ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「ウトヤ島、7月22日」

ウトヤ島、7月22日」観ました。
f:id:watanabeseijin:20190313080525j:image

2011年7月22日。ノルウェーで起きた連続テロ事件。

首都オスロで起きた政府庁舎爆破事件。死者8名を出したテロが起きて約二時間後。オスロから40キロ離れたウトヤ島で銃乱射事件が発生。そこではノルウェー労働党青年部のキャンプが行われており。参加していた十代の若者達が犠牲に遭った。死者69名。

この二つの犯罪を犯したのは、当時32歳のノルウェー人、アンネシュ・ベーリング・ブレイビク。極右思想を持つキリスト教原理主義者。事件の動機は「イスラム、IS乗っ取りから西欧を守る為。」ウトヤ島には警官に成りすまし上陸。捜査の一環だと若者を集め、銃を発砲。その後島中を歩き回り、次々と少年少女達を銃殺した。

ノルウェーに於ける戦後最悪の事件。単独犯としては最多となる77人もの命を奪ったテロ事件。

 

「実際の事件で、発生から収束に至ったまでと同じ72分。(事件で発砲された数と同じ銃声数を使用)ノンストップ、ワンカット撮影。」

 

正直あまり知らなかった事件。どういう事が起きていたのか。そう思ってふらりと観に行きました。

 

当方はこれまで、色んなジャンルの映画を気の向くまま雑多に観てきました。正直苦手なタイプのジャンルもあるにはあるのですが、そこには余り踏み込まない様にすればいい話。とは言え、万が一目にしたとしても、本気で気分が悪くなったりしたことはありませんでした。でしたが。

 

「これは怖い。ほんとうに怖い。」

 

どんな話なのか分かっていたはずなのに。銃声が数発鳴って。主人公たちが「何?今の。」と言葉を交わした後。近づいてくる悲鳴と、全速力で走って来る少年少女が見えた時、得も言われぬ緊張感と禍々しさに…座席に座っているのに、体がせり上がって息が苦しくなり。そこから画面は怒涛の阿鼻叫喚。

全身が粟立って強張って。思わずマスクを外して深呼吸。持っていたミルクティーを摂取。深呼吸し、我に返った当方。これは怖い。堪らない。

 

悪夢の72分。主人公の少女カヤを追うカメラ視点で話は進行する。

しっかり者のカヤ。妹のエミリアとキャンプに参加した。けれど。

2時間前にオスロで起きた爆発事件を知って、陰鬱なムードが漂っていた仲間達をよそに、海水浴を楽しんできた妹と喧嘩。「不謹慎じゃないの、馬鹿!」そうして喧嘩別れしていた所に、件の銃乱射事件が勃発。

逃げないと。でも…どうしよう。エミリアと一緒じゃない。どこに行ったのか分からない。

 

「人は有事が起きた時、どう行動するのだろう。」「そして当方なら?」

 

この作品について。「あくまでも、事件に遭遇した少年少女の体験談から構成したフィクション。」「ドキュメンタリーでは無い。」つまり。この作品の主人公であるカヤは実在しない。「こういうエピソードがあった。」「少年少女はこう行動した。」その集合体。それがカヤ。

そして。「何だこのカメラワークは。」というご意見。「手持ちカメラが一人の少女を追いかける。その揺れるカメラこそが一人格に見える。いっそ逃げ惑うカヤの視点でカメラを動かしては云々。」

FPS!(主人公の視点で世界を移動する3Dアクションゲーム)そんな手法で撮られる悪夢の72分って!それ最早一体何を見せたいっていう話やし。悪趣味。本気で気分不良に陥るぞ!」叫ぶ当方。

忌まわしいテロ事件。それを後世に伝えたい。その気持ちを作品に落とし込むには、確かに粗削りな作品。けれど。これはただ受け止めるだけの作品では無いと思う当方。

 

「この現場に居合わせたら。当方はどうなるのか。」

 

犯人から銃を奪う?仲間同士で結託して立ち向かう?そんなの、絵空事でしかない。

 

俺は人を殺す。皆殺しだ。そんな確固たる意思を持って、確実に人を殺せる凶器を携えて闊歩する相手。何も伝わらない。話なんて出来ない。そもそも対峙するなんて無理。

ただただ逃げ惑う。声を上げ、やみくもに、何度も足を取られながら。又は足がすくんで動けなくて。結果大人しく殺されるか。

怖い怖い怖い。もう何も考えたくない。誰か助けて。誰か嘘だと言って。もしくは今すぐ殺して。

 

第一子の当方。当方にも妹が居る。もしカヤの様に、こんな有事に妹とはぐれたら?

考えただけで泣きながら大声上げて走り回りそうになる。堪らない。耐えられない。

 

皆が逃げ出したテントの傍ら。「お兄ちゃんがここで待っとけって…。」『IT/イット』みたいな黄色のレインコートを着て、蹲っていた小さな少年。「頼むから森に逃げて!そしてそのレインコートは脱いで!目立つから!」カヤと一緒に叫ぶ当方。

 

「もし妹が一緒にいたら。誰か守るべき相手が一緒だったら。」そう思う当方。

全てがたらればですが。恐らく「しっかりしなければ」という気持ちで行動出来る。

寧ろ、怖いのは「一人だったら。」

恐怖が膨れ上がって。当方は恐らく精神的に自爆する。

 

ウトヤ島を逃げ回るカヤ。そこで出会う少年少女達。けれど、カヤも含め彼ら全ての行動に正解は無い。何をしたら救われるかなんて無い。ただただ運。

逃げられた。そう思った途端、近くで響く銃声。さっきは遠かったのに。

(カヤの取った色んな行動について、批判するのは勝手。ですが…極限状態で人って冷静な判断なんて出来ないですよ。)

 

おかしな思想を持つたった一人の人間の前に、圧倒的な無力感を叩きつけられる。

 

何故?政治に興味があって、夏休みに同年代の仲間とディスカッションがしたかった。それだけ。それどころか「兄姉が参加するから。夏休みの思い出に付いてきた幼い弟妹。」「ナンパ目的。」それでも何も悪く無い。殺されるような事は誰もしていない。

 

「もし帰れたら何がしたい?」何故。何故「もし」と仮定しないといけなくなった。まだまだこれから。まだ何にでもなれるはずなのに。どうして「死ぬかもしれない」なんて思わないといけなくなった?

