ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦」

「ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦」観ました。
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第二次世界大戦下の1942年。チェコプラハで起きたナチス№3のハイドリヒ暗殺計画。(=エンスラポイド作戦)

イギリスとチェコスロバキア駐英防衛政府に依って計画された。

その実行部隊であった軍人、ヨゼフとヤン。「七人の兵士」の内二人を軸にして。チェコ国内に潜伏するレジスタンスの協力を得ながら。実行するべくハイドリヒの行動を窺う日々。「カップルの方が怪しまれない」とカモフラージュの為にあてがわれた女性達との心休まる関係。でも。自分たちの使命は何かと頬を叩き。決行の日。そして追い込まれていく最後。

 

「ああ。当方の無知さが露呈される…」

何となく気になって。映画は観たけれど。

「これはどういう事?」が余りにも多くて。後から資料を探して読む当方。

 

第二次世界大戦時。同盟国から見放されたチェコスロバキアは、話し合いのテーブルに付く事も無く当時ナチスに統治されていたドイツの配下に置かれた」「イギリスとチェコスロバキア亡命政府に依って計画された、当時チェコに駐在していたハイドリヒを暗殺する計画」

 

チェコスロバキアってあの当時チェコスロバキアに分断されたやん」「で、有名な『プラハの悲劇』が起きる訳ですよ」

 

当方の近しい社会科教師(専門は地理)。ちょっと「エンスラポイド」というキーワードを口にしてみたらすらすらと語りだし。

「すみません。そのくだりかいつまんで教えて頂けませんかね?後、何故当時そんなにドイツ(ナチス)がイケイケだったのも含め…」と下手に出た途端「まずは自分で調べな!」と教師風を吹かせ…。(奴らはねえ…意地悪ですよ!!)またまた地道な作業に戻った当方。(余談ですが。随分前に「どうして山ではよく霧が発生するの?」と聞いた時も「何でも聞かずにまずは自分で調べろよ!」と怒られた当方。ですが。そうなるとねえ…調べないんですよ)

 

ですので。これからの流れに対し「ん?違うよ」と思ってたとしても…「バーカバーカ」と呟きながらも…胸に収めて頂けると幸いです。

 

冒頭。チェコ。年末の雪山。山林に降り立つパラシュート部隊。二人の男。一人は足を負傷し。

地元の朴訥な男性に助けられ。二人は彼の住居にて暖を取って…と思いきや。

同じチェコ人であっても「反体制人物です」とナチスに通報されてしまいかねない。同胞の意識は同じと思うなかれ、いつどこで誰に寝首を掻かれるか分からない。そんな緊張感から解放されない「我が祖国」

 

ナチス(ドイツ)に乗っ取られ。チェコスロバキアは解体。トップは挿げ替えられ。国としての形は失われた。

そこで、イギリスとチェコスロバキア亡命政府は極秘暗殺計画を練る。

 

「エンスラポイド」

当時チェコを統治していたハイドリヒ。

「金髪の野獣」と呼ばれ。兎に角冷酷な事で知られるナチスの№3。(実質は№2)

彼の命を奪う事でナチスの勢いを抑え、祖国を取り戻そうという作戦。

 

「人は何故こんなに残酷になれるのか」「人命が嘘の様に軽く扱われる」

勿論の戦後生まれ。戦争は悪だという教育を受けた当方には、結局この時代の考え方に芯から共感は出来ないのだろうなと思う昨今ですが。

 

「そこまでして守らないといけないものはなんだ」

 

こと戦争という有事に置かれた人々に思う事。末端の市井の人がそういう意識を持っていたのかは不明ですが。(多分…市井の人にとっての戦争は…そんな雰囲気を感じながら徐々に巻き込まれていく日常の果てしない延長なのかなと思うので)

 

そんな彼らとは違う。軍人や政府関係者にとって。戦争とは何なのか。彼らにとって、国家の位置づけはどうなっているのか。

 

チェコプラハに潜伏。それを支えたレジスタント(抵抗者)達。

彼等の住居に住み込み。政府組織達の意向や指示を待ちながら。「ハイドリヒを殺す」という任務追行に向け、情報収集に費やす日々。

「カップルだと街を歩き回っていても怪しまれない」とあてがわれた二人の女性。任務を明かした時。一旦は動揺したけれど「私は戦う」という意思を示し、彼女達は逃げなかった。

徐々に惹かれて。普通に幸せになれる。彼女となら希望が持てる。そう思うのに。

 

「俺たちの任務を忘れたのか」「俺たちのやるべきことはなんだ」

 

恋をして。その相手と幸せに暮らしたらいい。現代に住む当方はそう思いますが。

 

それよりも守りたいもの。

 

当方なんかは、どうしても身の周りの人間関係や環境をまずは大切にしてしまいますが。それよりももっとマクロな世界を優先して守ろうとするのがこの人達で。

 

「でも。その為には誰かの命と引き換えという考え方は…極端な言い方をすると憎むべき相手と同じ土俵に立っている可能性もあるんじゃないか」そう思ってしまう当方。

 

ハイドリヒ一人を討ったとして。本当に現状は変わるのか。そしてその報復をどれだけの人が受けるのか。危惧し。なかなかゴーサインが出せない本部。詰め寄る現場。

 

(確かに。ハイドリヒを討った後の、所謂『血の報復』。「実行犯が居たと思われた(実際には無関係)村の住民全てを集めて。16歳以上の男は全てその場で殺し。女子供は残らず収容所に送った村が二つある」に震えた当方。誰の命だって天秤には掛けられないけれど…あまりにもバランスがおかしい。(そもそもの倫理観もおかしい))

 

ハイドリヒを討つことに意味があるのか。そう逡巡する中の。「ハイドリヒ、プラハ去るってよ」(桐島ごめん)焦る実行部隊。そして決行。

 

この作品は兎に角終始異常なまでの緊張感に満ちているんですが。もうこの決行のシーンのドキドキ感が凄まじい。(そして肝心な所での…「おい!スケアクロウよ!!」(当方にとってキリアン・マーフィーと言えば『バットマン・ビギンズ』のスケアクロウ)という叫び。)

 

もうこれ以降は、坂道を転がりながら逃げ道を塞がれていくばかり。観ている側も苦しくて。

 

「エンスラポイド」の実行犯の7人。彼らを匿っていたレジスタンスの終末。(本当に眉をひそめるばかりでした)愛した女性達との別れ。

 

何もかもを捨てて。追い込まれた先の教会での最後の攻防。

 

「極限状態で。人は何を守るのだろう」

 

「自分」「信念」「使命」「自分らしさ」

確かにどれも失いたくないけれど…当方が今想像しているものと、当時の彼らとのその意味合いは全く違う。

 

「もういいです」特に後半。そう言いたくなるシーンは沢山ありましたが。

 

こういう現実がかつてあったのだと思うと。時には向き合っていきたいと思う当方。

分かり合えるのかは別として。何にしても「こういう考え方がある」と知って相手から学ぶのはずっと続けたい。戦争は悪だという認識はあるけれど。その当時に生きた人が悪な訳では無い。

 

「そしてこの作品…(こういう言い方が適切なのかは分かりませんが)普通に面白かったしな。テンポやスリリングさが」

 

ただ…あまりに無知な自身にがっくりする事も沢山ありますので。

常識的な範囲で。知識を得ていかないとなあ~と思った当方です。

(ですが。そうとなるとねえ…調べないんですよ)