ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「セールスマン」

「セールスマン」観ました。


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2017年。米アカデミー賞外国語映画賞」受賞作品。

イラン。アスガー・ファルハディ監督作品。

 

とある劇団。共にその劇団員であり、夫婦でもある二人。

引っ越したばかりのアパートで。ある夜一人で居た妻が侵入者に襲われる。

警察に届ける事を拒んだ妻。犯人を捕まえたい夫。

何の問題も無かった夫婦は次第にすれ違い始め…。

作中。二人が演ずる戯曲『セールスマンの死

時代の変化から取り残されていく主人公を演じる夫。物語が進むにつれ、その戯曲が物語の奥行を広げていく。

 

「これは…」鑑賞後。余りの後味の悪さに、苦々しい表情で一杯になる当方。(分かりにくいのですが、褒めています)

 

冒頭。夫婦の住むアパートが突然前触れも無く半壊。逃げ惑う住民達。

その、不穏な物語の幕開け。

住む場所を失った夫婦は、劇団の主宰者からとあるアパートを紹介される。まだ前の住民の引っ越しが完了しておらず荷物が残っているが、空き物件を知っているぞと。

もう劇場で眠るしかないかと言っていた夫婦は、すぐさまその物件に飛びついて。

引っ越しの荷物整理も終わらぬ状態。舞台を終えた後、妻が先に帰宅。翌朝の食料等を買い込んで後から帰宅した夫が自宅で見たものは、血まみれの浴室。

 

「おっかねええ」震える当方。ですが…「これ、言ってはいかんのやろうけれど…奥さん不用心過ぎる」妻の行動がそもそも危なすぎる。

メイクを落としていたらインターホンが鳴って。例え夫だと思っても、玄関の鍵を開けてから風呂に入るって。怖い。怖すぎる。

「鍵一つしか持ってないんやったっけ?」よく思い出せませんけれど。夫は自分の鍵でアパートのエントランスのドアを開ければいいし、階段を上がった後、玄関のすぐ前でもう一回インターホンが鳴ってから、声を確認して鍵を開けるべきで。

赤ずきんちゃんの話を知らんのか。(知らんやろうな)

「裸という最も弱い状態で。風呂に入っている時に誰かが入ってくるって。もう堪らん。無防備過ぎて怖い」

案の定。闖入者に襲われる妻。

「いや。性被害に遭った者に対して、お前が悪かったんだはナンセンス」分かっているんですがね。ですがね…あの不用心さは命取りやなあと。

(後、そんな被害に遭った後もあの奥さん、結構玄関の鍵を開けておくシーンがあるんですよ。その度に「何でだ!」と思いましたね)

 

性被害者になってしまった妻。心も体も傷ついた。でも…警察には届けたくない。公にしたくない。

一人になるのは怖い。お願いだから一緒に居て。

 

「と言われても。どうしたらいいのか」

戸惑う夫。愛する妻が傷つけられた。憎い。妻をこんな目に遭わせた犯人が憎い。絶対に捕まえたい。犯人を滅茶苦茶にしてやりたい。だって。だって自分の妻を、そして自分たちの生活を滅茶苦茶にした。なのに。妻は犯人を捕まえる事を望んでいない。

 

一緒に居ろと言っても。自分には、劇団の仕事の他にも学校講師という仕事もある。

家で一人で居るのが怖いと、いつも通り舞台に上がったが、妻は途中で取り乱し、舞台は途中で休演となってしまった。もうどうして欲しいのか分からない。

 

具体的な指示が欲しい。そう焦る夫。「犯人を捕まえて溜飲を下げたい」自分にとってはそれが最も明確な解決方法で。なのに肝心の妻は煮え切らない。彼女の感情は余りにもアンバランスで、どうして欲しいのかが扱えない。

 

「違うんだよな…」深々とした溜息を付く当方。

 

自分にも負い目がある。不用心に鍵を開けた事。そしてもう数えられない位に繰り返したのであろう「あの時何故」のたらればの後悔。悔しくないはずがない。犯人を許している訳が無い。もう一生消えない傷を、体だけじゃない、心に負った。でも。

「犯人にもう一度会うなんて。怖い」

自分のプライドも何もかもを踏みにじった相手。忘れる事は出来ないけれど。もう会いたくない。あの時起きた事を、そんな奴の口から聞きたくない。

犯人探しにやっきになる夫。でもお願いだから、今はそっとしていて欲しい。

下手したら死にたくなる位に絶望したり、数多の感情で渦巻いている自分を、ただひっそりと支えて欲しい。

 

愛する夫の冷酷な姿を見てしまった。知らなかった一面。離れていく心。止められず。

 

作中で妻がそう語るシーンはありませんので。あくまでも途方の勝手な解釈ですが。

 

「あの時 同じ花を見て 美しいと言った二人の 心と心が 今は もう通わない」

あの素晴らしい愛をもう一度』案件。正にそうだなと思った当方。

 

かつて夫婦の心は繋がっていた。なのに。冒頭の不穏で唐突なアパート半壊事件のごとく。

突然見舞われた厄災。それによって。不幸にも亀裂が入っていく二人。

 

最終。物語は怒涛の展開を迎え。非常に苦々しい気持ちで一杯になるのですが…。

 

『ふがいない僕は空をみた』窪美澄原作。2012年タナダユキ監督作品を思い出す当方。

 

憎むべき性犯罪者。勿論その犯罪の内容については、なんら擁護する所なんて無い。でも。

「性犯罪者が、全てにおいて悪い奴では無い」性犯罪者だけでは無いですが。

誰かにとっては悪人であっても。誰かにとってはかけがえのない人物であったりもする。性質の中で、どこかが突き抜けてアウトであっても。優しい所もある。好かれる所もある。

人一人を語るとき。その個人を見る視点は余りにも多角的であって。

(『ふがいない~』は当方のタナダユキ監督作品の暫定ベストです)

 

「でも。憎むべき相手だからこそ。圧倒的な悪人であって欲しかった」

 

ましてや哀れみを感じるなんて。本当に始末が悪い。元々の発端はこいつの浅はかな気まぐれなのに。そんな事で、こちらは何もかもを失ったのに。なのに。こんな弱弱しい相手に感情をぶつけないといけないなんて。何だか自分の方が悪い奴みたいな罪悪感に襲われるなんて。

 

あの。息を呑む怒涛の展開。そして苦すぎる着地。

 

「ああもう。何なんだ。この苦しい気持ち」やりきれない。

やっぱり、あの結末以上にも以下にもならないんだろうなと思いながら。

 

こんなに後味の悪い作品は久しぶりでした。(ややこしいのですが、褒めています)