ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「セールスマン」

「セールスマン」観ました。


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2017年。米アカデミー賞外国語映画賞」受賞作品。

イラン。アスガー・ファルハディ監督作品。

 

とある劇団。共にその劇団員であり、夫婦でもある二人。

引っ越したばかりのアパートで。ある夜一人で居た妻が侵入者に襲われる。

警察に届ける事を拒んだ妻。犯人を捕まえたい夫。

何の問題も無かった夫婦は次第にすれ違い始め…。

作中。二人が演ずる戯曲『セールスマンの死

時代の変化から取り残されていく主人公を演じる夫。物語が進むにつれ、その戯曲が物語の奥行を広げていく。

 

「これは…」鑑賞後。余りの後味の悪さに、苦々しい表情で一杯になる当方。(分かりにくいのですが、褒めています)

 

冒頭。夫婦の住むアパートが突然前触れも無く半壊。逃げ惑う住民達。

その、不穏な物語の幕開け。

住む場所を失った夫婦は、劇団の主宰者からとあるアパートを紹介される。まだ前の住民の引っ越しが完了しておらず荷物が残っているが、空き物件を知っているぞと。

もう劇場で眠るしかないかと言っていた夫婦は、すぐさまその物件に飛びついて。

引っ越しの荷物整理も終わらぬ状態。舞台を終えた後、妻が先に帰宅。翌朝の食料等を買い込んで後から帰宅した夫が自宅で見たものは、血まみれの浴室。

 

「おっかねええ」震える当方。ですが…「これ、言ってはいかんのやろうけれど…奥さん不用心過ぎる」妻の行動がそもそも危なすぎる。

メイクを落としていたらインターホンが鳴って。例え夫だと思っても、玄関の鍵を開けてから風呂に入るって。怖い。怖すぎる。

「鍵一つしか持ってないんやったっけ?」よく思い出せませんけれど。夫は自分の鍵でアパートのエントランスのドアを開ければいいし、階段を上がった後、玄関のすぐ前でもう一回インターホンが鳴ってから、声を確認して鍵を開けるべきで。

赤ずきんちゃんの話を知らんのか。(知らんやろうな)

「裸という最も弱い状態で。風呂に入っている時に誰かが入ってくるって。もう堪らん。無防備過ぎて怖い」

案の定。闖入者に襲われる妻。

「いや。性被害に遭った者に対して、お前が悪かったんだはナンセンス」分かっているんですがね。ですがね…あの不用心さは命取りやなあと。

(後、そんな被害に遭った後もあの奥さん、結構玄関の鍵を開けておくシーンがあるんですよ。その度に「何でだ!」と思いましたね)

 

性被害者になってしまった妻。心も体も傷ついた。でも…警察には届けたくない。公にしたくない。

一人になるのは怖い。お願いだから一緒に居て。

 

「と言われても。どうしたらいいのか」

戸惑う夫。愛する妻が傷つけられた。憎い。妻をこんな目に遭わせた犯人が憎い。絶対に捕まえたい。犯人を滅茶苦茶にしてやりたい。だって。だって自分の妻を、そして自分たちの生活を滅茶苦茶にした。なのに。妻は犯人を捕まえる事を望んでいない。

 

一緒に居ろと言っても。自分には、劇団の仕事の他にも学校講師という仕事もある。

家で一人で居るのが怖いと、いつも通り舞台に上がったが、妻は途中で取り乱し、舞台は途中で休演となってしまった。もうどうして欲しいのか分からない。

 

具体的な指示が欲しい。そう焦る夫。「犯人を捕まえて溜飲を下げたい」自分にとってはそれが最も明確な解決方法で。なのに肝心の妻は煮え切らない。彼女の感情は余りにもアンバランスで、どうして欲しいのかが扱えない。

 

「違うんだよな…」深々とした溜息を付く当方。

 

自分にも負い目がある。不用心に鍵を開けた事。そしてもう数えられない位に繰り返したのであろう「あの時何故」のたらればの後悔。悔しくないはずがない。犯人を許している訳が無い。もう一生消えない傷を、体だけじゃない、心に負った。でも。

「犯人にもう一度会うなんて。怖い」

自分のプライドも何もかもを踏みにじった相手。忘れる事は出来ないけれど。もう会いたくない。あの時起きた事を、そんな奴の口から聞きたくない。

犯人探しにやっきになる夫。でもお願いだから、今はそっとしていて欲しい。

下手したら死にたくなる位に絶望したり、数多の感情で渦巻いている自分を、ただひっそりと支えて欲しい。

 

愛する夫の冷酷な姿を見てしまった。知らなかった一面。離れていく心。止められず。

 

作中で妻がそう語るシーンはありませんので。あくまでも途方の勝手な解釈ですが。

 

「あの時 同じ花を見て 美しいと言った二人の 心と心が 今は もう通わない」

あの素晴らしい愛をもう一度』案件。正にそうだなと思った当方。

 

かつて夫婦の心は繋がっていた。なのに。冒頭の不穏で唐突なアパート半壊事件のごとく。

突然見舞われた厄災。それによって。不幸にも亀裂が入っていく二人。

 

最終。物語は怒涛の展開を迎え。非常に苦々しい気持ちで一杯になるのですが…。

 

『ふがいない僕は空をみた』窪美澄原作。2012年タナダユキ監督作品を思い出す当方。

 

