している状態。

ミュージシャン志望の学生バイトは借金が膨らんで困窮しており。遂に以前やっていた麻薬の運び屋を頼ってしまい。そこで「10日程預かってくれ。そうしたらお前の借金はチャラにしてやる」と麻薬を渡されてしまう。

「あそこなら」

風水に拘る店長が「ここは風の通り道だから」と客には貸さずに神仏グッズで溢れさせている『7号室』。ここなら誰も立ち入らないと。麻薬を隠す学生バイト。

そんなある日。新人バイトが店の水漏れを掃除しようとして感電死してしまう。慌てふためく店長。しかし『事故物件は買い手がつかなくなる』と頭をふと過ってしまって。通報の手を止めてしまう。

「あそこなら」

とっさに『7号室』に死体を隠す店長。いったいどうしたものか。兎に角誰にも見られる訳にはいかない。絶対にこの部屋を開けさせる訳にはいかない。

7号室』の扉に幾つもの南京錠を付け。外から釘を打ち込んで。そうやって『7号室』を封鎖しようとする店長と、何とか『7号室』をこじ開けて麻薬を取り戻したい学生バイト。

お互い決してその訳は言えない。そんな二人の『7号室』を巡る攻防戦は~。

 

「おっとこのチラシと予告編、かなりネタバレしてるやんか。」

 

それでも観たい。面白そう。そう思って。観に行ってきました。

 

学生バイトを演じた、D.O.。『韓国の次世代グループアイドルEXO』なんですね。そういった事情は全く存じ上げませんでしたが。きゃっきゃしたおばちゃん集団の姿を見て「あ。これアイドル案件やな。」映画館でピンときた当方。

彼についてですか?「独特な髪型をしてらっさる。」そう思ったくらいですか。

 

寧ろ当方の映画館に向かう背中を後押ししたのは、店長役のシン・ハギュン。

『悪女 AKUJO』の。ある時には東山紀之にもなだぎ武にも見える、不思議なイケメン実力派俳優。その彼のコミカル演技目当て。

 

まあでも。主要二人の掛け合い。わちゃわちゃしながら結局はタッグを組んで行動を共にしてく~という下りが、定番ながら楽しく観られる作品でした。

 

「にしても『貧乏』というのはあかんな…。」

 

しんみりする作風ではない気がしますし、社会派と言うほど真剣なメッセージも感じませんでしたが。兎に角『金さえあれば』の哀しさ満載。

 

真面目な学生。ミュージシャンの夢だって捨てきれない。けれど。現実は借金まみれ。

バイトをしながら細々と生活と借金返済をしていきたいのに。バイト先の店は給料を払わない。仕方なく犯罪組織に身を落とす。哀しい。

 

対する店長だって根っからの悪人じゃない。バイトに給料だって払ってやりたい…払えるものならば。

どこにそんな金がある?客だって殆ど来ない。売上なんてたかが知れてる。それならばいっそこの店を売り飛ばして。その金で新しく仕切り直したい。どこか新しい場所で。

そうやって自身の現状をリセットする事に躍起な店長の最悪な判断。

(ところで。『日本の個室DVD店事情』だって当方は全く知りませんが。韓国の店って、店側がフロントデッキから室内にDVDを流すんですね?個室内にテレビとデッキがあって、客が自由に操作出来るものだと思っていました。そしてカップル御用達なんですね)

 

「誰よりも可哀想なのは新人バイトだ。間違いない。」

 

韓国に於ける、朝鮮族だの中国人だのの人種認識は一体どうなっているのか。(とてつもない地雷を踏みそうなんでここではスルーしますが。)「お前、不法滞在じゃないよな。」そんな事まで聞かれていた新人バイト。少し言葉はたどたどしくても。笑顔やし、良い奴っぽいし。なのに…なんだこの扱い。

 

コメディ映画なんやからこれで正解ですが。新人バイトのこれからの人生を思うと『厄介な死体』としてぞんざいに扱われる彼の不憫さよ。(一応最後の最後にそこに触れたりしますが…って触れないのかと思っていたからホッとしましたよ)

 

7号室』を巡る店長と学生バイトの攻防。背景に横たわる、貧しさゆえの哀しさ。とっとと店を売ってしまいたい店長と内見にやって来る客。そして明らかに怪しい『7号室』のビジュアルに目を付けた警察当局。学生を脅してくる犯罪組織。

全てが渦巻いて。一体どういう落としどころを見せるのか。

 

