映画部活動報告「無垢なる証人」
「無垢なる証人」観ました。
韓国。『第5回ロッテシナリオ公募展』で大賞を獲得したシナリオを基に、イ・ハン監督が映画化。
ベテラン俳優チョン・ウソンが弁護士のスノ、子役出身キム・ヒャンギが自閉症の少女ジウを演じた。
人権保護の信念を基に、民主弁護士会で長らく働いてきたスノ。しかし同居している父親が作った多大な借金に苦しめられ、企業の犬と呼ばれる弁護士事務所に転職。
現実と折り合いを付けて俗物になろう、割り切ろうと決意する中、上司から「箔をつけてやろう。」とある事件の弁護を任される。
それは、大企業のトップである80歳の老人の死亡事故。自宅で頭からビニール袋をかぶり、窒息死した老人。最愛の妻を亡くし、生きる希望を失っていた様子から自殺だと思われたが…向かいの家に住む少女ジウがその顛末を目撃。ジウの証言は「家政婦が殺した」だった。
殺人の罪で逮捕された家政婦の無罪を証明せよという依頼を受けたスノ。
閑静な住宅街で起きた、老人の死は果たして自殺なのか、殺人なのか。
広い屋敷で暮らしていた、老人と家政婦。家政婦の言い分は、夜に物音がし老人の部屋を訪れたらまさに自殺しようとしている所であり、止めようとしてもみ合いになった。死のうとしている人間の力はあまりにも強く、自分には止められなかったというもの。
一体その夜少女が何を見たというのか。唯一の目撃者であるジウが自閉症であり、意思疎通が困難である事は送られてきた映像から確認できたが、何か聞きだせないかと実際に接触を試みたスノ。初めこそけんもほろろな態度を取られてしまったが。
「自閉症というのは自分の世界から出てこられないんだ。ならばこちらから世界に入ればいい。」「目線を合わせろ。」(言い回しうろ覚え)
自閉症の弟を持つ検事からのアドバイスを受け、少しずつジウと心を通わせるべく努力するスノ。頑なだったジウもスノを受け入れていくが…。
「一般公募のシナリオから生まれた作品かあ。良くできている。」
近年ジャンル無双の韓国映画界にしては、昔からある『ベッタベタなお涙ヒューマンジャンル』(言い方)。
気持ちよく泣かされ、そして最後には爽やかな風が胸に吹く。「いい映画観たわああ~。」誰にお勧めしても大丈夫な作品。
自閉症。まして自閉症スペクトラム障害、サヴァン症候群等々いかんせん無知なもんで。一体どこまでがリアルなのか当方には判断できませんし、正直「ジウのスペック高すぎやしないか?」と思ってしまいましたが。兎に角ジウ役を演じたキム・ヒャンギが…上手い、というと一言過ぎる…丁寧、でしたね。
例えば数学的な分野等には天才的な能力を持っているが、環境に対する知覚が過敏過ぎて日常生活がままならない。決して他者を認識していない訳ではないが、相手の表情を正確に拾う事が出来ない。自分を表現する事が不得手でかつ、ペースも緩慢故にコミュニケーションが円滑に取れない。けれど決して感情が無い訳では無い。
「何だ。まるで5歳児じゃないか。」
違う。きちんと思考も感情もある。ただ、自身の中で終始吹き荒れる嵐に収拾がつかない状態なだけで。質問にとっさに答えられなくても、ジウを無能だと決めつけてはいけない。
ジウのペースで、ジウの方法で導き出せば…ジウほど正確な証言が出来る人間は居ない。
被告人を弁護する立場のスノと、被告人を殺人者だと証言しているジウ。日々の触れ合いで次第に信頼関係は成り立っていっていたのに、法廷では対立した関係。
そこでスノは決して口にしてはいけない事を言ってしまう。
「ああ。言葉を大切にするお仕事をしているのに…。」
この作品は「人を見た目で判断してはいけません。」「人には多面性がある。」「その中であなたはどう生きていくか。」というメッセージがある、と勝手に解釈している当方。
人を見た目で決めつける、それは「自閉症があるジウにはきちんとした証言は出来ない。」と決めつけてしまう事だけでは無くて。
もう捨ててしまおうと思った信念を捨てきれられないスノ。ジウの母親。ジウと登下校を共にしていた唯一の友人シネ。そして被告人の家政婦すらも。
誰がどういう人だとか、こういうポジションに居る人はこういうキャラクターなはずだとか。良いとか悪いとか、知らない人は勝手な事を言う。アイツはいい奴だ、悪い奴だ。けれど。
「こうあるべきだ」にがんじがらめになって。けれどそれが自分の感情と乖離していてどう振舞えばいいのか、訳が分からなくなってしまった時。
「あなたはいい人ですか?」
一体俺は何故弁護士になろうと思った。弁護士だった父親の背中を見て、正しい事をしたいと思ったんだろう?
(またねえ。終盤の父親からの手紙は号泣案件。父親の借金ったって、お人よし故。そしてあの病の不可逆性もまた…)
他人から決めつけられる事が多いジウが、真っすぐな目でスノに問うてくる「あなたはいい人ですか?」
個人の中にある様々な感情。あって当然。加えて、置かれた立場や環境の中で。迷ったらいい…でも。最後にどう生きるのかは自分で決めなければいけない。その時大切にしているモノは?あなたの信念は?
元々人権保護を信念にしてきたスノ。やっぱりそれを捨てるわけにはいかないと、足場を立て直して事件を違う角度から見た時。黒から白へ。怒涛のオセロ全ひっくり返しが始まる。
法廷シーンは、サスペンスというか…インパクトのある展開にしようとし過ぎていたという印象。第一審の終わり方は確かに胸糞悪いけれど、流石に検察側が弱すぎる。
というか「どうやらここは警察が不在の世界線のようだ…。」と呟かざるを得ない。あの一族関係を調べりゃいい話じゃないの?再審でのジウの証言に「おお…。」とは思うけれど、スペックの高さに圧倒された感じも否めないし…流石に科学的な証拠とか法医学的な見解とか無いの?後…(小声)ブタンガスの件、どうなったの?
そして流石に、この裁判の進め方は禁じ手過ぎやしないか?
風呂敷の畳み方に、あっけにとられる部分もなきにしもあらずでしたが…まあ、何だか皆さん肩の荷が下りたいい笑顔で最後を迎えておられたので…。(ジウの母親の表情もほっとしました。)
そしてあの判断をした事と引き換えに世界が変わってしまったスノにも…現実的な心配は置いておいて、温かく包まれそうな居場所が見つかった事に意識をずらして安堵しておいて。
最近個人的に刺激を求め過ぎていた韓国映画だったけれど。久々の王道ヒューマンドラマに気持ちよく泣かされ、そして最後には爽やかな風が胸に吹く。「いい映画観たわああ~。」誰にお勧めしても大丈夫な作品。たまにはこういうのも良い…けれど。
(小声)やっぱり刺激を求めてしまう当方。チョン・ウソンには時にはコップを歯で噛んでもらいたいです。(2017年公開『アシュラ』より)