ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「人間の時間」

「人間の時間」観ました。
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韓国。キム・ギドク監督作品。

 

退役した軍艦。そこに乗り合わせた、様々な年齢と職業の人たち。彼らを乗せて海原へ出発したクルーズの旅は、早々から不穏な空気に包まれていた。

そんな中。ある朝突然異次元の世界に辿り着いてしまった一同。

船から降りるわけにも行かない。物資も限られている。極限状態の中、生き残りを掛けた乗客同士の醜い争いが始まって…。

 

主人公イヴを藤井美菜。アダムをチャン・グンソク。イヴの恋人をオダギリジョー。謎の老人をアン・ソンギ。その他そうそうたるメンバーが演じた。

 

「世の中は、恐ろしいほど残酷で無情で悲しみに満ちている。(略)自分自身のことを含め、どんなに一生懸命人間を理解しようとしても、混乱するだけでその残酷さを理解することはできない。(略)自然は…人間の悲しみや苦悩の限界を超えたものであり、最終的には自分自身に戻ってくるものだ。私は人間を憎むのをやめるためにこの映画を作った。」

キム・ギドク監督のメッセージより勝手に抜粋。

 

図らずも。今のご時世を連想せざるをえない。

極限状態に置かれた時、人はどうなってしまうのか。

 

…という気難しく哲学的な作品なのかと、それなりに構えて観たのですが。

 

「言いたい事は分かる。分かるんやけれど…ちょっと雑じゃないかな〜。」(小声)

 

退役した軍艦、という物々しいクルーズ船。そこに乗り合わせた人たち。

「ごめんな。新婚旅行をこんなんに付き合わせて。」「ううん。私も興味あったから。」というマニアックな日本人夫婦(オダギリジョー藤井美菜)。

「あの有名な政治家じゃないか。」何やら有名らしい政治家とその息子(チャン・グンソク)。

政治家に取り入り、ボディガードを買って出たヤクザたち。

お色気お姉ちゃんたち(関係者以外立ち入り禁止エリアにずかずか入ってきて体を売ってくるエロテロリスト集団。)

おそらく20代位の若い男性集団。賭博好きおっちゃん達。もう一組の男女カップル。

そして、船の床に積もった砂を集める不思議な老人。

エトセトラ。エトセトラ。多種多様な人を乗せた船、という設定。ですが。

 

初めに感じた違和感。(日本人キャストって結局藤井美菜オダギリジョーだけで。けれど韓国語と日本語がお互い母国語しか話していないのに通じて会話している、という点は割愛。)

船旅の序盤。何故か乗客たちが甲板に座り込んでいて、渡された弁当を食べている食事シーン。そんな中、甲板の一角ではテーブル席がしつらわれていて、政治家親子はリッチな食事をとっている。「畜生。アイツらだけいいもの食べやがって。」

「何故彼らは我々と同じものを食べないんですか!」政治家親子のテーブルに詰め寄り、給仕していた船長も含め怒鳴り散らすオダギリジョー

「いやいやいや。払っているお金が違うんでしょうが。」「このクルーズ船って。乗船料、一律なの?」そもそものシステムに疑問が生じる当方。

「後さあ。この船、食堂フロア無いの?何で皆甲板に出されてんの。」

 

子供の頃。九州に住む祖父母の家に遊びに行くとき家族で乗った旅客船さんふらわあ』。

そして。たまたま数年前に海洋自衛隊の一般公開された船を見学した経験。

巨大海洋生物恐怖症なのもあって、船事情は殆ど分からないのですが…それにしても、この退役した軍艦のサイズ感がコンパクト過ぎる。なんというか…遠洋漁業で使う漁船サイズというか。

元々が旅客船では無いので無機質なのは致し方ないとしても…この船は元々どういう船旅を約束していたのか。全く魅力が伝わらない。

 

そして。途中から「おい。ここ。海じゃないぞ!」という超展開に転じていくんですが。「極限状態に追い込まれた人間が、人間らしさを失っていく様よ…。」という哀しき崩壊ではなく…この船の乗客のモラルはしょっぱなから常軌を逸している。

「おい。若い女だ。」女性とあらば狙われる。カップルで乗り合わせていようが構わない。男性は暴行され、女性はレイプされる。横行する乗客同士の暴力、賭博。

そして「お仕事はどうしたのかね?一体この船は誰が運航を?完全自動操縦か?」と聞きたくなる、少人数でかつ労働していなさそうな船員たち。

銃を所持している者。何故か備蓄されていた手りゅう弾。

そして。船のどういう場所かよく分からん所で、ひたすら植物の種を植え、育てている老人。

 

「何もかもが治外法権やないか!」警察とまではいかなくとも、警備とかさあ。普通は居るんじゃないの?と思うけれど…この小さなコミュニティを治める者が不在なまま。皆が好き勝手やっている内に、船が異次元に迷い込んでしまったと。

 

事態を取り仕切ると宣言した政治家。そして始まったのが、ヤクザを脇に従えての恐怖政治。「この船の食糧は俺が管理する!」

「え?食事?」思わずずっこけましたが。兎に角この政治家は食べる事に執着する。自分と息子とヤクザはモリモリ食べて、他の乗客には碌に食事を与えない。体力の低下を感じながらも、乗客の中に渦巻いていく不満。それは何度となく暴動と化していく。

「人間という名の欲望…理性を捨てた時に残るモノは性欲でもなく、食欲と言いたいのか?」何だかしっくりこない当方。唸るばかり。

 

新婚旅行だったのに。異次元に着く前に夫(オダギリジョー)を失ったイヴ(藤井美菜:以降役名で表記統一します)。

けれど悲観に暮れている場合ではない。不本意ながらも宿してしまった我が子を無事に産み落とさなければ。

とは言え乗客同士の醜い争いには加わりたくない。不思議な老人と行動を共にし、植物を育てるイヴ。そんな彼女に何かと関わってくる、政治家の息子アダム(チャン・グンソク:以降役名で表記…以下同文)。

いやいやいや。何かとじゃない。夫を失った日。政治家にレイプされ、意識を失ったイヴをレイプしたアダムはイヴのお腹に宿った子供の父親の可能性がある。

 

この作品に於ける、登場人物の相関図。そんなに難しくないんですが。兎に角キャラクターの設定が定まらない。その最たるものがアダムだったと思う当方。

 

政治家の息子で。一見誠実なのかと思いきや、父親と一緒にモリモリ飲み食いしているし。父親がレイプしたイヴに自分も手出しする鬼畜。かと思えば「君と子供を守る。」と言ってみたり。なのにお腹が空いたら暴走する。もう分けがわからん。

 

そして。「人間は食べ物が無くなったら、何を食べ始めるのかな~。」という描写がちょっとしつこい。

 