どうして?どうしてこんな事に?

 

「辛い。」

 

この作品はあくまでもフィクションで。主人公は実在の人物では無いけれど…けれど数多の少年少女に起きた出来事の集合体。痛ましい。

 

この作品から考える事。「色んな主義主張があって、それを関係の無い無抵抗な相手に突然武力行使してくる輩。それは確実に存在する。」「ある日突然圧倒的無力感に陥れられる恐怖。」「その時自分はどうなるのか。(どうするのかではない)。」

「テロとはこういう事だ。」「突然自分自身の基盤を。足元を完全に掬ってくる。」けれど。起きた事を知らんふりしてはいけない。考えなくてはいけない。「何故こんな事が起きた?何故?」

 

何だかんだ平和ボケしている国に住む当方。有難い事でもあるけれど、こういった有事は決して無縁では無い。

「一体テロとは何なのか。」「何故起こるのか。」「どういう事が起きるのか。」

無慈悲にも奪われた77人の命を。無駄にしてはいけない。

 

本当に観る人を選ぶ(体調的に厳しい)作品だと思いますが…観られるのであれば…観る価値のある作品だと思います。

映画部活動報告「スパイダーマン:スパイダーバース」

スパイダーマン:スパイダーバース」観ました。
f:id:watanabeseijin:20190313080416j:image

「OK。一度しか言わないから聞いて。俺の名前は…。」

 

2019年米アカデミー賞長編アニメ映画賞受賞作品で、尚且『スパイダーマンシリーズ初のアニメ作品』

 

アメリカ。ブルックリンに住むマイルス。地元から離れた全寮制の進学校に通う高校生。警察官の父親と看護師の母親を持ち。所謂優等生。

頭は良くても余所余所しい同級生達。実はマイルスはストリートグラフィティに夢中だけれど…その趣味を共有できる仲間は居らず。馴染めなくて。

父方の叔父、アーロンがマイルスの心の友。ある夜、二人は秘密の場所でグラフィティに興じ。そこで得体の知れない蜘蛛に刺されたアーロンは不思議な力を手に入れる。

驚く程の躍動感。手から出てくるベタベタした物体。何かに触れるとくっ付いて取れなくない。何これ。

一人秘密の場所に戻ったアーロンが見たもの。それはスパイダーマンの最後だった。

 

「13歳の少年。新しいスパイダーマンの誕生」

あれ?スパイダーマンって確か成人男性じゃ無かったっけ?そして見た目も全然違う。確かすらっとした白人の…少なくとも黒人のひょろっとした少年じゃない。

 

スパイダーマンが存在する世界が幾つも連なって。決して交わる事が無いはずの平行世界に横穴が空いた。その元凶となったのが、マイルスが住む世界だった。」

「秘密の場所のすぐ近くで。キングピン(悪者)が異次元の扉を開くため、加速器という装置を使って実験を行っていた。けれどその装置の負荷が掛かってブルックリンの一部の次元が歪み。各々の世界に居たはずのスパイダーマンがマイルスの世界に飛ばされてきた。」

 

「まさかのパラレルワールド案件!」

 

パラレルワールド:ある世界から分岐し、それに平行して存在する別の世界を指す。(中略)パラレルワールドとは我々の宇宙と同一の次元を持つ。(ウィキペディア先生より抜粋)

 

筒井康隆著『時をかける少女』。あの文庫本に同時収録されていた『果てしなき多元宇宙』。(余談ですが『悪夢の真相』も面白かったです)

当時中学生だった当方の、初めてのパラレルワールド作品。「本来交わるはずのない縦軸の世界。そこに横軸が掛かる事に依る、取返しの付かない悪夢。」…今現在該当小説が手元に無いのでうろ覚えのままですが。以降SFの中でもタイムリープ、リターンと並ぶメジャーでワクワクする題材。

 

13歳のマイルス。ある日突然おかしな力を手に入れてしまった。それが何なのか、答えをくれたのはピーター・ベーカー=スパイダーマン

「君は僕と同じだ。スパイダーマンになったんだ。」「戸惑うよね。でも大丈夫。僕がどうしたらいいか教えてあげる」「取りあえず、この場を切り抜けてから。」

 

先述の、加速器実験を行っていたキングピン。それを阻止すべく戦っていた。そんな有事の最中に出会ったマイルスとスパイダーマン

 

先導者が居る。ホッとしたのもつかの間。キングピンの前に敗れたスパーダ―マン。

 

スパイダーマンこと、ピーター・パーカー氏が死亡しました。」

悲壮な雰囲気で包まれるブルックリン。スパイダーマンの最後を思い。彼に託された加速器を阻止できるアイテムを握りしめ、一人佇むマイルス。

「僕には力がある。けれど…それを上手く使う事が出来ない。」

 

そんな時。異世界に住むピーター・パーカー(ピーターB/くたびれた中年)が現れた。

 

一応ネタバレはここまで。後はふんわりしていこうと思いますが。

 

「つまりは『スパイダーマン誕生物語』なんですな。」

 

不思議な力を手に入れた少年。とは言えいきなりその力を活用できるはずが無い。なのに。その力を得た事で突然訪れた理不尽な別れ。無力な自分。

「この力があれば、彼を救えたんじゃないか。」「こんな思いをしなくてよかったんじゃないか。」

また、13歳という『子供から大人へ』変化していく年頃。父親とのわだかまり。距離感。

どう考えても自分には合っていない学校での、気詰まりな日常。本当にしたいことはここには無い。学校を辞めたい。でも父親は「選択肢が広がるじゃないか」とマイルスの主張を聞き入れない。(選択肢云々に関して、つまらない大人になってしまった当方はこの父親の考え方が非常によく分かります。勉強が出来なかった当方からしたら、勉強が出来るのなら、色んな未来を選べる所に居たらいいじゃないかと。まあ…無理強いはしませんけれど)

自分に厳しい父親と、何でも話せて親友みたいな叔父のアーロン。

 

「でもねえ。自分にとって都合の良い人が必ずしも良い人とは限らんし。」ポツリと当方。

 

