ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「孤狼の血」

孤狼の血」観ました。
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「これは『アウトレイジ』に対する東映の答えですね」ー古舘伊知郎

 

「最早現代の日本に『ノアール作品(暴力映画)』は存在しない」

当方の属する、たった二人の映画部で。時折語られる、『日本ノアール作品絶滅説』

深作欣二監督亡き後の継承者不在」「アウトレイジは『死に方大喜利』と化した」「園子音監督は?」「冷たい熱帯魚以降のマンネリ感」「敢えて言うなら井筒和幸監督かも…」そして「もうバイオレンス畑は韓国映画に持って行かれる」となっていた昨今。

「ああそうか。白石和彌監督!『日本で一番悪い奴ら』の‼」しかも会社は東映

これは期待できるかなと。胸を膨らませて公開翌日に観に行きました。

 

「冒頭の『東映』ロゴの古さ!ぐっとくるわああ~」まだ何も始まっていないのに。高まる当方。

 

東映』言わずと知れた、任侠映画の老舗。『網走番外地』『仁義なき戦い』『極道の妻たち』どのシリーズも最早伝説。

 

「けれど。これはあくまでも『呉原東署第二課暴力団係の刑事』が主人公。ヤクザの仁義がどうこうという話では無いんよな」

 

昭和63年。広島。架空の都市、呉原東。

広島大学を卒業したエリート、日岡秀一(松坂桃李)。広島県警から配属され、第二課暴力団係:マル暴のベテラン問題刑事大上省吾(役所広司)とコンビを組まされる。

大上。数多の功績を挙げながらも。その手段を選ばない犯罪すれすれな捜査手腕と、余りにも多くの情報を握っている事から、ヤクザも警察も一目置かざるを得ない刑事。

地元を取り仕切る尾谷組とズブズブの関係に見せながら。対立している加古村組にも多少話が出来る。

両者の組はかつて衝突。一般市民を多数巻き添えにした大抗争を起こし。余多の血が流れた挙げ句、加古村組の上層部ヤクザが刺殺され。抗争の結果尾谷組組長が逮捕された。

それから14年。尾谷組は若頭一ノ瀬守孝が取り仕切り。対する加古村組はバックに付く五十子会に守られながら。

両者は一触即発の日々を送っていた。

 

ある日。とある消費者ローンに努める会社員の男が行方不明になった。

数か月後。会社員の妹が呉原東署に捜索届けを提出。その消費者ローン会社が加古村・五十子会の傘下であった事から、ヤクザの仕業だと。大上・日岡は捜査に向かうが。

 

「どっちがヤクザか分かったもんじゃない」という強引スタイルで。ヤクザだろうが何だろうが踏み込んでいく大上。証拠を得る為には暴力、恐喝、放火。何でもあり。

そして「広大」と呼ばれながら。大上に付いていって。「ちょっと!大上さん!」「こんなの駄目ですって」一々正論を言うけれど。結局大上に押し切られる。そうして次第に『大上スタイル』に仕上がっていく日岡。(実は空手の達人)

 

ヤクザ映画あるある。組のメンツ。組の中のヒエラルキー。その誰に顔を立てなければいけない云々。「オヤジ」「お前うちのシマで何さらしとるんじゃ」「どの面下げてうちのシマ歩いとるんや」「お前らの組はお終いじゃ」「全面戦争やぞ」「おどれ。警察ちゃうんか」「警察じゃけえ。なにしてもええんじゃ」「おもろいこと言うちょるな」「今のうちが居るんはガミさんのお蔭じゃあ」「ガミさんが本当に大切にしちゅうは何か分かるか?」「カタギの人間守る為やったら何でもするわ。」「ガミさんにとっちゃあ、ヤクザは捨て駒じゃあ。」あるあるほっとワードのみで構成、展開される世界。

 

つまりはいつでも戦争寸前だった二つの組(プラスもう一つ大きな闇組織)。そこに関わっていたカタギの人間の失踪が起きた事で警察が介入せざるを得なくなる。

それをきっかけに双方の幾つかのトリガーが引かれ。あわや大戦争寸前。しかし、そうなるとまた一般市民が巻き添えを食ってしまう。そこで一番穏便な方法での終結を目指した大上と、その破たん。そして大上の後継者となっていた日岡の取った行動とは~という流れ。

 

「まあ~綺麗何処を集めましたな」革張りの黒いソファーに沈みながら。足を組んで。肘乗せから伸びた腕を…腹の上で…指を組む当方。(目を閉じてご想像下さい)

 

「『渇き』の実践があるから。アウトロー寸前の汚い刑事大上を役所広司。そして徐々に仕上がっていく若手エリート刑事日岡松坂桃李。このキャスティングは間違いない。」

(先日の映画部長と当方のやりとり。「松坂桃李は面白い」「一つ頭突き抜けましたね。『彼女がその名を知らない鳥たち』のクズ、最高でした」「ああいう汚れが出来るって頼もしいよな」)

「尾谷組若頭一ノ瀬に江口洋介って。って言うか一ノ瀬の下の名前『守孝:モリタカ』って。絶対狙ってるよな!だって大上に何で若頭が下の名前で呼ばせてるよ!笑ってもうたやろ!」

その他。クラブママに真木よう子。そしてヤクザサイドに中村倫也竹野内豊石橋蓮司ピエール瀧等々。比較的『驚きもしない綺麗処』集結。

 

この手の作品にありがちな、『スクリーン一杯に広がる俳優の顔。キメ顔とキメセリフ』それが一々決まる。でもそれが少し物足りない。

 

「北野組、園組の面々を概ね省いて行って。(ピエール瀧石橋蓮司は別)そうなると綺麗処になっちゃうんやなあ~」全体的に絵面が綺麗すぎて。のれない当方。

 