「若干もたついた印象もあったけれど。綺麗に落ちたんじゃないですか。」呟く当方。(何様だ)

 

この作品の中で。当方が一番溜息を付いた瞬間。

学生バイト「店長は何故この店をしようと思ったんですか?」

店長「何て言うか。金になるっていう話を聞いたから云々。」(言い回しうろ覚え)

 

「映画やDVD作品が好きやから、じゃないんや…。」

 

今回の騒動を経て。一体あの学生バイトと店長がどういう人生を選択して歩んで行くのかは分かりませんが。

 

彼らが今後好きな事を大切に出来たら良いな。彼らがその時している事を好きになれたら良いなと。

何故だかそう思ってしまいました。

映画部活動報告「ウインド・リバー」

ウインド・リバー」観ました。
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アメリカ。ネイティブアメリカンが追いやられた『ウインド・リバー』。

雪深い僻地。その雪の大地で見つかった少女の遺体。

FBIから派遣された女性捜査官ジェーン・バナー。しかし雪山など初体験の彼女。その過酷な自然環境に捜査は難航し。

遺体発見者であるベテランハンター、コリー・ランバートに協力を要請。そして彼女らは思いもよらない結末を知るが。

 

予告編及びチラシを総合すると、そういう煽り文句で紹介されていましたが。

 

「真夏の雪山映画。というと…『フローズン』。」
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週末のみ営業のスキー場。そのナイターでリフトに乗った男女三人。

しかし不幸にも三人が乗ったままリフトが終了してしまい…というパニック映画。

「おいおいあんんたのそれどこの骨だ。」「狼が居るスキー場。」ホラー…というより突っ込み所満載の面白作品。(あくまでも当方の感想です)

 

「まあでも。真夏に観る雪山映画の清涼感。絵面だけで体感温度が下がるからな。」

なんて。お気楽な気持ちで映画館に向かいましたが。

 

「貴様!どういうつもりだ!」

 

ニヤニヤと締まりの無い当方を張り飛ばす勢い。これはもう。一寸のおふざけも許さない『本当に芯からシャンと背筋が伸びる作品』でした。

 

FBI捜査官ジェーン(エリザベス・オルセン)主体で冒頭書いてしまいましたが。主人公はベテランハンターのコリー(ジェレミー・レナ―)。
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地元でハンターとして暮らすコリー。しかし彼もまた元々はよそ者。地元ネイティブ・アメリカンの妻と結婚し。この土地に居を構え、子供を二人儲けた。けれど。

愛する娘がある日何者かに殺された。そしてその事をきっかけに家族は壊れた。妻は息子と二人家を出て。結局この土地にはコリーだけが残った。

 

そんなコリーが。ある日雪の中に少女の死体を見つけた。娘の親友であった少女の。

 

冒頭の文章、すなわち公式の広報には「思いもよらなかった結末」云々とあるのですが。

 

「うん。意外でもなんでもなかったし、こういう流れ以外考えられんかった。」正直謎解き目的の作品ではないと思った当方。

 

地元ハンターとFBI捜査官が殺人犯を追い詰める。それが主軸ではありますが。寧ろ描かれたのは、その背景に横たわる『ウインド・リバー』という土地の閉塞感。

 

アメリカ開拓時代。白人たちに追いやられたネイティブ・アメリカン。こんな雪深い僻地で身をひそめなければならなかった。時は流れ。今は誰もが皆同じ『アメリカ人』だけれど。やはりどこかで感じてしまう『俺たち』と『白人』『よそ者』。

極寒地域。最低限のインフラ。労働口の狭さ。娯楽も無い。貧困。治安の悪化。「刑務所に入った方がましだ。三食出るからな。」

そんな土地で。時折同じように雪の中で見つかる少女。直接の死因は凍死(呼吸に依って肺が凍り付き、喀血。そして窒息するとのこと)。厳しすぎる環境が少女達を死に追いやる。

しかし少女をそんな状況に放り込んだのは誰だ。レイプされ。こんな極寒の中、少女が裸足に薄着で走り出さずにおられなくしたのは。

 

「どうしてコリーはこの土地に残ったのか。」

元々この土地の者では無いのに。娘が殺され、妻は耐えられないと土地を後にしたのに。

 

「それは彼がハンターだからだ。」そう思う当方。

 

