映画部活動報告「野火」
「野火」観ました。
太平洋戦争末期。フィリピンレイテ島に於いての日本兵達を描く。
壮大な「お家へ帰ろう映画」なんですが。もう、とんでもない地獄絵図で。
最早、何と戦っているのか。
彼等は何をしているのか。
肺病(結核)を患い、部隊から放り出された主人公。
病院は野戦病院と化しており。そこでも追い出され。
どこそこに転がる、死んだ兵隊。傷ついて瀕死の兵隊。そして生きている兵隊。
ふらふらとさ迷う主人公。そして「ある場所に行けば、日本に帰れる」と聞いて…。
「地獄。」
戦地に行って、何を見たのか。
亡くなってしまった方々のそれは、図り知ることが出来ないけれども。
戻って来られた方々は、果たしてそれを語る事が出来るのか…。
トラウマどころではありませんよ。現代に生きる当方が、リアルに体験したとしたら、その体験を抱えて正気を保てる気がしません。
黒沢あすか姐さん。姐さんと当方が呼ぶ由縁は、この作品を観たからで。
「恐ろしく肝が据わっている」
人間の業や性を、一切オブラートに包まずにどろどろに叩き付ける、塚本晋也監督作品。
その力を、今回も思いっきり出しておられました。
もし、この映画を子供の時に観てしまったら。
多分グロさにのみ気を取られて、とんだトラウマ映画に認定されてしまうでしょうが。(図書室にある、はだしのゲンに対する怖い漫画感情。それも分からなくはない。)
そんなグロに動じなくなった当方としては、「極限状態の人間の、人間らしさを失う姿」の方が怖くて。
生死が紙一重な状況。誰もが互いに落ち着いて話し合う事なんて出来なくて。
もう、誰が敵か味方かも分からない。いつ寝首をかかれるかも分からない。
そして、ごろごろと転がる死体にも、心が揺れなくなっていく…。
そして、この作品で終始描かれた「餓え」の恐怖。
痩せた芋を奪い合い。塩は貴重品で。
そして、果ては「それを食べる選択は無い」はずのものにも手を出し。
「餓え」の前には、プライドもモラルもあったものでは無く。最早狂気しか無い。
「とにかく生きていたい。そして家に帰りたい。」
それでも、そんな力が残るものなんですね。
というより、そんな力が残っていないと、生き抜けなかったんでしょうね。
ただ、生き残った事で、全て救われるのか。
…そんな訳は無いですね。ずっと、ずっと続く無限地獄。
美しい景色と、アンバランスな日本兵。
その禍々しさに、終始険しい表情が収まりませんでした。