ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「笑う故郷」

「笑う故郷」観ました。
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アルゼンチン映画。

ノーベル文学賞作家のダニエル。

しかし受賞後早5年。新作を発表するでもなく、バルセロナの豪邸で引きこもるダニエル。数多の講演依頼、作品の映画化等を軒並み断ってきたが…ふと紛れ込んでいた『故郷アルゼンチンサラスからの招待状』に思わず引き受けてしまう。

40年振りの帰郷。故郷の人たちの反応。そして田舎町ならではのゴタゴタに巻き込まれていって。

 

2016年ヴェネチア国際映画祭主演男優賞受賞も納得。主人公ダニエルを演じたオスカル・マルティネス。圧巻の演技。

理性的で常識人。一見とっつきにくい皮肉屋に見えて、実は情に深い一面もある。そしてアクの強い周囲の連中にもみくちゃにされる可愛らしさ。そんなダニエルというキャラクターを。もうダニエル自身にしか見えないリアリティーで演じた。

 

端的に言うと面白い作品でした。

 

当方は、初期の三谷幸喜作品みたいな(ラヂオの時間の頃)印象を受けました。

こう…「閉鎖的な環境と人間で織りなす、悲喜こもごものコメディ。出てくる役者は皆手練れの曲者で、全くストーリーにも無駄が無い」そういう感じ。

 

ノーベル文学賞を貰ったけれど。それによって自身の書きたいものが分からなくなってしまった。国際派だと持ち上げられても、結局自分の書く小説の舞台は常に故郷のサラスにある。

今回、サラスから『名誉市民』の称号を与えたいとの招待を受け。帰るきっかけを失ったまま40年も経ってしまった故郷に帰る事にしたダニエル。

 

またサラスという町が。えらい田舎なんですよ。

 

空港から迎えに来た車。長時間の移動…と思いきやエンスト。町の職員と過ごす羽目になった一夜。(あの本の使い方…笑いました)

やっと町にたどり着いたけれど。好意的な受け入れ。望んでいない大仰な待遇。でも悲しいかな、田舎故に野暮ったさは否めず。

とはいえ。好意を示してくれる相手に悪い気はせず。愛想よく大人の対応をするダニエル。

かつての街並み。旧友と。そして昔の恋人との再会。秘密のラッキーハプニングもあって。すっかり気を良くしていたけれど。

何故か帰郷に合わせて町の定例行事、絵画コンクールの審査委員まで依頼される。

 

「でも。40年も帰らなかった故郷の人達はこんなに純朴なのか?」

 

案の定。次第に歯車が狂い始め…結果とんでもない窮地に立たされる羽目になるダニエル。

 

余談ですが。当方の脳裏に過るあの人。『カズオ・イシグロ

イムリー過ぎて。今年度のアカデミー文学賞を受賞した氏。長崎県出身ではあるけれど。幼少期にイギリスに渡り。完全に現在の拠点はイギリス。と言うか彼はイギリス人。

「でも。氏の受賞で大騒ぎだった日本。もし氏が日本に来ることがあったら…」

…流石にこういう展開にはならないでしょうが。何だか似たような事をしそうな気がしてならない当方。

 

サラスの人達。こんな田舎に世紀の文豪がやってくる!初めこそ大騒ぎ。好意的に受け入れての大騒ぎ。でも…誰かが言い始める。「彼はよそ者だ」

何故40年も帰らなかった。両親が亡くなった時ですら帰っては来なかった。こいつはそういう薄情な奴なんだ。

ダニエルがこれまで書いてきた小説が、サラスが舞台である事は間違いない。ダニエル自身は否定するけれど、あの本に出てくるあいつは町のあいつだ。この本のこいつは俺の親父だ。そうやって時にはサラスを、そしてサラスに住む者を馬鹿にしてきたんだ。

この町の中での暗黙の了解。それにケチをつけてくるダニエル。ノーベル賞作家様はそんなに偉いのか?この町を捨てた奴なのに。

出迎えた時はあんなに笑顔だったのに。牙を剥き始め、雪だるま式に肥大する憎悪。手が付けられず。

 

また、こっそりと胸にしまっておいたラッキーハプニングの正体も最悪。しかも一番知られたくなかった相手に露呈。ひどすぎる。

 

「こんな所には居れないよ!早く逃げて逃げて!」焦る当方。そして案の定。

 

『笑う故郷』という邦題。原題は『名誉市民』で、正直当方もそのままで良かったのにと思っているクチですが…。

 

一体最後に笑ったのは誰なんですかね?

 

『笑う~』は単純に故郷に掛かっているんじゃないと思っている当方。(この邦題を付けた人物の意図を知らないので勝手な持論ですが)

 

「最後に笑ったのはダニエルだ」

 

ここまでの事態は予測していなかったでしょうが。故郷サラスを舞台にした作品しか書けなかった作家が、ただの郷愁だけで40年も帰らなかった故郷に帰る訳が無い。作家の武器はペンやぞと。転んでもただでは起きるものか。…けれど。

 

「もうダニエルに帰る故郷は無くなったんやな」

 

悲劇は最大の喜劇。

面白い作品を観ました。