色んな考えを持つ人が居る。人は皆事情や背景を持つ。そんな中で自分が芯を持ち続けなければならない事は何処か。大切な人とは誰か。そしてそんな人を失った時、自分はどうするべきなのか。誰と諦めずに分かり合える努力をするべきなのか。

 

異世界から飛ばされてきたスパイダーマン達。彼らは『おかしな蜘蛛に刺されて後天的に不思議な力を得た』という共通点こそあれ、誰一人として同じ人物ではない。人種や性別、果ては動物までいたけれど…けれど彼らは皆『スパイダーマン』として同じような苦悩を通過してきた。

 

「分かるわ。私の場合は誰だれだった。」「救えない時はあるさ。」そうやって。マイルスに寄り添うスパイダーマン達。

 

~なんて。しんみりしたトーンで書いてしましましたが。

117分。冒頭から最後までノンストップの超特急。全編に於いてテンポが速い早い。しかもリズミカル。緩急の感覚も早いので、主人公マイルスは殆どもがいて苦しんでいるけれど、観ていて同調している暇など無い。

 

「そして異世界からやってきた、ピーター・パーカー(ピーターB)。最高。」

 

中年太り。スパイダーマンの全身スーツを着てはいるけれど、お腹は弛み、それを隠すため暫くは下だけスエットを着ていた。

なにもかもが上手くいかなくなった40代中年男性。もう感情移入しすぎて他人事には見えなかった当方。

「僕に何でも教えて!」食らい付いてくるマイルスを初めは適当にあしらっていたけれど。やっぱりそこは人情派、放っておけない。

他のスパイダーマンも良い味出していましたが。やはり彼との掛け合い、動くさまも観ていてワクワクして。スパイダーマンの中で一番好きなキャラクターでした。

 

絵面に関しては「確かにこれは斬新なアニメだ。」「CGアニメはここまで動くのか。」「何だこの映像は。」流石賞レースを制した作品だと舌を巻いた当方。(でも…何故か最終決戦の雰囲気に、今敏監督作品『パプリカ』を思い出していた当方。)

 

「でも。どれだけ新しい事をして、斬新な映像で見せても結局着地はシンプル。『新しいスパイダーマンの誕生。』ぶれていない。」

 

「OK。一度しか言わないから聞いて。俺の名前は…。」

 

MARVELの作品全てを観た訳ではありませんし、正直スパイダーマンシリーズもコンプリートしていない。けれど。

 

「これは。スパーダ―マンシリーズどころか。これまで観てきたMARVEL作品の中で一番好きなんちゃうやろうか。」

 

とんでもないアニメ作品が出てきました。

映画部活動報告「ROMA/ローマ」

「ROMA/ローマ」観ました。
f:id:watanabeseijin:20190313080253j:image

『ゼロ・グラヴィティ』等。メキシコ出身のアルフォンソ・キュアロン監督作品。

2019年度米アカデミー賞にて注目、話題となったNetflix公開作品。

 

「う~ん。どうする?入る?Netflix…でも普段殆どテレビを見なくなった当方としたら、月額おいくらか知らないけれど勿体ないとしか言えないし…。」

(今しがた調べてみたら、Netflixの月額プランは幾つかあって。でも正味1000~1500円台位なんですね。沢山番組を見るのならばお得。)

まあいつかはどこかの映画館が上映してくれるかな。そう思っていた矢先。「イオンシネマにて上映決定。」これは!と、公開初日の朝っぱらから近くのイオンシネマまで行ってきました。

当方の住む田園都市(田舎)から当該イオンモールまで、自転車でも電車・バスを乗り継いでも同じく30~40分。万が一間に合わなかったなんて失敗を避ける為、交通機関利用を選択。まあまあ満員なバスに揺られながら「どうしようこれが皆『ROMA/ローマ』目当ての客やったら。」とヤキモキしましたが。

イオンモール到着。バスから我先に降りる人たちが、流れるように吸い込まれていった『職員用出入口』。

「そうやな。まだ開店前やもんな。」呟いて。のんびり歩いてイオンシネマに到着。チケット買って座席に着いてみたら。「観客20人も居ない…。」

土曜日の朝9時台、郊外にある(車が無かったら不便な)ショッピングモールに入っている映画館。客の入りはこんなものなのかもしれませんが。

「あんなに『Netflixじゃなくて映画館で観たい!』と言ってた人たちは一体何処に居るんだ??結局はNetflixで観ているって事?」疑問で一杯になった当方。

 

…という所で。当方の『ROMA/ローマ』公開初日初回レポートは終了にしたいと思いますが。

 

「映像作品を楽しむ手段は数多あるし、選択できる時代が来ている事は間違いない。けれど…当方はこの作品を映画館で観られて良かった。出会いが映画館で良かった。」

 

1970年代のメキシコ。首都メキシコ・シティ近郊の町、コロニァ・ローマが舞台。

そこに住む、白人の中産階級の家族と先住民の使用人。彼らの一年を描いた作品。

医師のアントニオと妻ソフィア。祖母と子供達4人の計7人家族と、家族に使える使用人二人。そのうちの一人、クレアの視点がメイン。

 

「これ。あれですわ。『三丁目の夕日』(西岸良平原作)。」

ALWAYSの方じゃなくて。当方が子供の頃、テレビで放送していたアニメのやつ。独特な造形キャラクター達が織りなす小話。いい話もあれば、切なく終わる話、ズンとする話もあった。時系列はバラバラ。キャラクターに可愛さや格好よさも無かったし、子供受けするアニメでは無くて…結構すぐに終わってしまった。けれどもし今の当方が見たら、絶対号泣する。そんな作品。

「このアニメに共通するテーマ。それはノスタルジア。」(あくまで私見です)

 

子供の頃。夕日が見えたら、何だかお腹がムズムズして、叫びそうになった。それは「今日が終わる」という焦り。何故そう思っていたのか。歳を重ねた当方にはもう思い出せないけれど。

 

話が脱線しまくっていますが。この『ROMA/ローマ』を観ていて感じたのも、そういうノスタルジア。しかも何故か…当方はあの一番小さな子供が気になって。(あくまで私見です)「あの末っ子こそがキュアロン監督だろう。」

 

キュアロン監督が「これは私的な作品だ。」どこかしら自身の記憶に基づいていると語っていたのを読みました。同じように、自宅に自分を育ててくれた使用人が居たと。

 