散々揚げ足を取ってしまいましたが。この作品のベストは、最後のショットがバシッと決まっている所。

「そうやんな。この船ってそういう事やんな。」

 

極限状態に置かれた時、人はどうなってしまうのか。人間の浅ましさ。それらを覆いつくした、圧倒的な自然の力。

内包するメッセージは非常に力強いのですが。いかんせん…ちょっと雑なきらいが…。

 

おそらくチャン・グンソク氏をこの目に納めようと、万全の対策で来られていたご婦人たちの後ろ姿が切なかったです。

映画部活動報告「ハーレイ・クインの華麗なる覚醒」

ハーレイ・クインの華麗なる覚醒」観ました。
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ゴッサムシティ。ジョーカーと破局し、傷心を癒すべくいつにも増して大暴れしていたハーレイ・クイン

いつだって好き勝手な事をしていた。なのに誰からも許されてきた。けれどそれは「ジョーカーの彼女だから。」

「ジョーカーと別れた」=「特権階級を失った」。

町中が二人の破局を知った。その途端、かねてからハーレイを憎んでいた連中から一気に手のひら返しを受け、逃げ回る羽目になったハーレイ。そして因縁の悪党、ブラックマスクことローマン・̪シニオスに捕まってしまった。

窮地を脱する為、ローマンから秘密のダイヤを盗んだスリの少女カサンドラを連れてくる事になったハーレイ。ところが。ほぼ同時にローマンがカサンドラに50ドルの懸賞金を掛けた事から、それを見たゴロツキ達もカサンドラを追い始める。

加熱するカサンドラ争奪戦。市警のモントーヤ、ローマンの店で歌う歌姫兼運転手のブラックキャナリーカサンドラを守るべく参戦。

果てはクロスボウを操る暗殺者ハントレスまで現れて。

 

昭:いやぁ~これ『ガールズエンパワートメント・ムービー』でしたね~。

和:何故?何故この作品で『当方の心に住む男女キャラ昭(あきら)と和(かず)』の出動?特に男女の心の機微語る部分無いやろうに。

昭:いやいやいや。俺はこの作品で一つだけ言いたい事がある。だからこのスタイルを希望した。

和:それだけ言ってサクッと終わろう~。正直、10日程前盛大に首を寝違えた所から今、首~右肩腕周りに至るまでが痛くて辛いんよ~。痛み止めも飲んだし、早く寝たいんやけれど。

昭:笑止!『同じ人間の心から派生している』んやから俺だって痛いわ!ほら、頑張ろう。布団から退団!

和:頼むから、変な茶番は抜きにしてシンプルに進めような…。

 

昭:主演でかつ今作をプロデュ―スしたマーゴット・ロビー。監督はキャシー・ヤン(元新聞記者)。脚本はクリスティーナ・ホドソン。女性だらけの制作陣。そして主要な登場人物は概ね女性。まさに「女性よ立ち上がれ!」系作品。

和:前作『スーサイド・スクワット』でベッタベタに恋人のジョーカーに依存していたハーレイがまずジョーカーと破局して。終いには町を牛耳る悪党ブラックマスク=ローマンに女性チームで立ち向かう。「男に依存しない。私たちは自分の足で立ち、歩いていく。」っていう…フェミニズム(女性解放思想)、ってやつですか。

昭:でもなあ。「男たちに虐げられてきた」って。かつての同僚男性刑事に手柄を横取りされたモントーヤや、ドSなローマンの下でヒヤヒヤしながら働いていたブラックキャナリーならまだしも。主人公のハーレイ・クインって元々誰にも虐げられていない。

和:恋に落ちたら盲目。っていうだけ。天真爛漫に振舞って、散々人もモノも踏みつけて傷つけて破壊して。それで高笑い。自己顕示欲・承認欲求・自己肯定が軒並み強いし、仲間だと思っていても保身のためなら割と簡単に裏切る。

昭:まあ…ジョーカーがそういうキャラクターやから…『ジョーカーの彼女』というキャラクター設定なら似てくるやろう。

和:元精神科医なんよな。そしてジョーカーは元担当患者。恋に落ちて、自身もこうなった。でもなあ…普段は知性のかけらも感じない。兎に角狂ったハイテンション。そして暴力的。かと思ったら急にリーダーシップを取ろうとする。コロコロ変わって扱いにくい。そんな印象。

 

昭:話はシンプルなんよな。特権階級を失って、町中から追い回された挙句悪党ローマンに捕まったハーレイが命乞いの為にスリの少女カサンドラを捕獲。カサンドラを付きだせば終いだったのに、懸賞金目当ての連中にハーレイまで追われる羽目になって。そんな中カサンドラを守るべく追いかけてきた、市警モントーヤカサンドラの顔なじみの歌姫ブラックキャナリー。そしてそもそもカサンドラが終われる原因となったダイヤに関係していた暗殺者ハントレス。

和:初めこそ立場の違いから戦おうとしたけれど。結局「一緒にならない?私たちが手を組んだらローマンに勝てるわ!」最凶女子チーム誕生の瞬間。

昭:何故?なんかもう…凄く無理矢理な展開じゃないか?

和:お⁈それ?一つだけ言いたい事って?

昭:違う違う違う。そこじゃない。…でもさあ。この物語って、全体的にハーレイのナレーションで進行していたやん。それが何ていうか…「しゃべり過ぎ」とは思ったな。

和:説明が多い感じはしたよね。ハーレイが言葉にする事で「そういう状況なんだな」とか「そう思っているんだな。」と確認させるというか。

昭:観ている側の思考を、自然に追いつかせる感じでは無かったかな…。

 

和:この作品の見どころは、やっぱりアクションなんじゃないですか?当然スタントマンを使っていると思うけれど、それでもハーレイ(マーゴット・ロビー)は結構動けるんやなって思ったし、ブラックキャナリーの足技(最終的な彼女の必殺技は見もの)も惚れ惚れ。暗殺者ハントレスのサマになっている感じ。年配のモントーヤですら良い動きしていた。最終のバイクとローラースケートのカーチェイスなんてお見事やったし。

昭:俺が言いたいのはそこだ。和:え?

