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ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「殺されたミンジュ」

「殺されたミンジュ」観ました。


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キム・ギドク監督作品。

5月9日。女子中学生のミンジュが何者かの集団によって殺害される。

そして何ヵ月も経って。

その殺害に関与した男達。
突然一人の時に拉致され。そして運ばれた先に構えるのは警察。ヤクザ。軍人。諜報員。いわゆるおっかない集団。

ひたすらの暴力。そして「あの日何をしていたのかを書け」突きつけられる白紙。

一体ミンジュは何故殺されたのか。

そして、加害者であり被害者である互いの暴力組織の実態は?


「組織の目的を全く理解せずに、命令をただ遂行してしまう個人。そしてその集合体=組織。の怖さ。」

「暴力の圧倒的な強さと不毛。」

「例え善意の気持ちから集まった集団であっても、暴力で相手をねじ伏せる方法を取った時点で外道に落ちる。」

「暴力を受け、暴力を振るうという負の連鎖。」

「しかし、暴力を受け入れる者も居る。」

サイレントマジョリティと声を張り上げ、のたうち回る者。」

「結局、暴力では何も解決しない。」

みたいなメッセージを力強く感じました。

昨今の悲しい世界情勢も鑑みながら…。


キム・ギドク監督よ。


…そういう話に、結果的にはなるとしても…何故ミンジュは殺されたのか。

ミンジュに近い人が憤慨し、結局は鉄拳制裁を加えてしまう。そういう悲しさ。でも、暴力では解決しないという悲しさ。

一緒の流れではあるけれども…。何だかメッセージの持っていき方が強引で…。


正直「思ってたんと違う~。」というもやもやで一杯になってしまいました。


やっぱり、しっくりしないのは暴力描写が多い事。着地点…。

女子中学生が理不尽に殺される。それによって死んでしまった、身内の良心や理性。

恋人に、職場に、世間に、理不尽に傷つけられ虐げられてきた者を集めて決起した復讐集団。


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「その彼等の決起する様が弱すぎるんじゃないかと…。」

かつて女子中学生を集団で殺害した男達。彼等が次々に拉致され暴力を受けるシーン。これ、そんなにみっちり描かなくていいんじゃないの?

「そして、いくらなんでもこの加害者から被害者に転じた集団が何なのかは描くべきじゃないのか…?」

それとも、互いに人数が多すぎるのか…。

エピソードを描いていない訳ではないんですよ。ただ、ちょっと散漫な印象があって。

大風呂敷を広げすぎじゃないのか…。

「暴力」というキーワードに対して、キム・ギドク監督に言いたい事が一杯あるのは分かる。
でも、手を伸ばし過ぎて話としての纏まりに欠けたのではないかと思う当方。

いや、分かるんですよ。分かるんですがね…。歯切れが悪くなってしまいますね。

まあ、それこそが「暴力の無意味さ」というのなら確かにそうですが…。

後から知ったのですが、初めに暴行される若いニイチャン。あの人1人8役もしていたんですね。

3役までは気付いたんですが…。(それはそれで若干戸惑いましたがね)

最近で言えば「嘆きのピエタ」「メビウス」そして今作品。

どんどん癖を出してくる。そんなギドク監督作品。

韓国バイオレンス系映画ジャンルとして、次回はどう来るのか。

一応は楽しみです。