ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「クローブヒッチ・キラー」

クローブヒッチ・キラー」観ました。
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「もし、自分の父親が未解決猟奇的連続殺人犯だったとしたら…。」

 

アメリカ。ケンタッキー州の片田舎に住む4人家族。ボーイスカウトの団長を務め、信仰心も厚く町の名士。そんな父親ドン(ディラン・マクダ―モット)と専業主婦の母親。そして16歳の主人公タイラー(チャーリー・プラマー)と10歳の妹。

とあるきっかけで、ふと父親ドンの性癖を疑う事になったタイラー。けれど町の誰からも愛され、信頼の厚いドンにそんな事は言い出せなくて…。同じ頃、同級生で変わり者だとされている女子、カッシ(マディセン・ベイティ)がとある事件を調べている事を知り、その事件の内容に惹きつけられるタイラー。

それは『クローブヒッチ(巻き結び)』事件。

この町で10年前に起きた、未解決猟奇的連続殺人事件。知れば知るほど、犯人が父親のドンではないかと疑心暗鬼になっていくタイラーだったが…。

 

当方的にはリドリー・スコット監督作品『ゲティ家の身代金』での不憫な孫息子役が記憶に新しい、チャーリー・プラマー。

「ホンマあんた、家族に恵まれへんな~」。思わずそう言ってしまいたくなるくらい。またもや『ひょっとしたら加虐性癖が過ぎた殺人犯の父親を持ってしまった思春期の息子』という不憫な息子を演じておられました。

 

一応「完全ネタバレはしない様にしよう」とは思っているのですが…予告編で受けた印象的から既に「父親以外の真犯人が現れ…」という風には見せておらず。

そういった「犯人は…お前だ!」という特殊なマイクが仕込まれた蝶ネクタイでお話する少年が出てくる系のお話ではないと判断。

寧ろ。『町の名士と呼ばれ、誰からも信頼される父親の本当の顔』『それを知った時、身内はどう動くのか』『ましてや同性。息子の立場ならば』。そう言った葛藤を描いていた作品だと感じましたので…はっきりした明言はしないまでも、匂わせながら進めていきたいと思います。

 

『特殊性癖』…詳しくありませんが。当方の持論は「パートナーとの相互理解と合意があればなんであれ成立するが、もしそのバランスが崩れたものであればそれは一気に暴力と化す」。あと「安全第一」。

いかに世間から眉を顰められる性癖でも。双方で合意しているのならばそれはそれで良し。ただ…片方が全く納得していなかったとしたら…それどころか双方の関係性すら成立していなかったとしたら。それは暴力であり、恐怖でしかない。(でもそういう一報的な関係性に萌える輩も存在するんよな。げに性癖というのは厄介なものよ)。

 

片田舎で10年前に起きた『クローブヒッチ事件』。

狙われたのは全て女性。連れ去られた彼女達を待っているのは、『ギッチギチに縛られた上に窒息させられ死に至る』という最悪の末路。

綿密に計画を練り、警察を挑発し犯行に及ぶ。10年前にピタリとその犯行が止まり、現在に至るけれど…虚栄心の強い犯人は同じ事件をまた起こす。そう思い、事件を調べるカッシ。

 

ガールフレンドとの逢瀬。夜の車中デートで盛り上がっていたのに。何故か出てきたSM写真のせいで、おかしな性癖があると誤解されたタイラー。

「いやいや。こんなの知らないって」何とか誤解を解きたいのに…閉塞的なコミュニティでは一気に噂話が駆け巡り。変態野郎という不本意なレッテルを貼られる目にあってしまった。

友達から白い目で見られる事も耐え難いけれど…気になる…だって、これは父親ドンの車だから。

 

家族が買い出しで不在の間。ドンが作業場として使っている小屋に忍び込んだタイラー。そこで見つけたモノは…大量の、加虐的な嗜好を示す不穏な資料だった。

 

『父親の性癖』この世に数多ある情報の中でもトップクラスに、知りたくない/知らなくていい情報。しかもそれが特殊性癖なんて。

これまで信じてきた父親像との乖離。混乱する気持ちにどう落としどころを付けたらいいのか迷うタイラーが出会ったのが、奇しくも同じ人物に行きつくこととなる事件を調べていた同級生の女子、カッシ。

 

カッシは何故クローブヒッチ事件を調べているのか。それは後々明かされるのですが。それもまた「捻らんな~」という「そりゃあこの事件を調べるわ」という動機。故に彼女の行動は「現在のうのうと暮らしている犯人をあぶり出し、社会的制裁を加え、罪を償わせたい」という正義の信念に基づいている。

けれど。カッシと共に行動しているタイラーは、どこかで「犯人があぶり出される」事を恐れている。それは犯人だけでなく、家族=自分もこの町での居場所を失うから。

 

父親のドン。『善い人』を演じる事が多い俳優、ディラン・マクダ―モットを起用しているのもあってか、序盤の「頼りになる大人」「物分かりの良い父親」感が半端なく…だからこそメッキが剥がれていって、その場その場の付け焼刃で取り繕う様に幻滅感が増していく。

そこには「息子の前では恰好を付けたい」という虚栄心と「息子にはこの言い訳で丸め込めるだろう」という欺瞞が満ちているから。つまりは言い逃れ。

騙されてあげたい。そう思うけれど…残念ながら16歳はもう子供じゃない。

 

結局、取り繕っている内に秘めていた欲望が再び頭をもたげてしまって…10年の時を経ての再犯。

終盤の、グッダグダな『現在のクローブヒッチ・キラー』犯行手際。そしてばれて取った行動も…何もかものあまりの無様さに溜息が尽きなかった当方。

 

「もし世間に犯人だと知れたら」そう思った息子が父親に下した制裁。

タイラーは確かにドンを守った行動を取ったとは思うけれど…もう一生答えを反芻しながら生きていくしかないし、息子にそんな業を負わせる親なんてと思うと…「ホンマあんた、家族に恵まれへんな~」としか言いようがない。

 

ところで。終盤の言葉から「母親はおそらく全てを知っていた」と感じ、空恐ろしさに震えた当方。彼女の精神構造が最も闇が深い。

 

大体の流れが読み通りに進みながらも。ずっとまとわりついてくる「ああ嫌やな~。」「どうするかね。こういう状況やったら」という感じ。鬱々としながらも目が離せない。鑑賞後も地味に後味が悪い。これは素直に良作。見逃さなくて良かったです。