昭:序盤のハーレイが追いかけまわされるシーンや、カサンドラを強奪すべく警察に乗り込んでいったシーンとか。そもそも冒頭のジョーカーと別れて荒れていたシーンですら。ハーレイがただのジョーカーの飾りじゃなくて、戦闘力のあるキャラクターだという印象は受けた。アイツは動ける。だからこそあんなやり方は許せない。

和:何?アレですか?あの真っすぐ伸ばしている両足の膝に思いっきり飛び乗るやつ?膝が反対に折れる描写、ぞわぞわしたよな。

昭:違う。金的蹴りだ。和:は。

昭:ハーレイやその他女性たち。あんなに露出の多い恰好で向かってきたところで、男は誰一人彼女達に性的な接触はしなかっただろう。なのに結構あいつら、急所を狙ってくるんだ。卑怯じゃないか。

和:待て待て待て。そんなシーンばかりじゃなかったはず…ってこんな話したくないんやけれど。

昭:俺もだ。だからもう止めるけれどな。何だかとても気になったんだ。

和:怖。一体どういうテンションの口調だよ…。

 

昭:ちょっと落ち込む事が多いこのご時世。スカっとしたい。そう思って選んだ作品。

和:女性たちが立ち上がって、歩き出す=『ガールズエンパワートメント・ムービー』ちょっと思う所は色々あったけれど。確かに勢いは半端ない。力強い作品やった。

昭:それにしても。今回綺麗なまでにジョーカー不在やったな。

和:バットマンも。そして毎回思うけれど、本当にゴッサムシティって治安が悪い。一体いつになったら安心して暮らせる町になるのか…なったら終わるけれど。

昭:世界観は繋がらないけれど。ゴッサムシティを舞台に『ジョーカー』が来て『ハーレイ・クイン』が来たら…やっぱり次は『バットマン』に登場して欲しい。

和:期待して待ってます。

 

映画部活動報告「プリズン・サークル」

「プリズン・サークル」観ました。
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島根県あさひ社会促進センター』2008年10月に開設された官(国)民(民間事業)協働の新しい刑務所。犯罪傾向の進んでいない男子受刑者等約2000名が収容されている。

日本には他にもいくつか官民協働型の刑務所が存在するが、ここには独自で行っている更生教育プログラムが存在する。

『TC(Therapeutic Community=回共同体)』欧米で再犯率の低下が立証されているプログラム。受刑者同士が対話し、犯罪の原因を探り、更生を促すといったもの。

撮影交渉から実際に取材開始に至るまでの月日は6年。そして2年間の密着カメラは詐欺、窃盗、傷害致死、強盗傷人などで服役中の4人の若者に焦点を当てて、彼らの変化を追っていく。

坂上香監督。136分のドキュメンタリー作品。

 

「見てもいいけど入っちゃなんねえ。」

北海道網走刑務所。当方はその博物館に昔行った事がありまして。そこで見かけたフレーズ。

「刑務所にカメラが入る。」

当方は今までの人生で刑務所に入るような事は無かった。(勿論これからも無縁でありたい)周りに前科を持つ人も特に思い当たらない。けれど…ニュース等を見ていて漠然と思う事はある。

「一体犯罪を犯す人はどうしてそうなってしまうのか。」「犯罪を犯したら終いなのか。」「どう向き合っているのか。」

刑務所での暮らし。監視され、時間がきっちりと区切られ、規律正しい生活を余儀なくされる。日中は何らかの作業と少しの運動をし、夜間に少しの自由時間があるのみ。精神的な余白時間は無く、内省するのは個々でやってくれ。何となく想像する受刑者の一日。(勝手なイメージ)

なので。「受刑者同士でのグループワーク?」「自分が犯した罪について⁈」予告編を見て、正直興味深々で観に行ったのですが。

 

「ああこれ。纏まらない…もやもやする…。」

鑑賞中も相当険しい顔をしていましたが。未だどう落としどころを付けていいのか見えず…取っ散らかった感想文になるだろうという予感。

そして。当方は、心理療法や日本の刑務所の目指している方向性や児童虐待などについて不勉強で…無責任な発言や「そんなの分かっとるわ!」という現場の方が声を出してしまう事も書くと思います。ですが致し方ない。これが率直な感想なので。諸々先んじてお詫びします。

 

官民協働型の新しい刑務所、島根あさひ社会復帰促進センター(以降センターと表記)。施設の施錠や食事の配膳などは自動化され、受刑者たちは身に着けたICタグと監視カメラで監視されている。勿論刑務官が管理指導している部分もあるが、警備や職業訓練などは民間が担っている。

このセンターの特徴は『TC/回復共同体』という更生に向けた教育プログラムを採用しているところ。

このプログラムは40名しか受けることが出来ないが、その集合体の中でコミュニティ(精神的な絆で結ばれた人間関係)を構築することで社会の中で生きる責任を果たすための考えや行動の仕方を互いに学ぶ。

後付けでこのセンターのホームページなどを見て。「なるほど。そういう事やったのか。」と色々腑に落ちた当方。

先述した『TC』を通じて、『RJ/修復的司法』(犯罪行為につながる思考や感情、背景に繋がる価値観や構えをターゲットにして変化を促進する)と『CBF/認知行動療法』(社会の一貫であるという事を意識して加害行動の責任を引き受ける)を進めて真の改善更生を目指していると。

 

この作品では主に、4人の若い受刑者を軸にして『TC』の様子が描かれる。

詐欺。窃盗。障害致死。強盗傷人。20代の対象者らが犯した犯罪はどれも赦されたものでは無い。

けれど。対象者らが語ったこれまでの半生は、貧困・シングルマザー問題・親からの虐待・いじめなど、どれもこれもが溜息を付くしかないものばかり。理不尽な暴力。保身に回り、自分を守ってくれなかった親。避難したはずの児童虐待保護施設でのいじめ。エトセトラ。エトセトラ。

4人が4人共、そういった「かつては被害者だった」としか言いようのない子供時代。その告白に終始険しい表情を崩せなかった反面、どうしても拭えなかった当方の気持ち。

それを代弁した、一人の対象者の言葉。

「育ちが悪かったから自分がこうなったとは思われたくない(言い回しうろ覚え)。」

 

当方がこの作品を観ていて、前提として決して忘れてはいけないと思ったのは「彼らは犯罪者だ。」ということ。「モノや人を傷つけた。」ということ。

本当に嫌な言い方ですが。「貧困層やかつて虐待を受けた人が必ずしも犯罪者になるわけではない。」「そういう家庭環境に育ったとしても、普通に社会生活を営んでいる人はごまんと居る。」

 

対象者らの生い立ちは確かに辛いけれど、では何をしてもいいわけではない。

 

「親から愛されなかった。」「叩かれていた。」「怖かった。」では、どこから対象者らは『叩く側。』『傷付ける側。』に回ってしまったのか。いつまでもかつての被害者側に居てはいけない。何故なら今の立場は加害者なのだから。何故こうなってしまったのか。

 

正直、この『辛かった幼少期』を対象者らが語る時間が多かった様な印象がある当方。そして…「このグループワークにはこういう家庭環境の受刑者しかいないのか?」と思わず穿ってしまうほど…どうもスポットの当てられている対象者に偏りを感じる。

 

