ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「ソワレ」

「ソワレ」観ました。
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豊原功補小泉今日子らが立ち上げた新世界合同会社の第一回プロデュ―ス作品。

主演、村上虹郎・芋生悠。監督と脚本は外山文治監督。

 

俳優を目指し上京したが一向に芽が出ず。生活していくためにオレオレ詐欺に加担し日銭を稼いでいる岩木翔太(村上虹郎)。

夏。演劇仲間と共に、故郷である和歌山の海の町に帰った翔太。町にある高齢者介護施設で利用者に演劇を教えることが目的の帰郷。そこで彼女と知り合った。

施設で働く若い職員、山下タカラ(芋生悠)。

「ねえ。今日お祭りがあるんでしょう?山下さんも一緒に行かない?」

口数も少なく。黙々と働くタカラに、何となく声を掛けた演劇仲間。来るような返事をしていたのに、時間になってもタカラが現れない。

仲間に促され。タカラを家まで迎えに行った翔太が目にした光景。

それは。刑務所帰りの父親から激しく暴行を受けているタカラの姿だった。

とっさに止めに入った翔太。父親ともみ合いになった結果、翔太を庇ったタカラの手が血に染まった。慌てふためく翔太にタカラが見せた表情と言葉。

とっさにその血まみれの手を掴んで走り出した翔太。

 

「なんで弱い奴だけが損せなアカンねん。傷付くだけの為に生まれてきたんちゃうやん。」

 

ここではないどこかへ。二人なら逃げられる。

これはある意味「かけおち」。そうとも呼べる、二人の逃避行が始まった。

 

「これは芋生悠(敬称略)が良すぎる」。

 

想いを寄せる女子に。良くも悪くも、これでもかと散々振り回され、自分自身の弱さやみっともない所を噛みしめ成長する。そんないたいけな男子を演じる村上虹郎(敬称略)はこれまでも何度か観た事がありましたが。このパターンの中でも、今回の山下タカラ役の芋生悠は飛び抜けていた。

 

「お前…何て顔するんだよ」(当方の心の声)。

 

両親と自分の三人家族。和歌山の田舎で。幼い頃から虐げられていた。

父親から受けていた性的暴行。それが明るみになった高校時代。父親は刑務所に収監された…けれど、母親は自分の元を去り、自分自身も高校を辞めざるをえなかった。

地元の高齢者介護施設に就職。時折襲われるフラッシュバックに苦しみながらも、ひっそりと生きてきた。なのに。

「父親の刑期が終了した」。出所の知らせに震えが止まらない。そして案の定。祭りの日に父親が現れた。

 

見られたくない。こんな姿は誰にも知られたくない。なのに…。

 

おそらく。昔「辛かったね」とタカラに声を掛けてくれた人もいるにはいたとは思うけれど。タカラの言葉を信じてくれない人もいた。何度も何度も話したくない事を言わされた。ただただ傷付いた。もうあんな思いはしたくない。

暴行現場を見られたけれど。乗り込んで守ってくれた。そして手を取って走り出してくれた。

逃げ出したい。こんな現実から逃げ出したい。誰も知っている人なんかいない所。どこか遠くに行きたい。

 

目の前で男から暴行を受けていたタカラ。最近世話になっている介護施設の職員で、そこまで親しくないけれど多分同世代。地味で何だか影があって。仲間に言われたから祭りに誘うために家まで来たけれど。一体なんだこれ。

思わず体が飛び出していた。そりゃあ見て見ぬふりなんか出来るはずがない。けれど、結果は最悪。これはやってしまったぞ。

早い所救急車を呼べば…そう思ったのに、タカラに止められた。その表情。声。言葉。

「お前。何て顔するんだよ」(当方心の声)。

 

誰かの心に残る俳優になりたい。自分は人とは違う、才能があると息巻いて上京した。でも…何もない。今の自分には何もない。それを認めるのが怖くて。逃げ出したかった。

 

タカラと翔太。元々抱える環境や問題は違うけれど。二人に普段から共通していたのは「ここから逃げ出したい」。という願望。

ふいに訪れた出来事を発端に。二人の気持ちが一致した。

 

冷静に考えると「逃げる必要は全くない」としか言いようがない。

確かにタカラの父親に対する傷害事件に発展したけれど。どういう状況でこんな事になったのかは一目瞭然だし、警察も馬鹿ではないはず。

「昔散々話をさせられた」という辛さは心中察するけれど…こんな鬼畜は法で再び裁かれるべきで。二人を追っていた刑事たちもずっと言ってましたがね「逃げる意味がない」んですよ。

結局逃げ回っている内に罪が重くなってしまう。

 

衝動的に傷害事件を起こしてしまったタカラに対し、寧ろ元々小悪党だったのは翔太。

東京では食い扶持を稼ぐという名目でオレオレ詐欺に加担。和歌山でタカラと逃避行する羽目になってからも、セコい窃盗や盗難でしのごうとするし、お金を入手する方法も概ね博打。小者感が半端ない。

 

二人で走り出した出した。駅での翔太は恰好良かったけれど。何日も経つにつれ、「お前のせいやないか。俺は関係なかったやないか」とタカラに当たり散らす。

 

「まあでも。そういうモンなんやろうな。」

 

俺がお前を守る。世界中どこにいたって俺だけは味方で一緒にいる。そんなの、疲れてへとへとになったら言ってられない。

一緒にいる事に腹が立って。顔も見たくないと別れて歩き出しても…でも結局一人は辛い。

二人でいる事を知ってしまったから。もう一人には戻れない。

 

「いやいやいや。それなら尚更、もう逃げんとさあ」。

不毛で。とことん精神が追いつめられる。逃げても逃げても楽にはならない。互いの姿をとことん晒して。のたうち回って。これが望んだ事なのか。

苦しくて苦しくて。それでも二人で逃げた。

 

幸せだった。

 

どうやら二人の逃避行には、こういう司法判断が下ったようだ。

不平等じゃないか?としっくりこない気持ちがあるにはありますが。

最後の最後のエピソードに、胸がつかえておかしな声が出かかった当方。

「ちゃんと。ちゃんと誰かの心に届く俳優やったんやないか」。

 

一緒に居ても居なくても、各々幸せになって欲しい。自然と笑えて、ご飯が美味しくて、穏やかに布団で眠って欲しい。特別じゃなくていい。幸せとはそういうもの。

 

いやあそれにしても芋生悠(敬称略)。とてつもない役者を知った感じです。