ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「タクシー運転手 約束は国境を越えて」

「タクシー運転手 約束は国境を越えて」観ました。

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1980年5月。韓国。

当時の軍事政権化を案じた民衆による反政府デモ。韓国各地にて主に学生が中心となって行われていた。

 

『広州事件』1980年5月18日~同月27日に掛けて広州市を中心に行われた反政府蜂紀。

その数約20万人。当時実権を握っていた軍はデモ参加者たちを『暴徒』とみなし。

市民たちに武力行使広州市治外法権と化した。

しかも。韓国政府は情報規制を行使。新聞をはじめとするメディアをに圧力、又は情報提供を拒否。そして広州市を封鎖、孤立させる事で社会との繋がりを遮断した。

 

当時日本に駐在していた国際ジャーナリスト、ピーター。「韓国がおかしい」記者仲間の「懇意にしていた現地記者と連絡が取れない」との情報を得て。

単身韓国ソウルへ。現地の別記者と落ち合って。「広州市が危険な状態に陥っている」という情報を入手。

公共交通機関が軒並み使用できない。そんな状況で。「タクシーで連れて行ってもらう」という選択をする。

 

前評判が物凄く高かった作品。加えてソン・ガンホ主演。これは観に行かなければと。指折り数えて公開を楽しみにしていました。

 

そして鑑賞。明るく幕を開けたこの作品が。次第に悪雲が立ち込め初め…そして最終胸熱の漢気集団とまさかのカーチェイス。そしてしんみりと幕を閉じる…とんだオペラ作品。

主人公のタクシー運転手マンソプ。妻に先立たれ。11歳の一人娘と二人暮らし。

生活は苦しく。家賃も滞納。

そんな時。昼食を取っていた食堂で聞きつけた「通行禁止時間までに広州に行って戻って来たら大金を払う客をこれから乗せる」という別会社の運転手の話。その額、丁度自分が滞納している家賃と同じ。

早速抜け駆け。件の運転手を先回り、客との待ち合わせ場所に駆け付けたマンソプ。無事ドイツ人記者ピーターをゲット。

片言の英語。そしてピーターも韓国語は話せない。そんな二人は一路広州へ向かうが。

 

恥ずかしながら当方は『広州事件』を知りませんでしたので。「たった38年前に…こんな‼」と衝撃を受けました。

広州事件そのものも衝撃でしたが。それよりも『情報規制』の恐ろしさ。

 

この作品から「韓国政府の軍主体の時代」「権力を持つ者の暴力が跋扈する恐ろしさ」というメッセージも勿論感じましたが。何より「何が起きているのかを、現場に居る者以外誰も知らない」無関心以前の問題という恐怖。

 

主人公のマンソプ視点で終始話は進みますので。始め、ソウル市街で学生デモに遭遇しても「あいつら…勉強しろよ」と。ただ迷惑な若者が騒いでいるだけだと顔をしかめ。

そんな彼が。お金目当てで飛びついた、客のピーターと『地獄のドサ廻り』をしたことで。表情が変わっていく。

 

「こういう有事の時。当方はどういう行動を取るのだろう。」

 

平和な時代に生まれ。一般的な教育、道徳を学んだ当方。「悪い事は悪いと言う」「正しい自分でありたい」そう思いますが。

しかし。実際に何かしらの有事が起きた時。果たして当方はどういう状態なのか。家族や守るべきものの存在は?仕事や立場は?生活は?思想は?

「何が正しいのかという価値観は流動的である」揺るがない信念、というものもあるにはありますが。

「後から思えば卑怯だと思う事は?後からじゃなくても、常に自身に真摯であると言えるのか」「聖人君子では無い」

 

マンソプ。人間味溢れるキャラクターをメインに置いた事で、観客たちは正直な気持ちで作品と付き合えた。

そもそもピーターが何を目的として広州に行こうとしているのか。彼は一体何者なのか。それすらも途中まで知らなかった。興味も無かった。マンソプにとってはただの『上客の外国人』というだけ。

何度もあった通行規制をかいくぐって。広州入り。そこで初めてマンソプはピーターが記者である事、そして広州の実態を目の当たりにする。

前半の。どこかユーモラスでもあった雰囲気から一転。広州に入って以降、後半は眉を顰め、終始溜息の展開。

『地獄のドサ廻り』から何回か逃げようとしたマンソプ。けれど、彼を臆病だとか卑怯だとは言い切れない。

11歳になる一人娘。娘との二人の生活。それがマンソプの全て。だから。兎に角娘の所に帰りたい。何も知らずに留守番している娘に会いたい。

おんぼろタクシーの故障に依って帰れなくなった夜。けれど広州から外部に繋がる電話は無くて。娘を心配して涙するマンソプ。

何故俺がこんな危ない目に合わなければならない。何だここは。一体何なんだ。

 

「しっかし、広州タクシー軍団の漢気よ」

ユ・へジン演じるファン運転手。もう彼が…(涙で声を震わせながら)滅茶苦茶良いんですわ。


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ソウルからやってきた、憎たらしい運転手。金にがめつい、喧嘩早い。積極的に関わりたくない相手なのに…困っているなと思ったら声を掛けて助ける。

夜に突然成人男性3人も連れてきて「何か食べさせてやってくれ」。当方があの妻なら激怒ですが…まあ、そんな懐の深さ。

とんだ修羅場をかいくぐった夜が明けて。早朝逃げ出そうとしたマンソプに「当たり前だ」と『ソウルまでの抜け道地図』なんかを渡してくる。

 

タクシーで一人広州を脱出したマンソプ。隣の町に出た途端、そこは全くの異世界。のんびりとした日常。

 

「ごめんな。」そう言って娘に会いに帰る。それで良い。何もかも忘れて。だって誰も知らないんだから。広州がどうなっているのかなんて。

 

けれど。知ってしまった。

 

あの。泣きながらマンソプが広州に向かってハンドルを切った所から。怒涛のマンソプ畳みかけのターン。

 

そして、まさかの最終広州タクシー軍団の胸熱カーチェイス。あんなに「華々しく散る」という言葉が合うなんて。
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そして「ファン(ユ・へジン)」あんた本当に最高やな!(涙声)

 

この話が実話ベースであった事。国際ジャーナリストピーターはそりゃあ、と思いましたが。まさかタクシー運転手まで実際に居たなんて。エンドロール前に流れたメッセージに唸った当方。(あのナンバープレートを見逃してくれた兵士のエピソードも実話とは…)

 

最早個人が情報を世界中に発信出来る現代。色んな情報が飛び交って。それは新たな問題を生んでいるけれど。…それはまた別の話。

結局は個人が善悪の判断を下す。けれど。その大元となる情報が中立では無かったら?

恣意的に湾曲された情報が流されて。そして次第に関心も無くなってくる。その恐怖。

 

そして。「もし有事の時。当方はどういう行動を取るのだろう」

綺麗ごとではない。そんな自身もありうる。こういう作品を観て、ぐるぐる考える。非常に大切な事だと当方は思います。

 
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