FBI捜査官と行動を共にする。お互い犯人を追い求める姿は同じ。けれど。コリーは「FBIに犯人を明け渡す」つもりでは無かった。自分の娘とオーバーラップする事の多いこの事件に於いて。俺が仕留めてやる。その気概であったはずだと思う当方。

 

「この土地に運なんて無い。」「弱肉強食だ。死んだのは弱かったから。それだけだ。」(言い回しうろ覚え)ここで生きるとは。そうFBI捜査官ジェーンに言うけれど。

「けれど。彼女は強かった。」「生きる気力が彼女をこんな距離まで歩かせた。」

少女らが無力でひねりつぶされたとは言わない。そんなの、認めたくない。

だから。生きる気力に溢れていた、幾らでも輝く未来があった少女達を殺した犯人を。俺が殺してやる。俺が仕留めてやる。しかも単純には殺さない。

何処までも追い詰めて。同じ?いやもっと苦めて。殺してやる。

 

今回の被害者である少女の父親とのシーン。コリーと彼が語り合うシーンにしみじみした当方。
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雪山映画。その痛さを感じる雪と、どこまでも晴れない土地の閉塞感。何故か驚くほど緊迫した銃撃戦。そして男達の『目には目を!』というハムラビ法典理論。

終始フルスロットルな緊張感に疲労困憊。

 

「これは…真夏の清涼感求めて気楽に行く案件じゃないよ…。」貼り倒された当方、未だ消化不良のまま。この作品を思う時、気持ちだけはあの吹雪の中です。

映画部活動報告「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」

志乃ちゃんは自分の名前が言えない」観ました。
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押見修造の同名漫画の映画化。

主人公の大島志乃。志乃の高校入学の朝から物語は始まる。

身支度をしながら何度も「初めまして。大島志乃です。」と自己紹介の練習を繰り返す志乃。と言うのも、彼女は吃音症で人前では殆ど言葉が出てこないから。

必死の練習の甲斐もなく。痛々しく始まった高校生活。

一人で過ごしていた志乃は、ある事からクラスメイトの加代と友達になる。

音楽が大好きでミュージシャンになりたい加代。ギターを弾きこなす加代は実は相当な音痴で。

「あんた。歌なら歌えんの。」カラオケボックスで無理やり志乃に歌わせた『翼をください』。その澄んだ歌声に惹かれた加代は、志乃にバンドを組まないかと誘う。

互いにコンプレックスを抱えながらも。二人は秋の文化祭でのバンド演奏に向け、猛特訓を始めるが。

 

「これ。めっちゃ傑作やないか…。」

 

青春モノ、不器用ながらも一生懸命に頑張る作品群にめっぽう弱いのもありますが。何だか気になって。仕事とか仕事とか仕事とか夏バテとか。映画部活動事体のブランクもあって。ちょっと公開から経ってしまいましたが。やっと観に行く事が出来ました。

 

この作品を観て直ぐに、当方の知り合いの教育者に映画の感想をぶちまけたり、現在の学校現場に於ける吃音症の生徒への対応について聞いたのですが。

「難しいなあ。結局周りの理解が一番大切なんよな。吃音の子って…知的な障害があるとかじゃないから当然一般のクラスに居るんやけれど。下手したらからかわれたりするし。結構大人になってから出る場合もあるし。」「また、家族とか特定の人とかとは普通に喋れたりするんよな。だからホンマに理解者が必要やねん。」「緊張したらどもったり、上手く話せない事なんて誰でもあるんやけれど。」「精神的に追い詰められたりするんよな。」

 

当方がこの作品を観て。先ずは出てきた大人に対して言いたい。役立たずと。

 

「先生よ!あんた…あかんで。」

志乃の担任教師。どうしてフォローしてやれない。

恐らく地元中学から寄せ集めた感じの地元高校。内申書で吃音の事とか絶対申し送られているやろう。そして実際にあんな辛そうな自己紹介なら、途中でやんわり助けてやれよ。どういう言葉が正解なのかは分からないけれど。

そして後から個別に呼び出して「緊張しているのかな?」「リラーックス。」って両肩叩くって。(先述の教育者と当方の「あかんあかんそれあかん。」コール)

 

「そしてお母さん。」

たまたまなのか。それとも漫画原作には触れられているのか。父親と他の兄弟姉妹の有無が一切語られませんでしたので。(それは他の登場人物も同様)一体志乃がどういう家庭環境で、いつから吃音があって、親子はどう対処してきたのかは推測しか出来ませんでしたが。

