ワタナベ星人の独語時間

所詮は戯言です。

映画部活動報告「岸辺の旅」

「岸辺の旅」観ました。


f:id:watanabeseijin:20151011193010j:plain

深津絵里浅野忠信主演。
黒沢清監督作品。

黒沢清監督がカンヌで賞を?!」という本作品。

ピアノ教師の主人公。その前にある日現れた夫。

「俺、死んだわ。」

夫は3年前に失踪。以降全く行方は知れず。
そんな夫が自ら現れ。

海辺で死んで、色んな人に世話になりながらここまで来た。だから、一緒にその人達に会って欲しいと。

「お見送りの旅」

逝った人を見送ると共に、立ち止まった己の時計を動かす事をテーマにした作品。


ですが。

「大丈夫なのか」劇場に沢山居る年配の方々を目にして、不安が隠せない当方。

突然誰かが階段落ちしたり、日本兵が現れたり、ゴスロリのお姉ちゃんが部屋に寝っ転がっていたり、中谷美紀が不穏なウイスパーボイスで話しかけてきたり。挙句の果てには首長竜が狭い側溝みたいな所からわざわざ顔を出したり…はしていませんでした!!

「日本人は乗っていませんでした!」

かつてのイエモンの某曲位のインパクトで声を出したい。
「していませんでした!」と。

こんな繊細な黒沢清作品はありませんでした。胸熱。

でも、「ホラー畑出身の黒沢清」のスキルはキッチリ消化しながらなんですよ。

この世のものではない、異形の者が共存する世界。
でもやっぱり彼らの持つ雰囲気は穏やかでは無くて。
光の当たり方とか、影とか、色のトーンが。

でもそれがぞっとする感じでは無い。

f:id:watanabeseijin:20151011194142j:plain

これは、深津絵里があくまでもメインのお話しで。

夫が蒸発。あらゆる手を尽くして探し、日々を淡々と送る。おそらくもうこの世には居ないのだろうと思いつつも、確固たる証拠など無いし、気持ちは宙ぶらりんで。平静を装うけれども、もうどうしたらいいのか分からなくて。

「だからなんかなあ。普通やったら、こんなにすんなり夫の霊とか受け入れられないよなあ。」

拍子抜けするくらい、あっさりと事態を飲み込み、旅に出る妻。

でもそれは、間違いなく「夫婦最後の旅。」

所々語られる「失踪前の事」どうやら夫は精神的にも不安定で、不倫もしていたらしい。

今目の前に居る夫は、穏やかで。優しくて。だから文句も言いたいし、失踪当時の状態も聞きたい。

喧嘩しての「あんたの顔なんて見たくない!あっち行って!」(そんなフレーズはありませんでしたが)例えば、こんな言葉は決して言えない。本当にそのまま消えてしまうのかもしれないから。結局それは飲み込むしかない。


蒼井優

f:id:watanabeseijin:20151011194148j:plain

この作品に於いて、唯一地に足の着いたホラーキャラクター。

夫の不倫相手。失踪後に存在を知り。手紙のやり取りはあったけれども。初めて対峙した女。

立場は違うけれども、同じ男を失った境遇の相手に、「私は妻だから」とマウントを取ろうとしたら。

とんだ化け物がねっとりと笑ってくる。

結局、時間が止まっているのは自分だけで。

て言うか、蒼井優の立場からしたら、この日が来たらこう言ってやろうと絶対に決めていたと思いますからね。そしてある意味ベストなタイミングで相手がのこのこ現れた。

蒼井優。化けたな~。最近は幅が広すぎて楽しみ。」

あの教祖風なロングヘアをバッサリ切った辺りから(何か色々報じられていましたけれど。)俄然面白くなりました。「ハチミツとクローバー」なんて「カマトトぶるんじゃないよ!」とスケ番当方が鉄板を仕込んだ革鞄を地面に叩きつけていましたからね。


「もしかしたら…。ずっと一緒に居られるかもしれない。」

旅を続ける中で、きちんとこの世に存在していられる夫。穏やかで。ちょっとした不満があっても、きっと自分ならやっていける。二人で居れば。こういう穏やかで静かな生活を送れる。…でも。

やっぱり、お別れのリミットはじわじわ迫ってきていて。

f:id:watanabeseijin:20151011194154j:plain


「この世に何等かの未練があって、うろうろしている。」という異形の者たち。

これは当方の考察なんですが。この夫には、生だとかの未練は無いんじゃないかと。勿論その他の些末なあれこれでも無い。

「妻が全く動けなくなっている。」その事が、彼をこの世に留める所以。


未練があって、消えなくしているのは、寧ろ妻。彼の未練では無い。

そんな妻と旅をする事によって、気持ちの整理を付けていって貰う。自分と決別して貰う為の旅。

そんな優しさって…。愛ってやつなんですかね。


確かに、これなら前を向ける。歩き出せる。


黒沢清監督作品で、こんな気持ちになれるなんて…。」
心底安心しながら、エンドロールを迎えた当方。感無量でした。