ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「迫り来る嵐」

「迫り来る嵐」観ました。
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1997年。香港返還の年。

具体的にどうなるのか分からない。けれどきっと何かが変わる。古い時代から新しい時代へ。

そんな中国で。経済発展を目指し、旧体制は変換を求められた。国営工場は軒並閉鎖され。人々はまだ見ぬ未来に胸を躍らせ、しかしその時代の波に取り残される人々も多く生まれた。そんな世紀末。

 

とある田舎の国営製鉄所。一面野っ原の中。ぽつんと、けれど広大な敷地に広がる工場。

その近くで女性の変死死体が発見された。それも一度では無い。もう三度目で、しかも毎回女性。同じような手口。

工場の保安部で警備員をしているユイ。初めは現場の交通整理等で関わっていただけだったが。顔なじみになっていく古株刑事からぽつりぽつりと得られる情報。選民意識。

次第に刑事気取りで事件に首を突っ込み始めるユイ。若手刑事の「ユイ名探偵のお出ましか」そんな皮肉を聞き流し、本業そっちのけで事件捜査にのめりこんでいく。

恋人イェンズが事件の被害者に似ていると思い至った事から、ますます事件に固執し狂気を孕んでいくユイ。

 

「中国映画の泥臭さ。不条理でやるせなくて不器用で。そういうの、堪らんねよな。」「オウ…一体何様だ。」

数年前。映画部長が語った中国映画論と、それに答えた当方の会話を思い出した当方。

近年で言えば『薄氷の殺人』。あの無骨で繊細なサスペンス作品(表現下手)が大好きな当方としては唸った挙句、無言で何度も何度も頷いてしまう…そんな大好物な作品でした。

 

突然なんですが。電車通勤の当方。概ね小一時間の通勤時間で。車窓から見える景色の中、結構大きな工場(それなりに名前も知っている会社)をいくつか見掛けるんですが。

「幾つもの工場が連なって。工場間を這う配管。敷地を行き来する車の為の道路。フォークリフト。工場の中を行き交う、同じ作業着を着た人達。中での秩序。人間関係。ここから見えるあの場所でのみ成立する世界。」

当方の働く現場だって、どんな職業だって。職種が違うだけで団体職は結局、はたから見たら同じ事ですが。

兎に角『工場』という現場に対して、ぼんやりと夢を見て想いを馳せてしまう当方。

 

そんな中でも。『1990年代後半の中国』『斜陽産業のマンモス工場』『新しい時代には乗れない』そんな泥船にはひときわ静かに興奮してしまう。

 

主人公ユイ。

保安部の警備員。マンモス工場の治安を守るべく、不良工員を見つけ出し、罰してきた。賄賂など笑止。スタンガン?片手に、悪い奴が相手ならば暴力だって辞さない。

年に一度の工場内での表彰式で。優秀工員として表彰された。敷地近くで事件があれは、刑事からもあてにされる。仲間からは「公安に昇格しろよ」と言われ。満更でもないけれど、その場では「俺はお前たちと一緒に居たいんだ。」と宣う。そんな奴。

 

俺はただの警備員じゃない。工場からも刑事からも評価されている。俺は特別なんだ。

俺なら犯人を捕まえられるんじゃないかな。どうせ犯人はここの工員だ。俺なら見つけられる。犯人は犯行現場にまた戻って来るというじゃないか。だったらこの辺りをぐるぐる回って、俺にしか見つけられないものを見つけてやる。

 

「お前は刑事じゃないだろ。身分をわきまえろ。」

 

もうすぐ新しい波が押し寄せる。この工場だっていつまで稼働しているものか。

ましてや生産ラインに属している訳でも無いユイ。案の定、大幅リストラ社員の仲間入り。

 

この作品=ユイの持つ閉塞感。これを見事に表現したのが、1997年パートの終始止まない雨。

特にはパラパラと。時には窓を叩いて。BGMさながら、ずっと降り続けた雨。モヤモヤと晴れない心象風景。常に雨のどんよりとした画面。

 

とあることから恋人になるイエンズ。「香港で美容院を開きたい。」風俗嬢であった彼女に近所で店を持たせ。「工場を首になったって、二人でこれから暮らしていけばいいじゃない。」そうイエンズはユイに言うけれど。決して首を縦には振らなかった。

 

俺にはやるべきことがある。俺は連続婦女暴行殺人犯を見つけなければならない。

 

工場で。言葉では褒めていながらも、どこか馬鹿にした態度も匂わせていた同僚達。「お前はいいよな。そうやって犬みたいに何でも嗅ぎまわって。何か見つけたら大声上げて。尻尾振って褒められて。」けれど。何が悪い。これが俺のアイデンティティだ。

俺は絶対にこれで成功してみせる。何も間違っていない。これで幸せになってやる。

 

題名の『迫りくる嵐』とは一体何を指していたのか。

 

途中。犯人を追う中で失った舎弟。歯止めが効かなくなった理性。恋人の判断。どうにもならないドミノ倒しに押されて。そして結果があの野っ原での強行。あれだって嵐の所業だったけれど。

 

「迫りくる時代の変化」「得体の知れないモノに対する不安」「押しつぶされる予感と抗えない自分」「けれど逃げられない」

あの時代の中国に生きた皆が漠然と抱えた気持ちを、イチ個人を通して描いたのではないか。そう思った当方。

 

諸行無常の響きあり。」

時を経てみればまるで夢のよう。優秀工員として表彰された日も。それどころか、あの工場で働いていた事も。

 

けれど。やはり寒々とした雨の日々は嘘でも夢でも無くて。

そっと添えられる、事の顛末。

 

「もしかしたら。また嵐は迫って来ているのかもしれないな。前とは違う形で…。」

 

最後。瞼を閉じるユイを見ながら。完璧な『泥臭い中国映画』の幕引きに、これはやられたと。唸りながら鼻の下に拳を当て続けた当方。