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ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「ストリートオーケストラ」

「ストリートオーケストラ」観ました。

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(当方は今、ブラジルを代表する音楽家。ナザレーのミックスリストを聞きながらこれを書いています。)

ブラジル映画。
かつて神童と呼ばれたヴァイオリニストの主人公。
現在はスランプに陥り。オーディションでは、本領発揮どころか演奏すらも出来ず。
このままでは生活も立ち居かなくなると。半ば嫌々NGO団体が支援している「スラム街の学生を相手にしたヴァイオリン教師」の職に付いて。
案の定、音楽のレベルが低い彼ら。そして民度の低い、危険なスラム街。

「何故ブラジル映画かと?…オリンピックだからですよ」

スポーツ観戦には全くはまらない当方なんですがね。まあ。あんまりブラジル映画とか観る機会もありませんし。

「て言うか、ブラジルってサンバとかボサノバじゃないの?」
ケミカルな極彩色の羽を纏って陽気に踊るイメージしか無いんですけれども。

ですが。

「ブラジルとクラシックは、サンバ、ボサノバよりも古い」

知らなかった…。
この歳になっても知らないことばかり。世の中は勉強になることばかりです。

当方が鑑賞した日は、映画公開初日でしたので「大阪フィルの指揮者、小倉朗氏のトークタイム」が付いていました。

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(当方の安定のシャッターセンスの無茶苦茶さよ…。)

小倉朗氏が親しみやすく軽快に、かつ分かりやすくお話して下さったので、当方の様なクラシック音痴でも、この話を理解することが出来ました。

小倉朗氏も、このNGO団体支援の音楽教室に参加された経験があること。

確かにブラジル人は奔放で、指揮者がコメントしている間にも、勝手にトイレに立ったりする。でも。

「練習を重ねて、集中力を高めた彼らの音楽はバシッと決まる」(当方意訳)

あの有名な音楽会館。
その建物の直ぐ近くが、この映画でスラム街として描かれた場所で。

「あの辺りであんな暴動のシーンが撮られたなんて」と仰っていました。

そして「スラムの子供は、家で練習出来ない子も多い。自分の楽器を持っていなかったりもするから。」

だから「楽器を家に持って帰っても良い」と学校から許可が出るシーンがあったのかと膝を打つ当方。

「あんなデカイ楽器を背負って。ギャングに取られたりしないのか」なんて違うことを考えていましたよ。

しかし。

この映画は「スラム街の子供たちと、スランプに陥ったヴァイオリニストの心の交流を描いた」作品で「無事ヴァイオリニストはスランプから脱し、そして子供たちは音楽の素晴らしさを知った」「そして音楽はスラム街の人々にも何かしらの一石を投じた」…という三段活用にはならない。ならない…いや、なってなくはないな。寧ろそういうお話ですわ。

ただ、その流れは全くスムーズにはいかなくて。

ごく普通に街に麻薬の売人やらマフィアが存在し。そんな連中が大きな顔をして街を闊歩。
命を脅かされる様な取り立てを受ける子供。
沢山の兄弟の子守りをしないといけないから練習には参加出来ない。
父親に音楽を反対される。殴られ。母親にこの街を出ていった方が良いと諭される。

音楽が楽しい。練習を重ねれば上達するし、皆でセッションするのも楽しい。

だけれども。自分の居る場所は音楽に集中出来るような環境では無い。

終盤。折角積み上げた日々がぶち壊される事件。

当方は安穏とした生活をしているからですかね。

「言いにくいけれど。貴方達は決して全面的な被害者では無いよ。」

起きた事件は悲しい。でも、そこに至った経緯を皆は知っているのか。

ただやられたと。またあいつらかと。
そこから立ち上がる、そのやり方そのものが。その猛々しさが見せるインパクト。

そして。当方の様な何も知らない第三者の「ただの泥仕合」「またこういう暴動が」「治安が悪い」という印象。

一人の人間の命を。大切にしているのは分かる。誰も命をないがしろになんかしていない。でも。

その主張を暴動で表すのは不毛すぎる。

「自分の中にどうしょうもない暴力的なものがある。でも。音楽がそれを抑えてくれる時があるんだ。」(肝心な台詞をうろ覚え。残念な当方の記憶力)

折角音楽を知ったのだから。皆でセッションする楽しさを知ったのだから。

最後に。彼らなりの手段であの場所に座った彼らに。

思わず拳を握りながら。
よし頑張れよとエールを送った当方。