國村隼。でんでん。渡辺哲。そして女性陣の活躍はもっと見たかった。そうなるとやはり黒沢あすか姐さん。

「それか。畑違いの起用狙いならばいい加減、中井貴一織田裕二池脇千鶴忽那汐里のヤクザ映画参入はどうだ。」脳内キャスト置き換え遊びが発動する当方。

 

一見アウトロー寸前の不良刑事。しかし彼が本当に守りたかったものとは。そして当初の目的と変わって。次第に『本当のマル暴刑事』に仕上がっていく若手刑事。

 

「そういう話やって事は良く分かった。そして良く出来ていた。そこそこバイオレンスな描写も頑張った。間違いなく及第点。なのに少し食い足りない」

 

「続編?」汚らしい恰好の松坂桃李が、アウトロー寸前の不良刑事をしっかり継承しながら呉原東を闊歩する姿?そんな続編?いらんいらん。(そしてあんな落とし前をつけた日岡が生きておられる訳が無い。そう思う当方)

 

「一体何を観たかったのかと言われたらあれやけれど…おそらくもっとむさ苦しい男男したしたものを欲していたのかと…分かるよねえ?東映さんよ」

 

完全に当方の嗜好の問題。「良いんやけれど…スマートで綺麗すぎる」という理不尽ないちゃもんを付けて。歯切れが悪く終えたいと思います。

 

映画部活動報告「心と体と」

「心と体と」観ました。
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静謐。雪が音もなく降る森。そこにある池のほとりに佇む、オスとメスの鹿。

寄り添い。水を飲み、草を噛み、共に駆ける。

 

そんな夢を共有していた。そう知って惹かれ合う男女。

 

ハンガリー映画イルディコー・エニェディ監督作品。

 

「いやもうこれ。完全にノーマークでしたけれど!『なんか良い…』っていう声に押されて観に行ったら…何これ?ホンマに『なんか良い…』としか言いようが‼」

語彙力が無くて…全然この作品の事を説明出来る気がしません。「もう‼ええから!観に行って!」としか。

 

牛肉食品処理工場が舞台。そこの財務部長エンドレ。管理職であり、実際の精肉現場には殆ど立ち入らない。かつては妻子も居たけれど、離婚して男やもめ。見た目にも枯れ切っている。片手が不自由。

部長室の窓から工場を見下ろしていて、ふと目に入った女性。マーリア。

産休に入ったスタッフの代理として採用された、品質検査官。

透き通るように美しい彼女。硬質な雰囲気を纏う彼女は、無表情で厳格。仕事は確実だけれど融通は一切きかず、とりつくしまもない。当然、直ぐ様職場で浮いてしまったマーリア。

そんなマーリアを気に掛けて、食堂で声を掛けてみたりもしたけれど。噛み合わず。

ある日。工場に保管されていた牛の交尾促進薬が紛失。警察沙汰になり、全職員が精神分析医のカウンセリングを受ける事となった。

そのカウンセリングから、エンドレとマーリアは同じ夢を毎夜共有していたと知る。


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『雪の森で交流する、つがいの鹿』

 

夢の話をきっかけに急接近。次第にそれは好意へと発展するが。

夢の中では自然で居られるのに。現実ではすんなりとはいかなくて…。

 

『生真面目な人』

マーリアを一言で言うと、そうとしか言いようが無い。『こじらせ女子』なんてぬるいぬるい。

驚異的な記憶力を持ち。職場ではコンプライアンス重視。品質検査官として優秀ではあるけれど、その融通の利かなさは他の従業員にとって息苦しさしかない。けれど。

マーリアは決してお高くとまって他者を見下している訳では無い。ただ驚異的に不器用なだけで。

万人と関わりたい訳では無い。愛想良く振舞って仲間を作りたいなんて微塵も思わない。そんな自分に疑問も無かったし、一人でも何とも思っていなかった。なのに。

 

毎夜夢に現れる、そして一緒に居る事で心が満たされる。そんなつがいの鹿。

まさかそれを共有していた人が。こんなに近くに居たなんて。

 

初めて誰かを欲した。けれどどうしたらいいのか分からなくて。

 

「また。枯れた切ったエンドレが久しぶりに恋をしたのに。恋の仕方、忘れた訳じゃ無かったのに。生真面目なマーリアのペースに絡まって。彼もまたどうしていいのか分からなくなってしまう」

 

普通。互いに憎からず思っている男女が一緒に居て。相手の気持ちなんて何となく伝わるし、そうなると自然に寄り添いたい。ややこしい確認とかは飛ばしたい。だって大体分かるじゃないのと。大人ならそう思うじゃないですか。

 

なのに。工場に新しく入ったチャラ男に嫉妬して「これ、私の携帯番号だ」とマーリアにメモを渡しても「携帯電話を持っていません」と真顔で返事され。「ちょっと思い違いをしていたみたいだ」と顔を歪める(内心「バカバカバカ!俺!」ってなるやつ)…なのにマーリア。実は本当に携帯電話を所持していない。

「一緒に寝ませんか」「目覚めて直ぐに夢の話が出来る」そういって自宅にマーリアを呼んだのに。そしてマーリアは来たのに。結局カードゲームをする羽目になる。

 

何故。何故夢の中では、視線を交わしただけで互いの想いが伝わるのに。

 

何もかもやるせなくて震えるエンドレの背後から。そっとその肩に手を置きたい。ただただ無言で一緒に居てやりたい。そう思った当方。

(エンドレ役のゲーザ・モルチャー二。本業はドラマトゥルクや編集者等で全くの演技未経験だったなんて!脱帽!)

