ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「泣く子はいねぇが」

「泣く子はいねぇが」観ました。
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「こんな俺でも、父親になれますか?」

佐藤快磨監督長編劇場デビュー作品。主演、仲野太賀。吉岡里帆

 

秋田県男鹿半島。たすく(仲野太賀)とことね(吉岡里穂)夫婦に女の子が生まれた。

互いに20代。どこかまだ幼いたすくに疲労し苛立つことね。互いに我が子は可愛いけれどギスギスする二人。

晦日。いつもの仲間に誘われて「直ぐに帰るから」「酒は飲まないから」と約束し恒例の『なまはげ神事』に向かったたすく。

そこで振舞われた酒に泥酔。よりにもよって地元テレビの生中継中に、なまはげのお面と全裸といういで立ちで奇声を上げながら映り込むという奇行に走ってしまった。

2年後。離婚し、東京で一人暮らしをしていたたすくの元に舞い込んできたことねの近況。

居ても経ってもおれずに秋田に帰省したたすく。なんとかことねとの復縁を試みるが。

 

「ああもうアンタそこに正座!」終始説教をかましたくなるような…そんなあかんたれ全開のたすくにじりじりし…なのに最後どうしようもない気持ちがこみあげてくる。そんな作品。

 

「若い夫婦」「子供が生まれたけれど、夫は親の自覚が無くフワフワしていて妻は疲労困憊」「何か協力はしようとしているけれど、最早夫の全てがむかついて仕方ない妻」「存在自体が腹立たしい」「夫はきちんとした職に就いているのかも怪しい」「そんな中、地元の男たちの集いに向かった夫」「直ぐに帰ってくるどころか、テレビに失態を晒す夫」「地元の恥」

もう何の援護射撃も出来ない位散々なたすく。お面を付けていたとはいえ、お茶の間に全裸晒すのは…寧ろそのお面のせいで『なまはげ神事』そのものに泥を塗ってしまった。

 

当方も酒飲みなので…しんどい現実に目を向けたくない時に、いけない方向に酒が進んで羽目を外すのは分からなくはない…なので居たたまれない気分で一杯(裸になった事はないですけれど)になりましたが。

家庭にも地元にも居場所を無くし。東京砂漠へ逃げ込み。誰とも深く付き合わない様にしてきたのに…地元の幼馴染、志波亮介(寛一郎)からことねの近況を聞いて、秋田に戻ってきたたすく。

 

それがもう。「あわよくば」感が隠せていなさすぎて。

 

「お前はさあ」そう言って、呆れて突き放したたすくの兄(山中崇)。彼の言葉に全面同意の当方。「本当に調子がいいよな(そうは言っていない)」。

テレビを通じて自分の裸を晒して。そのせいで地元の伝統ある行事は消滅寸前まで追い込まれた。お前は東京に逃げてそれで済んだかもしれないけれど、地元に残った母親や自分がどんな思いをしてきたか。2年という月日が経って、お前は何となく許されるんじゃないかという気持ちでふらっと帰ってきたのかもしれないけれど。今更誰もお前には謝罪どころか声を発してもらおうとも思っていないんだよ。だからとっとと東京に帰れ。(言い回しうろ覚え)。

 

妻ことね。地元に残り、一人で娘を育ててきた。

今さら現れた、別れた夫。何故今でも私があなたの事を好きだと思っているの?どうして私を助けてくれる相手はあなただけしかいないと思っているの?うぬぼれんじゃない。

 

秋田から東京に逃げた。そうして悶々と過ごしていた時間…それが他の人にとっても同じだったと錯覚してしまう。

今自分にとって必要なパーツを見つけた。ここを埋めれば自分は前に進める。かつて上手くいかなかった事が。こんどは上手くいく。やり直せる。

「そういう、自分本位にしか物事を見れていない所やで」。険しい顔をする当方。

どうして相手も同じだと決めつけているんだ。

 

仲野太賀という役者。引き出しが多く総じて達者な演技をする俳優だという安心感。『たすく』という、どうにもあまちゃんな…けれど憎めないキャラクターは自然過ぎる位に沁みてきていましたが。

「吉岡里穂ってこんな演技が出来る俳優だったのか」。失礼ながらあまり彼女のポテンシャルを理解していなかった当方の目から鱗。「これは良すぎる」。

始め。生まれたばかりの我が子を気にしながらも、ピリピリとした雰囲気と何かと刺さってくる物言いをして、たすくの精神を削ってくることねのリアルさに頷いた当方。

2年後。たすくと再会したことね。たすくの母せつ子(余貴美子)をパチンコ屋でばったり再会した時のことね。そしてたすくときちんと向き合ったことね。

「こんなに良い役者さんだったなんて…(何様だ)」。

 

頼りない夫と別れ、一人で娘を育ててきた。もうそれだけで…誰が何を責めるというのだろう。そう思った当方。

資格を取って職にも就いた。夜も働いた。娘を保育園に預けている間には、息抜きにパチンコをした。だから何だというのか。ことねは逃げていない。

パチンコ屋でばったり再会した元義理の母。何となく二人で外に出て。あの時ことねはせつ子に何を言おうとしたのか…監督の演出の意図を踏み倒した勝手な印象ですが…当方はことねが何かを言おうと口を開いたタイミングで「大丈夫」と畳みかけたせつ子には、優しさと…「言い訳しなさんな」という封じ手を感じた。

「うちのバカ息子と別れて一生懸命子育てしているアンタは偉い」。「息抜きをしている、遊んでいるなんて引け目を感じなくていい」。「アンタは私にクドクド言い訳をしなさんな」。「大丈夫」。「アンタは大丈夫」。

 

地元に戻ったけれど。結局定職に就かず、ふらふら日銭を稼ぐたすく。そんなたすくを見放さずに面倒を見てくれる母と憎めぬ幼馴染亮平。けれど誰もかれもがたすくに優しい訳ではない。

言いにくい事をきちんと言ってくれるたすくの兄。そして『なまはげ保存会会長』の夏井さん(柳葉敏郎)。無視せずに怒ってくれる人…彼らがどれだけ辛かっただろうか。

本当にねえ…たすくさんよ。周りを大切にしないとあかんよ。

 

終盤。『覆水盆に返らず』の展開に「そりゃそうやろうな」と思いながらも…またもや巡って来た大晦日の夜。そこでたすくが取った行動に「だからなまはげやったんかああ」と感情が爆発して涙が出た当方。切なくて。無様で。でもたすくにはこれしか方法が無かった。

 

誰の伴侶でも親でもない当方。「いい年して結婚もしていないのはどこかおかしい所があるんやろうな」そう思われる事も(流石に面と向かっては言われませんが)ありますが。当方からしたら「親っていう人間が必ずしも大人だとは限らないんよな」と思う事もしばしば。けれどそう思っている相手が、ひょっと「ああこの人は子供を持つ人だな」という顔を見せる事がある。

何分経験が無いのでアレですが…「子供が生まれたからと言って突然親になる訳ではない」というのは真理だと思う当方。「親になる」そのスピードもまちまち。夫婦ですら。

 

これまで夫婦と娘の三人で同じ時を過ごせなかった。もう一度同じ形でやり直せないか足掻いたけれど…娘の幸せを祈って自分が初めて親として出来る事はこの選択だった。

 

『泣く子はいねぇが』このバカたれが。そう思って腕組みしていたら最後、怒涛の感情の爆発に涙が止まらなくなる。寒い秋田の泣いた赤鬼。良作です。