映画部活動報告「ウトヤ島、7月22日」
「ウトヤ島、7月22日」観ました。
2011年7月22日。ノルウェーで起きた連続テロ事件。
首都オスロで起きた政府庁舎爆破事件。死者8名を出したテロが起きて約二時間後。オスロから40キロ離れたウトヤ島で銃乱射事件が発生。そこではノルウェー労働党青年部のキャンプが行われており。参加していた十代の若者達が犠牲に遭った。死者69名。
この二つの犯罪を犯したのは、当時32歳のノルウェー人、アンネシュ・ベーリング・ブレイビク。極右思想を持つキリスト教原理主義者。事件の動機は「イスラム、IS乗っ取りから西欧を守る為。」ウトヤ島には警官に成りすまし上陸。捜査の一環だと若者を集め、銃を発砲。その後島中を歩き回り、次々と少年少女達を銃殺した。
ノルウェーに於ける戦後最悪の事件。単独犯としては最多となる77人もの命を奪ったテロ事件。
「実際の事件で、発生から収束に至ったまでと同じ72分。(事件で発砲された数と同じ銃声数を使用)ノンストップ、ワンカット撮影。」
正直あまり知らなかった事件。どういう事が起きていたのか。そう思ってふらりと観に行きました。
当方はこれまで、色んなジャンルの映画を気の向くまま雑多に観てきました。正直苦手なタイプのジャンルもあるにはあるのですが、そこには余り踏み込まない様にすればいい話。とは言え、万が一目にしたとしても、本気で気分が悪くなったりしたことはありませんでした。でしたが。
「これは怖い。ほんとうに怖い。」
どんな話なのか分かっていたはずなのに。銃声が数発鳴って。主人公たちが「何?今の。」と言葉を交わした後。近づいてくる悲鳴と、全速力で走って来る少年少女が見えた時、得も言われぬ緊張感と禍々しさに…座席に座っているのに、体がせり上がって息が苦しくなり。そこから画面は怒涛の阿鼻叫喚。
全身が粟立って強張って。思わずマスクを外して深呼吸。持っていたミルクティーを摂取。深呼吸し、我に返った当方。これは怖い。堪らない。
悪夢の72分。主人公の少女カヤを追うカメラ視点で話は進行する。
しっかり者のカヤ。妹のエミリアとキャンプに参加した。けれど。
2時間前にオスロで起きた爆発事件を知って、陰鬱なムードが漂っていた仲間達をよそに、海水浴を楽しんできた妹と喧嘩。「不謹慎じゃないの、馬鹿!」そうして喧嘩別れしていた所に、件の銃乱射事件が勃発。
逃げないと。でも…どうしよう。エミリアと一緒じゃない。どこに行ったのか分からない。
「人は有事が起きた時、どう行動するのだろう。」「そして当方なら?」
この作品について。「あくまでも、事件に遭遇した少年少女の体験談から構成したフィクション。」「ドキュメンタリーでは無い。」つまり。この作品の主人公であるカヤは実在しない。「こういうエピソードがあった。」「少年少女はこう行動した。」その集合体。それがカヤ。
そして。「何だこのカメラワークは。」というご意見。「手持ちカメラが一人の少女を追いかける。その揺れるカメラこそが一人格に見える。いっそ逃げ惑うカヤの視点でカメラを動かしては云々。」
「FPS!(主人公の視点で世界を移動する3Dアクションゲーム)そんな手法で撮られる悪夢の72分って!それ最早一体何を見せたいっていう話やし。悪趣味。本気で気分不良に陥るぞ!」叫ぶ当方。
忌まわしいテロ事件。それを後世に伝えたい。その気持ちを作品に落とし込むには、確かに粗削りな作品。けれど。これはただ受け止めるだけの作品では無いと思う当方。
「この現場に居合わせたら。当方はどうなるのか。」
犯人から銃を奪う?仲間同士で結託して立ち向かう?そんなの、絵空事でしかない。
俺は人を殺す。皆殺しだ。そんな確固たる意思を持って、確実に人を殺せる凶器を携えて闊歩する相手。何も伝わらない。話なんて出来ない。そもそも対峙するなんて無理。
ただただ逃げ惑う。声を上げ、やみくもに、何度も足を取られながら。又は足がすくんで動けなくて。結果大人しく殺されるか。
怖い怖い怖い。もう何も考えたくない。誰か助けて。誰か嘘だと言って。もしくは今すぐ殺して。
第一子の当方。当方にも妹が居る。もしカヤの様に、こんな有事に妹とはぐれたら?
考えただけで泣きながら大声上げて走り回りそうになる。堪らない。耐えられない。
皆が逃げ出したテントの傍ら。「お兄ちゃんがここで待っとけって…。」『IT/イット』みたいな黄色のレインコートを着て、蹲っていた小さな少年。「頼むから森に逃げて!そしてそのレインコートは脱いで!目立つから!」カヤと一緒に叫ぶ当方。
「もし妹が一緒にいたら。誰か守るべき相手が一緒だったら。」そう思う当方。
全てがたらればですが。恐らく「しっかりしなければ」という気持ちで行動出来る。
寧ろ、怖いのは「一人だったら。」
恐怖が膨れ上がって。当方は恐らく精神的に自爆する。
ウトヤ島を逃げ回るカヤ。そこで出会う少年少女達。けれど、カヤも含め彼ら全ての行動に正解は無い。何をしたら救われるかなんて無い。ただただ運。
逃げられた。そう思った途端、近くで響く銃声。さっきは遠かったのに。
(カヤの取った色んな行動について、批判するのは勝手。ですが…極限状態で人って冷静な判断なんて出来ないですよ。)
おかしな思想を持つたった一人の人間の前に、圧倒的な無力感を叩きつけられる。
何故?政治に興味があって、夏休みに同年代の仲間とディスカッションがしたかった。それだけ。それどころか「兄姉が参加するから。夏休みの思い出に付いてきた幼い弟妹。」「ナンパ目的。」それでも何も悪く無い。殺されるような事は誰もしていない。
「もし帰れたら何がしたい?」何故。何故「もし」と仮定しないといけなくなった。まだまだこれから。まだ何にでもなれるはずなのに。どうして「死ぬかもしれない」なんて思わないといけなくなった?
どうして?どうしてこんな事に?
「辛い。」
この作品はあくまでもフィクションで。主人公は実在の人物では無いけれど…けれど数多の少年少女に起きた出来事の集合体。痛ましい。
この作品から考える事。「色んな主義主張があって、それを関係の無い無抵抗な相手に突然武力行使してくる輩。それは確実に存在する。」「ある日突然圧倒的無力感に陥れられる恐怖。」「その時自分はどうなるのか。(どうするのかではない)。」
「テロとはこういう事だ。」「突然自分自身の基盤を。足元を完全に掬ってくる。」けれど。起きた事を知らんふりしてはいけない。考えなくてはいけない。「何故こんな事が起きた?何故?」
何だかんだ平和ボケしている国に住む当方。有難い事でもあるけれど、こういった有事は決して無縁では無い。
「一体テロとは何なのか。」「何故起こるのか。」「どういう事が起きるのか。」
無慈悲にも奪われた77人の命を。無駄にしてはいけない。
本当に観る人を選ぶ(体調的に厳しい)作品だと思いますが…観られるのであれば…観る価値のある作品だと思います。