小さな少年だった監督が。大人になって、そして円熟していく過程で。「こういう風景があった。」「それはこういう事だったんじゃないか。」と視点を変え、膨らませていった。そうやって生まれた作品なんじゃないか。そう思った当方。(あくまで私見です)

 

家族と使用人の物語。まったりと進行しますので。正直中盤まではぼんやりしてしまった瞬間もありましたが。

医師であるアントニオが単身赴任。けれどどうやらそれは嘘で。浮気の予感に気分が荒むソフィア。使用人仲間に紹介されて、初めて恋人が出来た。浮かれるけれど、妊娠を告げた途端、関係を絶たれてしまったクレア。

初めに提示された人間関係。家族構成。それらがうねり、揉まれて。もみくちゃになった挙句…新しく生まれ変わる。

 

物語の幕開け。画面いっぱいに映しだされた、水の映像。それはチョロチョロと地面を伝い。地面を水掃除するためのものだと分かる。そうやって穏やかに始まった水の登場。けれどそれは次第に窓を打つ雨となり、最後には子供達とクレアを飲み込まんばかりの荒波へと変化する。

光もそう。洗濯をするクレアの周りを子供達が遊ぶシーンなんかはまぶしい程に白いトーンなのに。怒涛の展開を見せていく病院でのシーンなんかは黒が多い。

「何故モノクロ作品なんだ。」「これがカラーだったら。」当方は専門家ではなく、平凡なイチ観客なんで。偉そうな解釈は出来ませんが。

「恐らく…カラーだったら陳腐になってしまうんじゃないかと。敢えてモノクロにすることで、心理描写がトーンで表せる。却って光を感じられる。音が生きてくる。目に見えるものの情報をシンプルにすることで、脳内にある己の記憶も引き出されて…懐かしいと感じるのではないか。」

 

「男ってアホな生き物よのう!」

豪勢な車に乗って。ウンコを踏みながらギリギリ収まるように駐車するアントニオ。なのに、彼が不在の時、代わりにソフィアが運転し、盛大にぶつけてボロボロにする。「あんな車、要らないわ。」

「なんだあの棒野郎!」クレアの彼氏。何一つ良い所なんて見つけられなかったアイツ。もう散々言われているでしょうが。「棒を振り回す前に、お前の棒をしまえ!」

(はっきりネタバレしますが。イオンシネマ、モザイク掛けませんでしたよ)

 

これはある中産家族と使用人を描いた作品。彼等の一年。それは始めこそゆっくりと。しかしその流れは加速し、怒涛の波が押し寄せ。そしてまた凪いでいく。

 

「映像作品を楽しむ手段は数多あるし、選択できる時代が来ている事は間違いない。けれど…当方はこの作品を映画館で観られて良かった。出会いが映画館で良かった。」(もし、手元で自力操作出来る環境でこの作品を観たら…正直ここまでぶっ通しで集中して観れなかった気がします。)

 

色んなご意見が存在する事は承知。けれど当方は大画面と音響設備のある映画館で。この作品の初見が出来た事を感謝しています。

映画部活動報告「グリーンブック」

「グリーンブック」観ました。
f:id:watanabeseijin:20190311184126j:image

1962 年。アメリカ。ジム・クロウ法(黒人差別が盛り込まれていた、当時のアメリカ南部州法)が施行されていたアメリカ南部で。コンサートツアーを決行した、黒人の天才ピアニスト、ドン・シャーリー(マハーシャラ・アリ)とドン専属のがさつな白人ドライバー、トニー・リップ・バレロンガ(ヴィゴ・モーテンセン)の友情話。

 

 2019年米アカデミー最優秀作品賞受賞作品。

 

年に一回、2月に行われる、アメリカ映画界の最大の祭=米アカデミー賞授賞式。

アメリカで。今年一年で一番面白かった映画を決めようぜ!の会。』

同時期に行われる日本アカデミー賞授賞式よりよっぽど当方の関心度が高い祭典。とは言え仕事の合間に結果を確認し高まる程度。「授賞式までに大方の公開作品を観よう!」とか「授賞式の中継放送をするWOWWOWに加入しよう!」とまでは至っていないのですが。(去年、WOWWOWに加入していた職場後輩が居まして。あんまりにも当方が騒いだので授賞式をDVDに録画してくれた事がありました。大感動。「2019年は家に行かせて欲しい。ピザくらいは作るから!」と言ったのに…一身上の都合で退職し、地元沖縄に帰郷してしまった後輩。寂しい…。)

今年の作品賞。下馬評として挙げられていた『ROMA/ローマ』と『グリーンブック』。前者が映画館では無くNetflix公開作品だった事もあって大注目。結果蓋を開ければ『グリーンブック』に勝敗は上がり。

「結局アカデミー会員は古いんだよ。」そんな風に揶揄されていましたが。

 

当方は、近年の米アカデミー賞に関する『黒人映画問題』。ざっくり言うと「白人のみの受賞者、作品で埋め尽くされた年があり、差別だと批判された。以降、黒人の受賞者やかつての黒人問題などに絡めた作品が評価されている現状がある」という…非常に繊細な問題について、大した知見も無いのに知った顔して語る事は出来ません。

 

「と言うか。これって『アメリカで。今年一年で一番面白かった映画を決めようぜ!の会。』なんですよね?」

 

随分前置きが長くなってしまいましたが。当方は『グリーンブック』という作品が「2018年アメリカで(アカデミー会員的に)一番面白かった」という評価にいちおうには納得しました。

というのも「人と人との間に信頼関係、そして友情が芽生えるまで」を丁寧に、コミカルに、そして時にはぐっと胸を打つようにと、非常にテンポよく描いた秀作だったと思ったから。

 

1960年代のアメリカ。奴隷制度こそ無いけれど。未だ黒人に対し偏見、差別の目があった時代。

主人公のトニー。イタリア系。NYのナイトクラブで用心棒として働いていた。腕っぷしが強く、がさつで口八丁。けれど妻と二人の子供を愛してやまない一家の大黒柱でもある。

