ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

2022年 映画部ワタナベアカデミー賞

昭:あけましておめでとうございます。当方の心に住む男女キャラ、昭と和(あきらとかず)です。

和:2022年の映画部活動報告。これは年内には無理だお思って、お尻に火が付くどころか全身火だるまで連日スタバに詰めた年末。コーヒーが飲めない当方がホットミルクで半日粘った日々…そうやって無理矢理納め。2023年も明けてもう幾つ?まさに光陰矢の如しだよ。

昭:まあまあ。松が明ける前に。2022年の総括、やってしまいますか。

和:2022年の映画館鑑賞作品は56本でした。

昭:少ない…コロナ禍が始まってから減少の一途やなあ。

和:2022年はちょっとしんどい一年やったから。

昭:ワタナベアカデミー賞は、映画好きあるある『年間ベスト形式』ではなく、当方が勝手に設定した『~賞』でノミネートしています。ですが、一部門に複数該当する場合もあり、その場合は劇場公開順番で表記させていただきます。では早速。いきますよ。

 

【ふと思い出す作品賞】

MEMORIA メモリア』『ドント・ルック・アップ』『カモンカモン』『ドント・ウォーリー・ダーリン』

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和:『MEMORIA メモリア』タイのアピチャッポン・ウィーラセクタン監督作品。頭内爆発音症候群を患う女性を主人公に、一体この音の正体は…というストーリーかと思いきや。思えば遠くへきたもんだ。まさかのSF展開。

昭:絶対眠くなる…そんなゆったりした作りの中で、唐突な爆発音に再三たたき起こされた。あれよあれよという間に…確かにアレ、唯一無二の映像体験やったな。

和:『ドント・ルック・アップ』結構豪華メンバーを取り揃えての現代風刺劇。「ありそう~」の連発と人類滅亡後の世界。あれこそ『アバター』やった(巨大海洋生物恐怖症の当方は最近公開されたアバターを観るこは不可能)。

昭:『カモンカモン』いわゆる「おじさんとボク」なんやけれどさあ。こういうの、好きなんやなあってつくづく思ったな。

和:独り者の中年男性と変わり者の少年。少年が年齢の割に幼すぎる気もしたけれど…つまりは…みんなみんな生きているんだ友達なんだ。恰好悪くて上等だ。

昭:『ドント・ウォーリー・ダーリン』男にとってのユートピアは女にとってディストピア。フローレンス・ピュー演じる人妻アリスの精神が乱れていくさまよ。

和:そんなに期待していなかったんやけれど、思いがけない良作やった。

 

【ごはんもの賞】

『スープとイデオロギー』『土を喰らう十二か月』『ザ・メニュー』
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昭:『スープとイデオロギー』のオモニが作るスープ、たまらんかったな~あれ絶対うまいやつ。そして『土を喰らう十二か月』さすが土井喜晴先生監修。ストーリー自体にはのれなかった部分もあったけれど、とにかく食べ物のシーンが眼福。永遠にみていられると思ったよ。

和:『ザ・メニュー』孤島にある高級レストランでふるまわれる、有名シェフ監修のコース。これがもう…一言「食べ物で遊ぶな!」。

昭:悪趣味やったね。元々シェフが訴えたかったメッセージがあったんやけれどさあ。表現方法が皮肉を通り越してなんだか幼稚やった。結局一番うまそうやったのがハンバーガー、っていう。

 

【一体何を見せられているんだ賞】

『チタン』『未来惑星ザルドス』『MEN 同じ顔の男たち』
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和:例年【変態映画部門賞】を設けていたんやけれど…手放しに「これは~おかしなやつがきたぜ!(歓喜)」と思える作品はなかった気がして。色んな意味で「何これ」と思った作品を挙げてみました。

昭:『チタン』「車とセックスし車との子供を身ごもる」頭にチタンプレートが入っていることとなんの因果があるって言うんだ…そしていちいち痛みの描写が辛い。

和:終始、隣に座っていた見知らぬ男性と共に「うう…」と低い声でうめいた。主人公もたいがいイカれているんやけれどさあ、彼女を守ろうとする男性はもっとイカれてんの。

昭:『未来惑星ザルドス』1974年公開のカルト映画。ボンド俳優、ショーン・コネリーが赤いふんどし一丁で活躍する世紀末スペクタクル!

和:嫌いになる要素が一切ない。でもこれを手放しに「変態映画だ!(キャッハ~)」とは言い切れないな…。

和:『MEN 同じ顔の男たち』。これはホンマに「一体何を見せられているんだ」と思った。主人公と同じ、真顔になってしまったよ。

ラストのマトリョーシカ現象のキモさがな…。

 

【胸悪賞】

『無聾』
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和:2011年に台湾のろう学校で実際に起きた性暴力・セクシャルハラスメント事件を題材にした作品。

昭:小学校から高校まである寮制のろう学校で起きた校内暴力。その陰湿さ、根の深さにひたすらため息。そしてどこまでも腐りきっていた大人たち…主人公の持つ正義感故に他の生徒を傷つけてしまった八方ふさがり…そして諸悪の根源と思っていた生徒の抱える想い…。

和:あそこで起きていたことは余さず胸が悪かったけれど、「ここ(ろう学校)以外に居場所がないから」と縋り付いていた生徒たちが一体大人になってどう過ごしているのか…実際に起きた事件がもとになっているというし…気になった。

 

【オープニング賞】

『アネット』
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昭:前衛的コメディアン・ヘンリー(アダムドライバー)と売れっ子オペラ歌手アン(マリオン・コティヤール)。二人が恋に落ち、結婚し、アネットという子供を授かる。けれど次第に二人の愛は冷めていって…バンド・スパークスのオリジナルミュージカルをレオス・カラックス監督が映画化した作品。

和:俳優陣、監督、スタッフたちがスタジオで歌い始めるオープニング〜からの本編開始。数年前の『ラ・ラ・ランド』みたく「今から物語の幕があくぞ」というわくわくする気持ち。こういうのって高揚するよね。

 

【ラストシーン賞】

ベルファスト』『ケイコ、目を澄ませて』
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昭:『ベルファスト』2022年はロシア・ウクライナ間で戦争が勃発した。そんな中、北アイルランド紛争下のベルファストに生きた少年とその家族を描いたこの作品は随分話題になったな。

和:自分の住む町が安心して住めない場所になっていく。生まれも育ちもベルファスト、ここで骨をうずめるつもりだったお母さんの決断。でも個人的にはおばあちゃんをラストシーンにもってきたのがもう…。

昭:『ケイコ、目を澄ませて』一人の女性プロボクサーの葛藤を丁寧に描いた作品。ボクシングを続けるのが辛い、でも諦めたくない…揺れ動くケイコの前に現れたラストシーン。

和:しんどい。でもしんどいのは自分だけじゃない。皆頑張って生きている。素直にそう思えた。あのラストシーンからのエンドロールはこの作品のハイライトやったと思う。

 

【元気が出た賞】

『RRR』

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昭:「THEインド映画!」3時間強をものともしない、感情ジェットコースター作品。こちらのコンディションなんて全くかんがみずにねじ伏せてくる力強さよ!

和:1920年代、イギリス統治下のインドが舞台。インド政府側に属する警察官ラーマと、部族の少女をイギリス軍人に連れ去られたビーム。二人は互いの正体を知らずに出会い、意気投合し…けれど敵対する存在であると知ってしまう。

昭:終始満面の笑み。もはや恋?というほどのラーマとビームの絆や、最終なんだか壮大な使命に向かって駆け抜けていく疾走感。

和:相変わらずインド映画はエンターテインメント性が高いなあと思った。歌って踊って。爆発して。何があろうとも主人公は死なないし。絶対大団円。安心して見ていられるよ。

 

【ドキュメンタリー賞】

『世界で一番美しい少年』『スープとイデオロギー
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昭:1971年公開の『ベニスに死す』そこで主人公を演じたビョルン・アンドルセン。当時15歳だった彼は今60代。ヴィスコンティ監督に見出されて「世界で一番美しい少年」として一気に注目の的になったけれど…性的な意味合いを持ったアイコンになってしまった。

和:ビョルン・アンドルセンが多くを語ろうとしないしあくまで推測だけれど…おそらく性的搾取があっただろう。美しいとちやほやされる反面、まだ十代の少年を守れるまともな大人がいなかった環境にぞっとしたな。

昭:『スープとイデオロギーヤン・ヨンヒ監督と彼女の母親である在日コリアンのオモニを主人公に撮った作品。

和:済州4.3事件のこと、正直この作品を観るまで知らなかったけれど、この作品を通じて在日コリアンの人たちの背景を少し知ったように思った。

昭:でも、この作品はそういう社会派だけじゃなくて、シンプルに母と娘の記録映画であると思ったな。自分のルーツを知るだけじゃない。次第に年をとっていく親と自分の関係。新しくできた家族と離れて暮らす親はどう繋がっていくのか。だれもが抱える家族の物語。

 

【子役賞】

『さがす:原田楓 伊東蒼』『流浪の月:家内更紗 白鳥玉季』『こちらあみ子:あみ子 大沢一菜』
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和:『さがす』「あの人お父ちゃんじゃありません。全然違う人です」

昭:って、絶対『クリーピー』の物まねしてしまうんよな~。大阪西成を舞台に、父子家庭で突然失踪した父親を捜す中学生を演じた。

和:うますぎた。リアルにいてそうな大阪の女子中学生。お話自体は途中から「ん?」っていう展開になってしまうんやけれど、とにかくこの子はずっとぶれてなかった。

昭:『流浪の月』家に帰りたくない10歳の小学生を19歳の青年が自宅に連れて帰ってしまって…という、かつて起きた事件をずっと背負う羽目になった二人を描いた作品。15年後の二人はどこまでも暗いんやけれどさあ。この10歳当時の更紗を演じた白鳥玉季がとにかくかわいいの。