憎むべき性犯罪者。勿論その犯罪の内容については、なんら擁護する所なんて無い。でも。

「性犯罪者が、全てにおいて悪い奴では無い」性犯罪者だけでは無いですが。

誰かにとっては悪人であっても。誰かにとってはかけがえのない人物であったりもする。性質の中で、どこかが突き抜けてアウトであっても。優しい所もある。好かれる所もある。

人一人を語るとき。その個人を見る視点は余りにも多角的であって。

(『ふがいない~』は当方のタナダユキ監督作品の暫定ベストです)

 

「でも。憎むべき相手だからこそ。圧倒的な悪人であって欲しかった」

 

ましてや哀れみを感じるなんて。本当に始末が悪い。元々の発端はこいつの浅はかな気まぐれなのに。そんな事で、こちらは何もかもを失ったのに。なのに。こんな弱弱しい相手に感情をぶつけないといけないなんて。何だか自分の方が悪い奴みたいな罪悪感に襲われるなんて。

 

あの。息を呑む怒涛の展開。そして苦すぎる着地。

 

「ああもう。何なんだ。この苦しい気持ち」やりきれない。

やっぱり、あの結末以上にも以下にもならないんだろうなと思いながら。

 

こんなに後味の悪い作品は久しぶりでした。(ややこしいのですが、褒めています)

映画部活動報告「パトリオット・デイ」

パトリオット・デイ」観ました。
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2013年。4月15日。愛国の日。アメリカボストンマラソン。ゴール地点にて発生した、ISによるテロ爆破事件。

一般市民を巻き添えにした、悲しき実話をベースに。

バーニング・オーシャン」が記憶にも新しい、ピーター・バーグ監督。主演マーク・ウォールバーグにて。

 

「ああ。覚えている。ボストンマラソンの爆破事件。そうか。これはこういう経過を辿ったのか」

 

恥ずかしながら。あのマラソン事件は知っていましたが。その後の流れは、この作品で観るまで全然知りませんでした。

(ですが。この流れって。正直日本で大体的に報道されましたかね?…言い訳ですが)

 

余談ですが。

当方の父親。数年前定年退職し。

暫くは家でだらだらしていたのですが。如何せん、他の家族の皆が働いているのもあってやいやい言われ。

「一日中家に居るのに!」そこからの文句に耐えかねたのと、確かに体を持て余したのとで始めた自宅周囲のランニング。

そして。その張り合いを持たせようとエントリーした地元マラソン大会。楽しかった経験。

以降。「何とかマラソン」にひっきりなしにエントリー。楽しくて。

そして。そんな父親を応援すべく。マラソン応援に励む家族たち。

 

そんな我が家にとって。ボストンマラソン爆破事件は、真顔になってしまう事件でした。

 

「また、スタートから4時間という中間以降で最もゴールランナーの多い自時間」卑怯。

 

そもそも。現存する宗教についても、イスラム教についても。数多の宗教についても不勉強な当方。

 

なので、ふんわりした事しか書けないのですが。(そして無知を逆手に取って(取れませんが)書いてみますが。

 

「人の命を奪ってまで主張しなければいけない事はなんだ」

 

あの。主犯格の兄弟が。何らかの主義主張に沿って、あのアクションを起こした…のだろうけれど。その悲しいまでのお粗末さを考えた時…哀しくて。むなしくて。

 

ただ。あの市民マラソンを楽しもうと、沿道に集まった人々を。そしてマラソンランナーを。何の意味があって傷つけないといけなかったのか。(『愛国の日』という記念日への当てつけですか?幼稚な…)

 

当方は知っている。自分の街で行われているマラソン大会を、純粋な気持ちでいつもの沿道に応援に来る人を。

自分の家族や大切な人がゴールする姿を見届けようとしている人を。

 

そんな彼らの気持ちに、宗教的な意味合いなど存在しない。なのに。

 

犯人の兄弟にもカメラは向けられていましたが。彼らの思想や行動などに何らフォローはされていませんでしたし。

他の視点での描れ方はありませんでしたので。当方はこの作品からの情報のみ(=悪者)で犯人の姿を見続けましたが。

 

マーク・ヴォールバーグ演ずる、警察官トミー。他の実在するキャラクター達の中で唯一の架空キャラクターを基に。でも流れはあくまでも史実に則って。

 

件のマラソン大会で起きた事。そして現場に居合わせた群衆。

そして「ボストン・ストロング」の流れ。

 

「史実とは言え。あの市街地での襲撃戦はちょっとエンターテインメント性に溢れちゃったんじゃないの~?」なんて。異常にわくわくはらはらさせていたんで。やり過ぎじゃないかと。そこに関してはそう思いますが。

 

一つだけ。当方がチャチャを入れさせて頂きますが。

「そこまで銃社会なら。せめてパトカーの窓は防弾にしたら」

 

最終。ちょっと感動過多に転ばせていた感じも否めませんが。

 

史実だ。コンパクトだと侮るなかれ。

 

しっかり纏まった。でも(失礼ながら)エンターテインメント性も失っていない。

そんな見ごたえのある作品でした。

 

映画部活動報告「怪物はささやく」

怪物はささやく」観ました。
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アメリカ=スペイン製作。同名小説(児童文学)の映画化。J・A・バヨナ監督作品。

「何か微妙な感じのポスター。でも気になる。何しろ『パンズ・ラビリンズチーム』製作作品」
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もう多分、これまでのギレルモ・デル・トロ監督作品のマイベストだと言っても過言ではない、当方お気に入りのダークファンタジー。