 

「でも。マーリアだってエンドレに惹かれている。ただ…彼女のペースっていうものを辛抱強く待ってやらんといかんのやな。」

 

「成人専用のカウンセラーを紹介するって」マーリアの、おそらく小児期からのカウンセラー。マーリアから恋の相談を受け。「専門じゃないから全然分からん」と困惑するけれど。お構いなしに何度も相談をしに訪問してくるマーリアに「取りあえず携帯電話を買ったら」とアドバイス

「この気持ちをどうしたら良いのか分からないから、AVを見たりしている」という真顔のマーリアにも「何それ駄目。音楽とか聴いたりしたら?」と結果的確なアドバイスを提示。そして次第に情緒を深めていくマーリア。

 

このカウンセラーしかり。この作品は、サブキャラクター陣も非常に良かったですね。エンドレの同僚、「この工場の大半の男は俺の妻と寝ているんだ!」奔放な妻の尻に敷かれっぱなしの人事部長。

新しく入ってきたチャラ男。結局「人を見かけで判断するな」というごもっともな教訓を残した彼。(パンフレットで知ったんですが。実生活ではマーリア役のアレクサンドラ・ベルボーイと彼がパートナーなんですね)

実は恋のエキスパート。掃除のおばちゃん。

「何その質問」というエロい精神分析医。堪らん。

 

そして。つがいの鹿。

「鹿に演技は強要出来ないだろうから。ひたすら二頭の鹿を撮り続けたんやろうけれど…(といっても一週間)けれど実際スクリーンに映し出された時の雄弁さ。何も語っていないのに‼鹿たちがこちらに語り掛けてくる」何この鹿映画。

 

兎に角美しい、鹿のシーン。

そして食肉加工工場という、生死の生々しさがシステムチックに昇華される現場。

登場人物の生真面目故のおかしさ、哀しさ、愛おしさ。

 

最後の最後。あのセリフとマーリアの表情で締めた時。

 

「あああ~一から十まで全部好き…好きやわあああ~なんか良い。なんか良いこの作品」

 

体中の空気を抜きつくす。そんな深いため息と共に。映画館の座席に沈んだ当方。


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映画部活動報告「 太陽がいっぱい」

「午前十時の映画祭 太陽がいっぱい」観ました。
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1960年公開。フランス・イタリア合作。パトリシア・ハイスミスの同名小説の映画化。当時24歳のアラン・ドロン主演。『禁じられた遊びルネ・クレマン監督。

 

言わずと知れた名作。とは言えうろ覚えだった当方。

 

「1960年の名作をデジタルリマスターした高画質で。スクリーンで観られる贅沢よ!」

 

GWのお楽しみとばかりに。息せき切って観に行った当方。そして。「ギブミー!ブランケット!」鑑賞後胸を押さえてのたうち回る当方。

 

「何この滴るアラン・ドロンよ」「太陽がいっぱい!」「太陽がいっぱい!」呆ける当方…這う這うの体ですが。これでは話が進みませんので。拙い感想文をシュッとしたためて…今日は早く夢の国に墜ちたいと思います。

 

大金持ちのドラ息子フィリップ(モーリス・ロネ)。その腰ぎんちゃく、トム(アラン・ドロン)。そしてフィリップの婚約者マルジュ(マリー・ラフォレ)。概ねその三人の話。
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フィリップの家族から「アメリカに連れ戻してこい」と報酬をちらつかされ指令を受けた貧しいトム。しかしのらりくりとかわすフィリップ。結局帰らない、気ままなフィリップ。金は入らない、しかしどこにも行く当てのないトムはフィリップから離れられず。

そんなトムを一見友人扱いしながらも、結局馬鹿にしているフィリップ。「上品ぶるのは下品な奴のすることだ」ふざけた挙句の行きずりの女性とは一緒に遊ぶけれど。自分の本気の彼女、マルジェとラブラブな時にはトムを遠ざける。フラストレーションが積のるトム。

 

そして遂にその時がやってきた。

 

フィリップの船で。マルジェとトムの三人の船旅。けれど。

結局はフィリップとマルジェのラブラブ旅行。当てられ。一度はふざけたフィリップに依って漂流しかけ。日焼けによる大やけどで死ぬところだったトム。

「俺を殺したいんだろう?」そんなフィリップの挑発も相まって。

マルジェと喧嘩をするように仕組んで、思い通りマルジェは途中下船。晴れてフィリップと二人になった所でフィリップを殺害するトム。

 

そうしてトムの快進撃が始まる。

 

「おお…防犯カメラと指紋捜査の無い、大らかな時代よ…」

 

思わずそう震えてしまったくらいの…よく言えば大胆な。はっきり言えば雑なトムの行動。

 

つまりは「フィリップに成りすまし全財産をむしり取ってから、尚且つフィリップの彼女マルジェも頂く」というトムのミッション・イン・ポッシブル。そして自爆劇。

 

しかもその切り札は『フィリップの直筆サインを模写出来る』それだけ。

 

パスポートもただ自身の写真と張り替えただけ。「どうしよう…喧嘩してからフィリップと連絡が取れないの」と気落ちするマルジュにはタイプした手紙を配送。手紙の最後にはフィリップの(模写した)サインがあるから大丈夫。

銀行はサインとパスポートさえあれば金を下ろしてくれる。

 

しかも。途中フィリップの家族と鉢合わせになるピンチにも。そしてフィリップの友人が滞在先のホテルに襲撃してきても。何とかかわす、アラン・ドロン無双。

 

まさかの危険を幾多もひらりマントでやり過ごして。何もかも手に入れる。フィリップの恋人、マルジェすらも。

 

「幸せだ。太陽がいっぱいだ」そこからの。

 

「こういう話やったのかあああああ」もんどりうつ当方。

 

「さよなら。さよなら」さよならおじさん、淀川長治先生が「これはゲイ・セクシャルの話だ」と言った。その逸話。

 

浅瀬に住む当方が何を言うことも。ましてや1960年の作品に。そう思うと気が引けますが。

ただ。真っすぐに思った事を書きます。

 

金持ちの息子、フィリップの甘さ。恐らく20代の彼の。当時の社会背景なんて知ったこっちゃないですが。

 

