ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「summer of 85」

「summer of  85」観ました。
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「あの夏の君を、心に刻んだ」

 

フランス映画監督、フランソワ・オゾン監督の最新作は、自身が17歳の時に出会ったエイダン・チェンバーズの小説『俺の墓で踊れ』の映画化。

 

16歳のアレックス(フェリックス・ルフェーヴル)と18歳のダヴィッド(バンジャン・ヴォワザン)の6週間の恋。出会いと永遠の別れ。

夏。一人でセーリングを楽しもうとヨットで沖に出ていたアレックス。急な悪天候に見舞われ、ボートが転覆。そんな窮地を救ってくれたのは、二つ年上のダヴィッドだった。瞬く間に惹かれあい、盛り上がる二人。心も体も通じ合う…アレックスにとっては初恋だった。

ある時、ダヴィッドが「もしどちらかが死んだら、残された方はその墓の上で踊ろう」と提案してくる。その時は半ば冗談で誓いを交わしたアレックス。

しかし。いさかいの後、ダヴィッドが不慮の事故を起こして逝ってしまう。

悲しみ。後悔。絶望。生きる気力を失ったアレックスを突き動かしたのは、かつて交わしたダヴィッドとの誓いだった。

 

劇場で配布されていた予告チラシからほとんど抜いてしまいましたが…これ…まんま全編あらすじですね。ネタバレ配慮など一切ない。まあ…確かに「えっ!そんな!」という物語ではないですけれど。

 

始めて出会った時、全身が震えた。一緒に居ると楽しくてうれしくて、けれどそれは自分だけじゃない。相手からも同じ感情が溢れている…ああもう大好き。一緒に盛り上がっているという高揚感。四六時中行動を共にしたい、一つになりたい。満たされて、もう離れたくないし離したくない。これからもずっと身も心も一緒でありたい。もっと深く繋がりたい。

なのに…相手と気持ちのズレが出始めた。どうして?こんなに愛しているのに。「あのとき同じ花を見て。美しいと言った二人の。心と心が。今はもう通わない」

そして。衝撃の出来事と聞きたくなかった言葉。からの…永遠の別れ。

 

「早くないか?それを6週間でって。どんな『ジェットコースター・ロマンス』だよ!」

 

6週間ってことは42日ですか。まさしく夏休み期間に一生もんの恋をしてしまうなんて。アレですか、新学期に「アイツ…なんか変わったな」って言われちゃうやつ。

 

終始主人公アレックス視点で描かれる恋。男性同士の恋愛ではありますが、特別な意味は感じなかった当方。というか…「あかんあかん。初恋でこういうヤリチンに惚れてしまったら!」「盲目な初恋。一途にならざるを得ないんやけれど、こういう手合いは重すぎる相手からは逃げようとするんやって!ほら!案の定!」

まるで高校生ヒエラルキートップの『女好きする顔といい感じに甘えてくるからずっと彼女が尽きないヤリチン』に恋をしてしまった『クラスでも存在感が無くて地味な女子』が翻弄されている姿を傍から見ている、精神年齢が年増な同級生というポジションで観てしまった当方。

 

海辺の町。ヨットでセーリングをしようとしていて転覆した所を助けられたのが二人の出会い。ずぶ濡れの体を温めろと、ダヴィッドの自宅に連れられ風呂を借りた。

同じ学校の出身なこと。父親を亡くし、今は母親が営む店を手伝っていることを知り、夏休み期間バイトをすることになったアレックス。

急速に惹かれあい。「とても美しい夜だった」を経て、恋人となった二人。

 

もうねえ。主人公アレックスのみなぎる「今君に~恋してる(唐突ないいちこ)」感。ダヴィッドが好きで好きで仕方がないんだなと言わんばかり。ダヴィッドに体を預け、うっとりとした表情を浮かべる。ダヴィッドも当然まんざらでもないし、優くて情熱的なんですが。もう兎に角アレックスに恋愛初期の「うれしい、楽しい、大好き!」がほとばしっている。

 

自分にべったり愛情を抱いてくれる。そんな相手がいると「俺、ここで落ち着いていいのかな」と過ってしまうのがヤリチン(しかも18歳。若い)のアカン性。落ち着いたらいいのに。何だかんだ言ってアンタもアレックスが好きなんやから。

 

しかも居住区が「海辺の町」。寂れたやつじゃ無くて、観光客が訪れる系の…そりゃあひと夏の恋、他にも生まれちゃうよな。

案の定、他国からやって来た女子とアバンチュール(死語)をしてしまったダヴィッド。案の定激怒のアレックス。あかん言い争い~からのもの別れ、ダヴィッド不慮の事故。

 

以前誓った「もしどちらかが死んだら、残された方はその墓の上で踊ろう」を遂行した挙句、墓荒らし扱いで警察に連行されたアレックス。下手したら収監される寸前だったアレックスに「これまであった事を書いてはどうだ」と学校の恩師に提案される。

タイプライターを取り出し、ダヴィッドとの日々を綴るアレックス。

 

「来た来た。90年代少女漫画で度々見かけた『私小説』で社会的タブーを犯した自分を正当化してくるやつ。」(いやな言い方になってしまいましたが、全方位に対し悪気はありません)

 

なんなんでしょうねえ。感想文を書けば書くほどおかしな感じになっていますが。当方はこの作品を決して貶めようとはしていないんですよ。

 

当方が「おっ」と思って苦笑いしてしまったのが、最後のアレックスの行動。流石にネタバレはしませんが。意外と…そうやって切り返しができる性格だったのかと思うと、逞しい。

 

アレックスにとっては確かに「ひと夏の恋」。甘くて苦い…一生懸命な恋をした。そういう思い出になるけれど…ダヴィッドは「ひと夏の恋」の世界、1985年の夏という琥珀糖の中に閉じ込められる。生き急いでしまう者は美しいけれど儚いものよ。

 

触れられてはいませんでしたが。中年の当方はやはり、ダヴィッドの母親に心中お察しする部分があった。だって。夫と息子を失うって…辛い。

「アンタ初見のアレックスを裸に剥いて風呂に入れてたやん」「一緒に店を盛り上げようって言ってたやん」「息子とアレックスがあんなに仲良くしていたんやから、そんな手のひら返してやらんでも」息子を失った母親がアレックスに辛くあたるのにそう思わんでもなかった反面、「辛いよな…」と溜息がでた当方。頼むから今後彼女に寄り添い、支えてやれる人物が現れて欲しい。

 

1980~90年代のファッションや音楽をやっとフラットな感情で受け入れられるようになった。これまでは気恥ずかしく感じていたそれらを見て、懐かしさと甘酸っぱい感情がこみ上がる。

 

みっともないくらいに不器用で、けれど一生懸命だった。

 

暑いのは苦手。夏は好きじゃない。そう思うのに、いつも夏が終わるときには寂しくなる…そんな夏を思い出す映画が生まれた。

 

(そして。42日のサマーが終わるとオータムが…来る。きっと来る。)