確かに、あそこまで言葉が出てこなくて苦しむ我が子を見るのは辛い。どんなことでもしてやりたい。またその事で苦しんでいる。そういう親心は理解出来ますけれど。あの選択肢はあかん。あかんあかんそれあかん。

 

主人公の志乃と心を通わす加代。

「正直あんまり押見作品をしっかり読んだ事が無いんやけれど。結構えげつない言い回しをする作家さんという印象がある。」

「喋れないんならメモに書きな。」初めぶっきらぼうな加代に対し。意外とグイグイ寄っていった志乃。「ギター弾けるの?凄い。」「聞かせて。」そこで判明した加代の音痴。思わず笑ってしまって。逆鱗に触れて絶交されたけれど。

「加代ちゃんは私を笑わなかったのにごめん。」風が強い夕日の中。言葉が中々出ない志乃が大声で絞り出すように言ったその言葉に、汚れちまった当方、号泣。

そして志乃の独特な歌声。それを聞いた加代の表情にまた泣く当方。

 

またこの二人のチョイスする曲が渋い。(教室に96年どうのこうのというポスターもあったので、90年代設定だとは思いましたが)

あの素晴らしい愛をもう一度』1971年:北山修作詞/加藤和彦作曲

 

非常に歌いやすい、分かりやすい。そして当方も何かと引用しがちな歌詞。

 

あの時 同じ花を見て 美しいといった二人の 

心と心が 今はもうかよわない

あの素晴らしい愛をもう一度

あの素晴らしい愛をもう一度

 

三番まであるんですが。どこまで行っても二人の心と心は二度と通わないんですね。命を掛けると誓って、思い出重ねて、でも今は荒野に独りぼっち。(歌詞組み立て引用)

「~ってこの歌のチョイスセンス及びこの世界観!正にこの二人!」

 

互いにコンプレックスを抱えて。けれど分かり合える親友が出来た。楽しくて。こんな自分だけれど、認めてくれる。自信をくれる。彼女と一緒なら。此処から這い上がれる。上を向ける。二人なら。二人でなら。

 

「秋の文化祭に向けて、夏の猛特訓をしよう。」

そのひと夏の描写の眩しさに。汚れちまった当方は目を細めるばかり。

けれど。

 

路上で練習している所をクラスメイトの菊池に見られてしまった。クラスで浮いている無神経なお調子者男子。入学式直後の自己紹介。あの忌まわしい記憶。言葉を必死に出そうとした志乃を茶化した菊池に。

しかも「俺も混ぜてくれよ。」としつこく付いてくる。しがみついて離れない。

 

空気が読めない菊池もまた、人間関係に悩んでいて。だから自分の居場所が出来たと必死。また凍り付く志乃を尻目に、結構音楽の趣味が合致し、盛り上がる加代と菊池。

 

「そしてどんどん心を閉ざしていく志乃。」

 

順を追ってネタバレする事になってしまいますので。ここいらから風呂敷を畳んでいきますが。

 

「この作品の良かった所は、ここからの流れを予定調和には済ませなかった所だ。」

 

志乃と加代と菊池のわだかまりは解消され。三人で秋の文化祭で演奏とか。下手したら志乃の吃音症の状態が変わるとか。そういう『いかにもご都合主義』な収束を見せなかった。

 

みっともない。恥ずかしい。他人と比べて自分は劣っている。何かしらのコンプレックスは多かれ少なかれ誰にだってある。特に十代の多感な時なんてそんな事ばっかり考えている。でもそれを乗り越えたり、落としどころを付ける時間には個人差がある。

 

志乃と加代と菊池。三人高校入学で知り合った。三者三様の悩みがあって。分かり合える時だってあった。そうして触れ合う事で前を向けた者も居る。やっと居場所を見つけた者も居る。けれどそれは。三人が一緒のペースとは限らない。

 

何故私は喋れない?何故言葉が出ない?自分にだって分からない。恥ずかしい。恥ずかしい?一体誰が?誰に対して?そんな混沌とした思いをどうすれば言葉に出来るのか分からなくて。でも伝えたくて。どうしても伝えたくて。

 

自分の歌で思いを伝えた加代と。地団駄踏みながら。一生懸命の自己紹介をした志乃に。タオルを口に押し当てて泣いた当方。

 

あの最後の三人の姿に。それが自然やなあと思いながらも。それでもいつか穏やかに交われたらと。

正に最後。『あの素晴らしい愛をもう一度』が脳内に流れた作品でした。

映画部活動報告「ストリート・オブ・ファイヤー」

ストリート・オブ・ファイヤー」観ました。
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『ロックンロールの寓話』

