ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「きみの鳥はうたえる」

きみの鳥はうたえる」観ました。
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函館出身作家、佐藤泰志の同名小説の映画化。三宅唱監督作品。

『僕』を柄本佑。僕の友人『静雄』を染谷将太。二人の間を揺れ動く『佐知子』を石橋静河が演じた。

 

「20代の夏。僕と静雄と佐知子の三人で過ごしたあの夏。ずっとこの夏が終わらない様な、そんな気がしていた。」

 

函館。とある書店で働く僕と、現在失業中の静雄。昔アイスクリームの工場で一緒に働いていたよしみで今でも友達。そして「家賃が浮かせられるから」と二人で同居生活。

深く干渉しない。そんな互いの距離感が心地よくて。毎日二人で朝まで夜通し飲んで。そして仕事は適当にこなす日々。

「しっかりしろよ」「お前本当にいい加減な奴だな」度重なる遅刻、無断欠勤。書店の同僚にはねちねち小言を言われるけれど。いつも適当にあしらってきた。

ある日。同じく同僚の佐知子とふとしたことから関係を持った僕。それから佐和子は僕と静雄のアパートに毎日入りびたるようになる。

三人で毎晩酒を飲み。家だけではなく、クラブだビリヤードだと街に繰り出す日々。

楽しくて。けれどいつまでもそんな日々は続かなくて…。

 

「何これ。傑作やないか。」(震え声)

 

20代。若くて。毎日気の合う仲間と夜通し飲み歩いた。ただただ一緒に居ると楽しくて。おかしくて。何も言わなくても分かり合える。そんな。幸せな日々。

 

そんなの。いつまでも続かない。

 

「でも。そんなの誰もが分かっているんよな。観ている側も。そして作品世界に生きる三人も。だからこそ、この奇跡の時間が愛おしくて。」

 

三人の登場人物の中で。『僕』を語り手にした妙。なぜならば、彼は空洞だから。

 

書店の店長と付き合っているらしい佐和子。かつては同じ工場で働いていたけれど、今はフリーターの静雄。

彼等を主体に物語を語らせると、彼等の背景が前面に出てしまって物語の純度が下がってしまう。

歳を取った当方としては寧ろ、「静雄のお母さんは一体どういう状態なんだ…」とか「アパートで静雄の作業している机に立っている『原発反対』みたいな本はなんだ。静雄の思想的な?」とか「店長‼(声にならない声。くたびれ切った中年、萩原聖人の色気!)」とか。気になって仕方無かったですけれども…そこには話が深まらない。

 

物事に対して、正面から向き合わなければならない事。

「仕事の事」「家族の事」「恋人の事」。どれもこれもきちんと向き会うのはしんどい。

 

「どうせバイトなんだし」「合わなければ辞めればいいし」けれど。そこで一生懸命働いている人が居る。責任を持って仕事をしている人が居る。駄目な自分を見放さなくて、守ってくれている人が居る。

(重ね重ね書きますけれど。本当に店長の懐の深さよ!当方なら自分の彼女が無気力なバイト風情に寝取られたとあったら、一発殴った上に辞めさせますよ)

 

正直顔も見たくない。そんな母親。自分から会いに行く事は無いけれど、なのに相手から会いに来る。そして拒めない。会えばあったでどんよりして。けれど。本当に二度と会えなくなるなんて思わなかった。

 

相手が自分に興味があるな。何となくピンときて。言葉を多く交わさなくても分かる。セックスをすればちょうどよくて。一緒に居ると心地よくて。何だか長く連れ添ったみたいな雰囲気で。だから「好きだよ」とか「ずっと一緒に居よう」とか言わなかった。

 

自分だけじゃない。危なっかしい同僚の存在。そんな奴、放っておけばいいのに…けれどそんな同僚もきちんとフォローする店長。

「俺。実は三年前に離婚しているんだ」既婚者だと思い込んでいた店長が、ポロリと『僕』にこぼした言葉。店長は佐知子と付き合っていた。けれどそれは不倫では無く。おそらく本気だった。「佐知子を大切にしてやってくれ」店長の心中を思うと胸が締め付けられる当方。

 

静雄が不在の時。アパートを訪ねてきた母親が一体何を伝えようとしていたのか。

静雄と母親と静雄の兄に何があったのか。語られていないので分かりませんが。

母親の突然の知らせにも「明日行けば良いんだ」と頑なに今すぐ駆けつける事を拒んだ静雄の一晩。それが静雄の母親に対する最後の抵抗であったんだろうなと思う反面、「それは一生後悔するかもしれないで」とヤキモキしてしまった当方。

恐らく…歳を取った当方は引っ張ってでも静雄を母親の所に連れて行ってしまうでしょうが。一緒に静雄と一晩過ごすという選択を取った二人に若さを感じた当方。だって彼等は「明日が無いかもしれない」なんて考えないから。

 

二人で居れば心地いい。三人なら尚楽しい。それで良い。佐知子は店長と付き合っているけれど、何となく最後には自分の所に来そうな感じだし。静雄も立場をわきまえていて、二人でイチャイチャしたい時には姿を消してくれる。二人でキャンプ?行けば良い。気の合う者同士で行ってこれば良い。

三人で下らない事を言い合って。朝まで缶のお酒を飲んで。たまにはどこかに繰り出して。雑魚寝して。それで通じ合えていると思っていた。だから。

 

「好きだ」とか「佐知子は俺の彼女だ」とか。言葉に出さなかった。敢えて言う必要も感じなかった。そうして『僕』は二人を失っていく。

 

辛い決断をすると決めた時。まともに取り合ってくれなかった恋人。「誰かに一緒に居て欲しい」そう思った時、佐知子の頭に浮かんだのは違う人だった。

 

「そもそも、男二人の中に女一人が入ったら関係が破たんするに決まっているがな。」観も蓋も無い言い方すれば…そういう事なんですが。

 

最後、幕が閉じて。「彼等はこれから一体どうなるんやろう」と思うのと同時に「覆水盆に帰らず」の言葉が浮かぶ当方。

 

何にしろもう、あの幸せなふわふわした時間には戻れない。

 

兎も角。奇跡の様なひと夏を「何なんだこの光と空気の纏い方は」という絵面で。

明け方の、目が覚める前の駆け抜けるような夢みたいな…そんな作品。

ひと夏の話を、秋の初めに観る切なさ。

 

「何これ。傑作やないか。」(震え声)。

彼等は夢から覚めたのに。こちらは未だに余韻が覚めないです。