『TC』の様子で少し当てられていた4人以外の受刑者たち。

「国籍が違うから差別を受けていた。」「お山の大将でいつも人を殴っていた。」そして盗癖について罪悪感を感じていなかった対象者が「仕事道具を盗まれたところから自己自暴になって薬物に走った話を聞いた。」と泣いていた、その語った受刑者の話を聞きたい。40人のコミュニティの姿が見たい。小さいけれど社会と模した集団を知りたい。

刑務所の中で。各々犯した罪は違うけれど皆が犯罪者。その中で、とことん自分を丸裸にして。共感したり、それはおかしいんじゃないかと言い合って。そうして人間関係を構築していく姿。それを見たい。

 

いや。勿論そこにもカメラは向けられている。『自分が犯した犯罪を振り返る』というグループワークで。グループのメンバーが被害者や対象者の彼女になりきって対象者を糾弾した時。「本当に申し訳ない事をした。」と初めて自分の罪を思い知った。

『いい死に方をしたい』という考え方とそんな自分を否定している自分。その葛藤を対話形式でロールプレイする時間。どれもこれもが興味深い。

 

『TC』のメンバーが語った言葉。「自分の罪はあまり見えないんですよ(言い回しうろ覚え)」けれど。集団の中で。他の誰かが語った言葉。感情。そこに共感したり、反感を感じて意見を交わすことで。己の感情や行動や犯した罪の内容に整理がついていく。

 

所々挟まれた『出所者たち』の姿。

所謂娑婆の世界で。自分の居場所を見つけられた者。危なっかしい者。出所後も三か月毎に集う彼らに、確かに絆は存在するんだなと思う当方。

 

案の定。随分取っ散らかった感想。キリが無くなってきたのでそろそろ〆ていこうと思いますが。

 

「暴力の連鎖を止めよう。」そのフレーズには当方も一点の曇りもありませんが。(『暴力』という言葉を広義にしたら『犯罪』も含まれるのかもしれません。)

当方が観たかったのは『犯罪を犯した人が社会復帰するための取り組み』。刑期を終えたから、時間が経ったから社会に出てくるのではない『新しい更生プログラム』。

 

『TCを経験した出所者の再犯率は、通常の出所者の再犯率の半分以下。』

「ならばもっと他の刑務所にも導入されるべきという事か?とはいえ誰にでも適応するプログラムではないやろう。犯罪傾向の進度もあるやろうし。「人前で自分の事なんて話したくない」という性格にはまず向かない。そうなるとそもそもこの40人はどうやって選別されているんやろう?」

モヤモヤと纏まらず。センターのホームページを読んだりもして。図らずも日本の刑務所や更生事情について思う当方。

 

ともあれ。最後に姿を見せてくれた、あの彼の勇気と覚悟にエールを送り。

元対象者ら=彼らが社会で生活している事を祈らんばかりです。

映画部活動報告「PMC ザ・バンカー」

「PMC ザ・バンカー」観ました。

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韓国。『テロ・ライブ』のキム・ビョンウ監督作品。

 

韓国と北朝鮮軍事境界線。その地下30メートルに広がる巨大地下要塞(バンカー)。そこに集まった民間軍事会社(PMC)の傭兵13人を取りまとめる隊長エイハブ(ハ・ジョンウ)。

政権交代の危機にある現大統領の、切り札となる北朝鮮の要人を捕獲し安全な場所へ護送せよ。」という依頼をCIAから受けたエイハブ。

韓国特殊部隊の元兵士。除隊後PMCとして作戦成功率100%を誇るエイハブにとって、わずか10分ほどで完了出来るはずのミッション。

しかし。約束の場所に現れたのは要人ではなく『キング』と呼ばれる、北朝鮮の最高指導者だった。

仲間の裏切り。CIAの策略。国家の駆け引き。二転三転し続ける状況の中。本来は敵であるはずの、北朝鮮のエリート医師ユン・ジイ(イ・ソギュン)とタッグを組んで状況を打開していく事になったエイハブ。

果たして彼らは無事にバンカーを脱出することが出来るのか。

 

「俺が、絶対守る。」

 

「これは…久しぶりに脳を溶かして流れに身を委ねられる作品が来た。」「アメリカが大統領選挙に於いて朝鮮半島外交問題を切り札にするかね。彼らはもっと自国の事に夢中やぞ。」早々から突っ込み当方の茶々入れ開始。

北朝鮮の国防大臣を拉致して核施設の詳細を吐かせるため。CIAからの要人捕獲依頼。ミッションを遂行すべく、現地で待機していたPMC。しかし現れたのは、対象者ではなかった。

「キングじゃないか!」北朝鮮の最高指導者が?何のためにここに現れた?亡命?でも待てよ。

「高額の懸賞金を掛けられているキングを捕獲したら。そんな要人案件なんかよりよっぽど外交カードが切れるぜ。」「大統領に恩を売れ。」お前はやれる子だろ、と言わんばかり。テレビ電話の相手、CIA韓国支局長マッケンジージェニファー・イーリー)を煽り、嬉々としてキング捕獲に向かったPMCの面々。

こんなの朝飯前。そう思ったのに。仲間の裏切りに依って窮地に陥れられたエイハブ。銃撃戦を逃れ、何とかキングを連れ出して司令室に戻る事に成功したけれど、仲間の大半はバンカーに残ったまま。

しかも。軍隊時代に負傷して片足義足であるエイハブの義足が損傷。身動きが取れない挙句、キングも瀕死な状況に陥る。

絶体絶命の状況の中。北朝鮮最高責任者キングが暗殺され、その首謀者がエイハブであるというアメリカのニュース速報を目にしたエイハブ。「一体どういう事だ!」嵌められた⁈

このままでは犬死する。バンカーに残るPMCの仲間を失い、折角連れてきたキングも死なせてしまう。そして自身は暗殺者の汚名を着せられてしまう。そんな事になってたまるか。

そんな時。バンカー内にキングに同行していた北朝鮮の医師ユン・ジイを見つけたエイハブ。奇跡的に発信機でコンタクトが取れたことから、互いに遠隔で己の分野の指示を出し合い、互いの窮地を救っていく。

 

想定外に内容を綴ってしまった…まあ、結構なトンでも設定なんですが。もう息つく間が無い展開でガンガン進むので、茶々入れは程々にして身を委ねたモン勝ち。

 

ハ・ジョンウ。色んな韓国映画で見かけるお馴染みの俳優ですが。英語がペラペラなんですね。どの程度ネイティブな発音をされているのかは当方には分かりませんが…国際色豊かそうな傭兵集団をアジア系の彼が取り仕切るには、よっぽどの傭兵スキルと語学力、コミュニケーション力が無いといかんなとは確かに思いましたよ。

(2016年公開『お嬢さん』での藤原伯爵。あの日本語よりは流暢に聞こえた。)

 

