ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「人間の時間」

「人間の時間」観ました。
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韓国。キム・ギドク監督作品。

 

退役した軍艦。そこに乗り合わせた、様々な年齢と職業の人たち。彼らを乗せて海原へ出発したクルーズの旅は、早々から不穏な空気に包まれていた。

そんな中。ある朝突然異次元の世界に辿り着いてしまった一同。

船から降りるわけにも行かない。物資も限られている。極限状態の中、生き残りを掛けた乗客同士の醜い争いが始まって…。

 

主人公イヴを藤井美菜。アダムをチャン・グンソク。イヴの恋人をオダギリジョー。謎の老人をアン・ソンギ。その他そうそうたるメンバーが演じた。

 

「世の中は、恐ろしいほど残酷で無情で悲しみに満ちている。(略)自分自身のことを含め、どんなに一生懸命人間を理解しようとしても、混乱するだけでその残酷さを理解することはできない。(略)自然は…人間の悲しみや苦悩の限界を超えたものであり、最終的には自分自身に戻ってくるものだ。私は人間を憎むのをやめるためにこの映画を作った。」

キム・ギドク監督のメッセージより勝手に抜粋。

 

図らずも。今のご時世を連想せざるをえない。

極限状態に置かれた時、人はどうなってしまうのか。

 

…という気難しく哲学的な作品なのかと、それなりに構えて観たのですが。

 

「言いたい事は分かる。分かるんやけれど…ちょっと雑じゃないかな〜。」(小声)

 

退役した軍艦、という物々しいクルーズ船。そこに乗り合わせた人たち。

「ごめんな。新婚旅行をこんなんに付き合わせて。」「ううん。私も興味あったから。」というマニアックな日本人夫婦(オダギリジョー藤井美菜)。

「あの有名な政治家じゃないか。」何やら有名らしい政治家とその息子(チャン・グンソク)。

政治家に取り入り、ボディガードを買って出たヤクザたち。

お色気お姉ちゃんたち(関係者以外立ち入り禁止エリアにずかずか入ってきて体を売ってくるエロテロリスト集団。)

おそらく20代位の若い男性集団。賭博好きおっちゃん達。もう一組の男女カップル。

そして、船の床に積もった砂を集める不思議な老人。

エトセトラ。エトセトラ。多種多様な人を乗せた船、という設定。ですが。

 

初めに感じた違和感。(日本人キャストって結局藤井美菜オダギリジョーだけで。けれど韓国語と日本語、お互い母国語しか話していないのに通じて会話している、という点は割愛。)

船旅の序盤。何故か乗客たちが甲板に座り込んでいて、渡された弁当を食べている食事シーン。そんな中、甲板の一角ではテーブル席がしつらわれていて、政治家親子はリッチな食事をとっている。「畜生。アイツらだけいいもの食べやがって。」

「何故彼らは我々と同じものを食べないんですか!」政治家親子のテーブルに詰め寄り、給仕していた船長も含め怒鳴り散らすオダギリジョー

「いやいやいや。払っているお金が違うんでしょうが。」「このクルーズ船って。乗船料、一律なの?」そもそものシステムに疑問が生じる当方。

「後さあ。この船、食堂フロア無いの?何で皆甲板に出されてんの。」

 

子供の頃。九州に住む祖父母の家に遊びに行くとき家族で乗った旅客船さんふらわあ』。

そして。たまたま数年前に海洋自衛隊の一般公開された船を見学した経験。

巨大海洋生物恐怖症なのもあって、船事情は殆ど分からないのですが…それにしても、この退役した軍艦のサイズ感がコンパクト過ぎる。なんというか…遠洋漁業で使う漁船サイズというか。

元々が旅客船では無いので無機質なのは致し方ないとしても…この船は元々どういう船旅を約束していたのか。全く魅力が伝わらない。

 

そして。途中から「おい。ここ。海じゃないぞ!」という超展開に転じていくんですが。「極限状態に追い込まれた人間が、人間らしさを失っていく様よ…。」という哀しき崩壊ではなく…この船の乗客のモラルはしょっぱなから常軌を逸している。

「おい。若い女だ。」女性とあらば狙われる。カップルで乗り合わせていようが構わない。男性は暴行され、女性はレイプされる。横行する乗客同士の暴力、賭博。

そして「お仕事はどうしたのかね?一体この船は誰が運航を?完全自動操縦か?」と聞きたくなる、少人数でかつ労働していなさそうな船員たち。

銃を所持している者。何故か備蓄されていた手りゅう弾。

そして。船のどういう場所かよく分からん所で、ひたすら植物の種を植え、育てている老人。

 

「何もかもが治外法権やないか!」警察とまではいかなくとも、警備とかさあ。普通は居るんじゃないの?と思うけれど…この小さなコミュニティを治める者が不在なまま。皆が好き勝手やっている内に、船が異次元に迷い込んでしまったと。

 

事態を取り仕切ると宣言した政治家。そして始まったのが、ヤクザを脇に従えての恐怖政治。「この船の食糧は俺が管理する!」

「え?食事?」思わずずっこけましたが。兎に角この政治家は食べる事に執着する。自分と息子とヤクザはモリモリ食べて、他の乗客には碌に食事を与えない。体力の低下を感じながらも、乗客の中に渦巻いていく不満。それは何度となく暴動と化していく。

「人間という名の欲望…理性を捨てた時に残るモノは性欲でもなく、食欲と言いたいのか?」何だかしっくりこない当方。唸るばかり。

 

新婚旅行だったのに。異次元に着く前に夫(オダギリジョー)を失ったイヴ(藤井美菜:以降役名で表記統一します)。

けれど悲観に暮れている場合ではない。不本意ながらも宿してしまった我が子を無事に産み落とさなければ。

とは言え乗客同士の醜い争いには加わりたくない。不思議な老人と行動を共にし、植物を育てるイヴ。そんな彼女に何かと関わってくる、政治家の息子アダム(チャン・グンソク:以降役名で表記…以下同文)。

いやいやいや。何かとじゃない。夫を失った日。政治家にレイプされ、意識を失ったイヴをレイプしたアダムはイヴのお腹に宿った子供の父親の可能性がある。

 

この作品に於ける、登場人物の相関図。そんなに難しくないんですが。兎に角キャラクターの設定が定まらない。その最たるものがアダムだったと思う当方。

 

政治家の息子で。一見誠実なのかと思いきや、父親と一緒にモリモリ飲み食いしているし。父親がレイプしたイヴに自分も手出しする鬼畜。かと思えば「君と子供を守る。」と言ってみたり。なのにお腹が空いたら暴走する。もう分けがわからん。

 

そして。「人間は食べ物が無くなったら、何を食べ始めるのかな~。」という描写がちょっとしつこい。

 

散々揚げ足を取ってしまいましたが。この作品のベストは、最後のショットがバシッと決まっている所。

「そうやんな。この船ってそういう事やんな。」

 

極限状態に置かれた時、人はどうなってしまうのか。人間の浅ましさ。それらを覆いつくした、圧倒的な自然の力。

内包するメッセージは非常に力強いのですが。いかんせん…ちょっと雑なきらいが…。

 

おそらくチャン・グンソク氏をこの目に納めようと、万全の感染対策で来られていたご婦人たちの後ろ姿が切なかったです。