恐らく自分はこうやって遊んで暮らしていても許される。暫くは。お金があるから。

けれど自分には可愛い彼女が居る。愛している。彼女は自分を求めているし、自分も彼女を逃したくない。彼女はいずれ生涯の伴侶になる。けれど。

自由でいたい。まだ自由でいたい。

そんな時。いやがおうにも目に入る、自分の腰ぎんちゃく。貧乏人トム。

どうせプライドなんて無い。金の為には何でもするトム。ポリシーなんてない。いいよなあいつ。あいつは自由だぞ…でもあいつの自由なんて、金次第。

そうやって侍らせる。一緒に遊ぶのは構わない。けれど。大切にしているマルジュと親密な時はトムは邪魔。(フィリップとマルジェがいちゃついている時。隣室でフィリップの洋服を着て一人遊びしていたトムを見つけて叱るフィリップ、鞭片手でしたよ)

 

けれど。トムに自意識が無い訳が無い。

フィリップとは友達。一緒につるんで楽しい友達。そう言い切りたいけれど。

 

哀しいかな、トムは自覚している。この友情がフラットな関係ではない事を。

 

「上品ぶるのは下品な奴のする事だ」「お前のナイフの持ち方、違うぞ」フィリップと対等だと錯覚すると、すかさずマウントを取って来る。「お前は俺の腰ぎんちゃくだぞ」自覚させられる。その積み重ね。静かに重なるフラストレーション。

 

そして。フィリップ自身からの「俺を殺したいと思っっているだろう」。「これがおれのサインだ」。

 

それはつまり。ピーターパン症候群を有するフィリップからトムへの委託殺人。(フィリップからしたら冗談半分)

トムはそれを大真面目に遂行したのだと。

極端な話、そう解釈した当方。

 

じゃないと。終始トムがフィリップに固辞した理由が分からない。だって。正直「二人で船旅を続行していたら海に落ちました」でも良いじゃないですか。二人きりの空間で。他人は殺人すら立証できないのに。後のお金絡みさえ何とか上手くやれば。

けれど。あくまでもフィリップが生きている呈で。ちまちま金を下ろしたり。マルジュに手紙書いたり。そうやってゆっくりフィリップを殺していく。

 

トムは馬鹿ではない。なのに。

 

「俺が憎いんだろう?」そう言ってニヤニヤ笑ってくるフィリップに。馬鹿にするなと刃を向ける。けれど自身の足元に横たわるフィリップを大海原に捨てられないトム。

 

愛憎。そういう言葉で片づけて良いのか。兎に角フィリップがやるべき後片付けをしてから、自身の幸せを手に入れようとするトム。。けれどその時間は余りにも短すぎて。

 

「確かにフィリップが好きやったんやろうな。でもそれは…当方はあくまでも同性同士の友情にとどまった様に見えた」

 

身分の違い。そこから生まれる愛憎。けれど。『お前のやりたかった人生』を自身と照らし合わせながらなぞる。そんな弔い。出来るかと。

 

1960年の古さと、古びれなさよ。ひとまずはそれをスクリーンで拝めた有難さと。胸の痛みを抑えながら。のたうち回る当方です。


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映画部活動報告「サバービコン 仮面を被った街」

「サバービコン 仮面を被った街」観ました。
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ジョージ・クルー二ー監督・共同脚本+コーエン兄弟脚本作品。

主演、マット・デイモンジュリアン・ムーア

1950年代のアメリカで起きた人種差別暴動をモチーフとして。

 

『アメリカンドリームの街、サバ―ビコン』郊外の。インフラも整備され、人々も大らかで暮らしやすい。そんなうたい文句の街。しかしそれは『白人の街』だった。

そんなサバ―ビコンに、黒人一家が引っ越してきた。街の住民達は動揺、嫌悪感が抑えられず…。

それなりに地位のある職に就いているガードナー(マット・デイモン)、足の不自由なローズ(ジュリアン・ムーア/2役)、一人息子のニッキー。3人で暮らすロッジ家。

ローズの双子の姉マーガレット(ジュリアン・ムーア)はしょっちゅう自宅に一緒に居て。何てことない、平凡な一家…だった。例の黒人一家が隣りに越してくるまでは。

 

隣家に対する、住民達の刺さるような視線を感じる中。母親ローズだけはニッキーに「お隣の子と仲良くしなさい」と勧め。丁度同じくらいの年頃の息子とキャッチボールを始め、友情を深めていくニッキー。

 

しかしある夜。ニッキーの日常は食い破られる。

 

深夜。押し入った強盗にロッジ家一同が襲われ。ローズが命を失ってしまう。

 

残されたガードナー。ローズの姉マーガレット。ニッキー。三人での暮らしが始まるが。

 

まあ…はっきり言うとガードナーとマーガレットがデキていて、邪魔者ローズを街のゴロツキに委託殺人をしてもらった、という話。

そうして手に入れた新生活に正直ウキウキしている二人。特にマーガレットに至っては、元からロッジ家に入りびたりだったけれどすっかりローズのポジションに収まり。髪の毛もローズと同じ金髪にして、明るい色の洋服で着飾って。新婚気取り。

 

けれど。そんな大人二人の姿を終始怪訝な顔で見ているニッキー。

 

強盗が押しいった時、彼らの顔をしっかり見ていたニッキー。後日警察で面通しに呼ばれた時。間違いなく犯人がその中に居たのに「知らない」と言い切った父親と叔母。

明らかに浮ついてラブラブな二人。

 

父親と叔母に対する不信感をニッキーが募らせて行く中。同じくサバ―・ビコンの住民達は「あいつら(黒人一家)が越してきてから治安が悪くなった」とロッジ家の強盗殺人事件に絡めた見解を下し。

「この街にニガーは要らない」「出ていけ」日に日に住民達の嫌悪感は剥き出しになっていって。暴動へと発展していく。

 

「何か…中途半端やなあ~」

鑑賞後。腑に墜ちなくて。何回も溜息を付いた当方。

まあ。歯切れが悪くぼそぼそ書いていきますが。

 