そして、イ・ソンギュン。

直近で言うと『パラサイト』で金持ちのIT企業社長を演じておられた…男前エエ声俳優。

「耳元で万景峰号って言って欲しい!」(完全に語感でのチョイス)もうその声を想像しただけで当方の心にある何かが震える。

今作に於いて、主人公はあくまでも傭兵エイハブなんですが。もうこのユン医師が堪らなく良い。彼が出てきてから、俄然話が面白くなってくる。

「何故ならば。彼はまともだからだ。」

医療監修、雑だけれどまだきちんとしている。素人に心嚢穿刺。心臓マッサージ。輸液ルート確保。輸血投与。そんな事を雑なモニター画面を見て指示出来るユン医師。

「そして対応出来たエイハブよ!韓国特殊部隊ってそんな実技訓練あるの(っていう設定)?それともPMC?後あれな!司令塔にある救急セット、完璧やないか⁈なんで輸血まであるの!凄すぎる!」

保管状態は非常に悪そうですが…「非常事態として、O型は一応どの血液型にも合うから…じゃなくて、キングがO型なんか!あっ。他の血液型バックもある。そっか…そこまでは…。」勢い付きすぎて尻つぼみになってしまった当方。

 

成功率100%を誇るエイハブの傭兵スキル。残念ながら足を負傷した事でお見せすることは出来ず、司令塔としての活躍に留まり。

現場に取り残されたPMCメンバーとの「~がやられた!」「俺はお前を信じるぜ。」「お前は仲間を大切にする奴だろう。」という友情イチャイチャも、「えっと。そもそもおたく誰でしたっけ。」とついていけない当方。脳内で補完しながら進めるけれど…どうもPMCメンバーのここまでのメモリアルが少なすぎて。

 

韓国特殊部隊時代。彼が遭遇した「仲間を助ければ自分も死ぬ」という事態。

そこでエイハブが選択した決断。それこそが彼の基本理念。

 

目の前で起きている事態は二転三転。仲間はどんどん失われているし、自身の立場もおかしな所に追いやられている。どうやらキングに取り付けられている生体モニターからキングの生死が把握できているらしい各国は、たとえ瀕死状態であってもキングの命がある限りは最終決断が下せない。

 

「医者だから。患者を救うのは当たり前だ。」

誰もが私利私欲に翻弄される中。あくまでも真っすぐで真っ当であったユン医師。折れに折れまくったエイハブの心を何度でも何度でも何度でも立ち上がり呼んだ。

「ユン医師よ!」胸が熱くなる当方。彼こそは正義。

 

バンカーからの脱出。けれどまだそこから続く展開に「おいおいおい。もう流石にキング死ぬで。」もう何度目か分からん突っ込みをしてしまった当方。

 

「キングって心臓悪い設定やったよな。失血したり何回も心停止して、挙句ハイリスク輸血。脳死…少なくとも敗血症にはなりそう…な所にそんな!」

ビオフェルミン止瀉薬のCMさながらの急降下。あわわわ。

 

「結局エイハブは何を守ったんだ。」

いや、この着地で良いんですけれど。物語の序盤に彼が守ろうとしたものと最終地点。何だかちぐはぐじゃないか?そう思うのは無粋なのか…。

 

最後に。序盤でリンゴ食べたりしながら「今日30回目のトイレだ。どうも嫁が妊娠してから尿が近くてな(言い回しうろ覚え)。」という訳の分からん話をしていたエイハブ。「大方前立腺肥大症なんやろうから、泌尿器科に受診しろよ。」そうぼんやり思っていた当方が、どれだけこの非常事態でのエイハブのトイレ事情を心配したことか。

 

とまあ。散々茶化してしまいましたが。つまりは充分楽しかったということで。

ノンストップサバイバル映画として息つく間もなく展開する、意外とスケールの大きな作品。

身を任せて委ねたら…思いもよらない所に着地出来ます。

映画部活動報告「レ・ミゼラブル」

レ・ミゼラブル」観ました。
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「悪い草も悪い人も居ない 育てる者が悪いのだ」

ヴィクトル・ユゴーレ・ミゼラブル

 

フランス。レ・ミゼラブルの舞台となった、パリ郊外の都市モンフェルメイユ。しかし現代では移民や低所得者が多く住む危険な犯罪多発地域と化していた。

モンフェルメイユにある警察署。地方から犯罪防止班に配属されたステファンは、同じ班の同僚、クリスとグワダの二人と共にパトロールに繰り出す。

オリエンテーションさながらの紹介を受けて。ステファンは、この町には複数のグループが存在しており、それらが一触即発の雰囲気である事を悟る。

ある日。イッサという少年が起こしたいたずら心から、大きな騒動へ発展。遂には取り返しのつかないうねりへと広がっていく…。

 

同町で生まれ育ち、現在もそこで暮らすラジ・リ監督。

長年Webドキュメンタリーを手掛け、2006年にはストリート・アーティストJRと共同でプロジェクトを発表。世界中から注目され、活躍の場が広がっていると(劇場チラシから引用)。

今作品は第72回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞。第92回米アカデミー賞国際長編映画賞にも選ばれた。

 

レ・ミゼラブル』映画作品も鑑賞しましたし、一応はどういう話か知ってはいる当方。(滅茶苦茶詳しい方がごまんと居られるので…迂闊な説明は致しませんよ。)

「ああ。こういう地域になっているのか。」

犯罪多発地域。アフリカ系移民が多く、言葉に出さなくともやはり「黒人である」「白人である」「余所者が」という意識が互いに存在する。表向きは一市民を装いながら、あわよくば町を牛耳ろうとするきな臭い幾つかのグループの存在。子供たちはたむろって、よからぬ話で盛り上がる。

つまりは、総じて治安が悪い。

 

「でもなあ。これ、警察官ステファンの視点やから。」

 

この作品の巧妙だなあと当方が思う所。それは「どの立場の人間にも、正義だと信じて曲げない主張がある。」ということと「相手の主張をゆっくり聞こうとは思っていない。」ということ。そして「誰しもが決して清廉潔白ではない。」こと。

「俺がやっていることは正しい事だ。」町の皆の為にやっているんだ、どの立場の人間も己のスタイルを正当化しているけれど。どれもが危うく嘘くさい。

平和な時は嘘笑いで取り繕って、互いに牽制し合うけれど。いつ化けの皮が剥がれるか分かったものではない。結局は周りをぶちのめしてこの町を牛耳りたい。俺が正義だ。

 

犯罪防止班の同僚クリス。いかつい黒人が多い地域で、舐められない様に虚勢を張って威張り散らす。いかにも「弱い犬はよく吠える」白人警官。

「夜勤のグループは武装しなければパトロール出来ないんだぞ(言い回しうろ覚え)。」確かに住民に対して恐怖や怒りがあるだろう。この町を守らないといけないという任務と、では誰からかというとこの町の住民であるという腹立たしさ。