 

米1894年公開。ウォルター・ヒル監督作品。

互いに未練を残す元恋人。流れ者トム・コーディをマイケル・パレ、ロック歌手エレンをダイアン・エレン。

陸軍上がりの元女軍人マッコイをエイミー・マディガン。ギャング集団のボスをウィレム・デフォーが演じた。

 

ギャングが闊歩する、治安の悪い街。けばけばしいイルミネーションが瞬くこの街の若者の娯楽は劇場で聞く音楽。ロック歌手エレンは皆の憧れであり劇薬。この夜もエレンのコンサートに劇場は最高潮に盛り上がっていた。

そんな中。ギャング集団『ボンバーズ』がコンサートに乱入。大暴れした挙句、エレンを奪い去っていく。

同じ頃。姉からの電報を受け、街に帰ってきた流れ者トム・コーディ。そして知らされた、かつての恋人エレンの誘拐。

エレンを救い出すため、ボンバーズの本拠地に挑む。

 

「カッコいいとは、こういうことさ。」

 

当方の脳内に住む紅の豚が。こちらに向けて終始親指立ててキメてくる、そんな映画。

「男って奴は。(違う、この場合は漢っていう漢字やな)こういう愚かな生き物なんだぜえ~。」「漢は惚れた女の為には命だって惜しくないぜえ~。」「漢は誰しも戦わなければならない時がある。」歯が浮き過ぎて自然に抜歯してしまいそうな。そんな映画。

 

1984年。当方もこの世に生は受けていましたが。如何せん読み書きすらも未就学状態。当然リアルタイムでは鑑賞しておらず。よく行く映画館の予告を観て「面白そう~。」と思って見に行った次第でしたが。

 

「一言で言うと、最高でした。」

 

多感でこじらせまくっていた10代。スカしていたり、甘ちゃんだった20代。そんな時にこの作品に出会わなくて良かった。すっかりくたびれてしまった今。今だからこそ当方のやらかい所に沁みに沁みた作品。(80年代に青春真っただ中だったならば話は別ですが)

 

「全力って素晴らしい。」

 

10~20代。そういう背伸びをして虚勢を張っていた。全力を出している奴は何だか恰好悪い。余裕が無い奴は恥ずかしい。そう思っていた時代が当方にもありました。(結局それは同族嫌悪なんですけれど。余裕ぶっこいてる若者なんて本当は居ませんから)

けれど。「な~にスカしてんの。」だらしなく何かにもたれかかる現在の当方からしたら。全力疾走で駆け抜けるこの作品そのものが眩しくて。

 

お話自体は非常に単純。街の歌姫エレンがギャングに誘拐された。彼女を救いに行ったのはエレンの元彼トム。互いに嫌いになった訳では無かったのに、別れてしまった二人。未練を残しながらも強がる二人。

流れ者のトム。俺は根無し草だと。だからエレンを大切に出来ない、人気ロックスターになりつつあるエレンには優しく包む堅実なタイプが似合うからと強がるトム。

実際劇場支配人と今は付き合いながらも。トムが忘れられない、そんなエレン。

街に帰って来た時に知り合った元軍人のマッコイ。エレンの現在の恋人支配人。彼らと共にエレンを奪ったギャング集団『ボンバーズ』(ダセえ‼)の本拠地に乗り込み。そして(結構あっさり)エレンを取り戻し。

しかし。焼き討ちレベルの討ち入りに激上したボンバーズの面々が。大群率いてトム達の住む街にやってきた。

 

~という。『行って。帰って。付いてきて。決闘』という。『マッドマックス怒りのデスロード』みたいな行ったり来たりするお話なんですよ。大枠は。

 

まあ。何から行くべきなんでしょうかね。取りあえず「やっぱり面白かった1980年代ファッション」ですか。

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ウィリム・デフォーが若い!そして「何その恰好」と何度も見てしまう『裸に魚河岸の人が履くサスペンダー一体の撥水加工のズボン』という香ばしさ。

恰好良いの権化であるトムだって。コートを脱いだらいきなりノースリーブのシャツ。

女性陣のファッションは意外と「そういう時代やったんやなあ~。」見れるのですが。男性陣のファッションには笑ってしまう。

 

そして。元軍人マッコイ。

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街に帰ってきたトムとふとした事で知り合って。エレン救出にも関わった。