ジュリアン・ムーアがいい加減こういう『若奥さんに収まる』という年齢じゃない、という事は…とやかく言わんようと思うんやけれど…(次第に小声)」

ジュリアン・ムーア57歳。まあ日本でも、いつまでも『幼い子供を持つお母さん役』の女優さんっていますけれど。いますけれど…)

 

ジョージ・クルー二―の監督としての手腕、それを見抜く力なんて大それたもの、勿論当方にはありません。ありませんが…でも演出の妙って奴、感じなかったですね。

そしてそもそも脚本事体が変。

 

コーエン兄弟の作品全てを知る訳ではありませんが。『何だか奇妙で変わっている』ファンの多い脚本家。そこに今回ジョージ・クルーニーも共同執筆したと。

 

これを言っては話にならないのは分かっていますが。「何故委託殺人の時点でニッキーも殺さなかったのか」

「いやいやいや。彼らは妻のローズが邪魔だっただけで、子供憎しというタイプでは無かったですよ!」分かりますけれど…二人の新生活の相当な足かせになっていたじゃないですか。

「それなら何故、強盗に襲われた時寝ていたニッキーも叩き起こして同席させたんですか?あれ、相当リスキーやし意味無くないですか」

本当にそれ。理解出来ない。ニッキーが子供っていっても、何も分からない程幼い訳じゃ無いし、実際に犯人の顔を覚えていた。「あくまでも一家全員が襲われ、そして不幸にもローズのみが命を落とした」という演出の為?別にニッキー寝ていても良いじゃないですか。大人三人で談笑でもしていた時に強盗に押し入られた、という事で。

 

そして。折角(という言い方はアレですが)黒人家族に対する人種差別暴動という題材を扱っているのに。ロッジ家の、渦中に置かれた隣家に対しての関心が無さ過ぎる。

まあ、自宅の騒ぎの方が大変だという事も分かるし、もしこの問題をクローズアップしたら話の焦点がどんどんズレて違う作品になってしまうのも分かる。

『隣合わせの二家族に。同時期に起きていたとんでもない事件』という対比をしたかったのも分かる。分かるけれど…何だか上手くいってない。

 

そして。話のテンポやどこか間抜けな大人たちのキャラクター設定。コミカルでブラック。そんな雰囲気に薄っすら『ウェス・アンダーソン作品』っぽさを感じた当方。

(あの。病的なまでに整った絵面と独特のテンポ。不器用なキャラクター達が織りなす不気味でキュートな世界観。注:褒めています)

似ている。けれどあそこまでビシッと世界観が決まらない。何だか全てが中途半端。

 

散々文句を言いましたが。個人的にはマット・デイモン演じるガードナー、良かったです。

マーガレットとデキて妻を殺す。そうして手に入れた生活。けれど委託したゴロツキに払う金など無い。案の定ゴロツキ達に追い回され。

妻の保険金を目当てにしていたのに。保険会社はなかなか金をくれない。それどころか保険担当者は厄介な事を言い出した。

妻が居なくなってから、子供も邪魔になってきた。

もう、何もかもが嫌。

一つ無茶をしたことで、次々足元を掬われて。そうなるともうやけっぱち。

墜ちていくガードナー。堪らん。

(後、ニッキーに「寄宿学校に入れ」と自室で命令していたガードナーの背後に写っていた水槽。その中にあったモチーフ?空気を送るやつ?宇宙飛行士のフィギュア?あれ、何なんですか。地味に気になって釘付けでしたけれど…)

 

突っ込みまくっていた1時間45分。そう思うと意外と楽しんでいたんだなとも思いますが。

 

ところで。この作品はその日のスケジュール上、あまり普段行かない映画館で鑑賞したのですが。

「何故。当方の隣に座るカップル(推定20代)のカップルは終始いちゃついている⁈この作品ってそういうムードになる要素一切無い気がするのに‼そして一体?一体どちらがこの作品を観ようと思ったのか??」

 

「この二人、何かおかしい」

 

劇場ポスターのキャッチコピーを、何回も脳内で繰り返した当方。

 

映画部活動報告「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」

アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」観ました。
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1994年。アメリカ。リレハンメルオリンピック選考会直前に起きた『ナンシー・ケリガン襲撃事件』。

オリンピック有力選手、フィギュアスケーターナンシー・ケリガンが何者かに依って膝を強打され重傷を負った。

犯人は男性。しかしそのバックには、ナンシーのライバル、トーニャ・ハーディングの姿があった。

 

1970年に産まれ、幼少期からフィギュアスケートを初め。アメリカ人女性で初めてトリプルアクセルを飛んだ。(史上二人目。一人目は伊藤みどり)1992年アルベールヒル、1994年リレハンメルオリンピックに出場。経歴だけ並べたら華々しいけれど…類を見ないお騒がせ選手。

 

「懐かしい…」

 

今では独居生活の当方ですが。

実家時代、当方の家族は揃って(全方位)スポーツ観戦好き。オリンピックから高校野球からサッカーからWBCから世界卓球から…勿論フィギア競技も。兎に角該当シーズンになるとテレビに釘付け。

反して、そんな家族から「非国民!」と非難されるほどスポーツ全般に興味が無い当方。現在では当方の生活に『スポーツ』という分野は全く存在しなくなりましたが(もうここ2年位、テレビ番組事体見なくなりました)

昔は散々お茶の間で見させられました。

となると当然、上の空でぼんやりテレビを見ていただけなのですが…そんな当方ですら覚えている、『1990年代初頭の女子フィギアスケートの大波乱』。

 

流石に2000年代の荒川静香浅田真央安藤美姫、キムヨナその他の選手もニュース報道程度には知っていますが。それでも「一番高く飛んでいたのは伊藤みどりだ」と思っている当方。

 

こんな事を言うと叱られますが…どうしても『白人で金髪のたおやかな女子が似合う競技』感が特に強かった、そんな気がする1990年代までの女子フィギアスケート。なのに。