和:結構辛い目にあっていたんやな~と後から知るけれど。あんな天真爛漫な子が一緒に居たら楽しかったやろうな。出先で二人が引き裂かれるところがとにかく辛いの。

昭:『こちらあみ子』は…この子ありきやった。すさまじい説得力。個人的にはあみ子は苦手やけれど…強く生きてほしいよ。

 

助演女優賞

『母性:ルミ子の義母 高畑淳子
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和:ルミ子が嫁いだ先の義母。田舎の小金持ちで嫁いびりがひどい。いやもうこれ演じていて面白かったやろうな~。シリアスな雰囲気を一蹴していた。

 

助演男優賞

『ドライブ・マイ・カー:高槻 岡田将生』『流浪の月:中瀬亮 横浜流星


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昭:『ドライブ・マイ・カー』海外で高評価を受けて一気に注目を浴びていたけれど、個人的には何故注目されてなかったのかが分からんくらい、岡田将生が良かった。特に夜高速道路を走っている車中の高槻。流れるライトが照らす彼の表情、台詞…神がかっているとしか言いようがなかった。

和:『流浪の月』の亮君。更紗の婚約者できちんとした職業に就いていてイケメン。ハイスペック彼氏なんやけれど、実はDV気質で依存的。更紗が精神的に自立していくにつれて、亮君のメンタルが暴走し崩壊していく。亮君の危うさを横浜流星がしっかり演じきっていた。上手かったな。

【主演女優賞】

『ケイコ、目を澄ませて:小河ケイコ 岸井ゆきの
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昭:正直ボクシングに関して当方は判断できないんで、その努力と結果はよく分からんかったけれど…揺れ動く女性プロボクサーとしての正直さを感じたな。

和:コロナ禍の煽りもあって、所属するボクシングジムが閉鎖することになった。憧れだったプロボクサーにはなれたけれど、以前ほどがむしゃらな気持ちではボクシングに向き合えなくなっていた。やればやるほど怖くなる。もういいんじゃないの?これをきっかけにボクシングを辞める?自分の中で答えが出るまで、ちょっと休んで考えたいけれど…本当に休んだら答えが出る?何を恐れているの?何が辛いの?何をしたいの?何が大切なの?

昭:立ち止まっても、すぐに答えがポンと出るもんしゃない。だから動けるのならば…ただ走ればいい。平気な顔をしていたって、皆何かしらしんどいことはある。全部に折り合いなんてつけられない。それでも生活はある。一見惰性で毎日を重ねていって、けれど年をとったときにふと振り返ったら「結局は自分が選んできてここに立っているんだ」って思うんよ。少なくともケイコよりは長生きた当方の実感。だから…エールを送るよ。

 

【主演男優賞】

『エルヴィス:エルヴィス・プレスリー オースティン・バトラー』f:id:watanabeseijin:20230111203303j:image

和:エルヴィス・プレスリー=キングオブ・ロックンロール。アメリカ・ミシシッピ州の貧しい家に生まれた白人の少年。黒人音楽にもまれて育った彼が才能を見いだされ、その圧倒的歌唱力と音楽センスで一気に有名人へとのし上がり、そして42歳という若さで生涯を閉じた。

昭:性的なパフォーマンスも多く、保守的な層からは眉を顰められるた…一見尖った若者に見えるけれど、実はどこまでも情に厚く…家族を大切にした。

和:エルヴィスがずっとプロデューサーから搾取され続けていたこと。結果ラスベガスのホテルでショーをしていた。「そうやったのか…」最近はやりの「往年の大歌手ヒストリー作品」カテゴリーの王道やったけれど。若い頃から晩年までを演じたオースティン・バトラーは格好よく哀愁も漂わせていたよ。

 

【作品賞】【ラズベリー賞】

昭:さすがに息切れがしてきた…最終、作品賞とラズベリー賞いきますか。

和:どちらも該当作品なし。

昭:そう。そうやなあ。

和:コロナ禍になって3年?2022年は、映画館で映画が観られないほどには追い込まれなかったけれど。色んな作品が苦しい中、制作・公開されて観ることができた。だからもうベストもワーストもないよ。映画に携わるすべての人に感謝です。

昭:(小声)もともとベストって毎回必ずしも出ていたわけじゃないしね…雷に打たれたみたいに「これは年間ベストだ!」って思う作品は毎年現れない、ということでもある。

 

 

和:お疲れさまでした。

昭:お疲れさまでした。いやあ、一年あっという間でしたね。

和:2022年…特に仕事が…大変やった…でっかい氷山にぶつかったあと沈んでいく船そのものやった。

昭:本当はもっと前から衝撃を受けてもろくなっていたんやろう。春以降からぐんぐん沈みだして、秋以降は修羅場。次々船を見捨てて海に逃げていく人の姿を目にしながら、残って楽器演奏をする者の気持ち…感情を押し殺してやるべきことをする。美徳や自己犠牲じゃない。仕事だからだ。今も沈没寸前で何とかとどまっているけれど厳しい状況に変わりはないよ。

和:職場を『タイタニック』に例えるやつ、早々に止めてくるかと思ったら便乗し続けたな。当方以外わけわかんないから、この話はやめようか。

 

昭:「観た映画全ての感想文を書く」。己で課したルールについに身動きがとれなくなった。「一つの作品につき一つの感想文」は8月からは月別ダイジェストになってしまったな。

和:加齢に伴う気力体力の低下。加えて、さっきちらっと書いた沈没船のくだりもあって、映画部活動報告のスタイルを継続できなくなった。終業後帰宅してもへとへとすぎて…人としてのクオリティ最低限で、翌日また沈没船へ向かう生活。その繰り返し。そして現在も決して楽にはなっていない。

 

昭:「あれもできていない」「これもできていない」そういう「できていないタスク」が積み重なると、当方は「全部できない!じゃあやらない!」に変換されるという性質があるとひしひしと感じた。「~であるべき」にとらわれすぎてフレキシブルじゃない。加齢によってできないことが増えてきているんやから「~であるべき」を一旦減らしていこうかなと。2023年は心も体も、ため込まず巡るように心がけたいと思っている。

和:正直、2023年映画部活動報告はどうしますか?

昭:ばっさりやめる…とは言いたくない。「一つの作品につき一つの感想文」は厳しいけれど…でも今回2022年を振り返るにあたって読み返したら、やっぱりダイジェストより個々の感想文の方が断然思い出せるんよな…。ただ、ダイジェストでも「観た映画全ての感想文を書く」のルールは崩れていない。悩ましい。

和:映画を観て感じたことを、忘れないように素直に書く。だらだら書かなくていい。あくまで備忘録。その原点を大切にして、やれる範囲でその時のスタイルでやっていきますか。

昭:はい。

 

和:2022年。行きつけの一つだった映画館が閉館した。

昭:昨今、映画を観る方法は多様化してきたけれど、それは映画だけではない。今後も色んな施設やお店が変化していくのだろうし、そう思うと当たり前の場所なんてどこにもないんだな。沈没船の中でも考えていた。人を大切にすること。いつまでも当たり前に傍にいると思わないこと。互いに支えあっていること、大切な存在であることを時には言葉にしないと人は離れていく。人も映画も映画館も。毎回は言わなくいてもいいけれど、大好きで、かけがえのない存在であることを伝えないといけない。いなくなってからでは言葉は伝えようもない。つくづくそう思っていた。

和:…信じられますか。この人、素面なんですよ。まさに「彼は酒に酔っているのではない。自分に酔っているのだ」。

昭:なんでここで『カラマーゾフの兄弟』。ああもう恥ずかしくなってきた!だらだらしてきたし…もうここまで。2022年もお付き合いいただいてありがとうございました。

和:まいど茶化してごめんね、相棒。2023年もよろしくお願いいたします。

12月の映画部活動報告

昭:はいどうも。当方の心に住む男女キャラ、昭と和(あきらとかず)です。

和:大掃除を無理やり切り上げてやっていますよ。もうこれで今年最後!最後の映画部活動報告。頑張っていこう。

 

『MEN 同じ顔の男たち』
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昭:心に深い傷を負ったハーバー。静かな田舎町で休暇を過ごすことにし、豪華な屋敷を借りた。管理人のジェフリーに案内してもらった後、街を散策していたハーバーは出会う男たちが皆ジェフリーと同じ顔をしていることに気づく。

和:気持ち悪かった。なんていうか、生理的に嫌やった。

昭:そうやな…最後の20分?「一体何を見せられているのか」という気分になったな。

和:冒頭、夫のジェームズが転落死するシーンから始まるんやけれどさあ。もうあの時点から禍々しかったよ。しかもジェームズの死因が「夫婦げんかからの、妻ハーバーへの当てつけ」。もうホンマに、こういうやつ嫌いやねん。

昭:まあまあまあ…話を進めましょうや。心に傷を負ったハーバーは休暇をとって傷心旅行をきめることにする。場所は田舎の豪華な屋敷…というかもはや古城。

和:個人的には一人であんなに広い屋敷って怖いけれど…で、到着してすぐに管理人ジェフリーに館内を案内してもらう。で、この後町で出会う男の顔が全員ジェフリーと同じなの。怖い。

昭:全裸で庭をうろつく不審者。警察官。子供。牧師。立場も年齢も違うのに顔が同じ。怖いな~そんなモンに遭遇したら即座に荷物をまとめてこの町を後にするよ。

和:リンゴの木が印象的であったり、教会が出てきたり、最後のくだりも「アダムとイブ」的なメタファーが云々とか宗教的思想とかも考えたけれど…個人的には「男は幾つでどんな立場であってもこういう風に女を見ているんだな」という嫌悪感を感じた。

