ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「22年目の記憶」

「22年目の記憶」観ました。
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「1972年7月。韓国と北朝鮮の統一に向けた声明『南北共同声明』が発表された。」

(お馴染み、無知な当方の付け焼刃な知識でざっくりこの声明を纏めてみると「元々同じ民族である我々。分かり合えるはず。現在の祖国にまたがる境界線を無くしていこうぜ。」「ただし、あくまでも話し合いは我々のみで行おう。決して外国のいいなりや入れ知恵は無しだ。」そういう内容だと解釈。)

 

「いよいよ朝鮮半島統一か!」

 

声明が発表され。沸き立つ世論。声明後初の両首脳会談に備え、韓国政府は秘密のプロジェクトを企画、準備した。

『首脳会談の予行練習』。当時韓国大統領であった朴正煕。彼が対話する相手、北朝鮮最高指導者金日成

神秘のベールに包まれすぎの相手に。果たして切り込んだ会話が出来るのか。

ぶっつけ本番で、こちらの思惑通りの流れに持ち込めるのか。

 

金日成を作れ。見た目も話し方も仕草も…そして思想や思考も金日成そのものだというダミーを。」

 

『無名である事』『口が堅い事』その条件で集められた、小劇団の売れない役者達。彼等は一体自分が何を演じるのかも分からない。けれど必死に自分を売り込もうと必死。

第一審査こそ演技披露もしたけれど。目隠しをさせられ、運ばれた先では容赦ない拷問。そんな『地獄のオーディション』を経て。選ばれたソングン。

 

「またまた大胆なアイデアをぶっこんできたなあ~。」

 

1972年の南北共同声明。それを受けて、すぐさま開催されると思われた南北首脳会議。どうやらあったらしい予行練習。この事実を、こんな大胆な切り口で描くなんて。しかもこの計画に依って狂わされていく主人公ソングンの変わっていく様を、哀しいはずなのに何だかコミカルな展開で見せ。かと思えばしっかり決める所は決めてくる。

「笑って泣いてほっこりして。緩急の付け方がお見事。」

 

主人公、売れない劇団俳優ソングンを演じたのが、去年の『殺人者の記憶法』が記憶に新しいソル・ギョング。兎に角彼の演技が秀逸過ぎる。

妻を病気で亡くし。母親と一人息子テシクの三人暮らし。どうしても役者人生が諦められなくて、小劇団から足を洗えない。と言っても彼に与えられる役は殆ど無く、ほぼ雑用係としてすがる日々。けれど。

そんなソングンに転機が訪れた。棚ぼた式に手に入れた『リア王』の主役。初めての大役。期待で沸き上がるソングン一家。なのに。

緊張から大失敗に終わった公演。テシクをがっかりさせてしまった。己のふがいなさに、一人楽屋で泣くソングン。ーそのタイミングで、例のオーディションの声がソングンに掛かる。

 

「そうか。確か1970年代の韓国って軍事政権やったんよな。」「尋問上等の国家権力。」そんな時代背景が脳裏に過る、地獄のオーディション。

「君が役者で。演出する者、台本を書く者。そして主宰者が居る。最高の舞台を作ろうじゃないか。」(言い回しうろ覚え)

俺は選ばれたんだ。誰にもこの役は渡さない。もう失敗しない。

そうして。徹底的に『金日成』に仕上げていく様。ここが思いがけずコミカル。

結局金日成に似ているのかと言うと、一言で言うなら「似ていないと思う」のですが。(そもそも似ている似ていないが判断出来る程、金日成を知らないし…)けれど。見た目は全然似ていないけれど「恐らくこんな感じなんだろうな~」というニュアンスは伝わった。それで十分。

 

「この作品は『金日成のそっくりさんを作った事』ではなく『役者である父親が息子に見せたかった姿』をより伝えたかったはずだ。」

 

ふがいない自分を見せた。息子をがっかりさせてしまった。けれど。見せたい。見て欲しい。自分が演じる姿を。

 

これは金日成だ。ソングンが乗り移ったかのように演じられるようになった所で、突然打ち切られた計画。チーム金日成、強制解散。

 

そこから22年後。

 

幼かったテシクもすっかり擦れた大人。それどころかマルチ商法に手を染め、借金まみれ。

いよいよ借金取りに抑えられて。都市開発地域に立つ実家を売却し借金を返済する事を思い立つテシク。しかしその権利書に押す実印の在処は父親しか知らない。

疎遠になっていた父親に会う為、老人ホームに向かうテシク。

そこには金日成のまま老いたソングンが居た。

 

極限まで追い込んで仕上げた金日成が抜けなくなったソングンと。彼に振り回され、辟易し距離を置いていた息子テシクの再会。あくまでも「実印をもらう」為に始まった同居生活は、テシクの彼女や意外と人情派の借金取りの存在もあって、ハチャメチャでおかしくて…けれど何だか切なくて。

 

「ソングンは役に飲み込まれたのか。役を飲み込んだのか。」

 

俺は金日成だと思い込んだ。精神を病んだ。加齢や病はそれを加速させた。けれど。

ソングンはソングンである事を。テシクの父親である事を、完全に忘れた訳では無かった。

 

そして遂にやってきた。22年振りの大舞台が。

 

「これだ。これがソングンが息子テシクに見せたかった『役者である父親』の姿だ。」

圧巻。追い込んで追い込んで作り上げたチーム金日成の集大成も流石でしたが。それよりも当方が思わずタオルを目に押し当てたのは、金日成では無い、父ソングンの姿。

22年前。小劇団の舞台。舞い上がり過ぎてセリフを口に出すことも出来なかった。テシクの前で見せたかったあの舞台。まさかここでそのエピソードと対になるなんて。

しかも月日が経った今。同じセリフに厚みと重みが加わってくる。

 

「役者だ…。」

 

余りにもこのシーンに打ちのめされてしまって。正直これ以降どんどん畳み込んでくるエピソードに若干のあざとさすら感じてしまった汚れた当方。

 

笑って泣いて。もう散々振り回されたのに。しっかりと『父と子の新しいバトン』の予感を漂わせながら幕引き。

 

「本当に韓国映画のジャンル無制限っぷりとレベルの高さよ!」

今年もまた。注目せざるをえないです。