遂に女子でもトリプルアクセルを飛ぶ選手(伊藤みどり)が現れた。そして黒人バク転選手、ボナリー。二人目のトリプルアクセル成功者、ハーディング。

可憐な氷の妖精の集まりが、次第に猛々しい様相を呈していった。子供だった当方のぼんやりとした印象。

そんな中でもひときわ印象的だった、ハーディング。確かな実力者でありながら。何故こんなに荒々しいのか。憎たらしいのか。ぼんやり見ていた当方にはよく分かりませんでしたが。

 

まさかの。25年も経った今。「そういう事やったのか」という答え合わせ。

 

所謂『ホワイト下層(貧困層)』出身。鬼ババアなんて言葉では言い表せない、きっつい母親。笑えない虐待。それが常態化していた事から生じた「愛する者からの暴力は当たり前」という悲しい刷り込み。初めての彼氏とそのまま結婚。大好きだった時もあったけれど…結局はずるずると腐れ縁。DV上等。そして夫は後の襲撃事件でもクロ判定。

 

「そういう事やったのか…」溜息を付くけれど。けれど。

 

「この作品の良い所の一つは、そんなハーディングの半生を湿っぽくは描かなかった事だ」そう思う当方。

 

家が貧しい。母親が鬼ババア。DV彼氏。全て最悪やけれど…あくまでもこれはリアルの人物の背景なのだから。その当人以外が「可哀想」等ど言ってはいけない

そして。「最悪だったわ」とは言っても。そこから飛躍的な伸びを見せたハーディングの負けん気。力強さ。ならば寧ろコミカルに。テンポ良く展開していく作風、嫌いじゃない。寧ろ好き。

 

そして「役者のリアリティよ」。

ハーディングを演じたマーゴット・ロビー。1980~1990年代のだっさいファッションを始め…あの1990年代の女子フィギア選手達の体型(=むっちり)すらも体作りしてきたような…もうハーディングそのものにしか見えなかった。

母親からの呪縛から逃れる為なのに、結局同じカテゴリー(DV)の彼氏に付いて行く。度重なる彼氏からの暴力と接見禁止、なのにまたヨリを戻す、の繰り返し。THEメンヘラカップル。

そしてハーディングの夫、ジェフとジェフの友人ショーン。最後のエンドロールで。「めっちゃ再現度高かったんやなあ~」と当方が感心した二人。

 

まあでも。一番印象的だったのはやはり『鬼ババア』ことハーディングの母親、ラヴォナを演じたアリソン・ジャネイでした。
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まだ子供だったハーディングをスケート教室に入会。フィギアなんて富裕層のお遊びでしかない中で。「他のガキと喋るな」「私の金で滑らせているんだ」「トイレなんか行ってる暇はない、滑れ」タバコとポケットウイスキー片手に下品な態度でゲキを飛ばし。当然周りの保護者からは眉を顰められるけれど。お構いなし。

ハーディングが大人になってもその調子。基本鞭しかない教育スタイル。

 

この作品は終始インタビュー形式を取っていて。主人公であるハーディング。元夫のジェフ。その他ジェフの友人やハーディングのスケートコーチなどが入れ代わり立ち代わり話を進行させていく。そんな中で一切のブレを見せない、異端の母親、ラヴォナ。

 

「とは言え実の娘な訳やし、ちょっとは愛情を見せても…」100歩譲って「これが彼女なりの…」という片鱗も見せて…いたような気もしましたが。概ね最悪。

最終『ナンシー・ケリガン襲撃事件』の首謀者ではないかと追い回された時の再会シーンなんて、酷すぎて…何だか笑ってしまいましたよ!!

スケートリンクですらタバコを吸っていたラヴォナ。肩に鳥を載せるといった『ビルマの竪琴:水島』面白スタイルでインタビューを受ける老年期の彼女に「やっぱり。タバコの吸い過ぎなんだよ」と思った当方。因みに…当方のカン違いであって欲しいいんですが…あの老年期のラヴォナ、インタビュー中にタバコ吸ってませんでしたよね?在宅酸素患者にタバコは厳禁。だって、酸素ボンベの真横で火気発生したら…大爆発しますよ!!注⦆実例報告あり)

 

役者達の渾身の再現力。そして軽快に進む構成。盛り上げる音楽。

加えて、ハーディングのスケートシーンの再現率も良かった。当然CGも使っているんでしょうけれど。マーゴットの努力。全然違和感無し。

 

「そうか。これはこういう話だったのか」当時の事を少ししか覚えていない当方ですら、答え合わせの妙に一つ一つ頷いてしまった。そんな不思議な作品。

 

因みに。ハーディングのその後は全く知りませんでしたので「ああなんか。それ以上はいかないで」思わず呟いた当方。

 

「私は今、良い母親をやってるわ」その言葉を信じたいです。

 

映画部活動報告「ジュマンジ ウェルカム・トウ・ジャングル」

ジュマンジ ウェルカム・トウ・ジャングル」観ました。
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1995年公開『ジュマンジ』の続編。

 

1996年。とある男子高校生が失踪した。彼について知る人はあまりおらず。

彼が失踪直前に友人が海辺で拾ったボードゲームを贈られた事も。

ある日突然息子を失った父親は心身共にふさぎ込み。そして彼の家は街の皆から『お化け屋敷』と呼ばれるまでに寂れていった。

 

20年後。2016年。

イケてない男子高校生スペンサー。都合の良い時だけスペンサーの友達気取りのフリッジ。頭は良いけれど卑屈な女子高生マーサ。いつも彼氏を切らさない、きらきら女子ベサニー。

同じ高校に通う4人。同じ学年で互いに顔くらいは知っているけれど。さして付き合いがある訳でも無い。そんな4人は各々の問題で放課後校長室にお説教を受ける羽目になって。挙句揃って地下室の掃除を命じられる。
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嫌々地下室に向かったけれど。全くやる気など起きない面々。そこで彼らは古いテレビゲーム『ジュマンジ』を見つけてしまう。