昭:性別で括らんといてくれ。それって個体差やろう。

和:あの、屋敷でのハーバーVSジェフリー軍団のデスマッチで牧師がハーバーに放った発言。心底軽蔑したしあそこからはずっとバーバーと同じ表情をしていたよ。

昭:ネタバレ回避したいけれど…ジェフリー軍団って結局夫ジェームズの化身やん。

和:おっと。

昭:ありとあらゆる手段を使ってでもハーバーの心を取り戻したい。でもどんな姿になっても自分の浅ましさがにじみでてしまうから、ボロがでてしまうんよな。また愛し合っていた頃に戻りたいだけやのに。

和:覆水盆に返らずという言葉を知らんのか。愛情って、壊れたらもう戻らないものなんですよ。ましてやあんな気持ち悪いもん見せつけられて心が戻るか。

 

『ケイコ 目を澄ませて』
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昭:生まれつき聴覚障害があり、両耳が聞こえないケイコ。東京の下町にある老舗ボクシングジムに通い日々鍛錬を重ねる彼女は、プロボクサーとして活動しながら普段はホテル清掃員として働いていた。時は2020年。コロナ禍が始まり、誰もが先いきの見えない不安と疲労で極限状態にあったとき。「いつまでボクシングを続けるの?もういいじゃない」母親からは心配され、言葉にできないフラストレーションが彼女の中に溜まっていく。そんなある日、ジムの閉鎖を知ったケイコは~。ケイコを岸井ゆきの。ボクシングジム会長を三浦友和が演じた。三宅唱監督作品。

和:この作品が2022年の映画部活動締めやった。

昭:実際に、聴覚障害があるプロボクサーの小笠原恵子さんがモデルらしいんよな。ゴングの音もセコンドの指示もレフリーの声も聞こえないボクサー。けれど彼女をスーパースターとして描くのではなく、不安や葛藤を抱えて揺れ動く一人の女性として描いた。

和:東京で弟と二人暮らし。普段はホテルで清掃員として働き、仕事終わりにジムに通って練習する。それもまた古い…会長がインタビューで「日本で一番古いんですわ」とか言っちゃうくらいの古さ。

昭:しかもコロナ禍。練習にこれないまま退会してしまう練習生が続出するのも相まって、ジムの閉鎖が決定してしまう。

和:「いつまでこんなことしてるの」「もういいんんじゃない」母親はそう言ってしまうよ。わが子が…女の子が殴り合いして傷だらけになって。見てらんない。

昭:母親の言葉に腹が立つけれど。でも自分でもそう思っている部分がある。リングに立っているとき。相手が怖くて、逃げ出したくなる。でもそれでも辞めたくない。だってボクシングが好きだから。

和:抱えきれない気持ち、吐き出せないフラストレーションを拳に込めたとき。たまらなく気持ちよかった。前に通っていたジムではまともに練習をさせてもらえなかったけれど、今のジムではきちんと教えてくれる。プロにもなれた。けれど…好きなことをやれているはずなのに。怖くて、不安で、逃げ出したくなる。でも諦めたくない。

昭:決して社交的な性格じゃない。むしろ不愛想ゆえにぶっきらぼうな印象を与えがちなケイコ。ましてやコロナ禍で皆マスクをしていて、口元が見えないケイコには相手が何を言っているのか分かないこともある。

和:ケイコが聴覚障害のある友人たちとカフェでランチしているシーンがあって。手話で談笑しているんやけれどなんの字幕もでないの。後、弟がイライラしているケイコに声をかけた時に「勝手に心の中を読まないで」って怒っていたりもした。確かにそうなんよな。映画を観ている側はケイコの心情を知りたくてなんでも情報を欲しがるけれど、リアルの世界で、何もかも自分の思っていることを口に出して表現している人なんていないよ。皆何かしらの想いを秘めているし、揺らいでいるし、どの想いを吐き出すかは個人の裁量やもん。勝手にこういうやつだって決めつけられないよ。

昭:ジムの閉鎖は悲しいけれど、会長との関係性は続いたらいいな。ああいう、尊敬できる人生の先輩って本当に出会えたら奇跡やから。

和:どこを切り取っても良かったけれど、胸にずんときて涙が止まらなくなったのがラストシーンからのエンドロール。

昭:しんどいけれど…皆しんどいのは同じで。自分だけじゃない。皆頑張って生きている。シンプルにそう思えた。良い作品やったよ。

 

和:終わった…お疲れさまでした。

昭:お疲れさまでした。怒涛の畳みかけやったな…納まらないかと思ったよ。

和:ところで。毎年恒例の『ワタナベアカデミー賞』、いつも年内ギリギリに仕上げていたんですが…2022年度は年明けすぐへ変更します。

昭:そこまで一気にやるのはさすがに雑すぎる。あと、一応全部の年間感想文を読み返しての総括から選出しているんで…そこはきちんとしたい。

和:8月以降がダイジェストになってるのがな~。

昭:まあ何はともあれ。今年もありがとうございました。

和:相変わらずのコロナ禍。少しずつ日常生活が戻っているとはいえ、暗いニュースも多くて不安定な気持ちになることもあった一年やった。

昭:仕事が…ただでさえ人員不足な上に色々…崩壊寸前で、踏ん張るけれど心身ともに疲労困憊…ついに11月にこの感想文の形態も変化してしまった。やめようと考えたこともあったけれど、何とか年内分までたどり着けて良かったよ。

和:当方だけでなく、家族も含め、大病を患うことなく健康に過ごせた。映画館で映画も見ることができた。そう思うと決して悪くない、いい年でしたよ。そう思って。

昭:その通りやな。ということで今年も一年、本当にありがとうございました。

和:どなた様にとっても、2023年が良い年でありますように。

11月の映画部活動報告

昭:はいどうも。当方の心に住む男女キャラ、昭と和(あきらとかず)です。年末進行過ぎて、さすがの我々も無駄口叩けません。本気でお尻に火がついているつもりでやっています。

和:本当は日ごろからコツコツやっていれば、こんな年の瀬に慌てなくても良かったんやけれど(小声)。

昭:後悔先に立たず!11月は鑑賞本数が多いんやから!四の五の言わずにやっていくぞ!和:お、おう!

 

未来惑星ザルドス
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昭:1974年公開。ショーン・コネリー主演。ジョン・ブアマン監督作品。

核戦争によって荒廃した未来社会。人類は一部のエリート、ボルテックスにより支配され、文化水準は大きく後退していた。ボルテックスの手下であったゼットは、ある日支配体制に疑問を持ち、彼らの正体を調べ始める。

和:観る前からハードル下がりまくりの当方大好き映画。当然公開初日の金曜日、仕事終わりに観に行ったんやけれどさあ、もうマスクの下表情デレデレやったもん。

昭:1970年代のカルト映画最前線やったな。赤いふんどしパンツ一丁のショーン・コネリー(加えて当時でも絶対流行ではなかったろうヘアスタイル)。ボンド俳優という往年のイケメン枠として黒歴史ではないのか…気になる(妹に画像を見せたところ「寒そう」の一言やった)。
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和:核戦争後の荒廃した未来社会。(その設定に関して、北斗の拳は先駆者なのかそれとも後続者なのかは勉強不足ゆえに分からない当方。とにかく核戦争以降の世界はもれなく荒廃する)ボルテックスという特権階級に住む人種以外はおおむね獣同然の文明まで水準が低下。ボルテックスの手下として狩猟民族のごとく暮らしていたゼットは、ある時この世界のカラクリに疑問を持ち、禁断の扉を開いてしまう。

昭:でっかい顔の形の乗り物?に乗って、ボルテックスたちが住むコミュニティに行きついたゼット。果たしてそこで見たものは~。

和:まあ…いわゆるノアの箱舟的なきっかけで、この世界の中枢は出来上がった。少数精鋭の科学者たちが生み出した理想の楽園。けれど時がたつにつれ楽園はディストピアへ変貌し、下界との乖離も進み荒廃した~というのが大筋だった…と勝手に解釈したんやけれど。そんな素直な説明なんて皆無。そういうことなんやろうな~と慮るしかない。

昭:そう思うと近年の映画ってなんて丁寧なんやろう。比べると「観ろ!感じろ!俺たちは作りたいものだけを作る!説明などせんぞ!」って感じ。あと、上半身裸の女性とかレイプシーンとか普通やったんやなあと思った。まあ、そもそも赤いふんどしパンツ一枚の主人公自体が今のご時世無理か…。

 

アムステルダム
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和:1930年代のニューヨーク。かつてアムステルダムの戦地で出会った医師、看護師、弁護士の3人が、時を経てある殺人事件の容疑者となってしまった。濡れ衣を晴らすべく事件の真相に迫るうち、思いもよらない政治的陰謀に巻き込まれていくが。

昭:『アメリカン・ハッスル』『世界に一つのプレイブック』のデヴィット・O・ラッセル監督最新作。主要な3人の登場人物にクリスチャン・ベールマーゴット・ロビー、ジョン・デヴィット・ワシントンをおいて、史実とフィクションを巧みに交えて描いた作品。

和:…第二次世界大戦開始間際くらいのアメリカ史について当方は不勉強で、そういう社会情勢を多少でもわかっていたらこの作品に対する理解は違っていたかも…って、もう正直に言ってもいいかな!この作品、なんか色々もったいなかったと思う!

