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ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「ターシャ・テューダー 静かな水の物語」

ターシャ・テューダー 静かな水の物語」観ました。

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アメリカ。絵本作家であり、人形作家であり、園芸家であり。

スローライフの母」と呼ばれたターシャ・テューダー

その彼女を追ったドキュメンタリー映画

バーモンド州のド田舎。息子に作ってもらった小さな小屋。そこが住居。
四季折々の花をしつらえ。それらを愛でながら、世話をして。自給自足とはいかなくとも、質素で慎ましやかな暮らし。小花柄のクラシカルなドレス。蒔きストーブでの逆時短料理。ろうそくはまさかの手作り。

雪の日。蒔きストーブに当たりながら絵を描いて。暖かくなった春の日は、燦々と降り注ぐ日差しの元咲き誇る花達を見ながら紅茶を飲む。

「これぞ当方が喉から手が出るほど欲しいスローライフ

少し前。「人生フルーツ」という、日本のドキュメンタリー映画がありました。愛知県春日井市に住んでいる津端夫婦。あれもまた一見「憧れのスローライフ夫婦の姿」を描いている様で、もっとどっしりとした二人を描いた作品でしたが。

「人生フルーツをどこか思わせる。結局、スローライフって強い信念が無いと出来ないんよな」

田舎のお婆ちゃん。弱弱しく、いつでも穏やか。ニコニコして迎えてくれて。素朴で朴訥とした人柄。
出される食事はお洒落とは無縁。でもそれはとびきりのご馳走。無添加。無駄な調味料なんて使わない、時間が莫大に掛かった食事。
丁寧なしつらえ。シンプルな生活。でもそれは懐かしくて…。

「それは万人にとってのステレオタイプ『田舎のお婆ちゃん』イメージだ」


このご時世で。どんな年寄りにだって文明は追いついている。ましてや加齢に伴う体力の低下。どこかで何らかの力に頼らざるを得ない。
それは電気であったり。乗り物であったり。炊飯器や電子レンジ、その他調理ツールであったり。地域の行政サポートであったり。でもそれらを利用する事は決して悪い事では無い。

寧ろ高齢な両親を持つ子達からすれば「いっそそういうのを使ってくれ!」と思う事もしばしば。(当方の両親も一歩手前)ですが。

「そうやって思う子の気持ちも分かる一方で。でも『歳を取ったら好き勝手やらせてくれ』という親の気持ちも痛いほど分かる」

「ステレオタイプ」に対する憧れ。難易度は高いけれど。

やれる。自分はやれる。自然に寄り添った生き方。自分の親たちだってそうやって生きていた。
朝。夜が明けるのと同時に目を覚まし、暗くなったら眠る。四季の移ろいに合わせた生活。必要なものは何だって自然から調達した。そういう生活。

幾らでも便利に暮らせる時代に。スローライフだって信念が無ければやっていけない。

一見穏やかに暮らしているように見えるターシャ。でもその実態は…ふんわり穏やかでは無かったのだろうなと思う当方。

社交的で。でも生活力の無かった両親。あのご時世に両親が離婚。
田舎暮らしに共感できる伴侶との出会い。でも「生活力は無かったの」「私が家庭を支えたわ」とさらっと流しつつも…恐らく大変であったのだろうと推測する夫婦生活。(後に離婚。再婚。そしてまた離婚)
50台後半。憧れのバーモント州に移住。長男と、その孫と交流を持つ姿が描かれていたけれど…「後3人の子供は全く寄り付かないのかね?」地味に気になる家族関係。

「ターシャ結構波乱万丈」ですが。

人生で。一体どこで区切りをつけるのか。幼い少女の頃。「牛が欲しい」と両親にねだったターシャ。田舎暮らしに憧れて。実際田舎で暮らしたけれど。4人の子供を育てながら(加えて働かない夫も抱えて)生活していた時。確かに人と比べたら自然と調和した生活を送ったのかもしれないけれど、それはピリピリしていて、俗世と繋がりは断てなかったはずで。
そして。子供たちが巣立った後。自身の伴侶問題も決着した後で。ひっそりと田舎に引きこもるターシャ。此処からは私の自由だと。

「羨ましい。そんな区切りを当方は付けられるだろうか」

グダグダ書いてしまいましたが。

ターシャの庭。四季折々の花が愛でられる庭。「同じ花は三か所に植えるの。環境が違ったら花も姿を変えるから(当方意訳)」になる程と心のメモを取り。「枯れた所はどんどん摘むの」あれだけ花があったら大変だろうなと危惧し。
「この年で鳥も飼ってるの?!」と案じ。

庭の手入れを手伝ってくれる孫夫婦に「良かった。こうやって引き継いでくれる人がいて…」とほっとして。

ターシャ・テューダー。撮影当時91~92歳。個人の時は無限では無いから。

こんな時代錯誤な美しい世界を。きちんと理解して守ってくれそうな人がいる。信念は、誰かには伝わる。

「人生で本当に欲しいものは何なのかよく考えてみたいですね」(ターシャ・テューダー

丁寧に。丁寧に時を重ねた先人の。貴重な姿を。言葉を。

「やり方は個人の自由。でもどうやって生きていくのか。その信念を見つけて、見失わないようにしないと…」きりきり考えて。「そうやってすぐに自身を追い詰める所に当方の余裕の無さが現れているな」なんて疲れてしまって。


「今が一番いい時よ」(ターシャ・テューダー

まったく。何でもお見通しのお婆ちゃんは、ずっとずっと先を行くばかりです。