ある時。店が閉店し失職したトニーは「大劇場の上に住む金持ちがお前を運転手として探している。」という誘いを受け、面接に向かう。

しかしそこで会ったのは黒人ピアニスト、ドン。「君の腕っぷしの強さは知っている。君を雇いたい。」

 黒人に対し差別的な感情のあるトニーはすぐさま踵を返すが。ドンはトニーの自宅に電話しトニーの妻を説得。そうして二人の、約2か月の南部の旅が始まった。

 

「何で俺が黒人野郎の下で働かないといけないんだ。」旅の初め。嫌々な態度を隠さなかったトニー。けれど。旅を続ける事で変わっていく気持ち。

 

「ドクター(ドク)が黒人差別の激しい南部地域を。北部よりもっと安いギャラで、敢えてコンサートツアーをするのは何故だと思う?」

ドクと同じバンドメンバーの一人がトニーに聞いた言葉。

 

知性と教養を兼ね備え。ピアノの才能と人を酔わせる演奏が出来る。そんなエレガントな男性が。たった一つ、肌の色が違うだけで貶められる。

コンサート会場に集まる紳士淑女の面々。そこで皆演奏される音楽に魅了されるけれど。それを奏でる人物に、同じ会場にあるトイレも使わせないし、同じ敷地にあるレストランで「前例がない」と食事もとらせない。まともな控室も与えない。

「黒人は夜出歩くな」「黒人はうちの服を買うな」理不尽で制限される事ばかり。

 

そんな中で。「いつもの事だ」「暴力を振るったら終わりだ」あくまでも誇り高くあろうとするドク。ドクにとってこのツアーは戦い。言葉や態度、時には暴力で差別を行使してくる相手に、暴力では無く。自分の音楽で戦う。音楽の力は無限なはずだから。

 

旅の初め。口には出さなかったけれど。「何だよ黒人野郎が」「偉そうに」「スカしやがって」「小さな事でガタガタ文句言いやがって」インテリで、とっつきにくいと思ってドクが好きになれなかった。けれど。実際にドクが演奏する所を聞いて「アイツ、すげえじゃないか」と感動するトニー。

 

そして。「黒人差別の激しい南部ツアーで、腕っぷしの強い白人用心棒が欲しかった」という理由でしかなかった…と当方が推測する『ドクがトニーを雇ったきっかけ』。

ドクだって初めは嫌だったはず。がさつで自分への嫌悪感を隠さないドライバー。トイレだって車を止めて道端でしてくる。ドライブインで土産物の小物を万引きしようとする。品が無い。およそ普段関わらないタイプ。なのに。

 

二人っきりの車中で。流れる流行りの曲。「こんなのも知らないの?」「これは…良いな。」ピアニストドクとナイトクラブで色んな音楽を聴いてきたトニーの打ち解けていくきっかけ。

 

「黒人ならこういうのが好きなんじないの?」「決めつけるな」けれど。

「手が…服が汚れる…」とドクが恐る恐る口にしたケンタッキー・フライド・チキン。最高に美味しくて。(最後最高のセッションをした店で自ら注文して食べていましたね)

 

誇り高きドクと豪胆なトニー。けれど、決してすべからくドクが聖人でトニーがだらしなかった訳じゃ無い。互いに危なっかしい所、恥ずかしくて知られたくなかった所もあったし、逆に互いに足りない部分を気付かせてくれる相手でもあった。

 

「何て手紙だ。綴りも間違っているし…いいか、手紙って言うのはこう書くんだ。」会えない妻子にとりとめもない日常をだらだら綴っていたトニーに、ロマンチックな手紙をアシストしたドク。(この手紙の最終形態。最高でした)

かと思えば、「兄が居るが連絡は取っていない。私の住所は知っているんだから云々。」と御託を並べるドクに「寂しい時は自分から言うもんだぜ。」ときっぱり答えるトニー。黒人だと見下していたのに。ドクが知られたくなかった事には「色々あるよな」と寛容な態度。

 

「悪い癖が出てきた。気が付けばだらだらとネタバレをしている。」はっとした当方。という事で、ここいらで風呂敷を畳んでいきたいと思いますが。

 

「まあ非常にテンポの良い、良く出来たヒューマンドラマやった。ただ…これがアカデミー作品賞を取った事の最大のひっかっかりはおそらく『よく出来すぎていた』という所。」

 

題材。二人のキャラクター。エピソードの数々と伏線回収。音楽家ならではの音楽シーンでの盛り上がり。起承転結に至るまで、文句が無い秀作。

 

「だからこそ文句を言いたくなる。出木杉君は、ドラえもんでも皆から距離を置かれているからな。あいつには一点の曇りもないのに。」

 

誰に薦めたとしても大丈夫な作品。老若男女問わず好かれる作品。そして。

「観終わった後、フライドチキンが食べたくなる作品。」

 

本当にねえ。スポンサー欄にKFC(ケンタッキー・フライド・チキン)があってもおかしくなかったですよ。

映画部活動報告「岬の兄妹」

「岬の兄妹」観ました。
f:id:watanabeseijin:20190310194224j:image

片山慎三監督作品。主演、松浦裕也・和田光沙

 

「足の悪い兄が、発達障害自閉症)のある妹に売春をさせる話」

 

とある海辺の地方都市。集合住宅の一角で二人で暮らしている兄妹。

共に成人してはいるけれど。兄:良夫は足に障害があって片足を引きずり、全力では走れない。そして妹:真理子は自閉症で他人とのコミュニケーションがおぼつかない。

昼間。良夫が地元の造船所で働く間。真理子が自宅から出て行かない様に足を鎖で繋ぎ、家の外から南京錠で施錠する。なのに度々破られるバリケード

 

「真理子が居なくなった。真理子知らない?」

 

冒頭。ボロ屋から転がり込む様に飛び出し、幼馴染のはじめちゃん(警察官)に泡を食って電話。方々を走り回り、海に漂うスニーカーまでさらって真理子を探し回る良夫。

数時間後、見知らぬ男からの電話があって。真理子を引き取りに行く良夫。「突っ立っていて、お腹が空いたって言うからご飯をおごった」そういう男に何度も何度も頭を下げた。けれど。家に帰ってから。真理子の下着の汚れとポケットに突っ込まれた一万円札から、どういう事が起きたのか察し、声を荒らげた夜。~そんなエピソードで幕開け。