昭:豪華すぎる俳優陣。個性的で芸達者な面々に目を奪われるけれど、いかんせん話が分かりにくかった。なんか賢い話してるみたいやけれど俺には分からんな、みたいな気持ちがした。脳内で補填すべき引き出しがこちらになさすぎて。

和:貧しい、苦しい者を見捨てない医師が馴染みの患者家族から死体解剖を依頼されたのをきっかけに、なぜか命を狙われる羽目に。あらぬ罪を着せられそうになり、真相を追ううちに思いがけない陰謀計画を知ってしまう…って「これは(あったかもしれない)真実です」と言われてしまえば何も言えないけれど…どうも全体がうまくつながらなくて。なんでやろうなあ。一つ一つのシーンをおしゃれに仕上げることが優先されてしまったのか…話に集中できなかった。せっかくの布陣を生かしきれていなかったように感じたな。

 

『ある男』
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昭:愛したはずの夫は、まったくの別人でした。

亡くなった夫・大祐(窪田正孝)の身元調査をしてほしいと妻の谷口里枝(安藤サクラ)から依頼された弁護士の城戸(妻夫木聡)。一体谷口大祐という人物は何者だったのか。平野敬一郎の同名小説原作、石川慶監督作品。

和:あの人、お父さんじゃありません。全然知らない人です。

昭:『クリーピー』じゃない!そういう面白作品じゃなくて!至って真面目なヒューマンミステリー作品!

和:面白て!黒沢清監督の名作でしょうが!本当に…時間がないからってカリカリしちゃってさあ…。

昭:茶番に付き合う暇はないからな!…ってこれ、いわゆる「戸籍交換」なんよな。

和:病気の子供を亡くし、離婚したシングルマザーだった里枝のもとに現れた男性。彼は谷口大祐と名乗った。交際を始め結婚。子供にも恵まれ、4人家族として幸せに暮らしていた矢先、大祐が仕事中の事故で急死。そして疎遠になっていた大祐の兄によって発覚した「彼は大祐ではない」という事実。

昭:一体私が愛した男は何者だったのか。かつて離婚調停でお世話になった弁護士、城戸に連絡した里枝。またこの城戸弁護士っていうのがいわゆる人権派の人で…まあざっくりいうと「いい人」なんよな。妻と幼い息子とマンション暮らし。妻は家族が増える未来を見据えてもっと広い家に住みたいと考えているけれど、城戸は今のままでいいと思っている。

和:谷口大祐を名乗っていた、Xという男をなぞるうち、次第に浮き上がってくる「彼が生き辛いと感じ、他の人生を生きたいと思った理由」。亡くなってしまった今、決して交わることのないXの生きざまを、思わず自分に照らし合わせていってしまう城戸。

昭:弁護士として活躍し、妻子を養う。一見何の不自由もない城戸に、誰かしらたびたび突き刺してくる「あんた在日でしょう」「見たらわかるんですわ」。

和:だから何だ。個人的にはそう思うけれど…そう思わない人も確かにいる。いわゆる「出目」で人を判断する輩が。そしてその「出目」をとことん気にして、生きづらくなっている人が。

昭:君が君であるために僕は一体何をしてやれるだろう。けれど結局他人は何もしてあげられなくて。何度も交換して、自分で作り上げた。『谷口大祐』という男を。

和:マイナンバーカードは任意やけれど。運転免許証も履歴書も。写真入りで本人確認を取る今の時代。ましてや家族を作って、戸籍交換した身で生きていくって難しい気がするけれどな~。

昭:まあまあまあ。そういう具体的なこと云々じゃなくて。「どんな名前になっても、里枝を愛し家族を愛したことは変わりない」って言いたいんでしょう。

和:Xと名前を交換した、本来の谷口大祐(仲野太賀)の背景に触れられていなさすぎると感じたけれどなあ。大切なことやと思うんやけれど。

 

『土を喰らう十二か月』
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昭:1978年に水上勉が記したエッセイから、中江裕司監督が紡いだ作品。沢田研二主演、料理研究家土井善晴が料理監修。長野県の山荘を舞台に、作家のツトム(沢田研二)の四季折々の暮らしを、時折東京から訪れる恋人で編集者の真知子(松たか子)との関わりとを絡めながらみせていく作品。

和:土井先生が大好きだから。この作品を観た理由はその一点。なのでストーリーがどうとか一切期待していなかったけれど…想像していたよりは起承転結があったな。もっと坦々とした感じかと思っていた。

昭:長野県の山荘に住むツトム。冬は雪深く、夏もそんなに暑くなさそうな…ああいう田舎にある古い日本家屋で四季の移ろいを感じながら生きていく。憧れるわあ。

和:丁寧な暮らしをされていたけれど。文明の利器に囲まれた現代人の我々にあんな生活ができるかね。雪国出身でもないし。

昭:もはや初老といっていい年齢の男一人暮らしの生活としては美化されすぎている気はしたな。あ、でも確か子供のころお寺で暮らしていたっていう背景があったやん。

和:東京で編集者として働く、歳の離れた恋人。っていう設定、リアリティがなかったなあ。どうしても恋人同士には見えなくて…恋愛関係云々より作家と担当編集者っていう関係性だけで十分やったんちゃうかな。印象的やったのが、寒い中車でやってきた真知子にツトムが暖かい食事を出すシーン。家の中やのに真知子が全然コートを脱がないの。それを囲炉裏に座って暖をとりながら口にするんやけれど…なんか、すぐ帰る人なのか、失礼な人のか、はたまたコートの下は裸なタイプなのか…距離感のある二人やなあって思ったよ。

昭:食事を作るシーンや、出来上がった食卓はさすがのクオリティやったな。どれもこれもめっちゃ美味しそうやった。あれらを目にできただけで満足ではある。

和:あと。途中一部音声がおかしかった(異常に声がこもって聞き取りにくかった)のはそういう仕様だったのか、はたまた映画館の設備の問題やったのか…。

 

『ザ・メニュー』

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昭:ある孤島を訪れたカップル、マーゴとタイラー。目的は予約が取れないことで有名な高級レストラン『ホーソン』でのディナー。有名シェフ・スローウィグが生み出す、ストーリー仕立てな食事に感動しかりのタイラーだったが、違和感と不快感が否めないマーゴは出された食事に手を付けることができなくて。

和:「食べ物で遊ぶな!」もうこの一言に尽きる。

昭:早い早い早い。さすがに結論が早すぎる。

和:専用のクルーズ船で上陸する、孤島にある高級レストラン。そこでふるまわれるストーリー仕立てのコース料理。それがもうどうにも悪趣味で美味しそうじゃない。

昭:まあそもそも当方がこういうでっかい皿に小さく盛り付けてなんかのソースを点状に散らす系の食べ物(言い方)を有難がらないタイプなのもあるけれど。確かに「美味しそう」ではなかっったな。

和:高級レストラン『ホーソン』で繰り広げられる、最後の晩餐。同じメニューを共有する客は、レストランの常連、有名グルメ評論家。いかにも成り上がりな成金3人組。落ち目な役者と彼女。始めこそ盛り上がっていたけれど。コースが進むにつれ、全員に動揺と不安と恐怖が広がっていく…って、もうこのレストラン何がしたいねん。

昭:シェフのスローウィグが客に対して日ごろ感じていたフラストレーションを料理で表現して客に出していたんやけれど…なんていうか…。

和:シンプルに意地悪。そして表現が子供っぽい。話が進むにつれ観ているこちらのフラストレーションが募ってくる。当てつけっぽいことをしなくても、ここに集まった客人はあんたのシンパなんやから話を聞くやろう。仮にも料理人なら、食べ物で遊ぶなよ。

昭:あのうんざりな最後の晩餐で、唯一無二だったハンバーガー。あれだけが滅茶苦茶美味そうだった。映画館を出てからまっすぐマクドナルドに向かってしまったよ。

 

『ザリガニの鳴くところ』
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和:全世界で累計1500万部を売り上げた、ディーリア・オーエンズの同名ミステリー小説の映画化。オリビア・ニューマン監督作品。

1969年。ノースカロライナ州の湿地帯で、地元で有望視されていた青年の変死体が発見された。殺人の容疑を掛けられたのは「ザリガニが鳴く」と言われる湿地帯に一人で住む、街では変わり者と称される少女、カイアだった。

昭:「真相は初恋の中に沈む」父親の暴力から一家離散。最終的に一人取り残され、幼いころから湿地帯で暮らしてきたカイア。学校には一回通ったっきり。川からとれたムール界を馴染みの雑貨屋に売って生計を立て生きてきた。

和:初恋の人、テッド。ひとりぼっちになってしまったカイアにとっては唯一安心できる相手だった。想いが通じて恋人になれたのに、テッドは進学のために町をでてそれっきりになってしまう。その後できた恋人が、地元のボンボン、チェイスだった。

昭:金持ちのボンボンで女たらし。仲良くしているけれどどう見てもカイアはチェイスの本命じゃない。だからチェイスの変死体が見つかったとき、カイアの仕業だと誰もが思った。

和:どうして町に「一人になりたいときに行くんだ」いう鉄塔があるんやろう。あんな下がスケスケフェンスで建付けが悪い足場の鉄塔なんて危ない。チェイスじゃなくても、誰がいつか転落事故を起こすよ。管理責任者は誰だ。出てこい。

昭:違う違う。そういう話じゃない。これは殺人の容疑者として捕まったカイアの半生を振り返りながら、彼女がどうやって生きてきたのか、そして一体何が起きたのかが明かされていくという話やったよ。

和:1969年という時代やったんかもしれんけれど…やっぱり危ないよな。7歳から20歳そこそこまで女の子が一人であばら家で暮らしていくって。行政の手助けも全然なさそうやったし。一人で自給自足で生きた少女。一見弱弱しそうに見えたけれど…人は見かけによらない。彼女は強かった。

