ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「スピリッツ・オブ・ジ・エア」

「スピリッツ・オブ・ジ・エア」観ました。
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1988年公開。アレックス・プロヤス監督伝説のデビュー作品。

製作に4年半。公開された年のオーストラリア・アカデミー賞で最優秀美術賞、最優秀衣装賞にノミネート。第一回ゆうばり国際ファンタスティック映画祭では審査員特別賞を受賞。91年に日本の劇場公開が開始されると、レイトショーで12週間のロングランとなった。

しかし、ヒット上映記録を持ちながらもディスク化がなされなかったため、長らく『失われた作品』と呼ばれていた。

今回、監督自身の手によるデジタルリマスター版として再び劇場公開された。

(劇場チラシから所々抜粋)

 

荒廃した砂漠のぽつんと一軒家。そこには、足の不自由な兄フェリックスと妹ベティが二人で暮らしていた。

「この土地から一生離れるな。」今は亡き父親の遺言に固執する妹と、手作りの飛行機でここから飛び立つ事を夢見る兄。

ある日。兄妹の前に、何者かに追われているという男、スミスが現れる。

 

フェリックス。ベティ。スミス。綺麗なまでにこの3人しか登場しない(スミスを追う追っ手?らしき影は時々出てきましたが)。そして物語の構成も非常にシンプル。

「ここを出ていきたい」兄と「ここから離れたくない」妹。そして「早くここから逃げだしたい」逃亡者。

男たちは空を飛んで脱出する方法に希望を抱き燃え上がり。女は一緒に留まれと騒ぎ立てる。

「ねえ。兄の足を見た?空を飛ぶんだって、飛行機を作っては失敗して。落ちた時に足を怪我して歩けなくなったのよ。」「兄は頭がおかしいの。」(言い回しうろ覚え)

 

「製作過程、そして試作品の飛行練習。一々半狂乱。フェリックスは確かにイカれているけれど…ベティよ。アンタはもっとヤバいで。」

ベティを見ていて、終始険しい表情。当方が最も苦手とする『メンヘラ系女子』。それも相当振り切れている。

「大体あんなメイクって。」おっとこれはいかん。人を見た目で判断してはいかん。(なんて言うか…ティム・バートン監督が好きそうな造形。『アリス・イン・ワンダーランド』の赤の女王なんてまさにこれ)

日替わりで変わる、奇抜な衣装。男二人が薄汚れた同じ服をずっと着ているのに対し、随分と…オシャレ(当方なりの気遣い)なベティ。

そういう、いかにもオサレ系女子に支持されそうなベティだけれど。当方はあかん。こういうギャアギャア大声出したり叫んで自分の主張を通そうとする奴はどうもあかん。

 

情緒不安定な妹と二人。いつかはここを飛び出したい。まだ見ぬ場所に行きたい。そう思って、何回も飛行機を作ってきた兄。失敗続き。けれど、思いがけず現れた男に夢の後押しをされる。「行ける。ここから飛び出そう。」(言い回しうろ覚え)

 

スミスが一体何に追われているのか。何をやらかしたのか。全然分かりませんでしたが。まあ…男前なんですわ。

ヤバい兄妹を前にして。若干の不安を感じながらも、何度も何度も飛行訓練を繰り返す。おかしな妹にはヒステリックに当たりちらされるけれど。それでも「いつか飛べるはず」と兄と行動を共にする。

「そもそも、奇抜な出で立ちをした女性にヒステリックに悪意を向けられた時に。その相手にキスして黙らせるって。スミス、アンタどんなスケコマシだよ!」(当方心の声)

 

何度も失敗を繰り返し。次第に完成度が上がってきた手作り飛行機。そして遂に…。

 

「これ。そもそも二人はどうやって生活してたんだ。」「荒野に一軒家って。食事は?水道は?電気は?」「ベティの衣装の出どころは?」そういう事は考えてはいけない。

この作品に生活感や常識を当てはめてはいけない。だってこれは『おとぎ話』だから。

おとぎ話=比喩的に、空想的で現実離れした話。まさにそう。

一つの場所から飛び立ちたいと夢見る者とずっと居続けたい者。相反するのに、二人には切っても切れない絆があり、それ故に留まるしかなくなっている。そこに現れたのは二人にとっての希望であり、絶望。

 

またねえ。映像がもう…言葉にならない美しさ。どこまでも続く大地。地平線を隔てた空が青く、日が沈む時オレンジに染まり、そしてまた蒼い。

そこに佇む、オモチャみたいな一軒家。かつて宗教家だったという父親の影響から、所々キリスト教を連想させるモチーフに彩られ。この家は可愛くもあるけれど、不気味でもある。

「ここが一番。」と離れる事を拒否する妹は最早この家と同化していて、兄をとことん拘束する。

 

「一体スミスって何だったんだろうな。」

兄妹にとって希望であり絶望だった。スミスと行動を共にする事と、スミスに背を向ける事、どちらをとっても兄妹片方しか幸せになれない。

足が不自由という現実に加え、文字通り足かせになっている妹。どちらにせよ自分一人では飛び立てない兄に一縷の希望を見せた…それがスミス。

 

結局兄が下した判断に。「うわあああああ。」と心の中で叫んだ当方。これはあかん。こんなのあかん。もう、そこからは声にならず地団太。

「そして。これは兄が作った、最後の飛行機になったんだろうな。」

 

「『スピリッツ・オブ・ジ・エア』は目の前に立ちはだかる、時には馬鹿げているとさえ思えるような障害物と戦いながらも、夢を実現させようとする者たちの物語である。」アレックス・プロヤス(劇場チラシから抜粋)

 

「夏草や 兵どもが 夢の跡」松尾芭蕉の引用になってしまいましたが。

公開から30年経った今。あの荒野の一軒家を思うけれど…辿り着いたとしても、もう誰も居ない気がする。朽ちて、面影だけを残す家。何があったのかは誰も知らない。

 

シンプルな登場人物とストーリー。けれど映像は何処までも幻想的。いくらでも想像を膨らませる事が出来る。こんなおとぎ話が30年前にあったなんて。

 

ところで。流石に今回のデジタルリマスター版はディスク化されるんでしょうかね。まあ、されなかったらされなかったでまた『失われた作品』となる。残るのは個人の記憶の中のみ。夢か幻か…けれどそれもアリかなと思う当方。実にお似合いですよ。