(変な言い方ですが)女性でありながら。誰よりも男らしかった。トムの右腕。

「女は直ぐに寝すぎなんだよ。」トムと夜の街で知り合って。トムの姉の家に一緒に泊まりながらも。決して色恋沙汰には発展しない。「あんたは好みじゃない。」そう言って。けれど恋を知らない訳じゃ無い。「どうしようもない恋をした事があった。」

「惚れてまうやろ~。」当方の胸をぐんぐん締め付けたマッコイ。登場から幕引きまで全てが完璧な登場人物。

余談ですが。電車通勤の当方。毎朝至近距離で見掛ける、推定~50台のまだら白髪でおかっぱのとある女性に対して「せめて髪を括るとかしてはどうかね」「一切の潤いが無い。獅子舞。又はスーパーハボキ化している」と悶々としていましたが。

「彼女はマッコイだ」と言い聞かせる事で精神の安定を図る日々。

 

そして。劇中歌。
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作中の歌が。音楽が。「これ。ミュージカル映画と言っても差し支えないな」」と思う程のクオリティー。登場人物達の乗り合わせたバスで黒人グループ歌手の歌には思わず当方も登場人物達と同じく笑顔になってしまう。素敵過ぎて。

 

「でも。やっぱりエレン最強。」

 

ダイアン・レインが歌っていなくても。この歌は彼女が歌っていると。今後はそう思うであろう当方。

 

「ていうか。これ『ヤヌスの鏡』の曲じゃ無かったんか。」

ヤヌスの鏡だってリアルタイムではありませんが。子供の時ふと再放送を見て。面白過ぎて釘付けでした。)

 

いきなりトップギア。冒頭のコンサートの時も最後の歌も。エレンの歌は初めから全力疾走。確かに彼女はロックスター。その説得力よ。

 

私は弱弱しく守って貰う女じゃない。そうして欲しい時もあるけれど…ずっとじゃない。

そして。「困った時はいつでも俺を呼べ。直ぐに助けに行く。」と恰好を付けて。実際に馳せ参じるけれど。俺は平凡な日常を共に出来る男じゃない。

だから二人は一緒には居られない。

 

「そして二人は永遠に幸せに暮らしました。」が嵌らない作品。

 

「ロックンロールの寓話…。」何という秀逸なフレーズ。

単純。おかしな所もある。香ばしい所もある。けれど。

それらを完全に飲み込む『THE全力』の力。ねじ伏せられて。

 

1984年から34年の時を経て。今この年齢で映画館でこの作品を観られた。これこそスクリーンで観るべき作品。貴重で幸せな体験でした。

 

 

映画部活動報告「グッバイ・ゴダール」

「グッバイ・ゴダール」観ました。
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ジャン=リュック・ゴダールの二番目の妻。アンヌ・ヴィアゼムスキーの自伝的小説の映画化。

1968年。当時20歳そこそこであった主人公アンヌ。パリ在住の哲学科の大学生。恋人はゴダール。当時37歳。言わずと知れた有名映画監督。

二人は恋に落ち。そして結婚。ゴダールの映画ミューズであったアンヌ。いつだって二人は一緒。年上の恋人は好奇心旺盛なアンヌに色んな事を教えてくれた。…けれど。

映画を撮らなくなって。次第に政治活動(五月革命)にのめり込んでいくゴダール。二人で頻繁に参加する政治活動の場。でも。言っている事が支離滅裂、ただただ過激なゴダールは活動の場でも浮く事が増えていって。

愛すべきゴダール。彼は私の恋人であり先生。そんな二人の関係が徐々に変化していく。

 

今回。当方が真面目にこの作品の感想を書かない事を先んじてお詫び致します。

 

ゴダール。知らなくはない。1968年の五月革命。あんまり知らない。ゴダールが政治革命にのめり込んでいた時期があった。全然知らない。

そんな『知らない』づくしに対して。付け焼刃の知識を纏ってそれらしい事も言えなくは無い…気もしましたが。

「知ったかぶりは恥」そういう当方のポリシーからも。どうせボロが出るだろうと開き直っての今回の感想文。加えていつも以上に「ただただ感じた事を書く」という個人的備忘録に則りますので。頓珍漢上等。そんな気持ちで進めていきたいと思います。

 

「じゃあなんでこの作品を?」「ステイシー・マーティン目当てだ。」はっきり即答する当方。

 