昭:カイアを支え続けた雑貨屋夫婦。ああいう人たちこそが本当に優しい人なんやと思う。初めにカイアが提示した条件を飲んで変わらず対価を払い続けた。かわいそうだ、何とかしてやりたい、支えたいと思いながらもいやらしくならない方法。一過性ではなく、継続して対等な関係を保ってそれができるって素晴らしいと思ったな。

 

『母性』
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和:湊かなえの同名小説の映画化。廣木隆一監督作品。 戸田恵梨香と永野芽衣が母娘を演じたミステリー。

ある事件をきかけに「娘を愛せない母親」と「母親に愛されたい娘」それぞれの視点から二人の関係を描いていく。

昭:相変わらず、湊かなえの世界に住む人間は意地が悪いなあと思ったな。

和:母親である戸田恵梨香の視点から描かれる世界と娘である永野芽衣の視点から描かれる世界。二人に流れた時系列は同じでありながら、視点が違うとこんなにも見え方が違うのか。

昭:ざっと時系列を言うと、お嬢様育ちのルミ子(戸田恵梨香)。工場勤務の男と結婚して一軒家に暮らし、娘の清香(永野芽衣)が生まれた。夜勤で夫が不在だった悪天候の夜。祖母(大地真央)とルミ子、清香が三人で休んでいたところに落雷による倒木から火事となり祖母が亡くなった。住処を失い夫の実家に同居することになったが、義母(高畑淳子)からはさんざんいびられるようになって。っていうのが大筋の半分くらいかな。

和:最後に清香が言ってたように、ルミ子は「いつまでも娘でいたい(言い回しうろ覚え)」人やったんやろうな。でもなあ…なんだかんだルミ子って家族に対して献身的やと思うけれどなあ。その原動力が見えにくい人ではあったけれど。そしてどこまでも父親不在の世界。ルミ子の父親。夫。夫の実家。軒並み父性が皆無。

昭:高畑淳子の演技、ピカイチやったな。最後の顛末も「ありがち…」って頷くやつやった。顛末と言えば従兄のお姉さん、本当に良かった。

和:ところでさあ。この話って何となく幸せな雰囲気で着地していたけれど、どうやって二人は和解したんやった?そしてそもそものきっかけになった事件はどうなった?結局なんの糸口もないままじゃなかった?なんか…不完全燃焼感があるんよな。

 

『ドント・ウォーリー・ダーリン』
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昭:夫のジャックと共に、完璧な幸せが約束された街に住む主婦のアリス(フローレンス・ピュー)。平穏で幸せな日々を送っていたけれど…隣に住む仲良しの主婦仲間が徐々に精神に異常をきたし始め。ついに異常行動をとっている姿を目撃し、挙句彼女は何者かに連れ去られた。一体この街では何が起きているのか~。

和:フローレンス・ピュー。『ミッドサマー』からすっかり精神的に不安定なキャラを演じさせたらピカイチな役者枠。今回も千々に乱れていた。そんな言い方しているけれど、フローレンス・ピュー、やっぱり好きやなあって思ったよ。健康的な体型も好感が持てるし衣装もヘアメイクも可愛い。

昭:男にとってのユートピアは女にとってはディストピア、っていう話やったね。

和:砂漠の中にある社宅街。一軒家に夫婦で住んで。男たちは昼間働きにでて女たちは家を守る。彼女たちは全員専業主婦。夫の給料で十分な暮らしができているし働く必要がない。着飾ってデパートで買い物。ここには何でも揃っているから街の外に出る必要なんてない。パーティには夫婦で参加。絵にかいたようなアメリカンドリーム。

昭:何も考えずに毎日を楽しんでいたのに。仲良しの主婦が精神的に不安定になった挙げ句男たちに連れて行かれるのを目撃してから疑問が湧いてしまった。「この世界は何かがおかしい」。

和:わかりやすい展開、話の流れやったけれど手垢が付いた感じではなかった。不穏で悲しくて…「あの時 同じ花を見て 美しいといった二人の 心と心が 今はもう通わない」。愛し合う二人の幸せの定義がズレることで起きた悲劇。畳み掛け方も終わり方も好感が持てたな。思いがけない良作やった。

 

昭:11月は映画鑑賞本数が多かったんよな。観たい作品が沢山あった。でも仕事は毎日が修羅場でヘトヘト。気力も体力も尽き果てて、帰宅しても何もできない。そこにどんどん積み重なっていく映画感想文…遂に心が折れた11月。

和:今も状況は変わらない…でもやっと11月の感想文というヤマは超えたぞ!頑張ろう!後少し!
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10月の映画部活動報告

昭:はいどうも。当方の心に住む男女キャラ、昭と和(あきらとかず)です。

和:12月の駆け足感よ!まさに師走!全力疾走なんやけれど?!

昭:まあまあまあ。御託はこのくらいにして、とっとと始めますよ。

「マイ・ブロークンマリコ
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和:ブラック企業に勤めるOLのシイノトモヨ(永野芽都)。ある日ニュースで知った、親友のイカガワマリコ奈緒)の転落死。ショックに打ちのめされながらも、マリコの遺骨がにっくき父親のもとにあると知ったトモヨは、マリコの実家に乗り込み遺骨を争奪。そのままマリコが行きたがっていた岬へと旅にでた。

昭:…いわゆる「メンヘラ案件」なんよな。

和:幼馴染のマリコ。父親から虐待されていて、マリコを守れるのは私だけだった。高校生になってからは、絶えず彼氏が出来ていたけれどどいつもこいつもクズばっかり。結局マリコはいつも私のところに戻ってくる。そんなマリコに時々うんざりするけれど、やっぱり無視は出来ない。なのに…何にも言わずに突然逝った。

私はマリコの全てを知っている。ふらふらして危なっかしいマリコ。私がしっかりしていないと、マリコには他に拠り所がない。そう思っていたのに…なんの前ふりもなく関係が打ち切られた。

昭:「ダチが死んだんで休みます(言い回しうろ覚え)」胡散臭いものを売りつける仕事。加えてブラック。何もかもにうんざりしていた。やってられない日常を送っていたフラストレーションが、親友の死で爆発した。もう無理。

和:仕事放棄をして、家を飛び出した。マリコからの手紙を抱えて向かった先は海辺の街。日常から離脱して、知らない土地で逝ってしまった親友を想う。けれど思い出すのは苦いエピソードばかり。マリコが…あの子が鬱陶しくて突き放したくて…でも出来なかった。

昭:はつらつとした、健やかなイメージがある永野芽郁が随分とやさぐれたキャラクターを演じていた。理不尽な世を踏ん張って生きていた主人公が、親友の死に打ちのめされてドロップアウトして、センチメンタルジャーニーを経てまた生きていく道を選ぶという。

和:ちょっとややこしいこと言うけれど、いいかな。

昭:手短にお願いします。

和:誰かが自ら命を断ったときに、まわりが「なんで私に何も言ってくれなかったんだ」と思うのはおごりではないかと。

昭:ややこしいこと言うなよ!

和:自らの命を断つ。それって相当な覚悟がいるはずなんよな。そんな思いを誰かに相談するかしないかを決めるのは本人以外にいない。言わなかったのならばそれが全て。逆に近すぎる関係ゆえに吐き出せない場合もあるやろうし。

昭:知っていれば何か出来たんじゃないか、止められたんじゃないかと悔やむんじゃないの。

和:確かに「死んだら終わりだ」「生きてこそ」って思うよ。でもそんなの本人が一番分かっているはずで、それでも他に楽になれる手段がない。全てを終わらせるほど辛い状況なんやろう。そこまで追い込まれた状況を他人が背負えるか?一生?勿論色んな状況や人間関係があるだろうから一刀両断には出来ないけれど、この作品の関係性で、主人公の心情と行動はいささかセンチメンタルが過ぎる気がした。むしろ、マリコ事件をきっかけにした、おかれた環境のすべてが嫌になっての現実逃避旅行感が強い。

昭:まあ、あくまでも当方の主観なんで…残された人のとるべき行動は、命を断った大切な人を忘れないこと、いつかは許して受け止めてあげることかなと思うよ。

 

「LAMB」
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和:アイスランドで暮らす羊飼いの夫婦。ある日羊の出産に立ち会った二人は羊ではない何かの誕生を目撃する。夫婦は『アダ』と名付けてわが子として育て始めるが。

昭:ああ…こういう静かに暮らす人の狂気って好みやわ。

和:田舎の牧場で夫婦二人暮し。飼っている羊の世話をする日々。ある日産まれたソレは異形のものだった。

昭:ネタバレは回避したい。そう思うともう何も書けなくなるけれど…初めてソレを見た時の衝撃…義弟と同じ顔してさしまった。あいつ、色々アウトローな奴っぽいけれど唯一まともな人間やったで。あの世界では。

和:なんか実は訳ありそうな夫婦やったもんな。あの義弟と妻の関係とかどう見ても昔なんかあったっぽかったし。一見穏やかで静かな夫婦なんやけれど歪なの。

 

「七人樂隊」

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昭:ジョニー・トー、プロデュースのもと、香港で活躍する7人の監督が1950年代から未来まで、様々な年代の香港を描いたオムニバス映画作品。7作すべてがフイルム時代に敬意を表して、全編35ミリフイルムで撮影された。2020年第73回カンヌ国際映画祭オフィシャルセレクション作品。

和:こういう、色んな監督のショートムービー詰め合わせって2000年代にぽつぽつあって好きやったな。7本もあればさすがに「全部良かった!」とはいかないけれど、やっぱりトップバッターだった『稽古』(サモ・ハン監督)は期待通りやった。監督自身の子供時代を描いているらしい、京劇の学校の話。