 

父親の存在は語られず。母親も真理子の元を去った。だから良夫が真理子の面倒を見ている。

 

ある日。造船所の人員整理に良夫が引っ掛かり。「俺が足が悪いからだろう!」リストラされた良夫。寂れた地方都市には新たな職が無く。ポケットティッシュに広告の紙を差し込む内職(一つ1円らしい)を始めるが。当然生活は成り立たず。

二人で街を彷徨い、食べ物が無いかごみを漁って。仕事道具のポケットティッシュを「甘い」と食べて。そうして遂に…電気が止められた。

 

生きていくため。

「いい子いるんですがね。」「一時間一万円でどうですか?」

足を引きずりながら。真理子の売春を斡旋し始めた良夫。

 

「何でそんな事になってしまうんだよおおお。」当方の心に住む藤原竜也が終始大声張り上げて叫び続けた作品。

 

「どうして?この田舎には社会福祉の手が無いの?行政は?民生委員は?どうなってんの?」

 

障害者認定は?ましてや二人ともが何らかの障害があるのなら、お金は微々たるもんでも支給されるんじゃないの?彼等を見守る人は居ないの?社会も、会社も、友人も、ご近所さんも…それとも。

 

「そんなのは綺麗事だと?」

 

たった二人の兄妹。社会から孤立し。ボロい平屋の一軒家に住んでいる。誰からも見られないよう、中から段ボールで窓を塞いで。此処は兄妹二人の座敷牢

 

そこで何とか生きて来た。けれど…限界が来た。

 

『売春』。体を売って金を得る。それだけでも眉をしかめてしまう犯罪なのに…この兄妹の最悪な所は『妹がその重大性を理解しているのか分からない』そして『全て承知で兄が妹を売っている』生活の為とは言え…。

 

背景が悲壮なのに。どこか飄々とした感じの真理子。「恐らく真理子は寂しかったんやろうな。」そう推測する当方。男達は性欲処理に真理子を買うけれど、触れられ、求められる喜びで溢れる真理子。(そして…下品な言い方ですが。多分床上手なんですよ)

 

「と言ってもさあ。こんな地方都市で、こんなことしていたら直ぐ様人の目に付くって。警察やおっかない人に見つかるやろうし、病気や妊娠の可能性だって…。」

…まあそうなるわな。危なっかしすぎる兄妹二人の危険すぎる犯罪行為の、数々の顛末に溜息が止まらなかった当方。

 

「お前はなあ!足が悪いんじゃない!頭が悪いんだよ‼」

 

そう言って良夫を殴ったはじめちゃん。彼の言っている事はまとも。けれど言いたい。

「じゃあ頭が悪い奴はどうやって生きていったらいいんだよ!」

 

この兄妹が生きていく術を。一体誰なら教えてくれるんだ。誰なら寄り添ってくれるんだ。誰も二人の力になっていない現実の中で、何を以って正解だと言うんだ。

 

誇り高く死ねと言うのか。体を売って何が悪い。売れるモノがあっただけ良いじゃないか。今生きていく為にはこれしか無かったんだ。

 

「こんなの。もう誰も何も言えないよ…。」

 

しかも、たった二人の家族。良夫と真理子との生活は一生続く。

真理子さえ居なければ。もう少しまともに生活出来る。真理子の居ない人生…けれど、良夫はその選択を選ばなかった。

 

真理子にとって、この売春生活はどうだったのか。

数多の男と寝て。体を重ねていく事で、目覚めていく性の喜び(陳腐な表現)。けれど。男なら誰でも同じでは無かった。

「こんな恋の見つけ方があったなんて。」まさかの。曇天の雲行の中で。一筋の光の気配。

 

売春稼業の顛末。最悪を塗り重ねて。行きつくところまで行きついて。映画館なのに思わず声に出して溜息を付いてしまった当方。

 

「結局は。グルグル回ってまた同じ生活か。」最終。冒頭と同じく、また真理子が居なくなったと探し回る良夫の姿にもう止めてくれと思った時の、あの電話。良夫の表情。

 

「これは…ハッピーエンドでいいんやんな?」まさかの。まさかの希望の持てるラストを持ってきたんだと。お願いですから。お願いします。

そう願ってやまないです。

映画部活動報告「天国でまた会おう」

 

「天国でまた会おう」観ました。
f:id:watanabeseijin:20190307204847j:image

第一次世界大戦終結寸前のフランス。

1918年。西部戦線。そこで知り合った、同じ部隊兵士のアルベールとエドゥアール。

その舞台を率いていた暴君、プラデル中尉。彼の無茶な指令に従った結果、敵からの攻撃にて生き埋めに会ったアルベール。そんなアルベールを救おうとして爆破を浴びて、結果顔の下半分を失ったエドゥアール。

何とか命を取り留めたエドゥアールだったけれど。ボディイメージの変化に耐えられず「誰にも会いたくない」と戦死を偽装。アルベールと一緒にひっそりとパリに帰ってきた。

しかし。戦没者には哀悼の意を見せるものの、帰還兵には冷ややかな母国。帰ってきたけれど、かつての恋人も職も失ってしまったアルベールは安定した職に就けず。貧しい部屋にエドゥアールと二人で住んで。日々不安定な生活を送ってきた。

元々は良家の御曹司。加えて芸術的センスに長けていたエドゥアール。醜く変化してしまった顔。傷はひどく痛み、強い鎮痛剤が手放せない。

昔部隊で一緒だった時、エドゥアールが描いていた絵を見ていたアルベール。貧しかろうが。エドゥアールには絵を描いて欲しい。そうして少ないながらも画材を買って自宅に置いて。

悲観していたけれど。次第に創作意欲が湧いてきて…変化してしまった顔を覆う仮面を作るエドゥアール。しかし。そこで二人は終わらない。

 

かつて戦地で戦った…戦った?混乱している現場をいいことにサディストっぷりを振りかざしていたプラデル中尉。

帰還した彼が今、パリで成功していると知り、復讐を企てるエドゥアール。

その内容は。「戦没者を悼む記念碑を販売する企画に応募」「戦没者記念碑コンクールに応募」その落ちは「優勝し実際のモノは納付せず、報酬だけもらって高跳びする」というもの。