(映画部部長が『パシフィック・リム』を熱く熱く語っていた時も、やんわりとその旨は伝えました)
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あの。独特過ぎる、可愛らしさの欠片もないキャラクター達。一見美しくて。でも全く救い様の無い作品。こういうの、実は好きなんですよ。

 

「まあ、そういう感じなのかなあ~」なんて。原作未読。あんまり予習すること無く、気楽に映画館に向かった訳ですが。

 

「何やこれ。思っていたより緻密やし、じわじわ締め付けられる」

一言で言うと、ええ話やったんですよ。

 

12時07分にそれは起こる。悪夢も。不思議な怪物の登場も。
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13歳の少年、コナー。両親は離婚し母親と二人暮らし。でも。

進行性の病に侵された母親。もう終末期で、正直軽快する見込みは無い。

内気で。絵を描く事が大好きで夢見がちなコナーは学校でも同級生達にいじめられ。

ある日。母方の祖母が家に乗り込んできて「コナーは別れた夫に預けて治療に専念しろ」と言ってくる。反発する母親とコナー。しかしそんな中で母親の容態は悪化。入院する事になってしまう。

何もかもが手詰まり。そんな夜。12時07分。突然の衝撃。

家の自室窓から見えている、丘の上にそびえるイチイの巨木。それが突如手足が生えた怪物のビジュアルでコナーの元へと歩いてくる。

驚くコナーに「これから3つの真実の話をする。俺が話し終わったらお前が4つ目の話をしろ」一方的な宣告。そして夜な夜な怪物の話が始まった。

 

まず、この主人公コナー役のルイス・マクドゥ―ガル。
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この役が彼で無かったら…たらればなんで分からないですが…成立しなかったんじゃないか。そう思う当方。

「13歳にしては、ちょっと周りと比べたら幼い感じ。背丈が小さいのもあるんやろうけれども。誰よりもお母さんが好きで、この状況に胸を痛めている。くすぶっている。でも。それを吐き出せない」
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目力が半端ない。一見弱弱しいけれど、コナーはその目で強く相手を見てしまう。どこか納得していない、反発した視線。だからこそ。それに腹を立てる者も居る。文句があるなら。何かあるなら言えよという表情。

「いい子ちゃんが」と同級生に絡まれるコナー。でも。コナーは黙って殴られる。それは何故か。

 

怪物が話す話。それは大きな木である彼が、これまで見てきた話。

 

「一見良い人物に見える者は、果たしてその通りなのか。人を見かけで判断していないか」「身を切るような決断をしてでも、信念を投げ出してはいけない」「嫌な奴ではあるけれど、彼の言っている事は正しい」「透明人間が透明人間で無くなる時」

 

寧ろ捻りが一切ない、清々しい位にコナーの現状とマッチした内容。

 

「それにしても、この画の美しさよ」

怪物の話すパート。アニメーションなんですが。それがもう、水彩画ベース?という美しさ。そのコロコロ動く様も独特のセンスで。これは面白い。

 

ただでさえ色んな所から追い詰められた日々で。気の合わない祖母。母親と引き離されるんじゃないかと思うと憎らしくて。父親は悪い人では無いけれど、彼との関係の中に自分の居場所は見つからない。そんな中で。刻一刻と母親は終末に向かっている。

 

夕暮れの中で。母親がコナーに言った言葉「今こうやって言葉が出ない位の怒りに包まれている事を。決して後で気に病まないで(言い回しうろ覚え)」当方の涙腺決壊。

 

この状況を。病に倒れて。愛する息子と別れる日が近い事を。誰よりも彼女が一番悔しい、無念だと思っているはずなのに。

 

実際に体は苦しいし、辛いし。何故こんな事になったのか、何か手立てはないのか。希望は無いのか。そんな段階を経ていく中でも、自分よりも、息子を気遣う。

何故なら彼女は母親だから。息子に伝えたい。今のあなたで良いんだと。でも無理をするなと。

 叫びたい時は思いっきり叫べばいい。かくあるべきと決めつけて、無理に自分を当て嵌めなくていい。あなたは何も悪くない。

 

3つの話を聞いて。4つ目。コナーの見ている悪夢の全貌が明かされた時。
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「そりゃあそうやで…でもそう思うのは真っ当やと思う。悪い事じゃない。そんなに自分を追い詰めなくていいよ」呟く当方。

 

そう言えば、コナーは何かと「罰は?」と聞いてきた。でもそれは違う。

 

一見良いとされる事。悪い考え方。こんな事を思うのはいけない事なんじゃないか。常に気持ちを張りつめて。でもそんなの…疲れてしまう。

 

嫌いだと突っぱねてきた祖母との、線路前でのやり取り。彼女が悪い人じゃない事も、わざと嫌な事を言ってきたんじゃない事も。勿論分かっていた。分かっていた。

だって彼女と自分は「母親」で繋がっているから。

 

最後の最後。この「怪物」の正体が。

これらは一体、誰から誰に向けた話であったのか。それが明らかになった時。

 

改めて世界が広がって。そしてそれが明るい光に包まれていたことで。

当方はとても救われた気持ちになりました。

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映画部活動報告「マンチェスター・バイ・ザ・シー」

マンチェスター・バイ・ザ・シー」観ました。
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2017年米アカデミー賞主演男優賞脚本賞受賞作品。

