ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「ありがとう、トニ・エルドマン」

「ありがとう、トニ・エルドマン」観ました。
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ドイツ=オーストラリア映画。

いたずら好きで。常に皆を笑わせようとする父親と、働き盛りでキャリアウーマンの娘。

冒頭。互いに別々の場所で住んでいた二人が久しぶりに再会。

でも、仕事ばかりの娘を見た父親は心配になり。後日娘の住むマンションに遊びに行く。

殆ど親子の時間は取れず。帰宅した…はずの父親。なのに。

職場に。プライベートの場所に。「トニ・エルドマンです」と変装して現れる父親

余りにも突拍子の無い父親の行動にイライラしていた娘。でも。振り回されていく内に次第に縮まっていく、二人の関係。

 

162分。まあまあ長い作品。

結果的にはハッピーエンドに持って行く話でしたが…それが無理の無い、直ぐ様ご都合主義には持って行かない。細かい折り返しを何度も重ねた丁寧な作品だと感じました。

 

兎に角あの娘が良い!

 

建て付けの悪い入れ歯をがたがたさせながら。親父ギャグ満載。いつだってふざけて。でも心の底から娘を愛しているし、心配で堪らない。そんなナイスキャラのあの父親が最高なのは分かっている!…でも違う。あの父親としっかり対峙する、あの娘の存在こそがこの作品には重要で。

 

コンサルト会社でバリバリ働くキャリアウーマン。恐らく仕事も出来るんやろう。チームでは先頭を切って取引先とやり取り。きちんと付き合っているんじゃないけれど、セックスをする相手も居る。

会社が持つ高級マンションに一人で住んで。会社の名前を出せば利用出来るプールやマッサージに行って。ハイソな女友達を持って。

そんな絵に描いた様な「いい年で独身なのは仕事が恋人だからよ」(勿論、こんなセリフはありませんでした)という働く側の勝ち組女性。

 

「でも。疲れるよな…」

 

最近、担当している仕事が爆発的に忙しくなって。もう毎日が火の車。休日も職場からの電話が繋がる様に待機。映画部活動もままならなくなってきている当方の、心の底から出た言葉。(因みに当方はただの『古株平社員』なだけで。バリバリのキャリアなんとかではありません)

 

コンサルト会社。結局は、大手の会社等の経営を見直すに当たって無駄が無いかを見てあげるという内容。平たく言えば他社との吸収合併や、それに伴う子会社や末端企業の切り離し。つまりはトカゲのしっぽ切りを、大手の会社の代わりに担う役割。憎まれ役。

切るべき相手と深く関わってしまうと情が沸いてしまう。あくまでもクールに。でも穏便に行わないといけない話し合い。そして大手には常に媚びを売っておかねばならなくて。

それをバリバリとこなしている様に見える彼女。でも…どこか不器用な影がちらちらする。完璧を装った、疲れ切った一人の女性。

勿論仕事が嫌いなんじゃない。嫌々なんかじゃない。誇りを持って取り組んでいるし、自分にしか出来ない事だだという気概もある。でも。

 

「そういうのが常態化してくると、一体自分は何をしているのか分からなくなってくるんよな…」

 

そんな時。ひたすら面倒でうざったい父親がやって来て。何とか数日過ごして。関係が悪化する前に帰って貰った。と思ったのに!!

 

「でも、この娘は結局父親を追い払わない」

 

人間味を彼女は失っていない。

鬱陶しいし、もう自分は子供じゃない。

でも、父親が自分を心配してやって来た事も、心配だから付きまとっているのも分かっている。だから追い払えない。だって自分は父親が好きだから。

 

「正に、この親にしてこの子あり」

 

クールでドライなキャリアウーマン。そういう枠に自分を押し込めてきた。でも。そこに居るのはもう疲れた。

そして。父親がその枠を壊しに来るまで、疲れている事にも気づいていなかった。

 

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(余談ですが。こうやって背中のジッパー上げる人、初めて見ました)


当方が一番好きだったシーン。娘の誕生日ホームパーティ。

「何で?」という突飛過ぎる娘の行動でしたが…結局そこにちゃんと付き合った人達の「本物の仲間やないか!」という愛おしさ。「あんた!ちゃんと仲間居るやんか!」娘の肩を後ろからバンバン叩きたくなる衝動に駆られる当方。

そして可愛い後輩女子からの「地に足の着いた、本当に必要なプレゼント」に不覚にも涙が溢れた当方。こういう心使いが出来る貴方は素晴らしいよ…。その感性、大切にして欲しい。

 

全編に渡って人情モノなはずなのに、あくまでも流れは淡々として。感情を押し付けてくる事が無く、寧ろコミカルで。「これは嫌やなあ~」と苦笑いしていたら、段々しみじみとしてきて。そして力が湧いてくる。不思議過ぎる、心から離れない作品。

 

「今。こんなに疲れている時に、この作品を観る事が出来て」

本当に。映画のタイトル通りの気持ちです。