~という部分もあるんでしょうが。とりあえずこの作品に於いてのクリスは概ねクズ。

警察官である事を盾に、半ば八つ当たり的に市民に接し。子供たちを追い回し。挙句都合が悪くなれば自身の保身に走り、職業倫理や優先順位を吹っ飛ばす。

 

「市長」と呼ばれるご意見番。色んな情報に通じていて…結局は地元ギャングを取り仕切るゴロツキ。

 

ケバブ店店主は元大物ギャング。刑務所から出た後はケバブ店を営みながら、主に子供たち相手に『モスク』を開き、信仰を説いている。(勧誘の仕方が怖い)

 

丁丁発止の三つ巴。そんなヒリツいた中で起きた『ライオンの子誘拐事件』。

移動サーカスのライオンの子が突然居なくなった。「子供が盗んだんだろう!」怒り心頭で市長の所に怒鳴り込み。大喧嘩に発展していた所に遭遇した犯罪防止班。

町中を捜索する中。確かに町の子供イッサの仕業である事が判明。子供たちと遊んでいたイッサを探し出し、追いかけまわしている内に重大な失態を犯してしまう。

 

…ここから負の連鎖、怒涛のドミノ倒しが始まるのですが…順を追ってネタバレする訳にはいかないので、ふんわりしながら風呂敷を閉じていく感じにしていきますが。

 

『昨日今日この町に来たばかりの新任刑事ステファン。』この町に対して、一番まっさらな視点を持つ彼から見て話が進むから、まだ観ている側の正義が固定される。

 

とんでもない事態が起きた。その時人はどう動くのか。

守るべきものが市民の命ではなく、己の保身になってしまった警察官。これを機に恩を売っておこうとするゴロツキたち。迷える聖職者。

 

「ところで…ライオンの子はどうなったの?」

まあ。非常にあっさりと解決していましたが。一つの事にあんなに私利私欲が渦巻いてみっともなかった大人たちと比べたら、あのサーカス団がイッサに下したお仕置きの方がよっぽど妥当であったと思う当方。

「悪い事をしたら怒られる。もうするな。」それで充分分かるじゃないか。

(はっきり言って。イッサがやった事はいたずらでは済まないし、子供たちだって大概やったと当方は思います。だからって大人たちのあの仕打ちは無いけれど。)

 

「大人の姿って、子供はよく見ているもんよな。」

大人は卑怯だ。そう判断した子供たちが下した判断と行動。なんていう目をするんだ。

 

けれど。大人たちにも事情がある。誰もが皆芯から悪者じゃない…いっそ完全無欠の悪者であれば嫌いになれるのに。

憎たらしい警官クリスも、自宅に帰れば二人の娘を持つ父親。ゴロツキの市長だって、精神疾患?を持つ息子を大切にしている。誰もが誰かを愛し誰かに愛されている存在でもある。

ああいう行動を取ってしまったグワダの「ああもう。どうにでもなれ。」「お前のせいだよ。」という何もかもぶち壊したくなる衝動も、正直共感出来る。やったら終わりだけれど。

二人の同僚を揺るぎ無い正義感で断罪したステファン。けれど個人の持つ正義で人は動かない。正義とは個人の背景でいくらでも変わる。

 

けれど子供は?

大人なら。例え一触即発の関係であってもどこかで折り合いを付けながら、最後の最後まで破たんを避けようとする。「アイツにはああいう事情があるからな。」

真っすぐに敵と味方の線引きを引いた。白黒を付けてしまった子供たちの怒涛の流れ。

その行動に容赦が無くて。ひたすら眉をしかめ、険しい表情を崩せなかった当方。

「暴力を受けた怒りを暴力で返しては、何も解決出来ない。」

 

レ・ミゼラブル。』フランスのモンフェルメイユ。かつてヴィクトル・ユゴーはこの町を舞台に、理不尽な時代を生きた人たちを描いた。彼らの思いは怒涛のうねりとなり、暴動を起こしたけれど…果たしてそれでどれだけの人が幸せになったというのか。

同じ題名を付けて描かれたこの作品が訴えたこと。フランスの地方都市が抱える社会問題。暮らす人たちの鬱屈した思い。ふとしたきっかけで爆発してしまいかねない負の感情。負の連鎖。

けれど。怒りの流れを止められるものとは。

少なくとも暴力では無い。

 

ステファンが同僚二人を断じた正義。ならば最後に彼は然るべき行動を取ったのだと、そう祈ってやまない当方。

 

「悪い草も悪い人も居ない 育てる者が悪いのだ」

映画部活動報告「ジュディ 虹の彼方に」

「ジュディ 虹の彼方に」観ました。
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 1969年6月22日。鎮静剤の過剰摂取によって亡くなった、フランセス・エセル・ガム。

彼女の芸名はジュディ・ガーランド。誰もが知っている『オズの魔法使』のドロシー。47歳だった。

 

1939年公開『オズの魔法使』(MGM)。

両親が共働きで鍵っ子だった当方と妹。二人で留守番する時、擦り切れるほど見た『オズの魔法使』。

おそらくNHKとかで流していたものを親がビデオテープに録画した代物。昔の作品故、ただでさえ粗い映像だったけれど…幼かった我々の心を掴んで離さなかった。

カンザスの田舎で叔父夫婦に育てられているドロシー。ある日竜巻に飲み込まれ、家ごと飛ばされた先は…オズの国。

カンザスでの生活はセピア色。けれどオズの国に着いた途端、ドアを開けると世界はカラーに包まれる。この時の高揚感。 f:id:watanabeseijin:20200316200956j:image

もうこの『オズの魔法使』だけでいくらでも感想が書けてしまう位、思い入れが深い作品。ですが…泣く泣くそこは割愛して。先に進みますが。

 

今回、この感想文を書くにあたって久しぶりにDVD(大人になってから購入した)を見ましたが。「やっぱり全部歌歌えるな。」「ああもうみんな良い。凄く良い。」相変わらず夢中になって見た半面、『この時ジュディ・ガーランドは映画会社に薬漬けにされていた』という事実に胸が痛んだ当方。(ジュディ・ガーランドが初めて薬物を投与されたのは『オズの魔法使』撮影当時の16歳。)

 

大人になってからも。時々『オズの魔法使』を一緒に見たり、話しに上がるたびに妹が言う言葉。「でも、ドロシーの人って薬物中毒になって、それで若くに亡くなったんよな。」(後もう一つ。「戦争中にこんな映画が作れた国に、そりゃあ日本が勝てる訳が無い。」)

ドロシーはキュートでちょっと勝気。そんな彼女が薬物?そんなの信じたくない。知りたくない。長らくそう思ってきましたが。

 