昭:『ボロ儲け』(ジョニー・トー監督)もなかなか。三人組が香港で起きた、様々な金融投資絶好のタイミングにことごとく乗れない、もどかしい話。苦々しく笑うしかないの。

和:こういうノスタルジックな雰囲気のオムニバスは観ていて心地が良い。合う合わないはあるけれど、ショートムービー詰め合わせって見つけたらやっぱり観たくなるよ。

 

「RRR」

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昭:1920年代。イギリス植民地時代のインドが舞台。イギリス軍に連れ去られた幼い少女を強奪すべく立ち上がったビームと、大義のためにイギリス政府警察となったラーマ。ある列車事故をきっかけに出会った二人。本来は敵対する立場でありながら、互いの素性を知らぬまま熱い友情を育んでいた二人であったが。

和:でた『RRR』。『バーフバリ』シリーズのS.S.ラージャマウリ監督最新作。

昭:なんかもう色々しんどい。平日は這う這うの体。休日は抜け殻状態で布団の中で過ごしてしまう…そんなミノムシ状態を打破したくて。「ああもうとにかく元気なやつを!」と観に行った今作。元気どころか…ドーピング剤が強すぎて爆発するかと思ったよ。

和:インド映画ならではの長尺、3時間7分をものともしない。終始満面の笑顔。

昭:「映画!最近のやつではどんなんおすすめですか?」映画好きと聞いたらすぐに振られる、無茶ソムリエ質問。いつもは「どういう映画が好きなんですか…(真顔)」から始めていたのに、一律「RRRですかね」と答えていた。長尺さえ乗り越えられるのならば概ね外さない。勢いに圧倒される。けれどそれが気持ちいい。

和:「こいつがいかに強いか」を表現するために暴徒と化した群衆や獰猛なトラを出してくる。展開がいちいちオーバースペクタクル。大爆破。気持ちの高ぶりは歌と群舞で盛り上げる。てんこ盛り弁当インド映画。お腹いっぱい。

昭:ラーマを「兄貴!」と慕うビーム。ひとめぼれしたイギリス人女性へのアプローチをラーマにアシストしてもらうなど、ラブコメ要素も織り込んでほっこりしていたけれど…知ってしまった。お互こいつは敵だと。

和:トンでもカチコミ騒動を起こして、警察に捕まったビーム。ビームに対する処罰(という名の虐待)をなぜか担当するラーマ。鞭打ちに使われた鞭なんて、子供のころに読んだ「ジャックと豆の木」に出てきた豆の木みたいやったよ。そんな仕打ちをしてきた相手を、最終的には「兄貴は大義のためにイギリス政府側についていたんだ」「やっぱり兄貴についていく!」なんてよく思えたなビーム。お人よしすぎる。ラーマよ大義の前には何をしてもいいんかかい。

昭:本当は「仁をもって義となす」であってほしいよな。ただ、虐げられたインド人たちという構図をわかりやすくするためなのか、イギリス人たちはおおむね悪やったよ。実在したインドの英雄の紹介をエンドロールでしていたし、ちょっとプロバガンダ風味もあった。けれど難しい部分は感じさせない。THEインド映画、って言う感じで押し切ってくるエンタメ作品やったな。やっぱりインド映画は一年に一回は観ておきたいと思ったよ。元気がでる。

 

和:駆け足…。かつてないほどの躍動感で年末を駆け抜けているな…。

昭:周りがバタバタ体調を崩している中…あともう少し。体調に気を付けて頑張っていこう。無事に今年が終われるように…。
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9月の映画部活動報告

昭:はいどうも。当方の心に住む男女キャラ、昭と和(あきらとかず)です。

和:もう12月入ったよ。このペース、大丈夫?

昭:わからん。けれどやらんと先には進まんからな…頑張っていこう。

 

『ブレット・トレイン』

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和:伊坂幸太郎原作の原作小説を、ブラッド・ピット主演で映画化。監督は『デットプール』シリーズなどのデヴィット・リーチ。日本の高速鉄道を舞台に、あるブリーフケースを盗んでくるように依頼された殺し屋のレディ(ブラッド・ピット)。簡単な仕事だったはずが、次々と現れる殺し屋たちと謎の死闘を繰り広げる羽目になって~。

昭:日本って、今の時代でも諸外国にはこういう風に見られているんかなあ。

和:『ブレードランナー』とか『キルビル』みたいな、どことなくオリエンタルなNIPPON像。突拍子もなく差し込まれる竹や着物。当然のように刀を所持。日本人のセンス的に可愛さを感じられないマスコットキャラクター。これって、日本でやる意味あったんかな~?

昭:いやいやいや。さすがに原作が日本を舞台にしているんやから…「とある日本」として割り切るしかないよ。

和:当然割り切って観たよ。そもそも新幹線がでたらめもいい所やったもん。東京発京都行きとか。夜21時出発で朝になっても到着しない、こだまどころか深夜バス以下の速度。あり得ないところで現れた富士山とか。

昭:電車映画の代表格(当方比)『新幹線大爆破』『新感染』『スノーピアサー』たちと比べてしまう。そうなるとどうも…。

和:どういう観方をする作品やったんやろう?おかしな国ジパングでノンストップ高速鉄道(各駅停車)に乗り合わせた殺し屋たち。互いに死闘を繰り広げながら、次第に明かされていく「僕らが旅に出る理由」?

昭:いやいや。それで正解やと思いますよ。

和:なんでも機関車トーマスに例える双子の殺し屋・レモン&タンジェリンが可愛かったな。あの二人を延々観ているだけでも良かったよ。

昭:機関車トーマス好きの当方の妹にこの作品を薦めてみたけれど、「人の命があまりにも軽い」と怒っていたね。

和:怒るな。そういう世界観なんだよ。

昭:とにかく全体的に「思ってたんと違う~」って思ったな。電車映画としても、アクションサスペンスとしても、コメディとしても。いっそアニメならよかったのかも。



『激怒』

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和:企画・監督・脚本:高橋ヨシキ。そして主演が川瀬陽太

昭:最近の日本映画で見ないことがない。いつでも探してしまう。どっかに君の姿を。そんな名脇役川瀬陽太主演、これはしかと目に焼き付けないと。

和:一旦激怒してしまうと見境なく暴力をふるってしまう、ベテラン刑事の深間(川瀬陽太)。かつてはその暴力行為が良好な結果を招いたこともあったが、度重なる不祥事と行き過ぎた暴行で死者をだしたことから海外の治療施設へと送致されてしまった。数年後、治療を終えて帰ってきた馴染みの街はすっかり様相を変えていて。

 

昭:「暴力のない町、富士見町。安心、安全な町、富士見町」。行きつけだった飲み屋も、そこで仲良くしていた仲間も、面倒を見ていた不良たちもいなくなった。その代わり、町内会のメンバーで結成された自警団が「安心安全な町」をスローガンにパトロールを行い、少しでも規律を乱しそうな者を粛清している。一体この街に何が起きたのか?

和:個人的には「暴力は物事を解決しない」と思っている。なので深間刑事の暴力的な衝動や行為について肯定するところは一切ない。でも…きれいごとばっかりじゃあ世の中おさまらないよな。暴力ってわかりやすく人を殴ったりする行為ばかりを示すわけじゃないし。

昭:一見おっかない奴らやごろつき。一般市民からしたら恐怖の対象でできれば消えて欲しい。けれどそいつらにだって各々信念があるし生きざまってもんがある。誰かを大切に思う気持ちだって変わりがない。一個人ってもんを見ずに、人間を善か悪かで分けることの危なっかしさ。「安全な町富士見町」を実現するために町内会のメンバーがとった行為は結局彼らが撲滅せんと願った暴力なわけやし。

和:海外の治療施設で更生プログラムを受けて帰国した深間刑事。すっかり様変わりしてしまった富士見町に戸惑い、徐々にフラストレーションを募らせながらも耐えに耐えるんよな~からの大爆発。結局暴力に対抗するのは暴力。

 

昭:いかにも低予算をにじませる部分もあったけれど、やっぱり役者陣が優秀だし、見せ方が上手い。始めの引きこもり立てこもり事件とかドキドキしたな。

和:久しぶりに泥臭い日本映画を観た感じがしたな。荒い部分もあったけれど概ね満足した作品。

 

『人質 韓国トップスター誘拐事件』

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昭:韓国の俳優、ファン・ジョンミンが記者会見からの帰宅途中何者かに襲撃・拉致された。見知らぬ場所でパイプ椅子に縛り付けられた格好で意識で目覚めたジョンミンは自分が身代金目当てで誘拐されたと知る。しかも相手は最近ソウル市内を震撼させている猟奇殺人事件を起こしている集団だった。人の命をおもちゃのように扱う相手に立ち向かう唯一の武器は、彼の持つ演技力のみ~。韓国のトップスター、ファン・ジョンミンをそのまま本人として起用。映画ではヒーローを演じる彼だけれど、いざ有事に巻き込まれたとなったらどう行動するのか。

和:これ、俳優ファン・ジョンミンがそのまま本人で起用。っていう時点でインパクト勝ちなんよな。

昭:一体誰と勝負しているんだ。

和:なんというか…「そもそもなんで誘拐されるの?」っていうのが消化できなくて…ファン・ジョンミンが悪いことをしているとか、犯罪者集団にとって癇に障る発言をしたとか、何かを目撃したとか、そういうきっかけがなかったやん(見落としていたら申し訳ない)。ただコンビニ寄った後、歩いていたら襲われた、それだけ。あの犯罪者集団ってもともとはバイト女子高生と店長を拉致して身代金を要求したりしていた連中やし…一体どういう層をターゲットにして、そしてそのお金をどう運用している集団やったんやろう。つまりは、あの犯罪者集団の目的がよく分からんかった。

昭:およそ話なんて通じない、そんな犯罪者集団に捕まったファン・ジョンミンが同じく拉致されている女子高生と自身を窮地から救うために必死の演技で攻防!すぐに暴力を振るってくる相手に体を張った演技で対抗。時には「こいつ…裏切るな」と思わせたりなんかもするけれど、やっぱり根底には「ファン・ジョンミンは良いやつ」を崩さない。それでええやないですか!

