ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「Girl /ガール」

「Girl /ガール」観ました。
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15歳のララ。バレリーナ志望。

しかし現実には、彼女の夢の実現は非常に厳しい。なぜなら、彼女の体は男性だから。

確固たる意志と努力。ララの持つ魅力、才能、センス。

理解ある家族、信頼できる医療チームの支えもあって。難関のバレエ学校への入学を果たした。日々(文字通り)血のにじむような練習に没頭するララ。けれど。

クラスメイトからの心無い悪意。そして意思では制御出来ない体の事情。

上手くいかない。この体のせいで。このままではもうバレエが出来なくなる。

初舞台のチャンスを前に。次第に己を追い詰めていくララ。

そして彼女が出した選択とは。

 

第71回カンヌ国際映画祭『カメラドール(新人監督賞)』受賞。ルーカス・ドン監督(ベルギー)作品。

「18歳の時、バレリーナになりたいと奮闘するトランスジェンダーの少女の記事を読んで。彼女を題材にした映画を撮るんだ、という思いからこの作品を作った。」

ララのモデルとなったベルギーのダンサー、ノラ・モンスクール。

彼女から語られたエピソードの数々から構成された物語。そして主人公ララを、映画初出演の現役トップダンサー、ビクトール・ポルスター(当時14歳)が演じた。

 

トランスジェンダー(心と体の性が一致しない人)を演じたのがシスジェンダー(生まれた時に診断された身体的性別と自分の性が一致し、それに従って生きる人)の役者。」

心も体も男性であるビクトールが。どうしてこんなに繊細な表情を見せる事が出来た?女性らしい仕草。己の体の変化に対する嫌悪感。このままでは何もかも駄目になってしまう。今が大切な時なのに。そう焦るララの心情を、どうして彼がこんなに見事に表現出来たのか。

 

「ビクトールが正に思春期のダンサーだったから。じゃないですか?」そう答える当方。

 

トランスジェンダーが主人公の物語ではありますが。その前に。

第二次成長期に於ける、心身の変化に翻弄される思春期の主人公。

この世代が確固たる夢を持っていて、実際実現可能な環境に身を置けている。それだけでも凄いですけれど。けれどそれは棚から落ちてきた牡丹餅では無い。本人がとてつもない努力をしたから。

もっと。もっと高見に行きたい。自分の望む景色を見たい。その為ならばどんな努力だってする。

 

そういうストイックさ。実際に名門バレエスクールに通う現役のダンサーなら。ビクトールにはその気持ちは絶対に分かるはず。

ビクトールが演じたのは思春期のダンサー。成長期に於ける、葛藤。もがく姿。

そこに肉付けされた『ララ』という少女。彼女のセクシャルティ。メンタル。

ララのバレリーナになりたいという夢。それを阻む原因が己の体。性別の壁。

そういうララの心情を理解出来るから。…真に迫った演技が出来た。そういう事じゃないかと。

 

「なんてエレガントな女性なんだ。」

監督が。そしてビクトールが演出した『ララ』という少女。

15歳とは思えない。大人っぽくて落ち着いている。芯が強い。あからさまな悪意を向けられても。自身の中では吹き荒れているのであろう感情も。決して他人にぶつけたりしない。

母親の存在について、はっきり言及されていませんでしたが。兎も角今は運転手の父親と幼い弟との三人暮らし。

弟を学校に送り迎え。父親と一緒に食事の準備をし。「しっかりしなきゃ。」そんなセリフはありませんでしたが。家でも母親であり姉であろうと常に気を抜かない。

 

「何でかなあ。もっと頼ってくれたら良いのに。」

却って危なっかしい。そう思えて仕方なかった。そして…おそらくララの父親もそう思っているだろうと察した当方。

物語の前に起きた事。それは推測しか出来ないけれど。

息子から娘になった。それをきちんと飲み込んだ。そして医療チームと連携を取り、どうすれば娘が幸せになれるのかを一緒に模索してくれている。父親。凄い。

 

「お前は完全に女性だよ。」「貴方は女性だわ。」

父親も医療メンバーもそう言ってくれる。ララの立ち居振る舞い。一見した見た目。ララは女性。そう言ってくれるけれど。

「女性ならこんなもの付いていない。」

 

何だかとっても…自身の性器に固執するんだなあと思ってしまいましたが。まあ…確かに…男女の体の違いの中で最も違うと言えばそうだからか…。

ホルモン療法を受けている。けれど思っていた感じじゃない。女性らしい体つききは得られない。

確かに見た目は女性。けれど、それはあくまでも服を着た状態。裸になれば…体は男。女性じゃない。自分は絶対に女性じゃない。

早く性転換手術を受けたい。けれど後二年は手術を受けられない。

 

憧れていたバレエ学校に入学出来た。幼い時からここに通うクラスメイトと比べたら、随分遅れをとっている。けれど、努力をすれば。そういうストイックな姿も認められたのか、初めて舞台公演のメンバーに選ばれた。

もっともっと。もっと上手くなりたい。美しく踊れるバレリーナになりたい。そう思うのに。

 

ある日クラスメイトの誕生日会に呼ばれた。そこであった、嫉妬したクラスメイトからの、反吐が出そうな発言。(本当に…いたたまれなかった。)

ああ違う。バレリーナを目指してこの学校に居るのに。結局自分はイロモノでしか無い。見た目を取り繕って女の振りをした化け物でしか無い。

 

「焦るなよ。父さんだって男になるのに随分時間が掛かったんだ。」「思春期を楽しめ。」

中年の当方には、ララにこう言った父親の気持ちがとてもよく分かる。

 

思春期なんてとうに通り過ぎて。すっかり凪いだ大人という立場からはそう声を掛けるしかない。時間が解決するしかない事がある、今性急に物事の答えを出すなよ。

肝心な事をきちんと話してくれない娘。本当は揺さぶってでも聞き出したい。今何を思っているのか。苦しんでいる事はなにか。何でもしてあげたい。けれど…『言わない』という選択をしている娘の意思を尊重…ここはぐっとこらえて大人の余裕を見せないと。でも。俺はお前が吐き出したい時にいつでもそばに居るからな。

 

『青春時代が夢なんて あとからほのぼの思うもの』『青春時代の真ん中は 胸にとげさすことばかり』(『青春時代』 歌:森田公一とトップギャラン 歌詞:阿久悠 作曲:森田公一

 

なのに。

今が全て。今ここで全ての元凶を断ち切らなければ。溜めに溜めたありとあらゆるフラストレーションに対し、そう結論を出してしまったララ。痛い。痛すぎる。

「あいたたたたた~!!」心中で悲鳴を上げる当方。それはあかん。

 

結局ララの出した結論の…具体的な結果は分かりませんでしたが。当方は…「アレは切れなかったけれど、ため込んだ気持ちなんかは断ち切れた…。」と思っているのですが。

まあ…確かにララが胸に押し込んでいた問題は、一番声に出して言いにくい事ではありますが。ララの奴…それをぶちまける方法が危険すぎる。

 

最後。すっぱりとした表情で闊歩するララの姿。明らかに悩んでいた時期から新しい段階へ歩んでいる様子に見えましたが。

 

「忘れたらいかんよ。貴方にはずっとそばで支えてくれている人が居る事を。」「もう二度と、勝手に一人になってはいけないよ。」そう声を掛け。彼女を見送った当方。

ララが彼女らしく。生きられるよう。祈るばかり。

 

そして。ララを最後まで表現しきったビクトール・ポルスターにスタンディングオーベーション。兎に角素晴らしかった。それに尽きました。