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ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「パレードへようこそ」

「パレードへようこそ」観ました。


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サッチャー政権下のイギリス。

同性愛者への締め付けが緩くなったその瞬間。
「その手が炭鉱労働者に向かっている」
と気づいたあるゲイの青年。
炭鉱閉鎖と、それに対して闘っていた炭鉱労働組合とその家族。
彼とその仲間達は「LGSM」(=炭鉱労働者支援レズビアン&ゲイ会)を立ち上げ、募金を募る。
炭鉱協会に寄付しようとも、名前だけではねられていた彼らは、直に炭鉱街に電話。
名前の意味が分からず、のこのこ出てきた田舎の村の人間は。


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何なんやろう。この地味なタイトルと地味な扱いは。

こういう、地味なさらっとした扱いを受けながら、とんでもない良作が知らぬ間に目の前を流れる事があります。

もう、美しい魚が、しれっと泳いで流れ去る所でした。

まず、これが実話ベースという前提。

LGSMを「Lって、ロンドンの略じゃないの?」とのほほんと表れた代表者ダイ。
「皆様にお礼を」と、散々偏見で見られていた同性愛者達の前に出てくる時。

「貴方達は、お金ではではない。我々に友情をくれたのだ。ありがとう。」

前後の言葉の素晴らしさも勿論。でも、ダイが全く同性愛に対して偏見が無かった事に沸き立つ輪。て言うか、あれは小さいハッピーエンドで。

炭鉱街に招かれ、恐る恐る向かうLGSMの一向。


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あの、絶対に保守でありそうな女性達の柔軟な態度。
というか、村自体がとんでもない事態に陥そうな時に、強く、明るい彼女達。

「同性愛ってどう思う?」

もう随分前。何故か全く素面な状態で同じ年代の女子とそんな話になった事がありました。

「分からない。正直、何て言っていいのか分からない。
ただ。自分がどうしようもなく好きやと思ったら、相手の性別は関係無いんちゃうかと思う。」

あれから随分経ちましたが。同性愛の経験は今でもありませんが。

精神的には、今でも そう思っています。

「そうなん?分からんわ。私は気持ち悪いと思ってる。」

結局、どれだけ年月が経っていてもそういう考え方はあって。むしろ、分かってもいないのに「当方は分かっているよ。おかしくないよ」という方が偽善的なのかもしれません。

愛情表現が過剰な気がするから?例えばおっちゃんやのに、しなしなしているから?…でも、そんなの、リアルに見た事がある?現実に、自分に害があった事がある?

誰かが誰かを好きやという事で、迷惑を被った事がある?男女問わず。

当方は、偏見云々というより、何とも言えないんですよ。今でも。

でも、そうやって嫌がる人が居るのも現実で。

実際、1980年台はAIDSが表れた時。あれはまず同性愛者達の性交渉が尤も疑われたのもあった。

宗教、思想。病気。あらゆる流れが、彼らには強く強く立ちはだかった時代。(今でも解決はしませんが。)

炭鉱街の集まりに彼らが表れた時。やっぱり村の皆もどうしていいのか分からなかった。

でも、ある者は初めから打ち解け。ゲイカップルへの(エロではない)素朴な質問や。モテたくてダンスを習ったり。子供達の関わりや。女性としての悩みに分かりあったり。村の皆とLGSMのメンバーが徐々に人として交わっていって。

悲しいかな、やっぱり全員と仲良くなってとかじゃあ無いんですけれども。

自分の主義を貫く為に、棄てなければならない家族。

でも…時が解決してくれる事も。

母親やから。母親はずっと待ってくれるから。

冷静に見たら、王道な組合映画。熱い熱い差別に屈しない魂と、労働者のコラボレーション。

でも、それを覆い尽くす、どこか明るいアウトサイダー達の笑い。

それは、1980年代の音楽のせいもあって。

苦しいテーマを一見明るく強く見せながらも。ガツンと現実を見せて。

涙を拭いながらも「彼らは、友情を貰っただけではなかったのだ」と胸を熱くして終わる。

イギリス炭鉱ものにハズレなしです。


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