和:サイコパスで、細身な優男風なのになぜが不死身のリーダー。血気盛んな狂犬とお色気枠の女子。ちょっと足りない下っ端(けれどこいつは最終的にキーマンとなる)。お決まりすぎる構成の犯罪者集団。序列がしっかりしているこいつらの目的は何なのか。どう知り合ったのか、何故行動を共にしているのか、これからの展望は。そこに関しては「観ている者の引き出しで補填しな」で説明しないまなお話だけはどんどん展開していくんよな~。

昭:いやいやいや。会社概要紹介みたいなの、必要としないやろう…偏屈発動させるなよ。

和:つまりは不思議な連中に理不尽に拉致されるより、背景がしっかりした犯罪者集団に思想をもって誘拐された方が本人を起用した意味が生きるんじゃないかと思ったってこと。でもそうなるとファン・ジョンミンにも何かしら誘拐されそうな理由がいるからなあ~。本人起用って難しいね。

昭:難しいのはお前の頭ん中だよ。

 

和:9月といえば、大阪梅田の『テアトル梅田』が9月末日をもって閉館したんよな。

昭:1990年に開館。梅田の茶屋町街、ロフトの地下にある2部屋の小さな映画館。もちろん当方も足しげく通わせていただきました。

和:色んな映画を観たな~。封切が楽しみで初日にわくわくして向かった日。色々しんどくて、たまたま立ち寄って観た作品に救われた日。コロナ禍で座席制限があって入れなかった日。長時間上映で休憩中にロビーで過ごした時。上映時間まであともう少ししかないから、近くにあるマクドで食事したこと。宝塚にある動物霊園のCM、あそこ以外でみたことないけれど今でも頭に残っている。

昭:さみしくて、最終日映画館にお別れにいった。もうこのロビーに座ることもないんやな~と…。

和:しみじみしたけれど。徒歩圏内に『シネリーブル梅田』という同じくテアトル系列の映画館もあるし…本当の事情は知らないけれど、昨今の情勢を鑑みて閉館という流れは悲しいけれど理解はできる。

昭:ピカデリー、ガーデンシネマ。梅田で閉館した映画館たち。当方が子供のころはナビオの近くのパチンコ屋の上にも映画館があった。梅田だけじゃなくどこでも。新しく生まれる映画館がある一方で役割を終える映画館もある…仕方がない。

和:たまたま当方の趣味が映画館での映画鑑賞だから、こういう出来事に感傷的になってしまうけれど。色んな分野で、新陳代謝でこれまであった場所が変わっていってる。映画や音楽や演劇。エンターテイメントだけじゃない。行きつけだったお店やごはんどころ。

昭:まさに推しは推せるときに推せ。ってことなんですかね。自分にとって必要な場所でありモノであり人であるってことは意思表示しないと。ずっと同じ場所に同じ姿で居続けてくれるなんて保障、どこにもないんやなあって。つくづくそう思った秋口やったな。

 

和:センチメンタル上等やけれどあ。このペースでいくと年内に感想文追いつかないよ。もう師走やし。

昭:わかってる。わかってるよ…頑張ろう。


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8月の映画部活動報告

昭:はいどうも。お久しぶりです。当方の心に住む男女キャラ、昭と和(あきらとかず)です。

和:あれ?この映画感想文やめたんちゃうかったん?

昭:やめてない(溜息)やめてないけれど…色々積み重なって、映画感想文を書く余裕がなくなった。でも映画鑑賞は少ないながらも続けているから、書けていない本数だけが増えていく…気になって仕方がないけれどどうしようもなくて…もういっそこのままフェードアウトしようかとも思っていたけれどそれも気持ちが悪いし…。

和:うじうじしていた時にふと浮かんだ折衷案「もういっそ月単位で締めたらいいんじゃない?」。

昭:「観た映画の感想を全て書く」「観た順番を入れ替えない」一つの作品につき一つの感想文を書いていたことを思うともやもやするけれど…そのスタイルを継続するのは現状では難しい。年内まではこれでいこう、そう切り替えていきたいと思います。

和:辛気臭い出だしはこれくらいにして。進めていきましょうか。

 

『ボイリング・ポイント/沸騰』

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昭:一年で最も賑わうクリスマス前の金曜日。ロンドンの人気高級レストランを舞台にした、95分ノンストップワンショット作品。オーナーシェフのアンディを主軸に、曲者揃いのスタッフやひと悶着起きそうな客たち。制作・脚本・監督のフィリップ・バランティー二がレストラン勤務経験者らしく、飲食店あるある(らしい)トラブルが大小同時に同時多発。それらがうねりながらとんでもない場所へと着地していく。

和:なんてせわしないレストランなんだ。騒がしくて、とても高級レストランには見えなかったよ。しかも…コロナ禍を体験した今、あの店の衛生面がひどくずさんに見えた…。主人公アンディが何回も息子とスマホで連絡するシーンが「調理しながらスマホをいじるシェフ」と気になったり。調理中に調味料入れみたいなボトルから水分補給しているのも気持ちが悪かった。なにしろ「触ったあと手を洗っていない」からさ。

昭:素手で料理してたからな。ってそこばっかりじゃないやろう。白人スタッフには愛想よくしているくせに黒人スタッフにはいちゃもんをつける客とか。招かれざるライバルシェフとグルメ評論家のサプライス来店とか。ナッツアレルギーの客とか。

和:ナッツアレルギーに関しては「踏むぞ踏むぞ~」というフラグが立ちまくっていたもんな。一体どこで?という種明かしも「これはどうしようもない」というがっかり感。

昭:スタッフ間のいざこざも盛り沢山。愛されない支配人。働かないジャンキー。まだ新人で不慣れなスタッフ。エトセトラ、エトセトラ。とにかく皆情緒不安定でぎすぎすしていて仲が悪い。飲食店におけるチームワークとはなんぞ?

和:それに関しては、『渡る世間は鬼ばかり』の中華料理店幸楽をだぶらせてみていたな。当てこすりしながら仕事する従業員。正直そんなの聞きたくないよ、こっちは食事しに来てんだから。バックヤードで時間外にやれ。店内で店員たちが大声で喧嘩している店なんてろくなもんじゃないよ。

昭:あれよあれよという間に怒涛の顛末を迎えていた。目が離せなかったし面白かったけれど…若干「盛りすぎかなあ」という感じも否めなかったな。

 

 

キングメーカー 大統領を作った男』

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和:韓国第15代大統領金大中とその選挙参謀・巌昌録をモデルに描いた作品。光の当たる表の存在として民衆の希望となる国会議員、キム・ウンボム(ソル・ギョング)と同じ理想を追いながらもウンボムの影となり暗躍する選挙参謀のソ・チャンデ(イ・ソンギュン)。この国を変えるためには勝たなければならない。どこまでも清廉潔白であろうとするウンボムと彼をのし上がらせるため裏工作に奔走するチャンデ。志は同じだけれど手段が違う。互いに必要不可欠な存在ではあるけれど最終的には混ざり合わない…。

昭:近年の韓国政治モノ映画って本当に面白いよな。史実をサスペンスドラマ仕立てに作り上げる力量。しっかり重厚なのにわかりやすくみやすい。何となくしか知らなかったことが「そういうことだったのか」になる心地よさ。

和:軍事独裁国家から民主的な政権へと移行したい。その想いは同じなのに…「光が強くなれば、影もまた濃くなるものー」影の存在からもう抜け出せなくなってしまった。二人が決別したときの「あのとき 同じ花をみて 美しいといった二人の 心と心が 今はもう通わない」。『あの素晴らしい愛をもう一度』が脳内で流れた瞬間。

昭:最後のシーン…切なかったな。まぶしい…やっぱりどこまでも光と影なんやなと。

和:でも…時の流れは物事のいい所だけを強くするから…老いたときにしみじみ「あの時は楽しかったな」って思うんじゃないかな。間違いなくともに戦った同志やったんやから。

 

『NOPE/ノープ』

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昭:カルフォルニアの山に囲まれた広大な牧場を舞台に起きた、UAP(未確認空中現象)とそれに翻弄される兄妹を描いた作品。ジョーダン・ピール監督。

和:牧場を経営する長男のOJとその妹エメラルド(以降エム)。無口な兄と奔放な妹が牧場で起きている不思議な現象の正体を突き止めようとするが…開けたらびっくり玉手箱。

和:第一印象ではわかりやすい作品やったなと思ったけれど、後から思うと色々深い…人様の考察を読んだら「聖書!」とか「あの映画からの引用云々」とか。よく見てらっさることよ。こちとら「大型バイクときたらAKIRAやりたくなるんやな~」と思ったくらい。

昭:「考えるな、感じろ」でやってますんで。昔のホームドラマ撮影現場で起きた事故のシーンに感じた違和感も「深追いするな」とすぐさま打ち消しちゃったな。

和:ジョーダン・ピール監督がこれまでの作品同様に訴えたかったテーマの一つが『人種差別』なんやと勝手に思っているんやけれど。今回お馴染み黒人キャストだけでなくアジア人キャスティングをしたことでまた違うステージに進んだ気がしたな。

昭:どういうこと?