 

「しみじみと胸に染み渡る」「必ずしも人は無理やりに前進しなくても良いんだと思った」「兎に角素晴らしい」

公開後。一気に溢れた皆さま絶賛の声。何故かなかなかスケジュールが合わなくて。公開から随分経ってからやっと、観る事が出来ました。

 

「これは…心が弱っていたらえぐられるやつか?」なんて、ちょっと構えてしまいましたが。

 

「ああ。これは…凄く静かな作品やな。そして主人公リーの気持ちに痛いほど共感出来る」

観ている者に寄り添う映画…では無く、観ている者が寄り添う映画。

 

ボストンでとある集合住宅の便利屋をしているリー。男やもめ。腕は良いがぶっきらぼう。ひっそり誰とも関わらずに生きていた。

そんなリーに突然舞い込む、兄ジョーの急変。兄は随分前に心臓の持病が発見され、何度も入退院を繰り返していた。急いで故郷のマンチェスターに向かうが、結局ジョーの死に目に会えず。遺体とのご対面。

ジョーは離婚し、一人息子の16歳、パトリックと暮らしていた。

ジョーの遺言から「リーにパトリックの後継人を頼む」との内容があり。全く知らされていなかったそれに、動揺するリー。

パトリックと住むためにはリーはマンチェスターに戻らなければならない。

しかし…リーにはマンチェスターには戻れない理由があった。

 

「家族を失うという事」

当方は父母、妹の4人家族で。悲しいかな、当方も妹も独身貴族なので、もしこのままの家族構成で進んで、4人の家族の内誰かが減っていく…それを考えただけで胸が苦しくなりました。

かつて一緒に暮らしていた白猫。18年の寿命をきっちり生きてくれたのですが、彼を失った時「もう二度と笑えないだろう」というほど打ちのめされた当方。

でも。不思議な事にその白猫に対して「ああしてやれば良かった」という後悔は微塵も無くて。最後に彼が弱った時の対応すらも、今でもたらればは無い。

なので「もう会えない事が寂しい」という一点の悲しみ。でもそれは当方の心を強く強く刺したり締め付けたりした。(今でもそういう気持ちに時々なります)

でも。やっぱり「時が解決してくれる」

悲しくて。やるせなくて。こんなにも思っているのに会えないなんて。そう思っている気持ちは、時の流れがゆっくりと宥めてくれる。また笑える日は来る。

 

ただ。その「時」には個人差がある。

 

確かに脚本賞だなと感心した、細やかで交差した展開。何故今のリーはこんなにも心を閉ざしているのか。それをゆっくりと丁寧に描いていく流れ。

リーにも愛すべき家族が居た。笑い合って。馬鹿な事が出来る仲間。兄ジョーと、その息子パトリックとの船に乗って。そんな楽しい日々。なのに。

「ああ。こんな事が」中盤。リーに起きた事の全貌が明らかになった時。息を呑んで…そして溜息を付いた当方。これは辛い。辛すぎる。

 

「神様いっそ自分を殺してください」

 

でも。リーは死ななかった。その代わり、彼の心の中の何かが死んだ。

辛すぎて。もうマンチェスターには住めない。ボストンに引っ越して。それをずっと後押ししてくれたのがジョー。自分だけじゃない。町の皆からも好かれる人格者。

 

甥のパトリック。「おいおいお前…」と言わんばかりのリア充。彼女?も二人居て。アイスホッケーにバンドとモテる要素満載。友達も多くて。

 

「お前の親父が死んだんじゃないのか」と思わずツッコミそうになる、通常運行の生活を送るパトリック。

でも。彼だって傷ついていない訳じゃ無い。それが分かった時、何だかほっとして。パトリックが愛おしくなった当方。

 

マンチェスターに残って今まで通りの生活をしたい」というパトリックと「とてもじゃないけどマンチェスターには住めない。ボストンに戻りたい」というリー。

ジョーだって、リーが後継人としてやっていける様にと多くの手はずを生前に整えていた。便利屋だってそんなに思い入れのある仕事じゃない。正に「リーの気持ち次第」の状態。

リーだって、パトリックの気持ちを踏みにじりたい訳じゃ無い。甥が可愛くない訳が無い。でも。どうしても辛い。自分の居場所はここ(マンチェスター)には無い。

 

そこで再会する、元妻ランディ。

 

「恐らく、この気持ちを近い所まで共有出来ていた妻が。前に進んでいる」

この孤独感。絶望しかない、孤独。でも。

 

再会から暫く経って。妻とばったり道で会って。実際に話をした時。間違いなくリーは救われた。

(当方の涙腺決壊)

 

悲しみを乗り越える。容易い言葉ですが。「乗り越える」という事は「何もかも忘れる」事では無い。

悲しみを抱えながらも、日常をこれまで暮らしていたレベルに近い所まで持って行く事。その時間や進み方は個人差があるし、一人で立ち上がれる人が居れば、誰かの後押しが要る人も居る。立ち上がれない人も居る。でも。

 

リーは立ち上がれる。これはそのはじまりの話。

 

パトリックが操縦する船に乗って。そこで初めて笑顔を見せたリー。

リーの閉ざされた心が少し開いた、そんな終盤。

 

リーが決断した判断が、確かにベストアンサーであったと思った当方。

 

リーがパトリックに言った。いつかそんな未来が来たらいいなと。

そう願わずにはいられません。

 