ステイシー・マーティン。2013年『ニンフォマニアック』でデビュー。
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ニンフォマニアック(色情狂)』。前後編二部構成の…所謂『ミスターエロチスト』案件。(『ミスターエロチスト』は梶山季之が1977年に書いたエロ小説で…って、気になる方はお手元のそのデヴァイスで調べたらいいですよ。一言で言えば一人の人物が延々語る、「これまでの。私のアブノーマルセックスライフ物語」)

この作品の主人公の若い時を演じたステイシー・マーティン

際どいシーン盛り沢山だったのに。何故か殆ど生々しさを感じなかった。その凛とした佇い。

モデル出身なのもあってスタイルは完璧。けれど正直そんなに演技が出来る訳では無い。表情豊かでもない。なのにはっとするような神々しさを持つ時がある。

2015年。『シークレット・オブ・モンスター』
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『陽光降り注ぐ中。スケスケのブラウスの下が何故かノーブラの。優しく微笑んできた家庭教師…主人公の少年と観客の気持ちが完全にシンクロした瞬間!』みたいな。禍々しい、無意識の悪魔を演じた彼女。

延々と何を語っているのか分からなくなってきましたが。つまりはまあ…ステイシー・マーティンが好きなんですよ。当方は。

 

今回も潔く脱いでいるシーンもありましたが。今作の目的はそこでは無いはずなので。(当方は一体何を言っているんだ)

 

いやあ。これ。19~20歳のアンヌの立場から見た世界なんで。

 

尊敬する映画監督に見初められて。晴れて彼と夫婦になったけれど。初めこそは色んな世界を知って。吸収する事は楽しくて。
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けれど。段々彼と行動を共にするにつれて。わがまま。子供っぽさ。薄っぺらさが鼻に付き始めて…彼は次第に唯一のアイデンティティである映画も否定し始め。しかも束縛、支配しようとしてくる。
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という。「あの時。同じ花を見て。美しいと言った二人の。心と心が。今は。もう。通わない」という悲しい話なんですよ。ですが…正直この20歳そこそこの小娘よりも。37歳のゴダールの方が色々と近い当方としては…ゴダールの滑稽さの方が身に染みて。

 

稀代の映画監督。世間からも認められ。けれど。今の自分は映画優先ではおられない。表現を生業としているからこそ今の自分には参加すべき政治活動がある。なのに。何故かその同士からは受け入れられない。同士と上手く意思疎通が出来ない。

年下の彼女。想いが通じて結婚した。彼女は可愛いお人形。何も知らない彼女には自分が全てを教えてあげなければならない。彼女は自分の盲目的な崇拝者であって完全な理解者…のはずなのに。次第に自我を持ち始め、自分へのまなざしが猜疑心と不満にあふれていく。

かつては同じ夢を語った友人。なのに。会えば喧嘩になってしまう。

もう。自分は誰とも想いが通じない。独りぼっち。

 

そんな、上手くいかない八方ふさがりに陥って。じゃあ一体どうすれば。どこから自分はこの状態から抜け出せるのか。そうやってじたばた足掻いて。そうすればそうするほど滑稽で。そして最後自爆。

 

というゴダール側からの視点。ぞっとする当方。

 

終始コミカルなテンポ。しかもスタイリッシュな絵面で進みますので。ともすれば「ゴダール、けちょんけちょんやないか」となりがちな痛さを笑いに変えてくる。けれど。

「それもまたフランス人ならではの皮肉っぽさ」とも思えなくはない。溜息。

 

「まあ。今現在ゴダールが映画監督として健在だという現実が。結果オーライという解釈で良いんやろうなと…。」もごもごと気持ちを落とし込む当方。

 

そして。お目当てのステイシー・マーティンも勿論可愛かったですが。ゴダール役のルイ・ガレルも非常に良かった。そして最終当方が思った事。

 

「これは良い眼鏡映画でした。」

 

世界中の眼鏡っ子(男女共)に幸あれ!そう願ってやまない当方からしたら。ゴダールの眼鏡着せ替えが眼福であった事を最後に忘れず記しておきたいと思います。
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映画部活動報告「スウィンダラーズ」

スウィンダラーズ」観ました。
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韓国。実際に起きたマルチ商法詐欺事件がモチーフとなった作品。

稀代の詐欺師、チャン・ドゥチルが死亡したというニュースに揺れた韓国。

チャンが率いていたマルチ商法に依る被害者数は甚大な数に上り。自殺者も続出。なのにチャン自体は姿をくらませ。挙げ句何処かで勝手に命を終えた。

 