第92回米アカデミー賞授賞式。今作品のジュディ役で主演女優賞を受賞した、レネー・ゼルウィガー。彼女を見て「ああ。いよいよジュディ・ガーランドの物語が来るか。これは観ないと。」溜息を付いた当方。

1968~1969年。ロンドンのナイトクラブ『トーク・オブ・ザ・タウン』でのコンサート。晩年の彼女を描いた作品。どんなに寂しい気持ちになるだろうかと、覚悟して映画館に向かった当方。

 

結論から言うと。寂しくもなったけれど、それだけでは無かった。

太く短く生きた人生。薬物とアルコールに依存し精神的にも不安定。金銭感覚が疎いため生活は度々困窮。計5回結婚し3人の子供を授かった。兎に角破天荒。けれどそれは「とことん自分に正直な女性だった」とも言える。

上手く自分を繕っている人たちが沢山居る中で。不器用で、ボロボロで、泥臭い。それでもずっとパフォーマンスを辞めなかった。

なぜなら彼女は生粋のエンターテイナーだったから。

 

思春期にMGMから投与された興奮剤と睡眠薬は、結局彼女を生涯薬物から抜け出せなくした。

加えて上層部からの、パワハラとも取れる圧力。「お前なんか大した役者じゃない。容姿が秀でている訳でもない。いつだって出て行ってくれていいんだぞ(言いまわし省略)。」ジュディが少しでも弱音を吐くと、この手の言葉で押さえつける。

「こんなの…確かにおかしくなる。」震える当方。

大人になっても尚、時折ジュディを襲うフラッシュバック。過去のトラウマ。

 

「けれど。この作品は、決してジュディを悲劇の被害者一辺倒としては描いていない。」

 

確かに子役時代の出来事は、ジュディの人生に影響を与えた。けれど、ジュディの人生は彼女が選択した事で構成されている。

映画会社は解雇されたけれど。持ち前の歌唱力とパフォーマンスを磨いて『ミス・ショウビジネス』と呼ばれるまでになった。

生活力が無さすぎて、元夫に愛する我が子を預けるしかなかった。けれど、決して愛情も手放した訳では無い。我が子の幸せを願った決断をした。

かつての会社やしがらみ。いわゆる『育ってきた環境』。そういったものに大いに振り回されていたけれど、それでも結局生涯辞めなかった『表現者』としての人生。

 

また、ジュディを演じたレニー・ゼルウィガーの絶妙さ。

ブリジット・ジョーンズの日記』(2001)。公開当時大ブームになりましたし、流石に当方も知ってはいますが(観ていない)。あの当時のレニーから約20年…激太りしたり、何だかエライ事になっている彼女のビジュアルを時々見かけては胸をざわつかせていましたが。もう今回のレニーに関しては「年取り過ぎているやろう。」というのが率直な第一印象。

47歳の女性って、ここまで老けるもん?貧相で厚化粧なビジュアルで、ジリ貧のジュディを演じているレニーの姿は、とても切ない。

宿泊費未納でホテルを追い出され。子供たちを元夫に預け、ギャラ目当てで引き受けたロンドンのナイトクラブでの仕事。

クラブの楽団との事前練習もほぼ参加せず、当日も不安から自室に籠って。自分よりずっと若いマネージャーに無理やり引きずられて舞台に立ったジュディ。「これはあかんのやろうな…」と溜息付こうとしたら…まさかの。圧巻のパフォーマンスが始まった。

「嘘やん!」さっきまで貧相にしか見えなかったジュディが。生き生きと歌い上げる。またその歌の上手い事。レニー、やるなあ~。沸き立つ当方。

生前のジュディ・ガーランド、それこそ『オズの魔法使』しか知らないけれど。

切れ切れのエピソードでしか知らなかったジュディ・ガーランドに血が通っている。レニーが己の全てで体現している。こんなに迫力のある役者だったなんて(失礼)。

そして、ジュディ・ガーランドがこんなに泥臭く。必死に生きた女性だったとは。

 

イカップルとの交流。偏見の目が絶えなかったあの時代に。あくまでも『古くから自分を愛してくれている大切なファン』として真っ当な反応をしたジュディ。人の痛みが分かって寄り添える。。こういう所が、どんな彼女でもずっと好きだと思える部分。

 

最後の。『オーバー・ザ・レインボー/虹の彼方に』で怒涛の涙腺決壊。声が漏れそうになって、タオルを口に当てて泣いた当方。(そもそも、冒頭のシーンで既に「オズの国!」と泣いていたけれど)

大変だった子役時代。そこからの波乱万丈な人生。目の前の女性がどれほどのものを抱えて生きてきたのか。感極まって動けない彼女は痛々しい。けれどそんな彼女に声を掛けたい。何故なら彼女はドロシーだから。

子供のころ。擦り切れるまで何度も何度も見た『オズの魔法使』。不思議な魔法の国で、おかしな仲間と一緒に旅をした。子供向けのミュージカル映画。作中の歌は全部歌える。

劇場に居た、誰もが同じ映画を夢中で観た。誰もが知っている。目の前に居るドロシーは友達。

あの劇場で起きたラストシーン。思い出しただけでまた泣いている当方。

 

昔の事とはいえ。未成年に非人道的な扱いをした当時の映画会社には闇を感じますが。それ一辺倒ではない。(実在する映画会社やし、これ以上子役時代のエピソードが増え過ぎたら話のバランスが崩れるんだろうな。と推測。)

これは泥臭く、一生懸命に生きた一人のエンターテイナーの物語。

 

そしてできれば『オズの魔法使』の鑑賞もお勧めしたい当方。

たまたまですが…子供時分にこの作品に触れられた事、親に感謝して止まないです。

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映画部活動報告「スウィング・キッズ」

「スウィング・キッズ」観ました。
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韓国。『サニー 永遠の仲間たち』のカン・ヒョンチョル監督最新作。

 

1951年。朝鮮戦争当時、最大規模だった巨済捕虜収容所。新しく赴任してきた所長による、対外的なイメージメイキングの為に、捕虜たちによるダンスチームが結成された。元ブロードウェイタップダンサーで現在は米兵のジャクソンが率いるのは、それぞれ異なる事情を抱えた4人。国籍や思想が違う彼らを繋いだのは『タップ・ダンス』だった。

 

『巨済捕虜収容所とは』『朝鮮戦争とは』というレクチャー、冒頭でありましたが。

韓国の人たちには当たり前の知識なんでしょうが。今回感想文を書くにあたって、ちょっとおさらいした当方。(当方お馴染み雑まとめ。「おいおいこれ!」という部分がありましたら…「バーカバーカ」と笑ってください。)

 