「ちょっとやろうぜ」そうして各自ゲーム内のアバターを決定。スタートボタンを押した途端…ゲームの世界へと飛び込んでしまった。

 


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「普段はイケてない男子高校生が…ゲームの中ではドウェイン・ジョンソンに?」そんな香ばしい設定。「何で俺がこんなへなちょこキャラに?」「何この美人?!」「何で私がデブ親父‼!」楽しい予感しかしない予告編。これは観なければと。そう思って早一か月弱。

日本公開は2018年4月6日でしたが。何故だか全然当方のスケジュールと合致せず。(「飲み過ぎて気分が悪い(おかしなテンションで過ごした昨日に対する嫌悪感)」「タイムスケジュール見間違えた!」等々)

「これは…下手したら見逃すぞ‼」戦々恐々としていましたが。先日の大型連休で。やっと観る事が出来ました。

感想としては「これ、面白い」「見逃し?ありえん」ホクホクの笑顔で映画館を後にした当方。

まあ~。終始楽しかったですね。映画館で本当に声を出して笑ってしまいましたし、最後は案の定胸がぐっと締められました。

 

ジュマンジ』というゲームの概要は『ヴァン・ペルトという悪役がジャングルの中にあるジャガー像に埋められた宝石を盗んだ。実はその宝石はジュマンジの守り神であって、奪われた今ジュマンジの平和は破られた。ヴァン・ペルトは宝石の力に依ってジャングルに住む数多の動物をコントロールする力を有している。彼から宝石を取り戻し、ジャガー像に埋め込んでくれ‼ジュマンジの明日は君に掛かっている!!』というもの。

 

主人公の選んだアバター、冒険家のストーン博士(ドウェイン・ジョンソン)がゲームの主人公。博士の弟子、動物学者のフィンバー(ケビン・ハート)。ダンス格闘技の達人ルビー(カレン・ギラン)。そして誰もが愛さずに居れなかった地図学者オベロン教授(ジャック・ブラック)途中から参加するパイロット、シープレーン(ニック・ジョナス)。誰もがきっちりキャラが立っていて。

 

「見た目はゴリゴリのマッチョなのに。この腰の引け具合。THE童貞」「こんなにキュートで抜群のスタイルなのに。どこか卑屈で自信が無くて。美人の持ち腐れ」「リアル界では正にリア充なのに。よわっちょろいキャラクターになってしまった…でもあんたはそれがお似合いですよ」高校生パートの性格をきちんと踏まえて演じている。

 

そしてぶっちぎりの存在感を放った「あんた完全に女子高生にしか見えないよ!」という奇跡を産み出したオベロン教授。
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「ダイナマイトボディって!デブの中年じゃないの‼」悲鳴を上げた初めから。確かに見た目はそうだけれど。メンタルは完全に女子。しかもキラキラ系。

『自分が可愛いと知っていて。そんな自分をいつでも自撮り。インスタに上げて。スマートフォンを片時も離さず。彼氏は欠かさず…でも最近彼氏と別れてしまって』女子高生時代のベサリーには微塵も心を動かされなかったのに。

オベロン教授になってからのベサリーには、キュンキュンしすぎて…「こういう天真爛漫さ。自分の気持ちに正直な所」「別に自分だけが可愛い訳じゃない。ちゃんと周りも愛している」「恋する乙女は可愛い」「…もう駄目!好きになってまう!」畜生!ベサリーの奴!とんだハート泥棒ですよ!

 

ゲーム自体はシンプル。例の宝石をジャガー像に戻す。その為に『渡された地図の破れた部分を探すために街に行け』というのが初めのミッション。

ゲームの中には常に彼らの存在を知ってバイクで追い回してくるヴァン・ペルトの手下。ジャングルの冒険+対戦。

そうして「俺たちが必要としていたのは紙じゃない!無くしたパーツとは君の事だ!」パイロットシープレーンの参戦。するとシープレーンが次のミッションを教えてくれる。

そうやって上手く数珠繋ぎになって話が進んでいく。

 

又、各キャラクターの特性や弱点が余す事無く発揮され。「地図学者の私にだけこの地図が読めるのね!」「キメ顔」「ケーキが弱点」「ダンス格闘技って」「ジャングルで蚊がアウトって…厳しいなあ」エトセトラ。エトセトラ。きちんと見せ場が回ってくる。

 

そして『ライフ三回』ルール。

腕に記された三本線。ゲーム内で死んだら…復活できるけれど棒線が一本減る。

ゲーム内で死んでも復活が出来る…けれどもし三回目に死んだら?その死はゲームの中だけ?もう二度と現実世界にも戻れないのでは?

 

何だかだらだらと書いて纏まりが無くなってきましたので。そろそろ終わろうかと思いますが。

 

この作品は、『高校生4人がゲームに吸い込まれた!』『普段の自分とは乖離したキャラクターでの大冒険!』というシンプルな取っ掛かりから、『友達ってなんだ』『互いを信じて動くとは』という♪青春~それは~(線香の青雲のCM調でお願いします)という青々しいテーマ。そして『ベサリー最高!ソー・キュート!』というベサリー無双。

そして散々良い所無しだったあのキャラクターの、最後の「現実ではライフは一つだぞ」の決まりっぷり。

 

ゲームの最後は「ここまでを盛りに盛って膨らましていたからか…ちょっと駆け足感が否めないな」と思いましたが。

 

兎に角終始余計な事なんて考える暇なんて無い。ワクワクが止まらない。てんこ盛りの作品。

 

ゲームの旅を終えた高校生たちの印象が、作品の冒頭とは全く違う。そしてベサリーとあの人の。切なくてまさかの涙…でも静かに深く頷いた当方。

 

想像以上の良作。これを見逃すのは本当に愚。次回作にも期待が膨らむ当方。

 

先ずは前作の1995年版をきちんと見返そうと思います。
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映画部活動報告「ザ・スクエア 思いやりの聖域 」

ザ・スクエア 思いやりの聖域」観ました。
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第70回カンヌ国際映画祭パルムドール作品。

『フレンチアルプスで起きたこと』の記憶も新しい、リューベン・オストルンド監督作品のスウェーデン映画。

 

とある有名美術館。そこのキュレーター(責任者)クリスティアン

順風満帆の人生であった彼が。思いもよらない所からボロボロと足元をすくわれていく。その様を描いた作品。

 

今回は、当方の心に住む男女ペア、昭(あきら)と和(かず)に感想を述べて頂きたいと思います。

 

和)いや~。厭味ったらしい映画やったわあ~。ぞくぞくした!