映画部活動報告「光」

「光」観ました。


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すっかりカンヌ映画祭の常連。河瀬直美監督最新作。

 

映画の音声ガイド製作会社で働く主人公、美佐子。

現在もとある映画作品の音声ガイドを製作中。出来上がった試作品を、実際に視覚障害のあるモニター数名に観て(聴いて)もらい、彼らから率直な感想を受けて。そんな作業を繰り返し、映画館で上映出来る段階まで推敲していく。

その過程の中で。主には気難しい弱視のカメラマン中森雅哉との関わりから。単調な日々の中でくすぶっていた美佐子の気持ちが動き始める。

 

「何故当方がこの作品を観ようと思ったのか…水崎綾女さんが出ているからだ!」

 

特撮にはとんと疎い当方ですので。彼女の特撮時代の御活躍は、残念ながら知りません。ですが。

 

「赤×ピンク」あの衝撃。


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 2014年公開。桜庭一樹原作。坂本浩一監督。まあ…キャットファイトに生きる女性たちが舞台の映画。

 
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あの作品自体は…何だかもう観ている最中から恥ずかしさで一杯になりましたが。

兎に角そこで「ミーコ女王様」を演じた水崎綾女さんがもう…目が離せなくて(エロじゃなくて、良い意味で)それ以降も彼女には注目し続けていました。

 

「そして今回の大作ヒロイン。胸熱」これは観に行かんとあかんなと。

 

そして今回鑑賞し。やっぱり安定の演技力だなと感心し。でもこれからは売れっ子になっちゃうんやろうなあ~と何だか寂しくなっている当方ですが。

 

「この作品の持つテーマの多様性」

「障害者と健常者。その関係性」「人として足りないモノとは何なのか」「してやっている。してもらっている。どちらの言葉もすんなり浮かんでしまう心理」そんなややこしい、あんまり皆が踏み込まないようにしているグレーゾーンに目を向けた作品なんだなあと思いました。

 

まあ、こう羅列しても訳が分かりませんので。ちゃんと書けるのか不安ですが。当方が感じたままにつらつら書いていきたいと思います。

(「障害者」「健常者」という言葉に神経を尖らせる人達が居るのは知っています。ですが当方は今回この表記で進めさせて頂きます。この話をすると長いし、それは本意では無い。そして当方はこの言葉に悪意は全く持っていませんので)

 

当方が普段映画上映時間を確認する時。時々「日本語字幕付き上映」と表示されている回があり、それが聴覚障害がある方達にとって利用しやすい回である事は知っていました。

ですが、視覚障害のある方たちについての映画の楽しみ方は、今まで全く知りませんでした。

どうしても映像というものは、特に「視覚」からの情報が多くを占めていて。もし当方が映像が流れている場所で目を閉じていたとしたら。その内容は殆ど分からない。そう思います。

その見えない世界に。何かしらの情景を浮かび上がらせる。それが音声ガイドなのだとしたら。そんなアシストが出来るなら。それは確かに素晴らしい仕事。…でも。

 

「それは観る(これから『観る』で表現を統一します)相手が望んでいるものにフィットしているのか」

 

映画の元々のテンポ。人物達の会話や動作音。環境や物体の発する音。そこに不自然でない間で音声ガイドを入れる。と言ってもそれは「ナレーション」では無い。

ただ映像の中で起きている事象を羅列してはうるさいだけ。しかもその事象はどう表現すれば観る者達に伝わるのか。その匙加減が分からない。それをモニター達に聞いて刷り合わせていって。これなら分かるかなと訂正すれば「余韻が無い」と言われてしまう。これは難しい。

 

しかも「折角の映画から受け取っている感情を、言葉が駄目にしてしまう」(言い回しうろ覚え)これは泣く。音声ガイドを生業としているなら泣いてしまう言葉。でも。

 

「音声ガイドを付けてくれているのは有難いので…思っても言い出しにくかった」というあるモニターの声に「それを口に出してくれるのは絶対に貴重だ」と思ったり。

 

「こんなにも貴方達に寄り添いたいのに!」そんな言葉は作品にはありませんでしたが。こんなに何回も同じ作品の試作を繰り返して。毎度毎度すっきり終わらない。どうすれば皆に受け入れられる表現が出来るのか。こんなに一生懸命そう思っているのに!その無意識で悪意の一切無い「してやっている」という心理。

そして「こんなに頑張ってくれて。そもそも映画を観る機会を作ってくれているだけでも有難いんだから…」という「してもらっている」という心理。

 

でも。どちらもそこで相手を思って言葉を飲み込んだら。もうその両者には分かり合える時等来ない。どちらも傷つくのは必須でも。自分を分かってもらいたいなら、そして相手を理解したいなら。黙ってはいけない。

 

永瀬正敏演じるカメラマンの中森。有名なカメラマンで。でもどんどん視力を失いつつある。彼は「視覚障害者」でもあるし「ぎりぎり健常者」とも言える。そのバランスの均衡は崩れつつあるけれど。そして何より彼は「表現者」である。

 

もがく美佐子に、毎回辛辣な言葉を投げかけて。随分美佐子を苦しめるけれど。彼は意地悪でそういう態度を取っている訳では無い。

 

「ああ。彼は『表現者』だから。だから『この作品がどう受け止められるのか』『表現者の言いたい世界を伝えられてるのか』が気になっているんだな」当方はそう思いました。

 