「絶対にあいつは生きている。」

 

チャンを担当していた主席検事パク・ヒス。そして検事の秘密の子飼いの三人の詐欺師(ベテラン詐欺師。ハッカー。美人局)彼等の前に現れた新しい詐欺師。彼こそが『詐欺師だけを騙す詐欺師』ことジソン。

 

五人は結託し。チャンの右腕とされるクァク・スンゴンに接近。クァクを皮切りにチャンをおびき寄せ、捕まえようとするが。

 

「ワクワク韓国映画。詐欺師同士が腹を探り合い。一体誰が誰を騙しているのか。騙されているのか。そして衝撃の真実は?」

~みたいな予告編を受けて。何だか楽しそうだなと。観に行ってきましたが。

 

「思っていた以上のオセロ映画だった。これはもう何も考えずに身を任せるしかない。」

 

主人公ジソン。裏稼業を営む父親と二人暮らし。けれど父親はもう年だしそろそろ隠居しようかなんて思っていた。そんな矢先に起きた悲劇。

稀代の詐欺師、チャンを国外へ逃がす手伝いをしていた。その最終過程で殺された父親。しかし警察はゴロツキが死んだだけだと取り合ってはくれなかった。

 

時は流れ。国外逃亡したチャンが死亡したというニュースが韓国中に流れる。けれど。

「チャンが死んだはずがない。俺は俺なりの方法でチャンに制裁を加える。」

そう心に誓うジソン。そしてまず同じくチャンを追うパク検事とその犬たちに近づく。

 

「俺あいつ知ってるって。詐欺師だけをターゲットにする輩で。俺はあいつの所為で一年臭い飯喰う羽目になったんだぞ。」ジソンを見て怒り狂うベテラン詐欺師。しかし。

今のお前の飼い主は誰だと言うパク検事には逆らえず。

そんなぎくしゃくしたチームで。チャンの右腕クァクに接近。チャンを誘きだそうとする。

 

同じような内容を繰り返し書いてしまいました。まあでも…ネタバレしないようにすると延々このループを繰り返してしまわざるを得なくなりますので。今回はふんわりコンパクトに収束していく感じでいこうと思いますが。

 

「何て言うんですか?日本でいうなら少年探偵漫画みたいな。金田一少年とか。名探偵コナンとか。(当方が漫画を借りて読んでいたのは初期も初期ですが)」

「最早神の仕業としか思えないトリックの事は置いておいて。あの…『犯人はお前だ!』~からの、それ後だしじゃんけんすぎるやろ~みたいな人間関係の暴露。」

「大抵被害者こそが悪者で。実は犯行に及んだ加害者は長らく被害者に虐げられていた。その積み重なったフラストレーション、又はきっかけとなった悲劇をバネに。加害者は計画を練りに練って。そしてやっと犯行に及んだ。」

 

何を唐突に少年探偵漫画を否定しているのか。本編とずれていきそうなんでここいらで止めますが。

 

当方が一体何を言いたいのかというと。「観ている観客を騙したいのは分かるけれど、余りにも見せていないカードが多すぎるとフェアじゃないから考察する気力を失うし。何でもありはあかんよ。」という事。

 

「一体誰が誰を騙しているのか。騙されているのか。そして真実はどこだ。」

 

その持ち駒のひっくり返しが激し過ぎて。パタパタパタ。せわしないオセロ映画。

 

「結局誰が真のターゲットなんだ。一体誰を狙っているんだ。何が目的だ。」

「そしてこいつは一体何者だ。」

これに関しては序盤から「そういう話なんやろうな~」とは思っていましたが。

 

まあ。テンポは良いし、絶対に暗くはならないので。終始ポップなテンションで観ていける作品。

 

「後。普段シリアスだったりシュッとした役の多い俳優さんが何だか可愛い。そういう演技には癒されますね。」パク検事を演じた『オールド・ボーイ』のユ・ジテ。チャンの右腕クァクを演じた『美しき世界』のパク・ソンウン。こういう悪顔がふと見せるシャイな表情とか。堪らん。

 

まあ。散々オセロ見せて、伏線も全て回収して。大風呂敷を広げたけれど、しっかり畳み切った。お見事だと思いましたが。

 

…正直、同じ穴にムジナは居ないと思いますので。続編は要らないかなあ~と思う当方です。