「こういうことを考える奴の好きな作風はこういうんだよ」受け狙いの作品デモを作成するエドゥアール。活動資金を稼ぐ羽目になったアルベール。

 

けれど。「戦没者追悼記念碑コンクール」の主催者はエドゥアールの父親だった。

 

冒頭。西部戦線での修羅場シーンが「あれ?『ダンケルク』のノーラン監督居るんですか?という位しっかりしているんですね。砂にまみれ、疲弊した兵士達。緊張感。爆音と共に上がる砂煙。次々倒れ、亡き殻と化す兵士達…。

そこで語られるエドゥアールとアルベールの関係性。ただ同じ釜の飯を食った(日本人的表現)だけじゃない、互いが互いにとって、命の恩人。

「よくそんな不衛生な環境で感染症も起こさず…(当方の声)。」まさかの生還を果たしたエドゥアール。けれど顎を砕かれた彼のビジュアルは本人にとって耐えがたく。(ってそりゃあそうでしょうよ。)しかも声は出ない、ご飯も食べられない。痛みはモルヒネ等の強い鎮痛剤でしか緩和出来ない。

 

「パリに帰ってきた。けれどそれが何だっていうんだ。人前に出られる顔じゃなくなった俺が一体何が出来るというんだ。」「絵が描けるじゃないか。」

 

戦地に行く前。裕福な家庭で育ったエドゥアール。父親は不在がちで、金さえ与えておけばいいと考えている。なのに、自分が絵を描く事を許さなかった。

絵が描きたい。何かを生み出したい。姉は自分の絵を喜んでくれた。なのに。滅多に姿も見せない父親が。自分の才能を認めてくれない。…自分を認めてくれない。

 

なのに。戦地で知り合ったアルベールが。きらきらした目でエドゥアールに絵を描いてくれ、何かを生み出してくれと迫ってくる。

 

そして。たまたま配達で二人の住処を訪れた少女。怪我のせいで、声を失ったエドゥアールの気持ちを通訳出来る少女との出会い。彼女が仲間に加わった事で三人の結束は高まり。戦没者関連詐欺へと加速していく。

 

「計り知れない痛みを受けた者が復讐をする話…でもその対象者は二人。意味合いの違う二人。」「『天国でまた会おう』これは誰が誰に向けて言った言葉なんだろう。」

 

「今は戦争中だ」そう言って。混乱した現場で、仲間であろうが誰彼構わず銃を向けたかつての上司プラデル。そんなクズが今、のうのうと戦地から帰って来て。『戦没者関連事業』で財を得ようとしている。

確かに誰もが必死。なりふり構わず生きていた時代なのかもしれない…けれど…やっぱり許せない。しかもよりによってプラデルはエドゥアールの姉と結婚。二人の間に愛は無く、明らかにエドゥアールの実家の資産目当て。こいつは潰さなくては。

「また清々しいまでのクズ。彼には彼なりの悲しい事情が…とかが一切無いから…。」

最後。戦地でああ言った事を思うと感慨深い、そんな一言をプラデル自身に言わせて。そして陥った顛末。冷え切った当方の一言「因果応報。」

 

もう一つの復讐。それは戦地に向かう前まで、一切エドゥアールの才能を認めなかった父親。けれどこれはさっきのストレートな案件とは全く違う。

エドゥアールが戦死した」そう聞かされて。エドゥアールと関わる時間が少なすぎた。もっとエドゥアールと触れたかった。言うべき言葉があった。そう思い打ちのめされていた父親の元に、エドゥアールがかつて自宅で画いていた絵数枚を差し出した、エドゥアールの姉。

戦没者追悼記念碑コンクール。子を失った父親は、恐らく純粋な気持ちで企画した。

そこに寄せられた幾つかの作品デモ。どれもこれも似たような…なのに、一発で息子の絵を見抜いた父親。

これは…?何だか知っている。このサインは?この絵の作者は?

会いたい。この作者には何としても必ず会わなければ。会って話をしなくては。

 

父親側の心理描写はありませんでしたが。実際のあのシーンから察するに、絶対こういう気持ちであったと推測する当方。

何も俺の事なんか分かっていない。そう思っていた相手=父親からの言葉。

 

「あの爆発を受けた時俺は死んだ。こんな姿になって。それでも何故生きている。何の為に。何の為に。」

あの父親との会話の為…だったんじゃないですか。そう思った当方。だからああいう選択をしたんじゃないですか。

 

「天国でまた会おう」エドゥアールからのメッセージ。

一旦は死んだと思った自分に生きる価値をくれた人たちに。エドゥアール自身は生きる答えを見つけた。でもゴールは人それぞれ。「俺は先に飛ぶけれど。ゆっくり来たら良い。また会おう。今度は天国で。」

 

どうなんでしょうね。当方は大筋ではそういう話であったのだと。そう思っているのですが。

 

後、単純に美術が非常に美しい映画作品なんで、観ていて麗しい気持ちになる。

幻の様にはかなげで…残酷で。泣けてくるけれど、これはハッピーエンドだ。だっていつかまた会えるから。今度は素顔で。笑いあって。そう思う作品でした。
f:id:watanabeseijin:20190308000037j:image

映画部活動報告「アリータ  バトル・エンジェル」

「アリータ  バトル・エンジェル」観ました。
f:id:watanabeseijin:20190304215240j:image

木城ゆきと原作『銃夢』の映画化。ジェームズ・キャメロン監督作品。

近未来。かつて火星連合共和国(URP)と没落戦争があった。終結後300年後の地球。

そのビジュアルは砂時計。上層部にザレム-誰も見た事の無い楽園と、その下に退廃しきったアイアンシティが広がっていた。

ザレムから落ちてくるゴミ…。ごみ捨て場を漁っていたサイバー医師イド。偶然見つけたロボットの頭部…それを持ち帰り、手持ちのパーツをカスタムした結果生まれたサイボーグ戦士アリータの物語。

 

「氏の原作漫画全巻を持っている。だからこそ厳しい目で見たつもりだが…高得点だと思う。」

 

映画部部長からの重々しいメール報告…原作未読、仕事の都合でたまたま初日鑑賞を果たした程度の当方からしたら…「だってよ!」で終わらせても良いような気がしましたが。さらっと。

 

