ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「悪魔祓い、聖なる儀式」

「悪魔祓い、聖なる儀式」観ました。
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カトリックの総本山。ヴァチカン。イタリア。

そこで古代より行われてきた『悪魔祓い』。

2014年。正式に認められた『国際エクソシスト協会』。

悪魔祓いをする神父=エクソシスト。近年需要が高まる事からも急増を余儀なくされており。その数は30カ国約300人。(日本には実在しない)

医学や化学では説明出来ない奇怪な力に侵され。日常生活もままならなくなった人たちが日々押し寄せる。そんなある教会とそこで悪魔祓いを行うエクソシスト(以降簡単に神父で表記を統一します)を撮ったドキュメンタリー。

 

「何てレアな場所に…」興味津々で観に行きましたが。

 

八百万の神に日々の感謝を唱える。おはよう。いただきます。ご馳走さま。ありがとう。今日も一日お疲れ様。おやすみなさい。そうやってお天道様に挨拶して。

日本人の御多分に漏れず。当方も特に熱心に何かの神を崇めている訳ではありません。

やれ正月だ。盆だ。秋祭りだ。クリスマスだと。そういうのも、イベントとして楽しむだけ。

親族同様。親兄弟が無くなったら寺にお経を上げてもらうのでしょうが。だからといって普段から、寺に手を合わせに行く訳ではない。

 

THE無宗教。そんな当方は…彼等の姿にただただ無言になってしまうだけでした。

 

教会に集まる人々。ミサ。そこで神父より「ここには悪魔に憑かれている者も居ます。決して驚かないように」と事前に断られ。

そして祈りが始まると。唐突に呻き出し、のたうち回る人が現れる。神父の助手やスタッフに依って、そういった人物は皆から少し離れた場所に連れていかれ。そして聖水などを掛けられ…。

 

「ほんまに??」猜疑心の強い当方の。疑いのまなざし。

 

基本的にはそういうシーンの繰り返し。

「悪魔に憑かれた」と悩む本人や家族。本人が悩むならまだしも。もう何が何だか手の付けられない状態になった、錯乱状態の身内を引っ張ってくる家族。

彼らの話を聞いて。かと思えば(当方的には)唐突に発せられる聖書の一文。それに過剰に反応する、憑かれている者。

本人とは思えない様な野太い声を上げ。のたうち回り。掛けられた聖水に悲鳴を上げる。

 

「ほんまに??それはほんまに??」

 

そうして生還した者も描かれる。けれど。彼らは永遠に悪魔と縁が切れた訳では無い。

「この子に悪魔が付いたのは家族の信仰心が薄いからだ」はっきりと家族に告げた神父。今悪魔は去った。けれど心が弱ったら、この子はまた悪魔に憑かれるぞと。家族で乗り越えなければと。自宅に帰った後も子供に聖水を掛ける親。

そして。暫くの月日が経って。家族総出で協会にお礼参りに行ったけれど。かつて憑かれていた少女の言った「ここ(教会)にはまだ来たくない」その言葉の意味。

 

「ほんまに??何が見えるの??ここで」

 

かつて悪魔祓いをしてもらったけれど。それからも足しげく教会に通う者達。また毎日が上手くいかなくなった。これは悪魔のせいだ。前は神父は話を聞いてくれたじゃないか。また話を聞いて。私の中の悪魔を祓って。

(かなり淡々とカメラを回す感じのドキュメンタリーでしたし、ともすればさらさらと流れていきそうになったくらいに多すぎたキャスト。なのでここに書いた者たちの事を当方が勝手に解釈した可能性が多分にあります)

 

精神疾患との境界が難しそうな…」

医学や化学では説明出来ない…でもどっぷりそこに浸かった当方の脳は、目の前のスクリーンで映し出される状況が納得出来ない。理解ではない。納得できない。

 

『神』という概念の違い故か。日本ではあまり馴染みの無い『悪魔憑き』。(同義語としては『狐憑き』なんでしょうが)

オカルトに造詣は無く。ましてや「宗教と神について」なんて。「絶対に足を踏み入れてはならぬ!!」と脳内リスクマネージャー当方が警鐘を鳴らしていますので。まあ…言われなくても語りませんが。

 

全てを見た訳じゃ無いので…浅瀬からの私見ですが。

「のたうち回る者達の行動が余りにも型に嵌りすぎてやしないか」「自己暗示との境界は」「上手くいかない日常が悪魔のせいは甘えじゃないか」「そうやって上手くいかないからと言ってドラックに手を出すのは悪魔の仕業と言うのか?」「家族の誰かがおかしくなった時。その理由が信心故って。本質から目を背けていないか」

 

どうしても。モヤモヤとしてしまう。それは当方が無宗教だからか。ですが。

 

「信じる者は救われる」

 

その言葉が。圧倒的な説得力を持って当方を黙らせる。

確かに彼らは宗教に依って、神の力に依って救われている。

 

医学や化学。これらは目の前の事象について、系統立てて分類してから、対応を導き出す。

数多の経験とそこからの分析をデータ化して。そうやって問題に対して合理的に、かつ納得のいく答えを叩き出す。けれど。

 

医学も化学も手に負えない。そんな事態を彼らは「悪魔の仕業だ」と言って。

科学の子当方は「ナヌ!」と言ってしまうけれど。彼等の声に寄り添って。そしてきっちり落とし前を付けてくれる。それが『悪魔祓い』の仕事。

 

(今回少し『国際エクソシスト協会』『悪魔祓い』について調べましたので補足。一応どんな者でも教会に駆け込んでいるという訳じゃなくて。事前にきちんと医師の診察なども受けて精神疾患の有無をスクリーニング。悪魔祓いには医師も同席する、といったレギュレーションがある様でした)

 

「何だか。大変なお仕事やなあ~」

 

神父だって人の子。健康に気を使いながら。そんな人間味溢れるシーンもありました。

(そういう姿もあってか。どうにでも解釈できそうなテーマを扱いながらも、どこかコミカルな印象も受けた作品でした)

 

社会が複雑化する中で。需要に伴って近年増加傾向にある、エクソシスト牧師。

 

最後に国際エクソシスト協会の研修風景が映されていましたが。

しみじみとえらい時代になったもんやなあと思った当方。