映画部活動報告「ナイトメア・アリー」
「ナイトメア・アリー」観ました。
1946年に発表された、ウィリアム・リンゼイ・グレシャス著『ナイトメア・アリー 悪夢小路』。1947年に映画化された作品を、ギレルモ・デル・トロ監督が現代に蘇らせた。
主人公の青年スタン(ブラッドリー・クーパー)。
迷い込むようにたどり着いた奇妙なカーニバル『10フリーク・ショー』。そこは人間や人間ならざる者などが集まる、いわゆる見世物小屋だった。
なかでもジョーの気を引いたのが読心術。その技術を身に着けたスタンは、ショービジネス界での成功を夢見てトップに上りつめようとするが。
みんなが大好き、ギレルモ・デル・トロ監督。
『シェイプ・オブ・ウォーター』がアカデミー賞作品賞を受賞したことですっかり大御所入り。『パシフィック・リム』大好きおじさんこと当方が所属する映画部の部長は「パシリムはなあ~」とうかつに話題に出そうものならば延々語ってしまう。
全ての作品を観たわけではありませんが、当方が一番好きなのは『パンズ・ラビリンス』。
2006年公開。当時の職場同僚女子が「なんかかわいい雰囲気やったから彼氏と観に行ったら最悪やった」とキレていたくらいの「入口と中身が全然違う」「下手したらトラウマになるキッツイ」作品。そういうの大好物。
独特のキャラクターデザイン。美術。かつてのティム・バートン監督を少し思わせる、キモかわいい(いやいや。どちらもかわいくはないな…)世界観。
この作品の予告編の塩梅が随分よさげだったので。どんな見世物小屋だろうかと期待して鑑賞に至りました。
で。率直な感想をまず言うと「因果応報」「それにしても、きれいにまとまっていたな~ちょっとなんというか…デルトロ監督らしくない」。
あくまでも持論ですが。デルトロ監督の作品っていわゆる「ジャイアンリサイタル」の印象なんですよね。「俺が好きな歌を俺の好きなように構成して魅せつける」という。超強引マイペースなストロングスタイル。
「ボエ~」にはじめこそおののき、合わない人はとことん合わない。けれどどこかはまる所が見つかったら一気に取り込まれてしまう。
知名度が上がりファンが増えてきたところで「新しいリサイタルだ!」とわくわくして参加したら、まさかの「きれいなジャイアン」が万人受けする上手な歌謡ショーを魅せてきた。そんな感じ(どんな感じだ)。
主人公のスタン。裸一貫から始まった彼が、さまよいながら辿り着いた、『10フリーク・ショー』古めかしいカーニバルには、様々な奇形を持つ、人なのか人ならざるものがよくわからない者たちが芸を見せる。
そこでスタンが興味を持ったのが『千里眼』という出し物。つまりは読心術で、初対面の観客の悩みなどを言い当ててしまう。舞台に立つジーナの家に居候し、彼女の夫で本物の読心術師ピートからノウハウを教わるスタン。
ピートは技術こそ一流でありながら、酒に溺れていてとても舞台に立てる状態ではなかった。
読心術の技術を身に着けたスタンは、カーニバルで恋に落ちた女芸人モリー(ルーニー・マーラ)とカーニバルを後にする。
時は流れて。人を惹きつける天性の魅力。そこに読心術という武器が加わったスタンは、すっかり一流の興行師になっていた。
しかしさらに上り詰めたいと野心をもつスタンにとっては現状は飽き足らない。そんな時、ショーを見に来ていた女性精神科医リリス(ケイト・ブランシェット)と出会う。
読心術。相手の見た目やしぐさ、そして仕込みと時には度胸。ピートの手引書や経験を重ねることで技をブラッシュアップしてていたスタンに、リリスはとある提案をする。
それはリリスの悩める特別な顧客(=患者)相手に偽降霊を行うという詐欺行為だった。
カーニバルにいた頃。ピートが禁じていた「霊には手をだすな(言い回しうろ覚え)」。
読心術とは相手を観察し対話していくことで相手の背景を読んでいく技術。何も知らない相手は「なぜそんなことまで?!」「なんでも知っているんだね!」と心を委ねてしまう。けれど読心術を操れるということは全知全能ではない。
「俺はなんでも知っている」と勘違いするな。ましてや生きていない者には絶対に手を出してはいけない。
けれど。すっかり酒に飲まれていたピートの言葉などスタンには届いていなかった。
愛する者を失った痛みから立ち直ることができない。そんな悩める患者にリリスは「彼は霊と対話できる」とスタンを紹介しカウンセリングを行う。なぜそういう詐欺を行うのか。患者たちは揃って金持ちだから。スタンのカウンセリングに満足すれば患者はいくらでも金を払う。
電気モーター製造会社経営のエズラ・グリンドル。彼の機嫌を損ねる=死を覚悟しなければいけない。そんなアウトレイジすれすれの超大物。けれど彼は若いころに、恋人ドリーを中絶手術のあとに失ったことをずっと引きずっていた。
そんな怖い案件、絶対に踏み込んではいけないのに。手を出したが最後…やはり破滅へとまっしぐらとなったスタン。
正直、初めのカーニバルのシーンで『獣人』の出し物を観た時から。「これは…こういうお話になるんやろうな」と思っていた当方(ネタバレしないのでふんわり表記で進めます)。
母親に捨てられ酒に溺れた父親が嫌いだった。だから殺した。けれど父親が身に着けていた時計がずっと手放せなかった。
カーニバルで出会った読心術の師匠ピート。優れた才能と技術の持ち主なのに、彼もまた酒に溺れていた。
酒はだめだ。思考力を失わせ、人として堕ちていく。そういって酒を口にしないようにしていたのに…物語が進むにつれ、酒を飲み、酒量が増えていくスタン。
エディプスコンプレックス丸出しのスタンは行く先々で父親を殺し、そして自らも酒の力を借りながら底辺まで堕ちていく。そして堕ち切ったスタンが行きついた場所は。
スタンの急降下に胸を痛め「どこかで止まらんものか」と祈ったけれど…。
(あとねえ。酒飲みには辛い末路すぎる…作者のことを知った時も思ったけれど)
この作品のキャスティング。見ただけで「この人はこの役だ」とわかるくらいイメージ通りの配役だった。そして「ブラットリー・クーパーは大正解やったな」と思った当方(レオナルド・ディカプリオもそれはそれで違ったんやろうけれど)
人を惹きつける天性の魅力とカリスマ性を持つペテン師。そんなスタンを下品にならずに表現できる。そして何よりあのラストのシーンがもう…こんな表情ができるなんて。
勝手に期待した「ジャイアンリサイタル」が。きれいなジャイアンによる上手な歌謡ショーだった。起承転結が王道に収まったこの作品は決して良くなかったわけじゃない。ただちょっと…毒気がなくて拍子抜けしてしまっただけ。
今後のデル・トロ監督作品はどういう作風になっていくんですかね。
当方はまた「とんだトラウマ映画やったわ!」を観たいという気持ちが…あります。