300年の時を経て。イドの手に依って新たな生を受けたアリータ。けれど以前の記憶は一切無い。

イドと共に生活。町を一緒に散歩して。全てが初めての景色。目新しくて。そこで出会った青年、ヒューゴ。

アイアンシティで大人気の競技、モーターボール。一つのボールを選手が争奪しながらゴールに投げ込む…ただしその争奪手段は荒手。魅せられるアリータ。

治安が悪い世界。不穏な犯罪者が跋扈する街で。懸賞金付きのお尋ね者を捉える『ハンター』という特殊な自警団。

夜な夜なそっと街に繰り出すイドの姿に初め「犯罪者なのでは?」と不安になり後を付けるアリータ。けれどイドは「診療所運営資金の為」小銭を稼ぐハンターだった。

追っていたお尋ね者に襲われ、窮地に陥ったイド。そこで反射的に反撃したアリータの脳裏によみがえった一部の記憶。その後徐々に「自分は300年前の没落戦争で作られた人型最終兵器(兵士)であった事を思い出すアリータ。そして。

「自分は一体誰と何の為に戦っていたのか。」「かつての相手は今。そして火星連合共和国の現状は。」「300年後の現在。自分が大切で守りたいものは何か。その為には誰とどう戦うのか。」

そういった事を描いていた…と認識しているのですが。

 

如何せん、こういう特殊レギュレーションが入り乱れたSF漫画が飲み込めない脳の構造なんで…しどろもどろ。ボロが出過ぎない内に撤退しようと思う次第。

 

『アリータのビジュアル問題』

「目は全てを映す鏡だ。だからそれが大きいという事は云々」みたいな事をJ・キャメロンは語っていましたがね。アバターのビジュアルからしてももう、彼の生み出す造形キャラクターの癖なんだろうと思う当方。

予告編等で違和感しか感じなかった、アリータのギョロ目。不思議な等身。けれど意外とアリータ誕生から5分後には何も感じなくなった。

寧ろ「CGでここまで動けて、こんなに表情が出せるんやなあ~」と感心。

そして、誕生の頃の小中学生くらいの体つきから、とあるきっかけでバージョンアップした大人の体に艶めかしさを感じた当方。

 

『モーター・ボール』

当方にはイマイチルールがよく分からんかったゲーム。会場の中、ローラースケート的なシューズを履いて、選手は一斉スタート。目の前を素早く動くボール。それを捕まえ、決められたゴールに投げ込むという、球技一般に通じるレギュレーション。けれどそこにはチーム等存在しない。あくまで対個人。加えてボールの争奪方法は無法地帯。互いに高速で動いているため、衝突・転倒は当たり前。それどころか敢えて他の選手に危害を加えたり…果ては殺したり。

「うーん。ハリポタで言う『クディッチ』ですか…嵌る人には嵌るんやろうスポーツシーンなんやろうけれど…。」歯切れの悪い当方。

(せめてその競技がきちんとゴールするまでを見ないと…後、本当にルールが無さ過ぎて…。)

 

『ザレムとアイアンシティ』

まだ見ぬ楽園。掃きだめみたいなこの世界からしたらさぞかし素敵な場所なんだろう。

行きたい。行ってこの目で見たい。触れたい。感じたい。アイアンシティに住む誰もが憧れる、空中都市ザレム。

一体どうしたら行ける?金か?コネか?だとしても一体誰に…。

そのコネクションを見つけた青年ヒューゴ。けれどその為に必死で貢ぐヒューゴのやって居る事はチンケな犯罪。不毛すぎて。

アイアンシティからザレムに何らかの物資を輸送しているエアシューターみたいなのはあるけれど。一体アイアンシティから何を送っているのか。

(一応それらしい答えは出ていましたが。当方は原作未読なんで好き勝手な事を言います…『底辺だと思っている者が憧れる楽園は大抵ディストピアなんだがな説』。アイアンシティの人間は体の一部が欠損したらサイバーな部品でそれを補うけれど、ザレムに住む者は逆で、最早人間としてのパーツが無いとか。)

 

『アリータのキャラクター』

兎に角「恋する女は綺麗さあ~」の世界。300年前は人型最終兵器という戦士。今もその精神は流れているけれど…その根底にあるのは「嬉しい・楽しい・大好き!」。

初めて見た世界。そこで出会った青年ヒューゴ。彼は何でも教えてくれた。チョコレート。モーター・ボール。二人でバイク(っぽいやつ)でドライブして。デートして。色んな所に連れて行ってくれた。色んな事を教えてくれた…人を好きになるって事も。(ポエマー当方)

「俺はザレムに行くんだ!」その為ならば。この心臓すらもあげる。賞金目当てでモーター・ボールにも出場する。

「その自己犠牲精神…個人的には疲れる…重い…あんたには自己意志が無いのか…なまじ元々のポテンシャルが高いんやから、こんな当方に合わせたらあんたの能力を無駄にしてしまうやないか…。」束縛されると爆死する当方。グイグイくるアリータに食傷。

 

己の潜在意識と能力。戦士であり、未だ続くこの世に生を受けたからには果たしたい任務。けれど。それとは別に。大切にしたい人が居る。

 

「そんなアリータが受けた、初めての恋とその結末。それが今後の原動力になっていくんでしょうけれど…ちょっと最後らへん駆け足でとっ散らかった感が…。」

 

『続編について』

「はっきり言って、続編ありきで作ってますよね。じゃないと余りにも投げっぱなし…。」もごもご語尾を濁す当方。と言うのも。

何しろ原作未読なもんで。今回全体のどこまでを描いたのかよく分からない。

全てを知る人達からしたら、良く出来た再現映像だったのかもしれないけれど…正直何も知らない者からしたら『俺たちの大好きなあの作品について語った会』というキャッキャ感が否めない。(当方にしては珍しく手厳しい発言)

 

「ならば…きちんと続編を作って、落とすべき所に落とすべきだ。」「それこそが『俺たちが大好きなあの作品』に対する、真摯な姿勢だろう。」そうはっきり言い切りたい…のですが。

 

「この作品の公開が延びに延びていた事を思うとな~続編なんていつになる事やら。」

 

ひとまず当方はブチブチ文句を言う前に、原作『銃夢』を読むべきではないか。そう思う所です。