健常者だとか。障害者だとか。個々のパーソナルに違いはあっても。人として何かが劣っている訳じゃ無い。

元々作品側の伝えたいメッセージ自体は、如何なる対象に対しても変わらない。(受け取る側がどう捉えるのかは自由ですけれども)でも。作品の持つテーマを。世界を伝えるアシストをする仕事だと。そう謳ってやっているのなら。それは最大限の努力が必要じゃないかと。

 

だから。美佐子が放つ「中森さんは他の皆さんと違って、少し見えているから」「どういう言葉なら分かるとかじゃなくて。見える見えないじゃなくて、それは中森さんの想像力の問題なんじゃないですか」という発言の無神経さには衝撃と嫌悪が隠せず。

 

そして。作品の中で音声ガイドを付けていた映画監督の「貴方にとって映画とは何かね」という言葉に「映画には人を明るくする力があります」(肝心なセリフなのにうろ覚え)といった感じから始まる薄っぺらい美佐子の回答に震える当方。案の定監督は何も語らず。

 

「映画って~」って一言で語れる訳が無い。当方だって何者でもありませんがそれは分かる。確かに元気が出る映画や楽しい映画はある。うって変わって悲しくなる映画や腹が立つ映画…そして寄り添う映画。

 

「でも。何かの世界を感じたくて。それがワクワクするから。楽しくて止められなくて映画館に通ってしまう」当方にとって映画とはそういうもので。

 

この作品に一つ当方が不満だった点。それは「そもそも何故美佐子は音声ガイドの仕事を選んで就いたのか」それがよく分からなかった事。(見落としているなら謝ります)

「映画が好きだから」「(嫌味な意味では無く)献身的な性格から」それとも「何となく就職先がここだった」これって結構美佐子のキャラクター背景として重要じゃないかと思いましたが…映画本編からはよく分かりませんでした。

(もう一つ言うと両親との関わりも中途半端かなあ…いや、言いたい事は分かるんですけれど)

 

ふわふわしていた美佐子が。一つの作品を文字通り皆で作っていく中で。きれいごとでは済まない言葉。感情に揉まれ。そして一緒に足掻く人と肩を並べて。一緒の景色を見て。思いを共有した。

永瀬正敏扮する渾身の中森と。水崎綾女扮する美佐子が何とか着地したラスト。

 

そしてその音声ガイドの映画上映会。

 

「ほうらな。映画館でワクワクして座席に座る人々。この表情。映画の楽しみってこういう事なんやで」

 

どんな人であっても。皆が映画を楽しめる。確かにその作業は困難で苦しいものなんだろうけれども。

 

一番最後の言葉。

それはこの映画そのものでもあったと、当方は思いました。

 

映画部活動報告「皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ」

「皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ」観ました。


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ダークなイタリア映画。

「街のしがないゴロツキが。大切な女性、守りたいものを見つけて。そして心に傷を負って。孤独なヒーローになっていく」

日本が誇る漫画家永井豪の「鋼鉄ジーグ」日本では1975年~1976年のわずか10か月しか放送されていないのに。1979年イタリアに渡り。イタリアで今でも根強い人気を誇る「スーパーロボットアクション」アニメ。

色んな資料を継ぎ合わせた、当方なりの説明…からもお察し下さい。当方はこのアニメを知りません。…そりゃあそうやろう!生れてないし!当方は藤子不二雄系アニメで育ちましたが、こういう系統には触れなかったんで。そりゃあ無知ですよ!(逆ギレ)

たった二人で構成される、当方の属する「映画部」その映画部部長。(中年)もこの作品への期待値が半端なく。「だって鋼鉄ジーグやぞ!」それと共にロボットアニメについての講釈をされては堪らんと一瞬身構えたり…もした当方でしたが。(この下りについては何の広がりも見せませんので以降省略します)

まあでも。そんな「鋼鉄ジーグ」を全く知らない当方が観ても、全然しんどくない。

寧ろ「こういうヒーロー誕生ものは凄く好きやな」と素直に感じる作品でした。

 

「そもそもイタリア映画でヒーローものってあったっけ?」

 

いや。皆無では無いでしょう。当方が知らないだけで。当方は別にイタリア通な訳でも、イタリア映画を語る術も何も持たないのですが。ですが。

 

「イタリア映画って、当方の中では良くも悪くもイメージが固定されているんよな。『超巨匠作品』か『底抜けに明るいやつ』か」

黄色と水色と白色が強くて。出てくる人たちは皆陽気。海を見ながらワイン片手に大皿料理食べて。何故かそんなイメージ。

でも。勿論、そんな明るい奴ばかりじゃない。

 

不景気で。治安の悪い街。テロが多発する世の中。

ずんぐりむっくり。さえない主人公、エンツォ。しがない街のゴロツキ。チンケな窃盗をして、そのささやかな金での楽しみ?はヨーグルトを食べる事とエロDVDを見る事。

冒頭。盗みを働いた後追いかけられていたエンツォ。逃げ場を失い川に飛び込んだ所、放射線廃棄物(不法投棄)に全身浸かってしまう。その後。大層な体調不良の後、突如手に入れてしまった「未知のパワー」

と言っても。超能力云々では無い。体が正に鋼鉄並みの固さを持ち…後はまあ平たく言えば驚異的な力持ちへと変貌。

「そんな力を得たら…なのにその運用が『ATMごと盗む』というエンツォの犯罪者心理。(しかも頭悪いやつ。そんなお金、使える訳が無い。しかも防犯カメラに思いっきり映っているし)」