和:アジア系の少年がホームドラマでちょっと下に見られるキャラクターだったこと。共演していた猿の誕生日パーティの回で、急に凶暴化した猿が共演していた人間たちを襲ったのに、彼だけは襲われなかった。彼もまた『異質なもの』と扱われていた、いわゆる同類だと猿に認識されたから。黒人だけじゃない。アジア系だって、他の人種だって。多種多様な人種が混在する国だと言いながら結局異質だと認識したものを自分より低く、無意識に馬鹿にする者へのメッセージ。お前たちが馬鹿にしている相手にも感情があって、思いもよらないときに爆発するかもしれないんだぞ。

昭:大人になった彼は芸能界とは縁を切っていて、牧場の近くでテーマパークを経営している。もう華やかな世界には興味がない、というそぶりを見せているけれどどこか未練がましいんよな。かつて自分が出演していた件のホームドラマ関連のモノをコレクションしていたり。

和:「これは一体なんだ」そう思って思わず『それ』を見てしまったら終わり。目が合ったら最後、取り込まれてしまう。そこに気づいたOJ。ならば見ることなく対峙すればいい。

昭:OJが馬の調教師だっていう設定が生きているな。相手を得体のしれない化け物として扱うのではなく、生き物だととらえる。そのうえでどうすれは手なずけられるのか、自分のテリトリーから出て行ってもらえるかを考える。見たい、知りたい、そう思ってしまうと相手に飲み込まれる。性質を見極めて受け流す。OJとエムの大捕り物、見ごたえあったな。

和:個人的には、自宅にいて血の雨がドッシャーてたたきつけるっていうシーンに高揚してしまった。ああいうの…好きなんで。

昭:これまでのジョーダン・ピール監督作品の中でもうまくまとまったな~という印象やったな。

 

 

和:めっちゃ駆け足。8月の映画部活動報告かあ…もう11月後半。秋も深まってきてますよ。

昭:そうやなあ。でもずっと気になっていたんよな。感想文が書けないままになっていくの。これまでのスタイルでは難しい、でも備忘録は残しておきたい。やめるときはちゃんとやめる、フェードアウトは嫌やなって思ってた。

和:このスタイルなら頑張れそう?

昭:それはなんとも。でも年末の映画部総括で今年の映画を振り返りたいから、そこまでは頑張りたいとは思っているよ。

和:映画を観ることが重荷になるなんてナンセンス。本来は「映画が好き」。ただそれだけ。年内走り続けたいけれど…体が資本なんでほどほどにしよう。

昭:ということで。月締めスタイルで続けていく所存で、頑張りすぎないように頑張りたいと思います。

 

映画部活動報告「こちらあみ子」

「こちらあみ子」観ました。

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あみ子はちょっと風変わりな女の子。優しいお父さん、一緒に登校してくれるお兄ちゃん、書道教室の先生でお腹には赤ちゃんがいるお母さん、憧れの同級生のり君、沢山の人に見守られながら元気いっぱいに過ごしていた。だが、彼女のあまりに純真無垢な行動は、周囲の人たちを否応なく変えていくことになる。誕生日にもらった電池切れのトランシーバーに話しかけるあみ子。「応答せよ、応答せよ。こちらあみ子」―。

奇妙で滑稽で、でもどこか愛おしい人間たちのありようが生き生きと描かれる。

(映画館配布チラシより引用)

 

今村夏子が2010年に発表したデビュー作「新しい娘」(のちに「こちらあみ子」に改題)。の映画化。監督・脚本森井勇佑。主人公あみ子を新星・大沢一菜。両親を井浦新尾野真千子が演じた。

 

たしか原作は読んだ…けれど、あまり覚えておらず。なので今回映画鑑賞し改めて「こういうお話やったのか」と思ったのと同時に「あみ子に対してどういう印象を持ち、どう対応すればお互いを傷つけないのだろう」と引きずっている当方。

 

「あみ子はちょっと風変わりな女の子」なんてふんわりした言い回しでは収まらない。普通の人たちから見ると異質で馴染まない存在のあみ子。小学校5年生。

基本的に誰にでもずけずけとした言いまわしで会話は一方通行。周囲に合わせる配慮は一切ない。おそらくそういう発想がない。

大好きな同級生のり君を執拗に追い回し、のり君が迷惑そうでもお構いなし。

優しいお父さんとお兄ちゃん。再婚したお母さんはちょっと神経質でぴりぴりしているけけど、今はお腹に赤ちゃんがいて近いうちに弟が生まれる。生まれたらきっとこの家族はひとつになる。

家族や色んな人たちに見守られて、のびのびと暮らしていたあみ子だったけれど…新しい家族が増えるはずたった未来が絶たれたことで、家族の均衡が崩れはじめた。

 

「ああもう一体誰がどう動いたらこんなことにならずにすむんやろう」

終始険しい表情が崩せなかった当方。

 

赤ちゃんを失った痛みから一旦立ち直りかけていたお母さんを打ちのめしてしまったあみ子。お母さんは書道教室や一切の家事…どころか日常生活もできなくなり、自室に引きこもってしまった。

無邪気故の無神経が生んだ暴力はお母さんだけでなく、あみ子と一緒に決定打を打ってしまったのり君をも傷つけ、のり君はあみ子を避けるようになってしまった。

周囲に気を使って円形脱毛症までできていたお兄ちゃんは、家族が崩壊していくさまがいたたまれなくてタバコを吸い始め、夜な夜なバイクを乗り回す集団に混ざるようになり、そして家には帰ってこなくなってしまった。

優しいお父さんは、壊れゆく家族の誰に対しても責めたり非難することなく…ひたすら受け入れようとし受け止められず。家族は崩壊し何年もの月日が流れた。あみ子は中学生になった。

 

相手の言葉や行動のせいで嫌な気持ちになったこと。踏み込んでほしくないテリトリーがあること。集団生活を営む中で往々にして起きるネガティブな感情。けれど感じたことすべてを誰にでも伝えている人などおそらくいない。

どうしても伝えたいと、必死に言葉を尽くす場合がある。だって分かってほしいから。そしてきっと説明すれば分かってくれる相手だから。分かり合いたいから。

けれど。大したことじゃない。ぐっと我慢すればいい。言っても分からない。どうせ伝わらない。そう思って飲み込む場合もある。

 

終盤。お父さんがあみ子に「あの時起きたこと」を絞り出すように告げたあと、ひとり残されたあみ子が「なんであみ子にホンマのこと言ってくれへんかったんやろ(言い回しうろ覚え)」と言ったとき、深いため息が出た当方。

 

「あみ子には言っても伝わらない」そう思ってあみ子と関わることを諦めていた。

一緒にいるとイライラする。言うことを聞かない、行動が突拍子もない、清潔感に欠ける。世間は子供なんてそういうものだとかいうけれど、明らかに逸脱している。幾つになっても変わらない。あみ子は普通の子とは違う。

いつだって会話は一方通行。こちらの話なんて聞いていない。そんなあみ子にきりきり舞いして騒ぐのは疲れる。自分が嫌になる。

 

すでに心身共に疲労困憊だったお母さんは打ちのめされて立ち上がることができなくなった。お兄ちゃんは出ていった。お父さんはお母さんとあみ子に寄り添いながらじわじわ消耗し倒れそうになっている。

あみ子との距離感が絶妙だなと思ったのは、あみ子と同級生の男子。「お前なあ、臭いねん」呼びかけはぎょっとするけれど、決して嫌味たらしくない。交差するかどうかわからないあみ子との会話を諦めずに続ける。さっぱりしている。

「でも。誰もがこの子みたいに関われるわけじゃない」そしてあみ子の周りの人間すべてがこういう関わり方をするのがベストだとは思わない。

 

閑話休題。長らく社会人をしていると、新人指導に関わったり若い人が成長していく姿を見ることがあるんですよ。

歳を重ねるにつれ感じるのは「人間は多くの人が関わって成長する」ということ。

怖い先輩がいる。叱られた自分を慰めてくれる先輩もいる。

新人の頃は慰めてくれる先輩に心を寄せるけれど…実は人を叱るのはすごく勇気がいるということを知るのは随分たってから。

そして。誰かを指導するとき、初めは「自分が全部教えてあげたい」「いい先輩でありたい」と気負うけれど。結局、色んなタイプの人間が関わって人は成長するものだと知る。

 

あみ子の家族は、あみ子を大切な家族だと認識していたからこそ、どう接すれば和やかに過ごせるのかずっと苦しんでいた。

自分が感情をぶつけたらあみ子を傷つけるのではないか。

中学生になったのり君はあみ子が耐えられなくなって爆発した。これはあみ子に関わる人たちが共通してもつ衝動なんだろう。けれどこんな自分が出てしまったら…自己嫌悪で押しつぶされる。

 

「応答せよ。応答せよ。こちらあみ子」

片方しかないおもちゃのトランシーバーに何度も何度も声をかけ続けるあみ子の姿に「それでも…やっぱり…諦めたらあかんと思う」苦しい声を絞り出した当方。

 

最後にお父さんがとった選択。何とも言えない気持ちになったけれど、冷たいとは思わない。確かにあの家族にはいったん休憩が必要だと思うから。

 

時間がかかるだろう。家族がひとつに、なんて都合のよい未来じゃないとも思う。覆水盆に返らず。けれどこの家族なりの落としどころがいつか見つかる。これは願い。

「応答せよ」。来るレスポンスの時まで、あみ子にはいろんな人にもまれて、多くの景色を見て触れて欲しいです。