1950年に勃発した朝鮮戦争。同じ朝鮮民族から分断し、1948年に成立したばかりであった大韓民国南朝鮮/韓国)と朝鮮民主主義共和国(北朝鮮)の間で起きた、朝鮮半島の主権をめぐる国際紛争

1950年6月25日。金日成率いる北朝鮮側が国境線としていた38度線を越えて韓国に侵略を仕掛けた事で勃発した。

アメリカが背後に付いた韓国(国連軍)と、中国が背後に付いた北朝鮮(共産軍)。

国慶尚南道最南端にある、巨済島。国連軍によって作られた、当時最大規模の巨済捕虜収容所。そこには朝鮮人民捕虜と中国人捕虜が、最大で17万人収容されていた。

この収容所では、北朝鮮支持の『親共捕虜』と社会思想を変えた『反共捕虜』との間で、共産主義と民主主義という理念を意とした捕虜同士の争いが絶えなかった。

(1952年には米軍司令官が捕虜に拉致されるなどの事件も発生した。)

1953年7月。南北が停戦協定に合意したことで、収容所は閉鎖された。

現在は『巨済捕虜収容所遺跡公園』として残されている。

 

~という下り。あまりにもさらっとしていた気がしたので。「ここに収容されている人たちって、北朝鮮と中国の兵士やんな?」「そもそもは同士だったのに。何故捕虜同士で憎み合い、紛争を起こしているのか(それを言ったら朝鮮戦争そのものだって…)。」「主人公ロ・ギスの苦悩の背景は?」

…正直フィーリングで消化できますが。おさらいしてみると話がしっかり頭に入ってくる。だって(小声)そういう史実は基礎知識やからな!進めるぞ!感が否めなくて。(あくまで当方の主観)

 

巨大捕虜収容所。アメリカ軍が取り仕切るけれど、そこまで厳しく規律を敷いている訳でもなく。捕虜たちはアメリカ文化に触れる機会もあり、民主主義に憧れる者も現れた。しかし、元々の共産主義を信念として崩さぬ者もあって。捕虜同士でのいざこざも絶えなかった。

1951年。国連軍メディアに『開かれた収容所』というイメージで報道してもらいたいという新任所長の希望で、捕虜たちによるダンスチームを結成、披露するプロジェクトが立ち上がる。

そこで、米軍下士官のジャクソン(ジャレッド・グライム)。元ブロードウェイタップダンサーの腕を買われ、ダンスプロジェクトのリーダーに指名された。

初めこそ気乗りしなかったけれど。結果メンバーとして残ったのは、収容所で一番のトラブルメーカー、ロ・ギス(D.O.)。4か国語を話せる無認可通訳士、ヤン・パンネ(パク・ヘス)。不幸にも収容所に迷い込んでしまった民間人、カン・ビョンサム(オ・ジュンセ)。中国人振付師シャオパン(キム・ミノ)。

国籍や思想の違い。人種差別。メンバーが各々抱える事情。けれど結局彼らを一つに繋いだのはダンス。

 

「何かのため。誰かのため。体裁。そんなの結局関係ない。踊りたいから踊る。楽しいから踊る。」「音が。音楽が。聞こえたら胸が熱くなって、体が自然に動く。」「一人でもできる。けれど誰かと一緒に踊るともっと楽しい。」

 

ジャクソン役のジャレッド・クライム。世界最高峰のタップダンサーであり俳優。「うわコレ、ホンマもんですわ。」すっげええしか語彙を見つけられない。そんな彼と、主人公ロ・ギスを演じたD.O.。当方はアイドル事情には全包囲疎いんで…アイドルの彼は存じ上げませんが。「こんなに動けるモンなの!」と脱帽。この二人のダンスシーンだけでも十分に気持ちが上がる。

けれど。他のメンバーも決して引けを取らない。紅一点のヤン・パンネ。収容所に出入りしている賑やかしお姉ちゃんたちの末っ子的存在かと思いきや。実際にペラペラ英語を話せるし、自分を売り込む度胸もある。総じてキュート。

不幸の民間人、カン・ビョンサム。生き別れてしまった妻を探したい一心で、ダンスチームに志願。

そして中国人捕虜、シャオパン。

当方はねえ。こういうキャラクターは大好きなんですよ。どう見ても肥満体型なのに「栄養失調なんだ。」そして心臓に持病があり、ひとしきり激しく踊った後はぶっ倒れてしまう。そんな彼は元振付師で、見た目からは想像もつかない柔らかなダンスを披露する。

彼らだって、結構なタップダンスを披露する。つまりは見ていて楽しい。

 

北朝鮮支持の親共捕虜のロ・ギス。兄は北朝鮮軍の英雄とも目される人物で、自身も共産主義である事に揺らぎはない。なのに…体が反応してしまう。アメリカの音楽に。アメリカのダンスに。

他のメンバーは、屈託もなくダンスの練習に参加出来るけれど、ロ・ギスはなかなか参加出来ない。参加しても、今度は同士の目が気になってしまう。

誰よりもダンスの才能とセンスがあって。無意識に体が動く。練習してしまう。憎むべき米兵なのに、ジャクソンのダンスに堪らなく惹かれている。見たい。知りたい。そして一緒に踊りたい。

 

タップダンスチーム結成に集ったメンバー各々が抱える事情。ダンスをする理由。指揮をとるジャクソンですら、やらざるを得ない状態にあるから始めた。

けれど…結局は皆「踊りたい」が原動力になっていたと思う当方。

 

戦争中。巨大な捕虜施設。元々は同じ民族であったけれど、思想が変わっていくことで分かり合えなくなってしまう。そして憎んで殺し合う。

ただシンプルに踊りたい。その気持ちすら…誰かに利用される。

 

まあ。随分と堅苦しく綴ってしまいましたが。基本的にはライトでコミカルに展開していくので。時に笑って、かと思えば鼻がツンと来たりしながら観られるのですが。

 

最終。約束のクリスマスコンサート。遂にダンスが披露された時。その圧倒的なパフォーマンスに胸が高鳴って、満面の笑みだった当方(あの楽団も良い)。

 

なので。声にならない幕引き。寧ろ呆然。

 

1951年。韓国で。クリスマスの夜に夢のようなダンスを披露したチームが居た。そこは捕虜施設で、メンバーは国籍も思想も立場もバラバラ。けれど彼らは一つだった。

 

彼らの友情、高揚した気持ち、一体感。けれどその背景は。

あまりにも内包されている事柄が多すぎて。未だ纏まらず、グルグルしている当方。

けれど。振り返るとまず、あの楽しそうに踊っている彼らが脳内に浮かぶ。

「何かのため。誰かのため。体裁。そんなの結局関係ない。踊りたいから踊る。楽しいから踊る。」

 

…いつだってそうであれと。

そういう解釈をして、強引に幕を下ろしたいと思います。