昭)ぞくぞく…というかぞっとしたよ!ホンマに…。全く。こんな「インテリ!自爆しろ!」みたいな作品にパルムドール贈っちゃうヨーロッパ人のイケズさよ。

和)リューベン・オストルンド監督。前作の『フレンチアルプスで起きたこと』でもそうやったけれど。男のプライドをズタズタにさせるとピカ一やね。
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昭)家族のスキー旅行で訪れたフレンチアルプス。そこでランチの時に起きた雪崩。とっさに妻子を放って逃げてしまった夫。その後どんなに取り繕ってももう溝は埋められなくて…って。あれも一見コミカルやけれど、いたたまれなかったよ!

 

和)(無視)今作の主人公、クリスティアン。2017年4月日本公開された『メットガラ ドレスを纏った美術館』ってドキュメント映画、あったじゃないですか。あの時出ていたキュレーター、アンドリュー。
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彼を思い出して仕方無かった(うっとり)…あのインテリお洒落眼鏡キュレーター。正直、脳内で何回自動置き換え装置が発動したか。

昭)うわきた。『眼鏡インテリ殺人鬼』インテリで一見スノッブな眼鏡に赤子の手を捻るがごとく心を持って行かれる女子。常套句は「一番好きな眼鏡男子は『ピンポンのスマイル(ARATA)』です」

 

和)(無視)離婚して今は独身。お洒落でシンプル、ハイソなマンションで一人暮らし。職業は有名美術館のキュレーターという…地位も名誉も金銭的にも満ち足りた生活。決まった恋人は居なくても、時々近寄って来る女性をつまみ食いして。

昭)羨ましいことよのう!

和)羨ましいことよのう…でもそんな高みに居た彼が。どんどん引きずり下ろされていくんですよ。そこに全方位救いなんて無し。

 

昭)このペースでいったら核心に触れる気がしないから進めて良いかな。タイトルにもなっているインスタレーションザ・スクエア』がやっぱり、この作品の全てを象徴していたと思ったな。

和)馬鹿!早漏!お前に情緒なんて無し!外堀から埋めていく感じ、真綿で首絞めの面白さの分からん奴!

昭)下品な言葉使い。傷付くわあ~。

和)「ザ・スクエアは思いやりの聖地です」「世の中をより良くするための展示作品」「この枠内では誰もが平等で、助け合うのが基本です」クリスティアンはそう言ってインスタレーションを説明するけれど。所詮自分が世間に発信しているのは絵空事。現実はそんな綺麗ごとでは済まない。それをクリスティアン自らが体現してしまう。果たして人間は「正義か」「悪か」。「本音」か「建前」か。

昭)世間にはインテリでスノッブな人間に見せて。けれどその実、スマートフォンが盗まれたらGPSで検索して該当アパート全戸に「お前の盗んだスマホを返せ」という脅迫状を投函する。女性記者と寝て、やり逃げしようとする。あまつさえ、展示作品の非常事態に対しても…。

和)分からなくはないけれど。全てが『スマート』とはかけ離れていた。しかも、それらを余す事無く拾い上げてクリスティアンの窮地へと追い込んでいくあたり。監督の意地悪さ炸裂。

昭)けれど…クリスティアンの落ち度とは言いにくかった『展示作品予告CM』。

和)監督責任なんやろうけれど。あれ嫌やったわああ~。『炎上商法上等!』ってホンマ品が無いし…あのCM人間性のモラルが問われるし。美術館とかの文化機関は絶対やってはいけない内容。「とはいえ表現の自由という観点からは~」なんて作中では言ってましたけれど!笑止!そもそもインスタレーションの作者から訴えられる案件!

昭)そして『猿人間』。

和)あの出し物、クリスティアンのGOが出ての事やったんですか?あの猿人間と打ち合わせとかしてなかったんですか?あれ、元々は何をしたかったんですか?

昭)何にしろ。会場の緊張感が半端なかった。気まずい…俺ならあの場に居た事自体を人生から抹消したくなるよ。

 

和)『ザ・スクエア』の精神。平等で思いやりに溢れた場所。此処では人々は助け合う。それは果たして美術館の中のただの正方形の中にしかないのか。

昭)地位と名誉。社会と自分。そして倫理観。それらを天秤にかけた時。果たして『ザ・スクエア』は自身のどこに存在するのか。そもそも存在するのか。見せかけで無い。本当の『ザ・スクエア』は。

和)最終。自身の『ザ・スクエア』に踏み込んでいくクリスティアンの、満身創痍な姿。

けれど。インスタレーションでは無い。クリストファンが本当の『ザ・スクエア』に真剣に向き合うにはどれだけの犠牲を払って裸にならなければならなかったのか。

 

昭)ただ。そこに至るまでの道は余りにも多かったし長かった様な気がしたけれどね。

 

映画館のエントランス。作品のポスターや記事が展示されているスペースで。設置されていた『思いやりの聖域』。

「このスペースに財布と携帯電話を置いて、作品をご鑑賞下さい。ただし、当館は責任は持ちません」(言い回しうろ覚え)

 

「怖ええええ。」やっぱり当方には聖域は踏み込めないと実感。

そして。実際にそこに貴重品が置かれた時の映画館側の緊張感を思うと、心底震えた当方。