結局そんな発想しかないエンツォ。普段の犯罪をスケールアップさせる位しか出来なくて。

 

「そこで絡んでくる、ヒロイン『アレッシア』」

エンツォと繋がりのあったゴロツキの娘。悲しくも天涯孤独となってしまった彼女。

 

「何て危ないんだ…」

凄くスタイルが良くて。そして流石イタリア人、顔が凄いバタ臭い。(あくまでも当方の主観)いや、見ようによっては滅茶苦茶美人にも見える。そんな彼女が、非常に無防備な感じ(乳丸出しとか)でエンツォに絡んでくる。これはキツイ。こんなの、己を律するのは無理。

でも。そんな成熟しまくった悩ましボディとは全く不均衡な、彼女の精神世界。

「父さんを。皆をすくわなきゃ、ヒロ」

鋼鉄ジーグ」のDVDをコンプリートし。すっかりその世界の中にいる彼女にとって、超人的なパワーを持つエンツォは「鋼鉄ジーグの主人公、司馬宙」

「何でだよ!」「皆って誰だよ!」「って言うか俺に付きまとうなよ!」

初めこそは邪険に扱っていたけれど。段々彼女に惹かれていくエンツォ。

いつもはエロDVDを再生していたけれど。ふと彼女の持っていた「鋼鉄ジーグ」を見て。その世界感を理解したエンツォ。でも…ですがね…。

「こんなの、耐えられんわ!!」(当方心の叫び)
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二人並んでソファーに座って。一緒に共有出来る世界(アニメ)があって。

けれど隣の彼女は悩ましボディ。無邪気なのか誘っているのか分からん「自分の食べているヨーグルトに手を突っ込んで食べてくる」リアクション。そりゃあ目の前の共有していた世界(アニメ)なんてどうだってよくなってしまいますよ。

なのに「そういうのは嫌!!」って。どういう半殺しだよと。

(なので、あの試着室のシーンは確かに必要でしたね。「店員よ!」とは思いましたが)

でも。だからこそ。

「彼女を大切にするとはどういうことか」

もう、恐らくまともな精神世界には戻って来ないのであろう彼女。彼女とは自分の求める性的なスキンシップは共有出来ない。普通のカップルにはなれない。それどころか彼女の言ってる事はしばしば理解を超える。訳が分からない。でも。彼女と居たら楽しい。「今は生きていて楽しい」

治安が悪い街で。気づけば底辺。ゴロツキ。家族も仲間も死んで。自分だっていつか簡単に死ぬ。でも特に悔いは無い。生きている意味なんて無い。そう思っていたけれど。

つまんなかった人生に光をくれた彼女。

自分の欲より、相手の幸せ。彼女が笑顔で居てくれたら。自分と一緒に居てくれたら。それが一番楽しくて幸せ。

その時。エンツォはヒーローとして目覚めていく。
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悪役の話を一切しませんでしたが。

この作品のまた堪らん所。「悪役が小者」

こいつもまた街のゴロツキ。といっても、エンツォよりは各が上?ではあるけれど。

そこそこのイケメン(狩野英孝風)

かつてはアイドル風な活動もしていたけれど、今やすっかりゴロツキの元締め。

しかもかなりの臆病者な上に卑怯者。人望も金も尽きて。ビクビクしながらも何とか起死回生を狙っている。

「いやあ。もう清々しいまでに当方の嫌いなタイプ」

どうしようもない小者が。どこまでもしぶとく食らい付いてくる。

小さく小さく幸せになろうとしていたエンツォとアレッシアの世界が。こんな奴によって脅かされてしまう。

 

もう、最終ネタバレ直前まで来てしまいますので。ここいらで止めますが。

「この作品のラストは。これは当方のヒーローモノの中でもかなり上位に残る」

 

加えて。ふと今、あの寂れた遊園地。観覧者で笑う二人のシーンを思い出して。何だか泣きそうになっている当方です。
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映画部活動報告「バッド・バディ! 私とカレの暗殺デート」

「バッド・バディ! 私とカレの暗殺デート」観ました。
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失恋した女子。いつだってそう。駄目な男に引っかかって、結局は馬鹿みたいな終わりを迎える。そんな女子マーサ。

失恋して。盛大に落ち込んで。でもそんな舌の根も乾かない内に出会ったイカレた男性。

出会ってすぐにとんとん拍子に二人の気持ちは盛り上がって。
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「来た!運命の人!」けれど。

その男性は泣く子も黙る、「凄腕のヒットマン」だった。

 

けれど。彼と付き合う事で、次第にマーサの暗殺能力も覚醒していく。

 

マーサ役にアナ・ケンドリックヒットマンことフランシスをサム・ロックウェルが演じ。

「クロニクル」「エージェント・ウルトラ」の脚本家マックス・ランディス及びスタッフがお届けする。痛快覚醒アクション映画。

 

「ああ。こういう作品は定期的に映画部活動に挟んでいきたい。こういう全身の力を抜いて観る事の出来る作品は」

 

少し前で言うならば「ナイスガイズ!」こういったB級痛快娯楽映画って、本当に必要枠だと当方は思うんですね。

「映画に対して何を求めるのか」勿論千差万別。すかっとするメジャーヒーロ映画だって。マニアックなエログロだって。大きなお兄さん案件だって。どこまでも心に染みてくる映画だって。何をどう求めようが個人の自由。

そんな数多のジャンルに対し、興味の赴くまま。雑食的に食らい付いている当方ですが。でも。疲れている時だってある。

 

「こういう何も考えなくて。ヘラヘラ笑っていられる映画が。どれだけ現実世界で摩耗した心を救う時があるか」「こういう丁度良い映画を待っていた」

(何だか凄く持ってまわった言い方をしてしまいましたが。決して茶化した訳ではありません。寧ろ褒めています)

 

「駄目男に引っかかって騒ぐアナケン…何だか凄くしっくりくるな」「そしてアナケンは一体どうやって生計を立てているのかね?」当方の琴線に全く触れないのですが…どうやら巷では「可愛い」扱いのアナケン。彼女の猫耳姿。チャーミングな振舞いが見れただけでもおつりがくる作品だと。

 

「そうかなあ。寧ろカワイ子ちゃんはサム・ロックウェルやろう」

 

何かと比較してしまう「ナイスガイズ!」あの時のライアン・ゴズリングしかり。

 

「こうやっておちゃらけながらも。しっかりやるべき仕事はやる。冗談ばっかり言って、軽快に見せて。でも出来る男」チャーミングな振舞いとは寧ろ彼の方。

 

そういうの。たまりませんね。

 

兎に角、喋る喋る。一見人懐っこくて。毎回ウィットの効いたジョークを飛ばしてくる。でもそれは殺人をしながら。さながら、ダンスをしている様に軽やかに舞いながら。

 

FBI捜査官ホッパーの言葉「あいつは元々FBIに居たんだ。そこで俺が徹底的に殺しのスキルを叩きこんだ」それから紆余曲折あって、今はフリーのヒットマン。でもその信条は一風変わっている。

 

数年前のとある事件までは冷徹であった彼。しかし「人殺しは悪だ」と「人殺しを依頼した相手を殺すヒットマン」へと変貌。その仕事振りは相変わらず正確で。

結果FBIを始めとした国家権力から世界中の殺し屋から狙われる今日。

 

かと言って彼を仕留めるとなると大勢の犠牲者が出てしまう。誰も彼を捕まえる事など出来ない。

 

「冷徹であった…?」どこが?

飄々とした佇まい。何をどう見たって、愛すべきちゃらんぽらんあんちゃん。

 

アナケンと、とある雑貨店で出会って一目ぼれ。直ぐ様ナンパ。結局尻軽でほいほい付いていくアナケン。一緒にデートをして。すっかり意気投合。

 

「まあ。そういうスピーディーな流れ。羨ましいとも思いますよ」割と正直に答える当方。

 

デートの途中。さっくり人を殺した所をアナケンに見られて。引かれた事から「俺。人殺し辞めるよ」とヒットマンにあるまじき信条に変更。けれど。

 

「いや。別にいいよ。ヒットマンのままで」

初めこそ驚いて戸惑っていたけれど。「彼を好きなんだから。何だっていいじゃない」

寧ろ彼と付きあっていくにつれて、ヒットマンとしての才能が開化していくアナケン。

 

「俺は人を殺さない」けれど。周囲はそれを認めず。

とある殺し屋グループに連れ去られるアナケン。彼女を救うべく駆けつけるフランシス。彼を追ういわくつきのFBI捜査官ホッパー。

 

わちゃわちゃしたラストに突入。でもねえ、これがまたほのぼのしてるんですよ。

殺人グループ。ネットで集まった、寄せ合集めの雑魚キャラ。その末端。「スティーブ」との緊迫感の無い会話。

敵の本部に乗り込む前のフランシス。施設前で休憩しているスティーブに遭遇して。「グミ食べてるの?俺にもちょっとくれよ」「いいよ」「俺、緑が好きなんだ」「奇遇だな。俺は緑が嫌いなんだ」(ちょっと二人でグミを食べて)「じゃあ、また後で」なにこの会話。好きすぎる。

他の雑魚キャラが。戦いの中で、思わず近くにあった手榴弾を手に取ってピンを抜いてしまい。投げ付けようとした…その時。

「こんな狭い部屋でそれを投げたら、お前も終わりだぞ」相手に声を掛けるフランシス。動揺し「俺…なんでこれを持ってしまったのか…どうしよう」震える相手にピンを片手に「震えるな。落ち着いて。このピンを戻してみるから」寄り添うフランシス。無事手榴弾の爆発を防いだ後、ぐったりと憔悴する相手に「大丈夫か。ここの椅子に座って。ゆっくり深呼吸しろ」と背中をさするフランシス。「おい。丁度良かった。スティーブ。こいつの面倒見てやってくれ」なにこの流れ。好きすぎる。

 

まあ。終始こういう感じなんで。

「何だかんだまあまあの命が失われているがな」を始めとする、多少の粗だって優しい気持ちで観れてしまいました。

 

ただ…これ。明らかに宣伝もあまり見なかった(気がする)し、初めから上映館も上映回数も少なすぎたと思うんですよね。

当方の居住地域では初めからレイトショー。そしておそらく当方が観た日が最終日。

早い。早すぎる。

 

「確かに。完全なるB級単館系映画やからな。でも」

 

こういう「ちょうどいい作品」って、意外と少ないので。

この公開期間はちょっと寂しい感じがしました。


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